「Sランクを贅沢に使いましたね……許すまじ」
「と言われてもな……」
「遺跡に入る以上不法侵入不法滞在はお互い様だよ――開け
ファルチェが顔をしかめた。エルデの刀を振り払い、介へ向けて銃弾を撃ち込むも、御影が作ったままの壁を破壊することも叶わず止まる。
「その真価、解放。上位の幻門よ顕現せよ。我、弊害となりし意志なき亡者を太平の海へと還す者」
ファルチェの傍に溜まっていた水が揺らめいた。
突如上がる水柱が彼を捕える。苦しげに顔を歪めた男が引き金を引くも、弾丸が射出されない。介がすっきりした顔で壁の後ろから出ていき、御影も今のうちにと小走りについて行く。奏がげっそりとした顔で、介を見やったではないか。
「本当あの魔術エグいですよね……――!?」
奏がはっと、入口へ向けて振り返った。悠里がファルチェを見据えたまま、鎌を消し去る。
「お前らよけろよ……! ――我、闇に応える者也。我は影、影は我。光打ち消す絶望を示せ!」
「えっ、ちょっ、まっ!」
ぎょっとしたのは前に出たばかりの鏡も同じだった。奏が慌てて悠里を止めようとするも、影という影がナイフや矢の形となって飛び交う、襲いかかる。鏡が耐え切れず叫んだ。
「味方もまだ巻き込むなら使わないでよ!!」
「やっぱだめか……味方識別とかできりゃいいんだが、やり方知らないんだよな」
冗談きついよ――!
ファルチェにも影の攻撃が当たっているとはいえ、いくらなんでもやっていい魔術ではない。
避ける最中、不意に影が消え去って目を丸くした。
水が弾ける音。
慌ててファルチェへと目を向けると、地面に落ちた彼は咳き込んでいるではないか。介が目を見開き、悠里が苛立たしげに入口へと目を向ける。
「なっ!?」
「ちっ……新手のお出ましか……」
「げほっ、オレが水に耐性があるとはいえ、雑じゃないか?」
「お前の扱いを丁寧にしたことがあったか?」
たった一度だけだけれど、聞いた覚えのある軽薄な声。
目を見開いた鏡は、入口に目をやった。
色素の薄い茶色の目と髪。長身でありながらひょろりとした様は、悠々としている。愉しげな男は、げんなりしているファルチェへと目を留めていた。
「ああ、なかったな、オレが悪かったよ。後これ、新作」
「おおっ、これかあ!」
愉しそうな笑みが、無邪気に走る。御影が打ち立てていた水晶の壁に触れると容易く崩し、絶句する一同には見向きもせず、銃を受け取って笑っている。
「本当だ、影でも持てるんだな――さすがファルチェだ」
ファルチェまでもが絶句しているではないか。奏が神崎≠睨みつける。
「出たわね覗き魔……!」
奏の怒りを顕わにした声に、神崎≠ヘ
「オレは覗くなら正々堂々派だぞ?」
「どう転んでも最低ですっ!!」
「っていうかそれで通じちゃっていいの!?」
「……確かにある意味正々堂々覗いてたな、うん」
悠里が居た堪れない顔で投げやりに返して、再び自分の影から鎌を作り上げている。神崎≠ヘ銃の握りを確かめ、満足そうに頷いている。
「これならこの体でも行けるな。やっと楽しみが増えた」
「どれだけ闇属性と同化させるのが難しかったか……というか、珍しく褒めたな、お前」
「失礼だな、オレでも褒める時はあるぞ?」
「お前より失礼なつもりはない」
「っの、余裕なんて与えないわよ……!」
神崎≠ェ、奏を見た。にいっと歪む笑みが口を開いていく。
「へえ? またお前を操って殺し合わせようか? 兄のようにな」
一瞬にして奏が青ざめる。悠里が奏の傍へと走り、頭を軽く撫でて前に立った。
「奏、無理すんな、下がれ!」
「はああああああ、つまらない庇い合いはまだやってるのか。それもお前がかー、面白くないな」
神崎≠フ目が細められる。怯えたような奏の目が、悠里へと向けられた。
「た、楯山さん……」
「こないだの件で思い出してたんだろ? だったら尚更、無理すんじゃねえよ」
黒の相貌が怒りを露わに神崎≠スちを睨みつける。奏をかばうべく立って構え、低く
「前の借り、溜め込んでんだよこっちも」
