境界融和世界の幻門ゲート

第35話「NOT自宅」01
*前しおり次#

 グリフォンの子供は、介の予想通り自分で餌となる虫を捕まえて食べて過ごしていたようだ。
 ただ、鏡たちは一日かかる道のりを何度も往復するには手間がかかる。彼らが毎週定期的に来ることをわかっているようで、グリフォンは自分から、草木の影を縫って街の郊外から数時間かかる場所で待ち伏せするようになっていた。
 このグリフォンは非常に頭がいいらしい。人間全員が味方とは思っていないようだ。鏡たちの姿を見つけ、周囲に人がいないことまで確認しているかのように、誰も通らない時に鏡たちに鳴き声を上げて知らせてきていた。
 鏡たちが持ってきた肉を美味しそうについばむ姿は、後にあの巨体となる猛獣とわかっていてもかわいらしい。鏡たちの言葉を理解するように、話を一緒になって聞いている姿には感心させられた。
 奏はあれから、笑顔に無理があるように見えた。
 楽しい話があれば笑いはしているのだ。けれどどこか強張っているというか、遠慮気味というか。少なくとも心から笑えていないのはよくわかった。
 御影がこっそり鏡へと教えてくれたけれど、やはり奏は操られて御影や介を狙った時の記憶が戻ってしまっていたらしい。二週間経った今も彼女は寝る時うなされているそうだ。
 御影がこっそり、安眠できるように魔術で深い眠りに落としてあげなければいけないほどに、その傷は大きかったのだろう。
 エルデが幻影の対策を、防具でできないか試したいという提案のため、全員で遺跡に潜ることになった。
 ただ、初めて悠里が遺跡に関して言葉を濁らせたほどには、奏を本調子には見ることができなかった。その彼女が、今は休むより自分のやれることに集中させてほしいと言ってくれたからこそ、今こうして遺跡の中にいる。
 現実世界のビルを思わせる、廃墟のような遺跡。入口は破壊され、エレベーターは機能を停止し、そこらに張り巡らされた赤外線のせいで事ある毎にやってくる機械連中には頭が痛い。
 ただ。
「わあっ、また機械のトラップがある! あっ、これ数式パズル――ちょっと待ってて、罠解除できるかもっ!」
「あ……うん」
「み、御影ちゃんがあんなに饒舌じょうぜつになるなんて……」
 御影の、鏡命名『夢中症候群』が初めてあそこまで発揮された姿には、全員言葉を失いかけたのもこの遺跡の機械たちを相手にした時だった。
 一番気兼ねなく話せると言ってくれた自分相手よりも、機械に関して語る時のほうが饒舌なのは複雑だ。
 二段構えに作られた銃弾のトラップに、鏡が顔をしかめてこめかみを突く。介も何やら生暖かい顔をしていて、どうやら鏡の予感は当たったようだ。
「介さんはこういう現実世界に似た遺跡のほうは、入ったことあるんですか?」
「いや、ないよ。情報を集めてただけだね。魔導鉱の中でも、魔術の伝導率に優れている、おれたちの世界でいうレアメタルみたいな魔導鉱が多く採れるらしいんだ。あと機械がやたら多い。レーザーとか使ってくるそうだよ。ただ、銃は搭載されてないはずだけどな……」
 それはそうだろう。銃がここで使われるのなら、部品を奪った異界の民が銃を手に入れられるはずだ。
「どう考えてもおかしいですよね、それなら。もしかしてここもですか……?」
「だろうな……おれ、シャッフェンさんのお兄さんに二段構えの罠用意されたんだよなあ。ビンゴだろうねえ」
「これ、構えられてますよね、絶対……」
「そうなの? ここの遺跡機械いっぱいだね。プログラミングどうやったんだろ、解くのすっごく楽しいよっ」
「あ、夢中症候群……」
