ふと目を開けた。
それはとても自然な目覚めで。
意識の浮上と共に瞼を上げた、ぐらいの感覚だった。
隣から規則正しい電子音が聞こえる。
視界には白い天井。
四方は白いカーテンに囲まれており、部屋の電灯の光が透けて見えた。
目だけであたりをぐるりと見た感じ、私はベッドに仰向けになって寝ているようだった。
しかも自室ではなく、医務室のベッド。
電子音は恐らく心拍数の計測器の音で、他にも点滴が繋がっていたりと、まるで重病人さながらである。
意識がなくなる前の記憶というのがあやふやで、なぜ自分がこの状況になっているのかが分からない。
ふわりと、隣に立つ気配。
「マスター」
たった一言。
されど一言。
震える音で発されたその言葉に、私は弾かれたように思い出した。
―そうだ。
確か私はローマにレイシフトしていて、
神祖ロムルスを倒し、
レフを倒した。
アルテラというサーヴァントも。
ずっと側で戦ってくれた、このセイバーと共に。
「…セイバー…」
「よかった。目が覚めたんだね」
心底安心したかのように、セイバーはほっと息をついていた。
―どうして。
―あれからどうなったの。
―立香たちは。
聞きたいことがたくさんあった。
言いたいことも。
でも、体が重くて口も満足に動かせない。
ドクターに知らせてくるよ、とセイバーは姿を消した。
程なくしてドクターは走って現れた。
診察の結果特に問題はないようで、ベッドの上半身を上げてもらい話を聞くことにした。
「端的に言うと、君の魔術回路の一部が変異した」
元々私の魔術回路は一部壊れている。
それに先の爆破の一件で、制限がかかっていた。
そこに更に聖杯が組み込まれたり、魔力の流れを突然止めたものだから、ショートみたいなものを起こしたようだ。
その結果、壊れていた魔術回路が変異して、新たに別の回路を繋げ始めたというのだ。
おそらく聖杯の力でもたらされた現象。
聖杯を回路から取り除いた今でも、その変化は起き続けているらしい。
「そんなことって…」
水を飲み少し饒舌に話せるようになった口で、事態を飲み込もうとする。
上手く現状を把握出来ていないのは向こうも同じようで、ドクターは困った顔をした。
「…うん。こういうケースは、ボクも初めてみた」
でもこれが、現実起こったことなんだよ。
君の体にね。
言い咎めるような響きを持たせてドクターは言った。
改めてドクターの顔を見ると、何やら怒っている表情をしている気がする。
「ドクター…?」
「…いや、うん。分かっているんだ。別に君を責めたいわけじゃない。君の選択は現状最善だった…のかもしれない。けど」
けど。
この先の言葉に詰まる。
言うべきか、言わざるべきか。
ドクターは迷っていた。
何となく、彼が続けたい言葉の続きが分かったような気がした。
でも彼の立場ではとても言えないのだろう。
彼の中では、彼は私たちに戦場に立つことを強要する側の人間だ。
人類最後のマスター2人に。
不可能に近くても、戦えと。
70億人の命をお前達は背負っている。
人類の未来のために傷だらけになっても。死にかけても。
あの最終局面において、無茶せずに勝てたとは言いづらい。
常に全てをかけて戦わねば、今後も特異点を修正することはできないだろう。
それを分かって、尚もドクターは言葉に出そうとして。
結局自分を自分で苦しめている。
「大丈夫です、ドクター。死んでは元も子もありません。立香に全てを背負わせる気もありません。私は、生きなくてはいけないから」
だから、ありがとうございます。
優しいドクターへ。
心配してくれて、ありがとう。
私たちをただの武器や道具、マスターとして考えないでいてくれて。
それらの気持ちを込めて、ドクターにしっかりと向き合って言った。
それで、その場はお開きとなった。
ドクターは「まぁボクが怒らなくても、そこに怒ってくれる人もいるしね!」と不吉な言葉を残して去っていった。
ですよねー。という言葉しか浮かんでこない。
隣を見ると、さっきから一言も発さず傍に控えるセイバー。
ドクターが帰っても、尚も喋らない。
重い沈黙がこの場を支配する。
内心嫌な汗がダラダラではあるが、ここは私からいくしかないようだ。
気持ち重い口を開く。
「…あの、セイバー。ローマの時は色々と助けてもらってありがとう…ございます……。それと、心配をかけてしまい、申し訳ありません………」
なぜか言葉は敬語になって尻すぼみしていく。
開け放たれたカーテンの向こうの、ドクターが出ていったドアを見つめていたセイバーが、ようやくこちらを振り向いた。
私からでは逆光になっていて、その表情はよく見えない。
セイバーはおもむろに手を伸ばし、私の頬をつまんだ。
「きゅっ!?」
しかも両方。
そしてそのまま伸ばし始める。
「ひ、ひひゃひ…!ふぇいばー!ほれ、ひたひ!!」
点滴を外されたばかりの手を使って、セイバーの手を止めようとするが、全く外される気配がない。
「マスター」
しばらくぶりに聞いた、セイバーの声。
いつもより低い。
「君の使命を僕は理解している。君の立場も。その上で、僕は言うよ。」
頬を伸ばしたり縮ませたりしながらセイバーは目線を合わせる。
「君は君のために、自分を大切にするべきだ。君は、君の未来を、無闇に投げ打ってはいけない」
一言一言をしっかり言い聞かせるようにセイバーは話す。
「ななしはたった一人しかいない。君の人生を歩めるのは君しかいない。だから、大切にして欲しい。君だけの命を。心を。体を」
「僕のマスター。今生、たった一人の僕のマスター、ななし」
するりと頬から離れる手。
それが、セイバーの腕を掴んでいた私の手に向かう。
その場に膝をついて、セイバーはその手の平に口付けた。