覚悟なき忘却は小指に永遠を残すだけ

スコットランドヤードが襲撃されている――。
救援信号をキャッチしたジキルから告げられた緊急事態に、私たちはキャスターのサーヴァント・アンデルセンを連れ帰ったその足ですぐにヤード本部へ向かった。

途中の道では、多くの敵性物体とエンカウントした。とにかく時間との戦いの為、必要最低限の分を潰していく。セイバー・モードレッドの赤い閃光が迸り、ホムンクルスの全身を焦がす。マシュの盾の打撃によってオートマタの結合部分が崩壊する。

「清姫!」

「はい…」

カルデアより召喚された清姫に指示を出し、彼女の扇が炎に揺らめいた。

「えいや!」

轟々と燃え盛るそれを清姫は大きく横振りし、辺り一面を焼き焦がす。その炎に巻かれて何体かのホムンクルスが黒く崩れ落ちた。
それを見届けると、突然首根っこを掴まれた。

「んぐっ!?………モードレッド…」

「あらかた潰したな!残りはもういい、走るぞマシュ!」

「はい!」

乱暴に私を担いで彼女―カレは、私の非難めいた視線を気にもとめず走り出した。
そのモードレッドに答えたマシュも立香に「失礼します。」と一言入れて抱え、走り始めた。

人間の足に合わせている暇はない―そう言ったのはモードレッドだ。別にその言に何ら間違いはない。立香はマシュに抱えてもらうことになった。そこまではいい。だが、だけど、なんで、モードレッドが私を担ぐことになったのか。私はそれなりに魔術を行使することができるし、身体強化で足を速くすることだってできるのだ。なのに、なぜ。
カレ曰く、「てめぇは何だか見てて落ち着かねぇんだよ!」らしい。意味がわからない。

少し遠くなった清姫の姿に「ありがとう」と唇だけ動かしてカルデアに還ってもらった。
落ち着かない、とはこちらのセリフだ。清姫が僅かに頭を下げて還っていく姿を遠目に見つつ心の中で呟いた。
これまで特異点では、セイバー…アーサーを喚ぶことが殆どだった。しかし、今回の第4特異点・ロンドンでは、カレ―モードレッドがいる。それが何を意味するか。丁度カレの後ろ(私からしたら目の前になるのだが)でドクターやマシュ、立香が話している『アーサー王伝説』。叛逆の騎士モードレッドは、その伝説に終止符を打った存在だった。反アーサー王勢力をひとつにまとめ上げ、彼の国に反逆した。勢い強く、ついにカレはカムランの丘にてアーサー王と一騎打ちし、そして…

「事実上の相打ちです。魔剣クラレントを以て彼女はアーサー王と戦って、アーサー王は聖なる槍で戦い、彼女を貫きました。そして、アーサー王自身も致命傷を負って――」

「なーにをごちゃごちゃ喋ってやがる!さっさと先を急ぐぞ!」

小さく話していたマシュの声を遮って、カレは走る速度を上げた。マシュもそれに慌ててついていく。

そう、この特異点においてアーサーを自由に喚ぶことのできない理由。それはモードレッドの存在にあった。
『アーサー王に叛逆する者』としての性質が備わるモードレッドにとって、彼の存在は到底無視できるものではない。恐らく、説明する間もなく切り込みにいくに違いない。それはもう、理性でどうにかなる次元ではないのだ。もし彼と会ってしまったら…それこそ、この協力関係が決裂してしまうかもしれない。それだけは避けなければならない事態だった。
勿論アーサーもそれは承知の上だったらしい。モードレッドと初めて出会う直前、カレの存在を認めた瞬間には何も言わずカルデアへ還った。やって来たカレはしばらく辺りを伺って怪訝な表情をしていたことから、彼の見立ては間違っていなかったことが分かる。モードレッドの直感スキルも中々侮れないレベルだ。
それからは、アーサーはモードレッドとの別行動の際にだけ、現れるようになった。戦闘時の召喚は勿論のこと、非戦闘時でも、モードレッドがいない時に限って霊体化してアパートメントにいる事がある。野営地じゃないんだから休んでていいのに、と言うと、彼は「何か不測の事態が起きるとも限らないからね。」と言ってのけた。
まぁその理屈はごもっともだし、彼も彼で、自分の故郷に思うところがないわけではないのだろう。そう思い、モードレッドがいない時は割と自由にさせている。

そんなこんなで、いつもとは違いアーサーと共に戦える機会が少ない。なんとも言えない、頼りない感覚を覚える。これは不安、だろうか。アーサーがいないだけで、こんなにも私は不安を感じるのか。なくして初めて気付くことがある、とはまさにこの事。
慣れない速度で過ぎていく街の景色を視界の端に捉えながら、私はそっと息を吐いた。



