Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第08話 03
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 時計を見た翅が固まっている。隻も腕時計を見て、顔を引きつらせた。隼が隻の時計を覗き込み、「え」と声が上ずって出ている。
「十一時……五十八分? 嘘だろ……!?」
ヒトが勝手に区切った時間の狭間。それ超えるまで絶対そこから動くなよ』
「けど結李羽たちを探さないと」
『てめーらが怪談に食われたら元も子もねーだろーが。ちったあ自分てめーの頭で考えやがれ』
 言われたことが尤もすぎて、隻はぐっと黙った。
 千理も大概京都出身に感じなかったが、海理はそれ以上だ。江戸のべらんめえ口調に近いものがある。
 考え方だって思慮がないわけではないのに切り込み隊長のようだ。かつて千理たち兄弟をまとめ上げていた兄は、想像の一枚、いや三十枚も上手うわてだ。
 なのに、座敷童の秋穂は海理の傍までおずおずと近寄っていく。海理が慣れた様子で抱き上げてあやし、女の子は赤い着物を揺らして嬉しそうに笑っている。
「おじちゃ、たかぁい」
『おー、てめー随分と人の姿たもててんのな。身体強化しないと抱え上げられねーだろ』
 身体強化は幻術使いの術のはず――そうか、彼は生前幻術使いだったから使えるのか。
 海理は懐かしそうに笑って、万理が不思議そうにそれを見ている。
 千理が弟を見上げて、少し笑った。
「万理もしてもらったんすよ」
「……兄さんは?」
「そりゃあ高い高いから逆さりまで色々と」
 怨みつらみのほうが先に出ていないだろうかと、千理を見やった先。たまたま目に入った三年の教室の時計が、十二時ぴったりになった。
 廊下がしんと静まり返る。にぃっと笑う海理のその笑みは、本当に千理とそっくりだ。
『さあて、骨のある奴は来やがれよ』
 カタン
 小さな音にびくりと体を震わせる秋穗。海理があやすように何度か揺すってやり、片手を空けると長い刀剣を呼び出す。
 千理がほんの少しだけ青ざめ、「ぅっぷ」と口を押さえた。
『今日何回呪術使ったよてめー。ちっと耐えろよ、片付けてやる』
鬼畜きちく……! 了解」
 沈黙を落とす廊下に、響基がすぐに反応した。いつきが符を出そうとしたが、海理が『手出すな』と鋭く牽制する。
 ひたひた
 ひた
 ひたひたひた
 ひたひたひたひたひたひたひたひた
 ふっと、海理の姿が消えた気がした。次の瞬間、結界の周囲で白い炎が爆ぜているではないか。舐めるように燃え盛るその炎に、千理がぽっかり口を開けている。
『オレがただの剣バカに見えるってか? ターコ』
 結界を取り囲むように立って、結界を破ろうとしていた何かが、悲鳴と共に闇色の糸となって消えていく。
 カラン、カラン
 下駄げたを鳴らすような音が、廊下に響いた。海理が舌打ちし、音を見送る。
『オレ相手に戦う気はねーってか。そーかい』
 白い炎が、星の光のように美しい色のままどんどんと周囲に広がる。
 千理の顔がさらに青くなり、海理がつまらなさそうに炎を消した。途端に勢いよく空気を吸い込む千理は、本気で気持ち悪そうだ。
『幻術維持にそこまで体力使うかよ』
「だっ……! 兄含めて、五つ、目……! 死ぬ!!」
 幻術使い一同から感謝の拍手が送られた。海理はそうだっけととぼけた顔をしていて、改めて次の簡易結界の符をもらった隻は符を貼り変え、結界の外に出る。
 早く出てやらなければ、結界維持だけで千理が干からびてしまいそうだ。
「もういいんだろ。結李羽たち、どこに行ったんだよ」
『さすがにそこまではな。学校中の鏡っていう鏡、探すか? 想耀も鏡の世界までは探せねーだろ……これ以上千理の負担増やすと後が面倒くせえし』
 幽霊が出す幻術も、呼び出した幻術使いの負担になるのは、今の千理を見て重々わかった。だが、それなら刀を消してやれと冷めた目になる。
 結界からそれぞれ出た中で、いつきが符を貼り換える際に顔を青くしたり、逆に悟子は貼り換えるとまた吐き気が強まるからと渋っていたり、様々だ。
 そろりと、悟子が符を貼り替えずに結界を出た次の瞬間、辺りの空気がまたひんやりとして全員がぞっとした。
「悟子戻れ!」
「なんでぼくだけ!」