 生暖かい目で御影を見守る。悠里はもう言及を諦めたのか、時折奏に目を向けていた。その奏も、御影に呆気にとられていたけれど。
 彼女の肩や胸元を守る防具は、比較的軽い素材で動きを妨げないように工夫されているようだ。一見革鎧のように見え、腕のパフスリーブはスリットが入っていて、おしゃれにも見える。
 だが実際に触ってみると革鎧部分は固いのだから、怪我の多い彼女にはうってつけだろう、
 ただ、鎧が固い素材なだけに若干動きにくそうでもある。
 しばらくパネルを操作していた御影が嬉しそうに顔を上げている。
 扉が、開いた。
 この間約三分。
「うんっ、これも解けましたっ! プログラミング単純かも。きっとここをこうすれば……」
「わ、わかったから罠のプログラムを上書きすることだけはしないでくれ!」
「聞こえてないと思いますよ……今完全に夢中になってますから……」
 介の顔が絶望の色を示した。奏が生暖かく笑んでいる。
「み、御影ちゃん、機械……好きなんだ……」
「……まさかここまでのめり込むなんてな……」
「あっ、これどう動いてるんだろっ」
 今度は扉の奥の部屋にある、変な装置へと向か――
「御影危ないよ!? 近くに罠がないか探すから待ってて!!」
「わ、私行ってきますっ!」
「あー……」
 ついに悠里が顔を押さえた。介が近くの柱に寄りかかって溜息をついていた。
「あれ? これ、こんな作り方したらだめなのに……配線短くしないと」
「いやだから……! 罠解除してくれ!!」
 介が、ついに走る。
 鏡は苦笑いを浮かべて振り返り、既に装置に目を向けたまま考え込んでいる御影へと顔を青ざめさせる介をあわれに思った。
「いや、この夢中症候群……たまに幸運運んでくるから大丈夫ですよ……多分、うん、多分」
「あっ!? 起動しなくなっちゃった……」
 ああほら、案の定だ。
 泣きそうな御影にあんぐりと口を開ける介がかわいそうだとは思う。それだけ御影の行動は何が起こるかわからないし――それを鏡はよくわかっている。カーレースのゲームでコースから逸れてしまい、御影が慌てているうちに裏ルートを見つけて順位を逆転されたことが何度あっただろう。それでも爆走して勝った兄は今思うと、頭がおかしいと思う。
 介が愕然として、機械を見ていた。
「罠解除されてないか、それ……」
「……ね? これが夢中症候群の恐ろしいところですよ……」
 鏡は生暖かい顔を介に向ける。彼は沈黙しきっていて、鏡は泣きそうな御影をなだめることにした。奏が先行して、開けた通路の出口付近で様子を窺ってくれる。
「あの、あそこ、扉幾つもあるんですけど……」
「恐らくは貯蔵庫、工房、自室でしょうね」
 機械にはしゃぐ御影を見守り続けたエルデが扉の前へと立ったも、機械の操作は彼女にはわからないらしい。奏が扉に備え付けられたテンキーを見て、パスワードを尋ねてくる扉の施錠に苦い顔になっていた。
「全部扉にロックかかってるみたい……初期設定なんてことないのかな……」
「壊せば早……無理だな、こじ開けられないようにご丁寧にガトリングガン吊るされてやがる」
 えっと顔を上げた奏と鏡。天井近くに備え付けられた、ガトリングガンらしい大きな黒い鉄の筒とバレルに顔が引きつった。
「……0594ファルチェとかかな……とりあえず試してみようっと」
『1234』は違った。もちろん『0594』なんて名前を無理やりもじったような数字で通るはずもなかった。
 だとするとパスコードはなんだろう。御影がひょっこり覗き込み、奏が驚いて悲鳴を上げている。
「きゃっ!? み、御影ちゃん、これまで解くのは無理でしょ……」