「…………あれ?」

ヤード本部前に着いたと同時に、捕捉。小柄な体躯。その手には、あどけない顔に似合わない血に濡れたナイフ。

「そっちから来てくれたんだ。それじゃあ、ふふ、わたしたち……どうしようかな……?」

――サーヴァント。
何度か話題に上がっていた、アサシンのサーヴァントで間違いなさそうだ。私たちも一度は出会っているはずのアサシンではあるが、その宝具か、あるいはスキルによって、その存在を思い出すことさえ難しくなっていた。
だが、これでようやくハッキリと視認することができた。

「ふふ。もう、わたしたちはいっぱい殺したけど、まだお腹が空いてるの。ぺこぺこ。だって、おまわりさんたちじゃあ、あんまり魔力がないから。」

幼い口調で、笑みさえ浮かべて笑う姿は一見無垢な子どものように見えるが、その実サーヴァント。彼らに外見の常識など通じない。子どものような外見だからといって非力であるとは限らない。ましてや、この錆びた鉄の匂いを纏うその姿からは、無害などという印象を受けるはずもない。

「間に合った――訳じゃ、ねぇみてぇだな。この血の匂い……ヤードは全滅ってところか。」

「動体反応は君たち以外に二体だけだ。そこにいる、ジャック・ザ・リッパーともう一体。」

「……!」

霧の中からゆったりと、長身の人影が姿を現す。"見覚えがあった"。確かに、確かに―その人―その男は――

「キャスター………」

「はい。私は、キャスターのサーヴァント。貴方たちの知る『計画』を主導する者のひとりです。」

キャスターは、静かに、低く、まるで詠唱でもするかのように言葉を並べる。
『計画』という単語に反応した立香が、魔霧計画のことかと問い質す。目の前の男は、語気の強いそれに微動だにせずその問いを切り捨てた。

「私たちにも、幾らかの都合と事情というものがある。ああ、私のことは『P』とでもお呼び下さい。」

――尤も、このような真名隠匿など、貴方には意味のないものですが。
流れるように、彼の視線が私に向いた。その動きに息を呑む。彼は、あのキャスターは、あの聖杯戦争を覚えている…?
馬鹿な。そんなこと、どうして。アーサーに引き続いて、彼までもが。何故。聖杯戦争における記憶は基本的に引き継がれないはずだ。だというのに、アーサーに次いで、キャスターまでもが記憶を有しているような素振りを見せる。
何も言わない私に彼はあっさり視線を外した。そして目を僅かばかり伏せる。

「…残念ながら、貴方たちは遅かった。既にスコットランドヤードは全滅しています。」

―全てが惨たらしい死にざまでした。
―あの子には、慈悲の心は備わっていないのです。
そうスラスラと語り上げるキャスターの口調におよそ、感情が感じられない。一定の抑揚、緩急を保って、それらは紡がれている。

「スコットランドヤード内部には、私たちの必要とするものが保管されていました。ですので。残念ですが、彼らは皆、大義の障害となってしまったのです。」

「なにをわかった風な口を叩きやがる。愛も想いも知ったことか!
おまえたちはまたオレのものに手を出した。王ならざる者が、王のものに手を出しやがって。」

モードレッドが怒りを顕にする。

「英霊が、無辜の人を殺すの。」

喉まで出かかっていた言葉を、立香がキャスターにぶつける。キャスターはそれらに薄く笑みを浮かべ、静かに答えた。

「ええ。ですから。私は、どうしようもない程に哀しみを禁じ得ない。
想いを持つ、尊く在るはずの人々を。愛を持つ、眩く在るはずの人々を。私の力では、救うことはできない。いいえ。この結果を鑑みるに、できなかったのです。」

時代も文明も愛も想いも人理焼却によって潰えた。それを彼は哀しんでいる。けれど、それを人類は止めることができなかった。だから―

「…………矛盾を感じます。」

静々と語る彼の会話に一石が投じられた。それはマシュから発せられた疑問の声だった。

「想いを語るあなたの言葉には矛盾を感じます。キャスター。いえ『P』、あなたは一体何なのです?
ジャックを使って人の命を奪う。慈悲の精神が欠如しているのは、きっとあなたです。」

「ええ、そうかもしれませんね。美しいお嬢さん。私は非道にして悪逆の魔術師に他ならないでしょう。今も、こうして、あどけない少女に言うのです。
――ジャック。彼女たちを任せます。好きになさい。彼女たちは、"貴方の母"かも知れませんよ。」