 即座に結界に入って難を逃れられたようだ。結界の中で泣く泣く新しい符を貼って吐きかけている悟子には同情する。万理が心配そうに「背負おうか?」と声をかけると、中学生は目を潤ませているではないか。
 隻は弱ったなと海理を見やると、何故か目が合う。
『……てめー元一般人か』
「ああ。それが?」
『いや。響基がちょくちょく来て話してくれてたけどよ。お前が隻か。へぇー』
 どこに感心する話があった。というより何を話した、響基。
 すっと海理に手を差し出され、戸惑いつつも握り返す。幽霊の手なのに、すり抜けることなくしっかりと握れたことに目を丸くした。響基と翅から恨めしそうな顔をされても何がなんだかさっぱりだ。
『弟たちが世話になったな』
「は? ――ああ、そういうことか。世話したっていうより、万理には世話されて、天理には助けられたんだけどな」
「あれオレは!?」
「あー……ああ、うん。お前のは世話したか」
「ひっでー超ひで――ぅっぷ」
「吐きそうなら休もうな、ほけんし――ごめんなさいなんでもない」
 悟子から恨めしそうな顔をされ、響基が視線を逸らした。隼が深々と頷いている。
「夜の保健室は大人なこと以外は不吉だからな」
「キャー響基サイテー」
「そういう意味で言ってないよ!? 今の隼さんが最低じゃないのか!?」
『てめーら探す気ねーなら陣の中でおねんねしてるか? あ?』
 翅も響基も青い顔でぴたりと黙った。隼が笑い飛ばそうとして、海理に睨まれた瞬間真っ青になって諸手を上げていた。隻は殴ろうと準備した手を虚しく下ろす。
 ……いや、虚しくなってどうする。手を上げて解決する癖をどうにかしたほうがいいのに。
 海理がしばし考え込み、千理は顔色が悪いまま最後に結界から出てきて、自分で作った陣を消した。途端に顔色が戻るも、どうにも優れた様子がない。
『……しゃあねーな。おい隻、体貸せ。乗っ取る』
「はあ!?」
 思わず叫ぶ隻だけでなく、翅も響基もいつきも、万理までショックを受けた顔。千理に至っては「憑依連身!? マジで、楽!!」と叫んで万理か複雑そうな目を向けられている。
『幽霊で試したことはねーけどな。この場合オレが憑依したっていうほうが正しいんだろーが、この手法なら呪力は隻から奪えばいいしよ』
「誰がカモになるかよ!」
『じゃあこのまま千理に全部負担かけるか? こいつが潰れてオレも消えたらどうする。お前ら後六時間耐久レース、勝てるってか?』
 ……沈黙。
 翅がちらりと、青い顔の千理を見やって溜息をついている。
「いつもなら遠慮なく負担かけるのに」
「え!?」
「でもなんで隻限定?」
『いつきに憑依したら余計負担増えるだろ。そこのチビだと、下手したら変な現象起こりそうだしな。てめー妖精の子だろ』
「わかるんですか!? っていうかチビってぼく!?」
 衝撃を受けた悟子がかわいそうだ。なのに、海理は不名誉を詫びる気がまるでないらしい。
『そりゃてめーの姉貴自慢の弟だしな』
「姉を知ってるんですか!? えええ!?」
『一々脱線させんじゃねー』
 発端はお前だと悟子の代わりに怒鳴れなかった。
『でまあ、翅だと反り合わねー。想像力だけで持久力ない奴に入っても無駄骨だ』
「わーいさっくりー……まあ俺もお断りだけど。今情緒不安定だし」
 千理とそろって面倒くさい。……あ、口癖写った。
 響基がじゃあと、自分を恐る恐る指している。海理が思い出したように相槌あいづちを打った。
『てめーはなんか嫌』
「海理!?」
『で、万理はさすがに気が引ける』
「何この扱いの差!!」
「おいならなんで赤の他人の俺はいいんだよ矛盾だろ!!」
 海理はふっと溜息をつき、無駄に優しい兄のような笑みを見せてきた。
『他人だから利用したってしみなくぶっ倒せるだろ』
「失せろてめえ」
『まあ冗談は抜いてだ。てめー何度か千理と憑依連身で相方やったんだろ。こいつの動きについてこれる奴のほうがいいって話だ。おら札げ』
 誰が剥ぐかと吠えたかったが、それもそれで千理の札を愛用している感じがして嫌だ。
 ……嫌だし、ごねてる場合でもない。結李羽と未來を探すのに四の五の言ってられない。


ルビ対応・加筆修正 2021/03/21


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