「う……そうですね……パスコードは無理です。パソコン画面だったらハッキング方法いくつかあったかもしれませんけど」
 御影……前の高校で何やってたの……。
 気を取り直そう。彼女のおかげでここまで来れたのだ。自分たちも知恵を絞ろう。
「うーん……三回失敗したら撃たれそうだから怖いんだけど……」
 近くの扉に行く鏡。介も奏たちの扉を見やり、肩を竦めて最後の扉へと歩いていった。
 鏡はなんとなく、『1111』と入力してみた。
 入力された数字を記していた赤い光が緑に変わる。ガチャリと外れた音に、鏡は目を丸くした。
「あっ」
「えっ」
「わあ……すっごい単純……っていうより、これ初期設定ですかね……」
 隣の扉を、介が同じ数字を入力してぱっくりと開けたようだ。固まっている彼を見やり、手持ち無沙汰だった悠里がエルデを見下ろしている。
「アホなのか……?」
「アホですよ」
「凄い生活感溢れる部屋だなここ。自宅かっ!!」
 ああ、ついに介が開けた扉の先を見て吠えた。見かねた悠里の溜息がどうでもよさそうだった。
「……どっちから行く?」
「……あいつならこう言うだろうな。『エロ本探せ』って」
 誰か一発でわかった一同は沈黙した。御影が衝撃を受けた顔で介を見て距離を取り、鏡は居た堪れない。
「御影、介さんは違うからね……?」
「そ、そう、なの……?」
「うん、興味持ってるのはアレンくんぐらいだよ……多分」
「兄ですが、超初心うぶな青少年なのでないと思いますよ。推定仲間の神崎≠ウんに持ち込まれていればわかりませんが」
「あいつなら持ち込んでもおかしくないな……全力でやめておこうか」
「あの人本当のスケベっていうか変態だったんですね……」
「最低、です……!」
 やっぱり御影はその辺の耐性をもう少しつけたほうがいいと思う。口には出せないけれど、本人が苦労しそうだから……。
「魔道鉱もここにはないでしょう。あるとすれば……」
 鏡が開けた扉を見やるエルデ。工房とご丁寧に書かれたプレートがなんだか虚しい。悠里がげんなりとしている。
「近づきたくねーんだよな……つーか、もうバレてただろうし……」
「部屋に入った瞬間蜂の巣は覚悟したほうがいいでしょうね」
「蜂の巣ねえ」
 視線を降ろした介の目が、たのしそうに細められた。鏡も扉を見やって首を捻る。
 工房から出る熱の影響だろうか。他の二つの扉にはなかった変形が見られ、扉に隙間が生じている。さらに介は、扉の傍の通風孔を見上げていた。
 けれど、それがどうしたのだろうか。
「……なるほどねえ……」
「考えることは一緒、か」
「慈悲もありません」
「えっ、えっ?」
 どうして悠里とエルデがわかったのだろう。というか、悠里と介のにやりとした笑みがいつも以上にやる気を見せている。エルデまで水属性を内包した魔石を取り出していて、何をしたいのかさっぱり――
「御影さんも協力してくれ。水攻めしよう」
「えっ!?」
 鏡は思わず御影と共に叫んでいた。介がにっこりと笑んでいる。
 初めて会った頃に見た営業スマイルを、ここで久しぶりに見るなんて思わなかった。
「大丈夫、どうせ中は広いはずだ。薄く水の膜を張っておくだけでいい。その後は……ねえ」
 本当に、どっちが悪役だろう。
「さあて、それじゃあやろうか――」
 介の手が扉の隙間に向くかと思いきや、示した先は通風孔ではないか。そこから降ってきた楕円形だえんけいの何かが凍りつき、地面に弾んで転がった。御影が慌てて目を上げる頃には、介の魔術で注がれた水は通風孔を流れていくではないか。
「え、そっちですか!?」
「いやあ、落とし物が落ちてきたからねえ」
 けらけらと笑う介からそっと視線逸らして、降ってきた楕円形のものを見てぞっとした。
