はてさて君の憂鬱よ

中央管制室オペレーションルームにて、通信機器の前でドクターはがっくり肩を落としていた。

彼はさっきまで、レイシフトしている立香やマシュ、ななしたちと通信を行っていた。

「ロマニ、随分なやつれ様だね?」

まだレイシフトは始まったばかり。
聖杯が見つかったかと思えば、それはこの特異点オケアノスを特異点にせしめている原因ではなかった。
正しい聖杯といえるものだった。

それに肩を落としているのかとダヴィンチは考えていたが、どうやら違うようだ。

ドクターロマンはゆるゆると顔を上げ、特大のため息をついた。

「なんだろ…なんでこんな疲れるんだろ…言い様もないプレッシャーを感じる……。あれはそう、噂に聞く肉食系女子の威圧感……」

なにやらぶつぶつと呟いて暗いオーラ全開なロマニに、思わずダヴィンチは引いてしまいそうになった。

「誰が肉食系女子だって?」

立香ちゃん?マシュ?それとも――


ロマニがへこたれる要因を探ろうと、先程まで通信していた相手を羅列しようとしていた時だった。

背後の自動ドアがスライドする音が聞こえた。
振り返ると、そこにはセイバーのサーヴァント、アーサー・ペンドラゴンがいた。

彼はこちらの視線に気付くと、フードを外して柔らかく笑った。
「失礼。」と一言断ってオペレーションルームに踏み入ってくる。

「おや、これはこれはアーサー王。どうかしたのかな?」

思わぬ人物の登場に若干オーバーリアクションでおどけてみせると、アーサーは少し申し訳なさそうに眉を下げて答えた。

「突然すまない。少しドクターと話したいことがあってね」

忙しい中悪いね。と爽やかに謝るアーサーに気にしないでほしいことを伝えてロマニの肩を叩いた。

うつぶせに顔を伏せていた彼は気疲れした表情をしまって、アーサーの方へ振り返る。

「ご指名のようだよ、ドクターロマン?ここは私に任せて、君は少し休憩してくるといいさ」

ダヴィンチの労いに頭を指でかきながら、ロマニはしばし考える。
周りの状況やコンピュータに映し出されている数値をぐるりと見渡して、アーサーを見た。

「…いや、今はレイシフト直後で数値も完全に安定はしていない。何かあったらすぐに対処できるようにしないと。
ごめん、ここでいいかい?」

「構わないよ」

当然、マスターたちの命が最優先だ。とアーサーも躊躇いなくロマニの提案を承諾した。




ダヴィンチちゃんに司令塔の役割を交代してもらい、オペレーションルームの隅でボクとアーサーは座った。
その辺に転がっていたイスと机をかき集め、彼に頼まれていた資料を持って彼と向き合う。

気を利かせたスタッフが、二人分のコーヒーを机の端に置いてくれた。

まだ湯気のたつそれにアーサーは口をつけて、話を切り出した。

「―それで、マスターはどうだったんだい」

「彼女自身は健康だ。何ら異常は見つからなかったよ。
問題は、彼女の令呪だ。ななしちゃん自身から要請があって検査した」

アーサーにななしちゃんの令呪のことを伝えた。
言っているうちに、彼女自身に伝えた時のことを思い返した。
特に驚いくこともなく、ただ平静に受け止めているような様子であった。

一方、同じことを伝えられたアーサーは目を見張っていた。
ボクが話し終わっても、言葉が出てこないのか暫く黙っていた。
僅かに俯いて、彼は慎重に、言葉を選ぶように口を開く。

「…彼女は、ななしの令呪は、今後どうなる?」

「分からない…。
ななしちゃんの令呪は確かに進化していて、強力になっている。それには必ず限界があるはずだ。
この場合、未完成であったものが少しずつ完成に向かっていると考えるべきだろう。
ただ、その完成というのがどういう形になるのかは、今はなんとも言えない」

それを聞いたアーサーは浅く、長く息を吐き出した。
先程自分がついたため息と似たような音。
片肘を机について、彼は顔を覆った。
その片手で目元はすっかり隠れてしまったが、苦慮の雰囲気が彼から伝わってくる。

恐らくだが、彼は自分よりも大方事態を把握しているのだろう。
全くの他人であるボクより、マスターとサーヴァントという繋がりを持つ彼らの方がお互いをよく感知できる。

それに、なにやら昔何かあった仲であるようだった。
このカルデアで「はじめまして」ではなかったことは、彼らの様子から窺い知れた。

これが、全く人類の危機から遠い世界の出来事であれば。
平和な社会の中で同僚の話を聞く、ぐらいのレベルであれば。
ボクはこれ以上深入りはしなかっただろう。
「何かあったら相談に乗るよ」程度に話を済ませていたかもしれない。

けれど今は未曾有の危機の真っ只中。
グランドオーダー発令中の最前線、カルデアだ。
人情上で心配になる気持ちに責任感が加わり、ボクの背中を押す。
されるがままに1歩踏み出した口は、思ったよりも簡単に言葉を紡いだ。

「何か、分かることがあれば教えてほしい。全てでなくても構わない。
このカルデアで、人類最後の砦で、最前線に立って戦う彼女たちをボクは出来る限りサポートすると約束した。
それを果たすには、どんな些細な傷でも気を付けなければならない。どんな些細な魔術回路の変化、体調の変化、メンタルの変化も。
そのために、教えてほしいんだ。
ななしちゃんの令呪のこと。
彼女のここ最近の様子のこと。」

ななしちゃんを守るために。
人類最後のマスターたちを守るために。

祈るような気持ちで最後の言葉を締める。

アーサーは片手で顔を覆ったままの体勢で口を閉じていた。

とりあえず即答で断れずに済んだことに頭の隅で安心しつつ、一心に目の前の彼を見つめ続けた。


「………ななしには、昔、仲の良い友人がいたんだ」


暫くして、彼は迷いながらもゆっくりと語り始めた。
2018 11 10
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