―王子様。
頭の隅で、誰かが囁いた。
そう。
彼は正しくその言葉が当てはまるような人物である。
金髪に緑の瞳。整った顔。
深い蒼と銀の鎧に身を包む、高貴な人。その立ち居振る舞いもまた、それらしい。
さぞ、白馬がよく似合うのだろう。
誰かにとっての王子様であり、騎士であり、王様であった。輝く人。勇士。数ある名を馳せた英雄の中でも名の知れた、彼の者の名は―
「アーサー…」
枯れた喉を通って、ぽつりとその名が零れた。
ブリテンの王。
聖剣エクスカリバーを抜いて、白亜の城キャメロットを築き上げ、数々の伝説を残した英雄。
アーサー・ペンドラゴン。
…の、別世界の同存在。
ここでは、この世界では、絶対に召喚されることはないと思っていたのに。
どうして。
なんで。
私なんかをマスターと呼ぶの。
疑問がぐるぐると回るが、それを口にする元気もなく。
当の本人、アーサーは、名前を呼ばれたことを聞き逃さず、嬉しそうに笑った。
ちくしょう。
顔がいい。
「ドクター。マスターななしが目を覚ましたよ」
遠くで誰かと通信していたドクターに、アーサーが呼びかける。
「本当かい!?ななしちゃん!」
ドクターはこちらを勢いよく振り向き、その喜色を全面に出して向かってきた。
「あぁ!良かった!良かった!!本当に良かった…!」
喜びを噛み締めるように私の手を両手で包み、上下に振る。
「あ、あの、ドクター…」
「あっ傷は!?もう痛くないかい?あぁ、痛くないからといって無茶して動いたらダメだよ。まだ精密に検査した訳じゃない。具合がどうか断定するにはまだはやいからね!」
矢継ぎ早にあれこれ言われ、こちらは若干引き気味だ。
傷?傷とはどういう事だ。
聞きたいが、口を開いて言葉にする力はまだない。
今はただ、手を振られるがままになるしかないようだ。
「ドクター。どうかそこまでにして欲しい」
救いの一声だ。
アーサーが私の頬に当てていた手を外し、ドクターの動きをやんわり制した。
「喜ぶ気持ちは分からなくもないが、マスターは今憔悴状態に近い。」
「ハッ!…ゴホン。そうだったね。ごめんね、ななしちゃん」
「ドクター!ななしさんは無事なのですか!」
アーサーの冷静な声に落ち着きを取り戻したドクターに続き、事態の把握が出来たらしい高い声が、ノイズ混じりに問うてきた。
「そうだ、そうだった!マシュ、危篤状態だった47名のマスターのうち、彼女ーななしちゃんが何とか目を覚ました」
それは良かったです、と安心したような気配を忍ばせた応答。
「ちょっとロマニ!それは本当なの!?」
食いつかんばかりに勢いよく問うこの声は、オルガマリー所長だろうか。
「え、なに。ななしさん…って…えーっと、どちらさま…??」
所長の声に混じって微かに聞こえた、この少女のような声は誰だろう。マスター候補のうちの1人か。
とにかく、もう誰も生きていないと思っていた。あの炎の地獄の中で。みんな焼かれて死ぬ。私も死ぬ。何が起きたか分からないままに。
でも今は、こんなににぎやかだ。
こんなに見知った人達がいる。
(嗚呼、)
ドクターがいて、マシュがいて、所長がいて。それに他のマスター候補の人もいる。カルデアスタッフも少なからずいて。
それに―…
セイバー、アーサー。
その名を思い浮かべると、未だに胸の奥で何かがジリジリと焼け焦げる。意識すると苦しくなる。
でも、大丈夫だ。
みんな、いるんだから。
(良かった。)
(本当に、)
何が起きたかは、未だにわからない。
しかし確かに私は安心したのだ。
顔見知りが生きていたことに。
自分が生きていたことに。
そして、アーサーがいたことに。
本当に良かったと、そう感じて。
そうして、心安らぐままに目を閉じた。