「え?令呪?」
朝ごはん時。
立香とマシュと私でともにごはんを囲んでいた。
そこで立香がふと口にしたのだ。
「ななしさん、令呪でアーサーに宝具の解放を命じたのですか?」
なんのことだろうかと頭を捻っていると、マシュが詳しく解説してくれた。
曰く、フラウロスとの戦闘時、セイバーが宝具を解放したらしい。
立香が今まさにピンチ!という時に倒せたことで、彼女も無事切り抜けられたと。大変助かったという話だった。
その時セイバーはびっくりしたような顔をしていたので、もしかしたらそれは私による令呪の使用があったからではないかと推測されていたらしい。
なぜセイバー本人に聞かなかったのかという疑問はこの際さて置き、私の記憶からはほぼ消えかけていた出来事なだけに若干の驚きがあった。
フラウロスの魔力に呑まれていた時の記憶は今でも朧気である。
だが確かに、あの時は酷く明確に、冷静に落ち着いて令呪を使用した。
その時の感覚だけがなぜか鮮明に残っている。
連戦に次ぐ連戦でセイバーの魔力量は減少していた。あのままでは宝具の真名解放はままならなかっただろう。
そこで令呪という切り札をきったというわけだが。
理屈では分かっているものの、その決断をした時の自分が、まるで自分とは思えないくらいに心が静まり返っていたことが妙に引っかかる。
あれは本当に私だったのか―?
ふと視線をあげると、生返事しかしない私の様子を見て、立香もマシュもなんと声をかけたらよいのか困っていた。
慌てて「そういえばそうだった!」と取り繕うと、2人は納得したのか表情を緩めてお礼を言った。
やはり妙に思う。
違和感というべきか。
第2特異点セプテムから帰ってきてからというもの、自分の内側が気味悪いくらいに静まり返っているのを感じる。
第1特異点オルレアンの時にはあんなに揺らいでいたものが。
あの時、マシュとアマデウスとの会話を聞いた後に感じた足元の揺らぎも、頼りなさも、迷いも。
その何もかもがすっかり消えてしまったかのようだ。
本来であればそのことに安心するところではないかと思うが、私の胸中に残ったのは僅かな違和感だった。
まるで全て無理矢理覆い隠してしまったかのような。
揺らいでいたものが私を残して忽然と見えなくなってしまった。
私は置いてけぼりにされたような気持ちになってしまった。
ぼんやりそんなことを思いながらマイルームに戻り、次の予定であるシュミレーション戦闘のため礼装に着替える。
「え…」
持っていた服を落としてしまったことにも気付かず、私は鏡を凝視する。
私の令呪。
爆破事件の後に真っ直ぐに引かれた赤い剣の模様をした令呪。1枚羽の、第七階梯マスターの証拠。
…のはずだった。
しかし今、確かに私の目に映るのは、その剣に付け足された赤い羽模様。
「2枚羽………?」
これはガラスの靴よ―
遠くで少女の声が響いた。
ガラスのドームの中で静かにどこまでも反響する、ソプラノの声。
まるで歌うかのように告げられる言葉の数々。
嗚呼、やっと思い出した。
フラウロスの中で私が見たこと。
聞いたこと。
感じたこと。
抜け落ちていたピースが、ようやく嵌った。
私がやるべきこと。
それは人類の未来を取り戻すことではなく、
人理を正すことでもなく、
この令呪を完成させること。
■■にガラスの靴を―7枚羽の令呪を届けること。
なんだ。
それだけの事だったのだ。
あの時と何も変わらない。
■■と共にいたあの頃と。
あの、聖杯戦争の時と。
私のやるべきことは、いつだって『彼女』のためにあった。
私の存在意義。使命。
やっと、見つけた。
私の、生きる意味。
「ふふ、■■…」
口がひとりでに『彼女』の名前を紡ぐ。
大切な令呪に手をあてる。
まるで息づいているかのように、ほのかに暖かい。
もう何も怖くない。
私には、■■がいる。
私には、『彼女』の令呪がある。
私には―
「ななし?」
自動ドアの向こう、光さす世界から名前を呼ばれた。
ゆっくり振り返り、その人へと微笑む。
「セイバー…」
そう、貴方もいたのね、セイバー。
■■だけの、王子様―!