その一言にジャックの様子が変わる。きょとんとこちらを見回し、「なんだ、そうなの。ふぅん。」と呟くとその口角を嬉しそうに上げた。

「帰らせてくれる?わたしたちを、あなたたちの中へ……おかあさんの中へ……」

甘えるような声を出し武器を構える。その目は先程までと違い、爛々と光っていた。まるで獲物に狙いを定めるかのような目。この子は、こうしてロンドン市民を殺し回っていたのだ。

「駄目だ。おまえは座へ直行だ。ここで殺す。」

「アサシンはここで止めるべきであると考えます。……先輩……。」

ちらりと伺うようにマシュが私たちに視線を向ける。それに、立香は力強く頷いた。

「うん、あの子を止めよう。」

「戦闘開始ね。」

「――はい!マスター!」



ジャックとの決着は、想定していたものよりもはやくについた。というのも、後ろに控えるキャスターの援護がほとんどなかったことが大きい。キャスターの動きに警戒してはいたものの、彼はただ見ているだけであった。
ジャックの体力がギリギリまで削られていても、よろめいても、力が弱まっても。

――見ているだけ。

彼には救う術がいくらかあるはずだ。そう、得意のエレメンタルの力でこの場を優位に設定することも、ジャックの死際を助けることだって…

――見ている、だけ。

その、視線。その、温度。見覚えがある。

――見ていた、だけ。

目が合った。キャスター。あの男の、その、なんて冷徹な目を――。

ふと、その温度のない視線が、別の何かと重なった。何か、なにか、なにかもっと…忘れない、忘れられないなにか――

「さて。私も、ここで貴方たちの刃に掛かるべきなんでしょうね。」

ジャックが消失したのを見届け、彼が口を開いた。その僅かな抑揚に思考が目の前に戻される。

「悪逆の魔術師は英雄に倒される。それは、私の望む回答のひとつでもある。
ですが。まずは、私も役を果たす。」

そう言って彼は私たちを見回しながら告げた。
最後、彼が私を見据える。その視線がぴたりと私で止まったのを感じる。妙な胸騒ぎが起きた。

「貴方も…いいえ、それは私が語る資格など、ありませんね。
……我が罪、その標となる者よ。願わくば、これ以上の過ちを重ねないよう…」

「キャスター…?」

彼が小声で何かを呟く。
不思議に思って彼を見つめると、ぐにゃりとその姿が歪んだ。
頭の奥底まで何かが貫通していく。奥の奥まで封じこんでいた何かが引き出される。彼の姿、彼の瞳、その視線が重なる。

「は――…ぁ…!」


――私の贈り物、気に入って頂けましたか?

男が、喋る。
これは、現実じゃない。夢…でもない。記憶、古い、記録。ボロボロになるまで引きちぎって、棄ててしまいたかった、レコード。
その中で、男は、長身で、しなやかに流れる長髪を揺らして、なんて事ないように告げる。
最低で、最悪な揶揄を。低俗で、反吐が出るほどの言葉を。

「あ、あ゛あ゛あぁぁぁ……!!」

視線の先には、さき、には…

――ななし。

――ななし。



――行くな。



頭が割れる。割れそうなくらい、痛い。気持ち悪い。ぐるぐるとかき回されているような感覚で、立っていられない。膝ががくりと折れた、気がした。それと同時に嘔吐感が込み上げる。

「お゛ぇっっ…!あぁ゛…っ…は……」

「ななしさん!?」

「オイどうした!」

口々に誰かが何かを叫んでいる。分からない。だれ、だれ、だれなの…そこにいるの、そこに立っているのは、誰なの…!
私の腕を掴んで、引き止めてくるのは誰なの!!!

「罪の子。大罪を抱きし、器。
貴方にしてあげられることは、これくらいしかありません。どうか、お許し下さい。私では、いえ、たかが英霊一騎では…貴方を救えないでしょう。止められないでしょう。」

「はぁ゛ぁ……ぅっ…きゃす、たー…キャスター……!!」

「ですが。或いは。貴方と共にあった光であれば、想いであれば、愛であれば…貴方を救うことができるやも、しれません。」

「オイ、てめぇこいつに何しやがった!」

「さようなら、眩き道を歩まんとする英雄たち。そして円卓の騎士――
願わくば、いつまでも貴方が悪逆を倒す正義の味方であり続けますよう。」

モードレッドの怒鳴り声にも反応せず、キャスターはゆっくりその姿を消していく。

「キャスタ……ッキャスタァァァー!!」

消えゆくその朧気な形に嘔吐感に引き攣る喉をこじ開け、叫んだ。
彼はその声にただ、目を閉じて耳を傾けていた。そしてそのまま完全に消えてしまった。

慟哭にも似た声。そこに含まれていたのが、果たして焦燥なのか、悲しみなのか、怒りなのか…私自身にさえ、分かりはしなかった。
2019 08 11
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