Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第01話「隻、宣言する」01
*前しおり次#

「だあああああああまた取った! つばさえぐいんすよ毎回毎回オレのめかぶぅぅぅ……! あっ、唐揚げとんなし! あっ、食うなああっ、レモン!!」
「すっぱ!!」
「なら取らないでくださいよ……はっ、残ってない!? あっ、まさっちあざーっす!」
「ん」
「ははっ、翅もう少し考えて取れよ、こんな感じでー。ほーいどーもどーも」
芳弘よしひろ政和まさかずさんに頼りすぎ! 俺自分で取ってるんだよえらくない!?」
「人からうばってる偉くない!!」
 どんちゃんどんちゃん。
 レーデン家の食卓は、横文字の家系にも日本式にも全くそぐわない。独自の文化だと思う。
 言うなれば食の焼却炉だ。戦争だ。落ち着いて食べれば全員に行き渡るはずなのに、戦を仕掛しかけて落人おちうどたちが野盗のごと略奪りゃくだつを仕掛けに行く。そんな雰囲気ふんいきだ。
 えた男どもが全体の七割を占めるレーデン家に、譲り合いの文字は絶滅危惧種だったらしい。
 それだけ血気けっきさかんに奪い合えば、満たされる腹も空きっ腹に戻るのは自明の理である。
 このレーデン家に入って早々、数少ない安全圏を所定の位置にした沙谷見さやみせきに抜かりはない。飛んでくる誰かのはしだの扇子せんすだのを、足元に置いていた盆で防ぎながら食べることにもすっかり慣れたものだった。
 だからたまたま真隣で食事していた響基ひびきが防ぐものを見失い、集中的に被害を受けても動じなくなっていた。好物のこんにゃくだの心太ところてんだのを器ごと持っていかれ、ショックで半泣きになって叫んでいる姿も日常風景だ。
 ……染まりすぎた自覚はあるが、自分の腹は満たしたい。夏を感じる七月の現在、つい数日前に誕生日を迎えて二十二歳になった隻にとって、食いっぱぐれるという単語は生命の危機だ。
 そして長机をはさんだ真正面。隻と同様、淡々と食べているレーデン家嫡男の万理ばんりは、箸を置いてふぅと溜息をついた。
義兄にいさんがた。そろそろ雷駆ライクを呼びますよ」
 カチャカチャ、カチャ。コト、ずずずー。
 食卓が静かになった。隻が感謝するように手を上げれば、万理はました笑顔で応じてくれた。
 ……三年前はこうじゃなかった気がする。
「そういえばそろそろ夏休みじゃのう。万ちゃんはどうするんじゃい? 政和たちも今年は盆参りに帰るのかの?」
「ん……おれはこっち。柱人はしらびと担当、頑張ります。お前ら遊んでこい」
「ありがとう政! 天使だよ政!!」
 政和の口数が少ない言葉は、いつも優しさが見えるものだ。同じ結界担当者から歓喜かんきの拍手が巻き起こる。毎度仏壇ぶつだんにかにかまをよっこらしょと持って行く彼の背は、どこか母親にも見えた。
 芳弘――まだ高校生だという養子の少年は、短い髪を乱雑にいて「そうだなー」とぼやいている。
「オレは帰ろうかな……実家で小遣いもらってからとんぼ返りする」
孝行こうこうしろよ!?」
「げっ、隻にいきびし! じゃあ一日のんびりして」
「だから手伝いしてこいよ!!」
「えー……よし、玄関のくつは並べてくる!」
「やること他にあるだろ!!」
 ほかの養子たちも高校生に親孝行を説くが、隻は白けた目を兄弟子たちに向けた。
 そうやって常識を説教するぐらいなら、食の戦争をやめる良識を持てよ。
 万理の実兄千理せんりは、漬物を食べつつ「孝行かぁー」とぼやいている。
「久々にお袋んとこ顔出しますかねえ……」
「そうし――あ? え、ここにいるんだろ?」
「いますよ。けど普段仲居なかいとして動いてるんで。お袋は一般人なんすよ。全く縁のない血筋だったらしくって、雷駆とか見えないんすよね――れ?」
 万理の箸から、ぼとりと大根の煮物が落ちた。信じられないと言いたげな目を向ける弟が珍しすぎるのか、普段おかずを狙うたか同然の養子たちも、嵐の静けさを感じたように様子をうかがっている。
「兄さん……バカですか。先日まで誰の面倒を見るために食事を運んでくれたと……」
 ジャージ青年の動きがピタリと固まった。どう見ても寝耳に水な反応だった。
 食卓の全員が生温かい顔になる中、隻も千理同様背中に冷や汗が流れた。
 ……母親、頻繁ひんぱんにすれ違っていたあの人だったのか。挨拶あいさつもして一緒に食堂の手伝いをしたし、食器洗いも代わった人だったのに、全く知らなかった。
「え、マジ……ガチ?」
「バカ……」
「母さん……」
 ふと、千理の近くにいた、千理と万理の兄、天理てんりが、ぼんやりとしたまま呟いた。千理が覗き込むと、「いるのか……?」と、片言気味な声が返ってくる。
 次期当主であり、千理たちのおじである多生タオが頷いた。
「まだ帰ってきたことを伝えられていなかったな。もう少し落ち着いたら、会ってきなさい。きっと喜ぶ」
「……おれ……変わってない……」
「別にいいんじゃないか? 千理も六年間変わらなかったんだから」
「チビだもんなー」
「ちょい、翅も響基もなんでそっち行くんすかねえちょっと。霊薬のせいだってわかったんだから年相応に換算しろっつーの!! 肉体年齢ピッチピチのじゅう……あれ?」
 千理、指を折って考え始める。手の平にしか意識を向けていないのだろう。何度か自分の皿に他人の箸が入り込んでも気づいた様子がない。
