「ノッブー!」
「ノブノブ…」
闇の中でぽつりぽつりと聞こえた謎の鳴き声。
「ノブノブ!」
「ノブッ!!」
「ノーブー〜」
それが徐々に近づいてくる。
声の数もどんどん増えてきて―
《ノ〜〜〜〜〜〜〜ブ〜〜〜〜〜〜〜〜》
「……というわけで」
「…え!?ご、ごめん。待ってななしさん…じゃないのか…。
何がどういう訳なんですか!?」
「先輩に同感です…」
「ボクも全く理解が追いつかない…」
「いやぁ、実に興味深い例証だね!」
「…そうでございますよネー」
細かい成り行きは省略しよう。
話すときっと長くなる。
つまるところ、私の体にお市の霊基が混ざってしまったのだ!
「お市ではないかー!」
「なんと、お市というと、このアーチャーの妹さん!?」
こと騒がしいのは、この2騎のサーヴァント。
魔人アーチャーと桜セイバー。
ちびノブという謎の生物を追ってこのカルデアに来たというのだが…。
「申し訳ございませぬ…。
恐らくは、我が兄と桜セイバー殿がカルデアに来た影響で…」
「ノブノブー!」
落ち着いて話をしたいところだが、残念ながら事態は微妙に逼迫している。
このまま放置していれば、この人類最後の砦が意味のわからない生命体に溢れかえってしまう。
そうなるとどうなるか…
具体的に考えること自体めんどくさくなる。
そう思い、手間に迫ってきたチビのぶを持っている薙刀で両断した。
……私の意思ではなく、お市の意思で。
「あら、貴方様がセイバー殿、でございますか」
この変にぐだぐだな異常事態の原因たる聖杯を求めて、立香たちはレイシフトした。
私とセイバー…というか、お市とセイバーはカルデアに残り、ちびノブたちの討伐に勤しんでいる。
その合間に、私の体を使っているお市がセイバーに話しかけた。
「…ああ、そうだよ」
妙によそよそしい返事をするセイバーに、私は―お市は、ふふと笑った。
「戸惑っておりますご様子で。
―そう、無理もありません。
貴方様はこの娘のサーヴァントなのでしょう」
そこまで言って、お市は少し目を伏せた。
「申し訳ございませぬ。
わたくしたちの行いにより、このカルデアの皆々様にご迷惑を」
「いや、それは別に構わないさ。
ここでは、こういった緊急事態はよく発生するからね」
けれど…とセイバーは小さな声で言った。
先程まで合っていた目線が僅かに下に逸らされる。
しばしの逡巡を経て、セイバーは口を開いた。
「マスターは…」
「御安心くだされ。
娘はわたくしの中におりまする。
魂を感じます。意志を感じます。
彼女は、生きております」
お市の返事を聞いて、セイバーはほっとしたように表情を緩めた。
別に今まで表情は固かった訳では無いのだけど…
淑女に対する騎士のそれから、心の底からの笑み…というか…
「貴方様はマスターたるこの娘のこと、とても大事にお想いの様で。ふふふ。
ああ、なんてうら若いのでございましょうか!」
思わず思考回路が固まってしまった。
頭の中がハテナで埋め尽くされる。
人の言葉ではない何かを叫びそうになったが、今体の支配権を握っているのはお市だ。
地味に助かった…ような?
いや、そもそもお市が変なことを言うから!
ぐんぐん変な思考に走る私を感じたのか、お市は更に笑みを深めた。
「無論だ。
大切に思うのは当たり前だろう」
ちょ、ちょちょちょちょっと!!セイバー!!!
絶対に意味のないことだが、それでも我慢ならない私は精一杯彼女の意識下で叫んだ。
あっさり言い放ったセイバーもあれだが、言い方も言い方であれだ。
勘違いされる。
間違いなく勘違いされてしまう。
そういう仲ではない。
私とセイバーがまるで…まるで…?
