神祖ロムルスとの戦いに決着がついた。
ロムルスの湧き上がる宝具をくぐり抜け、ネロが最後の一撃を放ったのだ。
その愛し子の剣を満足気に受け止め、ロムルスは世界の永続を願いながら光となって消えた。
「敵性サーヴァント、ランサー・ロムルスを撃破。わたしたちの勝利です」
構えていた盾を下ろしてマシュが報告する。
「勝った、のか。そうか…。これで……」
ネロが息を切らしながら呟く。
「……うむ。ローマは、元あるべき姿へと戻るだろう」
振り返って話すネロの表情はもう晴れやかだった。
敬愛するローマの建国王その人を自ら断ち切った。もう迷うことはない、と。
複雑な気持ちではあるのだろう。
それでも第5代皇帝として、己の愛するローマを守れたということ、己の信義を全うできたことに誇りを持っているようだった。
「おおむねその通りなんだけど、まだ宮廷魔術師を発見していない。聖杯を探さないと」
ドクターが通信越しに喚起する。
確かにその通りだ。
ここに来るまで、宮廷魔術師がよく話に上がっていた。
カルデアはこれをレフ・ライノールの可能性があるとして、その存在を追っていたのだ。
玉座の近くまで来て聖杯を探してみるが、痕跡すら見つからない。
ロムルスが聖杯を所持していないところをみると、やはり黒幕は宮廷魔術師なのではないか―
「待て。誰かがいる」
荊軻が鋭く言い放つ。
それと同時に、背後から羽交い締めにされる。
「……いや、いや。ロムルスを倒しきるとは」
この声は…!!
反射的に拘束から逃れようと身動きするが、人間離れした力に抑え込まれる。
「おっと。あまり暴れない方がいい。加減できずにうっかり首を折ってしまうかもしれないからね」
そう薄く笑いながら男―レフ・ライノールは更に腕の力を強めた。
「ぐ…!!」
首が、締まる。
肺を上から強く押されるし、とても苦しい。
その様子を見てセイバーはレフを睨む。
「やれやれ。デミ・サーヴァントふぜいがよくやるものだ。冬木で目にした時よりも、多少は力を付けたのか?」
そんなセイバーからの視線を気にもかけず、レフはゆったり続ける。
「だが、所詮はサーヴァント。悲しいかな、聖杯の力に勝ることなど有り得ない。」
そう言って片手に携えた聖杯を掲げる。
「宮廷魔術師が王の危急をあえて見過ごすとはね。すっかり裏切りが板に付いたんじゃないか、レフ教授?」
レフの見下したような言いぶりに、ドクターはあくまで冷静に切り返す。
それに割って入るように立香が声を上げる。
「ななしさんと聖杯を返せ、レフ・ライノール!」
「ほう。いっぱしの口を聞くようになったね、お嬢さん。聞けばフランスでは大活躍だったとか。まったく―おかげで私は大目玉さ!」
少し苛立ったように語尾を上げてレフは語る。
その反動で腕にも力が入り、私はどんどん呼吸が厳しくなってくる。
「聖杯を相応しい愚者に与え、その顛末を見物する愉しみも台無しだよ」
そうか…。
こいつはその時代に影響を及ぼすほどの大きな存在である人物に聖杯を預け、その余波で狂っていく時代を見てせせら嗤っていたのか…!
ところがこの時代には、人類の破滅を望む人間がいなかった。かの神祖ロムルスでさえ。
だから今回はこいつが直接手を下していたのだ。
「皮肉だなレフ教授。この時代、君のような人類の裏切り者はひとりもいなかったってワケだ!」
ドクターとレフはこんなに仲悪かったっけ…。
売り言葉に買い言葉の応酬が先程から続いている気がする。
正直、レフが興奮すればするほど体に力が入って呼吸困難に陥るので、煽るのはやめてほしいのだが。
「ほざけカス共。人間になんぞ初めから期待していない」
そこでレフは立香に視線を移した。
「君もだよ、立香くん。凡百のサーヴァントを掻き集めた程度で、このレフ・ライノールを阻めるとでも?」
「あの時の自分とは違う…!」
「ああ、確かに変わったな。君は立派に成長した。無駄にあがけば無駄に苦しむと分からない、その愚かさが実に無様に成長したとも!」
耳元で低くレフの笑い声が響く。
貴様たちは勘違いしている。
もう既にどうにもならない。
無意味!無能!
本格的に首を締め始めてきた。
これは、かなりピンチかも…
「哀れにも消えゆく貴様たちに!今!私が!我らが王の寵愛を見せてやろう!」
レフの掲げた聖杯が輝き始める。
魔力が増大し、その場に渦巻き始めた。
待て。
待て待て。
聖杯から溢れ出た魔力が私の体ごとレフを取り巻く。
「なに、する気…!」
「残念だな、ななしくん。君も我が王の寵愛の贄となれ」
どういう意味、と聞こうと思った。
思っただけで、本当に口が動いたかは分からなかった。
ただ、何か大きな力の濁流に意識ごと呑まれ、何も分からないうちに世界がブラックアウトした。