「え、九歳の時っしょ? ってことは今の年齢から引いて、あの霊薬って、加齢速度半分になるっつー話で……だったっけ? え、じゃあプラス五歳? 十四? なぁんだ普通じゃないすかオレの身長! あービビったー。っしゃ、めかぶく……」
 箸の先がカツンと音を立てた。
 皿、綺麗にから
 固まる千理の隣で、翅が真顔で咀嚼そしゃくする。その口からわずかに飛び出ているのは、明らかに深緑色のあの植物。
 今さらその飛び出たものをじゅるっと口の中に入れても、千理の真っ黒な目は括目かつもく済みだった。
「うんそっかーそりゃあチビだよなぁーしょうがないなーめかぶ美味いなー」
「っ、翅ああああああああっ!!」
「兄さんうるさい」
「弟ひでえ!?」
「千理うるさい!」
「ひび兄!? って、ひび兄……食うの早くなりました?」
「そんなわけあるかこんにゃく誰がった!!」
「ん」
「政和さんありがとう……!」
 よかったな響基。
 隻もエビフライをもらって礼を言う。政和にほうれん草の煮浸しを回して、サムズアップをもらった。
 ふと本題を思い出し、隻は「あの」と当主である正造と、次期当主の多生に声をかけた。
「俺、東京に帰ります」
 ……。
 …………。
 ……………………。
「はあっ!?」
「なんでそろいも揃って驚くん――ですか!!」
 一瞬目上だろうが関係なく怒鳴りかけて、間一髪上下を意識した隻に、響基が生温かい顔をしていた。
 翅が珍しく真顔を崩して隻をまじまじと見てくる。
「いやだって……なんで急に突っ込み不在に」
「お前でいいだろツッコミ大臣!!」
「いつ聞いたのそれ! ……千理?」
「え、言ったっけ? ……あー、言ったかも。さーせんたんまめかぶううううっ!!」
 ずるずるずるずる。
 緑の海藻が勢いよく平らげられる。千理が泣き崩れ、一気に吸い上げすぎた翅は口を押さえている始末。
 丁度実家に帰っている悟子さとしの代わりに言おう。はしたない。
「いいだろ別に……いい加減盆の時だけでも顔見せておこうって思っただけだよ。この間の件の後、連絡また忘れてたし」
 生温かい空気に隻は苦い顔になった。女性陣側で食事する結李羽ゆりはが苦笑いしている。
「この間も言ってたもんね。『成人式の写真まだ見せれてなかった』って」
「いや待って!? それ凄く大事見せような!?」
「しょうがないだろうっかりしてたんだよ!!」
 多生の咳払いが入り、はっとした隻は思わず気まずくなる。当主正造しょうぞうが穏やかに笑って「行って来なさい」と承諾してくれ、素直に頭を下げて礼を言う。
「それでこの間頼んだなんとかバナナをの」
「あっ! そうだ阿苑あぞの家当主に預けたまんま……! すいません、また買ってきます」
 千理が手槌てづちを打ち、「そういえばそうでしたね」と暢気のんきに唐揚げを食べている。
 なんだかんだで、このジャージは唐揚げも好物になっていないだろうか。
「もう消費期限ぶっちぎってますし、向こうで処理してくれてるっしょ。あ、隻さん隻さん、オレもついてっていい? 前のアパートいい加減引き払わないとね」
「あ? ああ、いいぞ」
 むしろ、三年前引き払ったわけじゃなかったのかと、隻は今さらながらに驚いた。ただ、そうなると別の問題も思い出す。
「いいけど、人手足りるか?」
「それならば翅たちでもつれてぶらり旅でもしてこんかね。なんとかバナナがかさばるじゃろう」
「あれじーちゃんそっち!?」
「うーん……行ってもいいけどそうなると今年のキャンプ潰れるよなあ」
 ああ、修行とカブトムシ狩りを兼ねた、あれ。
 翅たちは本来一つのパーティを組んで、夕方に活動している。それもあってか、そのパーティメンバーで毎年キャンプと称した修行の旅に出かけているそうだ。
 暑さも際立つ中で東京はこたえるだろう。どうしたいかは翅たちに任せよう。
「一応お袋に連絡して、それからになると思う。多分じじ――じいさんの家の清掃も手伝うことになると思うけど」
「隻さんのおじいさん?」
 頷いた。結局猫の姿に戻った浄香じょうかが、隻の近くでぴくりと三角耳を動かした。
印籠いんろうの資料があったらそれも見てくる。あの時俺だけ火の中にいても平気だったの、気になってるんだよな。あと――留華蘇陽とめはなのそようが言ってた桜って、じいさんの印籠の桜の紋様じゃないのかと思って。それも東京で聞けたらなってさ」
「……へえ。なる。じゃあついて行くかな。なんかまた一騒動ありそうだし」
「そんな小説だの漫画だのの展開期待してどうするんだよ。正造さん、千理と翅お借りします」
「構わんぞい、夏休み楽しんできなさい。ひびっちゃんはどうするね?」
「当主……俺は翅が行くなら行きます。てなわけで隻さんよろしくお願いします」
「いいぞ。寝れる場所あったかな……」
 いいとは思う。実家に泊まるとすれば、自分としゅんが床で寝ればなんとかなるとは思う。
 あとソファを使えば、いけるだろう。
 結李羽はまだ決め切れていないのか、また後で正造らに伝えることにしたようだ。
 ひとまず、今回の昼食が比較的穏やかに食べられたのはラッキーだった。




ルビ対応・加筆修正 2021/03/21


*前しおり次#

しおりを挟む
しおりを見る

Copyright (c) 2022 *Nanoka Haduki* all right reserved.