02


東京最終日―――
今日生まれてから育った家を出る。
とは言ってもマンションなので戸建てを出る寂しさ、みたいなものは無いかもしれない。

車に乗り込もうとしたところで研磨が顔を出す。

『あれ、部活は?』
「仮病使って早退してきた」
『クロに怒られるよ』

あっけらかんとして言う研磨に笑ってしまう。

「クロには言わなくていいの」
『あれから連絡取ってないし、別にいいかなーって。』
「そっか。」

それ以上踏み込まない、それも研磨の優しさ。

『長期のお休みとか、こっち遊びに来るからその時また遊ぼうね。』
「うん。その間にゲーム新しいのも探しとく。」
『ありがと。』

部活中だから来るはずもないのにクロに会ってしまいそうで少しソワソワとする。
出来ればこのまま会わずに発ちたい。

「蒼葉、そろそろ向かわないとあっち着くの夜中になっちゃう。」
『はーい!じゃあ、また』
「うん、また。」

じゃあね、と手を振ると少しだけ笑って手を振り返してくれる。

車のドアを開けて乗り込もうとしたタイミングで片腕が引かれる。
少し固い何かに鼻をぶつける。

よく知った香りが鼻に入ってきて、あぁ研磨にハグされてるんだと理解した。

『大丈夫。もう会えないわけじゃないから。』

そう言いながら、研磨の背中に手を回す。
ポンポン、と子供をあやす様に優しく叩く。

「………よ」
『え?』

研磨が呟いたその言葉は全然聞こえなくて、聞き返すと少しだけ力を強められた。

「またね。元気でね。」

満足したのか離れていった体に少しだけ名残惜しくなりながら、頷いて車に乗り込んだ。

窓から覗いて研磨に手を振る。
車から見えなくなるまで手を振ってくれていた。

「鉄朗くんには言わなかったの?」
『あー、うん。』
「そっかぁ。研磨くんに悪いことしたね。」

振り向かずにミラー越しにこちらの様子を伺う母と会話をする。

『大丈夫だよ研磨は。一緒にゲームするし。』
「研磨くん目悪くならないかしら。」
『娘より先に研磨の心配』
「あんたはもう目悪いでしょ」
『辛辣』

そんな会話に入ってこない父親はどこか不安げな表情。
スムーズに着きますように、と願いながら窓の外を眺めた。