「――まぁ!」
セイバーの答えを聞いて、お市は音を鳴らして両手を合わせた。
そして花が咲くようにパッと笑った。
「なんて素敵でございましょうか!
ああ、心踊ります。
惚れた腫れたの話はいつ聞いても…ふふ、楽しいものですネ!」
…もう色んな意味でやめて欲しい。
まず私の顔でそんな楽しそうに笑わないでほしい。
ほらみて、セイバーの顔。
目を見張って固まってるよ…。
そ、それに私たちそういう関係ではないからね!?
そんなんじゃないからね!?
私たちマスターとサーヴァント!それ以上でもそれ以下でも………
え、ないよね??
ないよねセイバー!?
「君は…そんな風に…いや、いや、いや。惚れ…いや。その話はいいんだ。
……ん、ゴホン。
僕と彼女は、君の想像するような関係ではないんだ。
悪いね。勘違いさせたようだが」
「…もしや。
未だ契りの言葉を言えずにいると?」
………は?
今、絶対に、誤解が解ける流れだったはずだ。
マスターとサーヴァント以上の関係ではないと、この身の潔白が証明されようとしていたはずだ!
なのにこの人は何を言っているんだろうか?
何を聞いていたのだろうか!?
「まぁまぁ。まぁまぁまぁ…。
随分と奥手な方ですこと!
はやく契ってしまわねば、他の方に攫われてしまいますよ?
この世は戦国…ではないのでした…。
しかし、それに似たような状況とお聞き致しました。
今ある一瞬が、それ限りなのです!
後悔せぬうちに…ネ?」
突然火がついたように話し始めたお市に私も―たぶんセイバーも、驚く。
彼の返答を待たずしてつらつらと己の意見を述べるお市に、セイバーはなんと言ったらいいのか分からないようだ。
その時、館内放送がかかった。
―聖杯が無事回収されたそうだ。
キラキラと光の粒が、お市を取り巻く。
「あら。無事、兄様方はお役目を果たされたようでございます。
わたくしも、これにて身を引かせて頂きましょう。
僅かばかりの現界ではございましたが、今宵はとくと楽しむことができました。
御礼申し上げます、セイバー殿」
「こちらこそ。
貴女が清き魂の持ち主であったこと、我がマスターを気遣ってくれたこと、礼を言わせてくれ。
ありがとう」
「…セイバー殿。
差し出がましい口出しではございますが、先程わたくしが述べた言葉に嘘偽りはございませぬ。
貴方様方を想ってこそ、です。
この世は浮世。移り変わるからこその、空蝉。
どうぞ、後悔せぬように―」
―わたくしは、長政様と婚姻の契りを結びました。
それは、兄様に命じられたからでございます。
現世で言う、政略結婚、というものです。
わたくしはそこに愛を見出すことは叶わぬと思っておりました。
でも…嗚呼。
長政様。
なんとお優しき方でございましょう。
あの方はわたくしを愛そうと尽くして下さいました。
わたくしに、たくさんの心を下さいました。
たくさんの…愛を……。
きっと、わたくしはそれに気付くのが遅すぎたのでしょう。
あの方に愛を十分にお返しすることは叶いませんでした。
なんと罪深き妻であったことでしょう。
本当に…なんと愚かな人間だったのでしょう。
死の間際にて、わたくしはようやく悟ったのです。
ようやく思い至ったのです。
ようやく…本当の意味で、あの方と抱擁を交わしたのです。
この身一つでは抑えきれぬほどの後悔と過ちを抱きました。
―貴女。
空蝉の貴女。
どうか、わたくしと同じ轍を踏まぬよう。
その揺れ動く心に気付くには、まだ間に合います。
その感情の正体を求めてください。
その気持ちの向く果てに何があるのか…誰がいるのか。
決して、勘違いされぬよう。諦めぬよう。
どうか。
わたくしは願っております。
貴女方の幸せを――