無意識のゼロセンチ


『おはよー』

その声に飛び上がりそうになったが、目の前にいる爆豪に味噌汁がかかるのでどうにか平静を装った。

「陽向ちゃん髪の毛すごいことなってるで」
『え、まじ?』
「そこじゃないよ、ここ」

麗日と耳郎に髪の毛を直してもらっている涼風は全くもって普通だ。
昨日のことなんて覚えてもいないんだろう。
ドキドキしてるのは俺だけか、とちょっと苛立ちを覚える。

髪を直してもらっている涼風がこちらに目を向ける。

『上鳴ーおはよー』

俺を見つけて笑顔になるとか反則だろ…。

「おー」

普通、普通に接しろ普通に。
心の中で呪文を唱えて挨拶を返す。

「これで大丈夫」
『あ、ねぇこれ付けてー』

髪を結んでもらったのか飾りを頼む涼風。
どこから出してきたのか分からないが目の前の爆豪がニヤニヤしてるのでもう涼風のことを見るのはやめにした。

「昨日大丈夫だったか?」
「何かあったんだろ」

申し訳なさそうに聞いてくる切島とは対照的に俺の態度になにか気づいてる様子の爆豪。

「何もねぇよ!」

俺は悟られまいと残りのご飯をかっこみ皿を片づける。

『上鳴見てー』
「悪ぃ後で!」
『…はーい』

俺に声をかけてきた涼風を制して自分の部屋へ走る。
正直平常心でいられた自信はない。
後ろの方で爆豪たちに声をかける涼風の声が聞こえたがそれも知らないフリをした。



とりあえず昨日のことを聞かれないようにとさっさと準備して一番乗りで教室に着く。

朝のことを聞こうとしたが緑谷達と盛り上がっているようなので声をかけられず一限目が始まった。

休み時間も事ある事に邪魔され朝会話して以降一度も会話をしていない。

だがチャンスはある。

掃除の時間、俺と涼風は同じ音楽室掃除。
掃除の時間になって音楽室に行くとそこにはもう涼風がいて俺を見てへらり、と笑う。

『今日あんまり使ってないからテキトーでいいってー』
「まじ?ラッキー」

正直そんなことどうでもいい。
涼風と二人きりで話せることが嬉しいんだ。

『上鳴ピアノ弾ける?』
「キーボードはわかるけど…」

座って座ってと手を引かれグランドピアノの椅子に座らされる。

『違うもうちょいそっち』

真ん中に座ったが左に寄れと言われ言われるがままズレる。
と、空いた椅子のスペースに涼風が座る。

いやこれ近すぎるだろ。

『ここね、押して、そうそれで私の真似して』

簡単にできるよ、と一緒に弾ける曲を教えてくれるが動く度に触れる足、鼻を掠める匂い。
どちらも意識が飛ぶのには十分過ぎる材料だった。

まともに弾けない俺に呆れもせずずっと笑っている涼風。
そこで何か思い出したのか鍵盤から手を離す。

『見てこれ朝見せようと思ってたやつ』

そう言って後ろを向いて髪を見せてくる。
そこには結んだ箇所に着いている稲妻型のピン。

『これ上鳴だなーって思って買っちゃった』
「は?!」

爆弾発言を普通に笑って落とす涼風に思わず大きい声を出してしまう。

『この前お茶子ちゃん達と買い物行った時に上鳴だなぁって思ってっ…』

正直ここまで耐えた俺褒めて欲しい。
好きな子にそんなこと言われて我慢出来るやつがいるだろうか。
いや絶対居ない。
気づいたら涼風の口を塞いでいた。
忘れたくても忘れられない昨日と同じ感触。

すぐ隣に座っているせいで手も重なっている。

唇を離すと驚いた表情のまま固まっている涼風。

「悪い…」
『へ、』
「忘れて、な?」

それだけ言って掃除用具をすべてロッカーにしまい音楽室を出る。





彼女はいつだって俺との距離感がおかしい



(その日それ以降涼風と話すことは無かった)
(その日以降もずっと)