 グレネード弾……!? ということは、相手はここに自分たちがいるとわかっていて投げたのか。悠里の言う通り、こちらが来ていることを知られているだけでなく、もしかして会話も筒抜けかもしれない。
 通風孔が爆破され、破片と飛沫が穴からこちらに出てくる。顔を庇うほどのものではなかったが、介が目を据わらせて舌打ちする姿に顔が引きつりそうだ。
「大丈夫、押し入ろうか。パスコードはとっくに解除されてるんだからね」
「やれそうなら俺とエルデで弾丸弾く、後衛は詠唱準備頼む」
「わかった、初手は防ぐよ。鏡くん、水に何がいいかはわかってるね? 頼んだよ」
「わかってます」
 詠唱を始める。悠里が自らの影を魔術により鎌に変えた。準備が整い、奏が取っ手に手をかける。
「開けます……!」
 奏の手がドアノブを捻り、扉の陰から扉を勢いよく押して開ける。目に飛び込んできた二丁拳銃を構えるファルチェの姿に、介が既にブレスレットのラリマーへと手をかざしている。
「甘い」
「だろうな!」
 巨大な水塊を纏わせた弾丸が放たれた。螺旋を描く水へと、介が作り上げた氷壁がさえぎり、破壊される。弾丸が地面に転がり、水と氷が辺りに飛び散った。
 最前線で構えていた悠里に向けられていた拳銃が、もう片方の手に握られたそれに切り替えられる。
「それも甘い」
 後発が火を纏って打ち出される。燃え広がるそれに、介は笑んで返した。
「そうかな?」
 水晶の壁が立ち上がり、前衛である悠里と鏡を守りきった。
「さすがに二回目の二段トラップは読まれているか」
「当然。参謀を任されている以上はねえ」
 弾丸を受けても一部が溶けて湾曲しただけで、ファルチェも冷静に拳銃を再装填している。鏡の手が前へと突き出された。
あまを揺るがせ、虚空の暁光。空を二分せし神の槍よ、とどろけ」
 咄嗟に飛びのいたファルチェの足元に満ちていた水が、後を追うように動いた。
「雷鳴の覇者の証をここに!」
 落雷が生じる。
 ファルチェを容赦なく穿うがったそれが、男の体をらせる。
 痛みに呻きながらもなんとか立つ男は、苛立たしげに手を振ってしびれを払った。
「やってくれるな……おっと」
 左右に散るエルデ、奏、そして悠里。悠里が一番にファルチェへと飛び込み、鎌を振り下ろしたも拳銃で防がれる。牽制で発砲され、否応なく後ろに下がらざるを得なくなった悠里の目は鋭く、不敵な笑みを浮かべている。
「こないだの借り、しっかり返させてもらうぜ?」
「勘弁してくれ、俺は元々戦い向きじゃないんだ……って聞いてくれそうにないな」
 肩を竦めるファルチェの奥には魔石の台座が。頭上にはガトリングガンが。
 広い空間の隅に構えられた工房が違和感を放ち、介が注ぎ込んだ水がファルチェの足元で輝く。
「――顕現せよ光。光の礫、清き刃となって閃け。つるぎよ断罪せよ!」
 光が剣の形を成し、奏の周囲を鋭く回ってファルチェを切り裂こうとするも、間一髪でかわされた。
「戦闘向きじゃない、ねえ。君が自分で蒔いた種だろう?」
「ごもっとも……と、言いたいが、先に水攻めにしようとしたのは君たちだし、俺は正当防衛なんだがな。だいたい、俺はここに住んでるわけだから不法侵入なわけだし」
「遺跡を勝手に住まいに大改造しておいて何が不法侵入ですか」
 斬りかかりながらの妹の毒舌に、ファルチェは竦めかけた肩に力を入れながら拳銃でいなす。
 音を聞き取ったエルデの目がさらに据わった。


掲載日 2021/08/10


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