「おお、怖い怖い」
棒読みしたようなファルチェの声を皮切りにか、神崎≠ヘ堪えきれない笑いを高く放った。
「ははっ、
影の鎌を握る悠里の手に、きつく力が入っていく。
「チッ、人のトラウマ漬け込んで他人のトラウマ再現させやがって……!」
「それ以上
「ひどい言いがかりだな。あいつはオレの師匠だぞ? 魔術のな」
「その師匠を操って殺し合わせたのは誰だよ!」
耐え切れず叫ぶ鏡へと、神崎≠ヘ不思議そうに見下ろしていた。
「オレだよ。それが?」
喉を怒りが焼く。
睨み上げる鏡に怪訝そうな表情を見せる男。悠里が低い声で鎌を振り、具合を確かめた。
「よし、やるならそろそろおっぱじめようぜ? こっちは臨戦態勢整っちまったみたいだし。――やらねえって言っても帰す気ねぇけど」
「あーあ、オレは今日は銃を受け取りに来ただけだぞ。戦う気なかったんだ。自己防衛しないとなあ」
面倒くさそうな神崎≠ノ、ファルチェがまったくだと肩を竦めている。奏が震えていた手をぎゅっと固めた。
「……許さない……!」
「安心しろ、そうカッカしなくとも今日は帰る。ファル、お前も出ろ。一々相手にするより魔石の台座を開けたほうが早い」
「オレも同感だ。とはいえ、ここ最適な工房だったのにな……またいい場所探さないと……」
「逃すとでも?」
「そゆこと」
鎌が振り上げられ、そのまま投げ飛ばされる。ファルチェが光属性の魔石を砕き、即座に魔術を発動させて鎌を破壊した。
「だからオレは戦闘には向いてないんだが」
「折角オレの機嫌がいいんだ。さっさと行かせたほうが賢明だぞ。じゃないと――」
奏へと目を向ける男に、彼女がぎくりと身を引く。庇うように奏の前で構える悠里の目が鋭い。
「……お前はなんで奏の精神狙うことに固執する? 返答によっちゃ、俺はお前を絶対に許さねえ」
低く響く悠里の声すらも、彼にはどうでもいいようだ。何を言っているんだと言いたそうで、鏡は苛立ちを隠せない。
「は? 理由? あるわけないだろ。そいつの精神が
許さない
この人、人を人として見ていない――!
「介、殺していいか、こいつ」
真顔で、表情を全て殺したような顔で神崎≠見据える悠里に、介は苛立たしげに肩を竦めて返している。
「そいつの生死を決めるほど、おれはそいつと同じ土俵に立つ気はないよ」
暗黙の肯定だった。
御影まで胸の前で拳を握り固めて、悲しげな顔をしている。神崎≠ェ
「許しません……人の心、そんな風に言うなんて……!」
「また始まったのか、友情ごっこ。やってられないな。ファル、行くぞ」
「ああ、本気でオレも帰りたい」
「――顕現せよ、風」
もう黙ってなんていられなかった。マラカイトの輝石から放たれる光がいつもより強くなる。
「死神の風よ荒れ狂え、狩るべき魂はここにあり。凶事の風乱れ、狂え、吠え猛れ!!」
風が一瞬にして乾き、神崎≠ニファルチェの周りから退いた。目を見開くファルチェが膝を突く中、神崎≠ヘ手を持ち上げてドーム状の暗がりを自身の周りに形成する。途端に咳き込むファルチェは、息を深く吸い込んでいるではないか。
「あーあー、闇属性なんてオレに向けても無駄だ。そんなに相手してほしいなら……ああ、そうだ、忘れてたな」
悠里たちに向けられていた目が、鏡と御影へと向けられた。悠里がはっとしている。
「――警戒しろ! 鏡! 御影!」
「へ!?」
御影のもとへと走る。神崎≠視界に捉えつつ、御影を庇えるよう振り返った瞬間、神崎≠ニ目が合って怖気が走った。
「名をここに記す。彼の名は『鏡』」
僕!?
聞いたことのあるフレーズにはっとする。介が以前、神崎≠ノ名を奪われたというその詠唱と同じだ。
どうしよう、どうやって止めたら――!
「やめろ神崎=I」
「名を――」
「させないから!」
奏の声が響いた。光の槍が闇属性のドームごと神崎≠フ左腕を貫き、彼が目を見開いている。怒りに食いしばられた歯が
蹴りが、神崎≠フ左腕を重たく打ち抜く。傷口から黒い靄が漏れ出て、二度目の蹴りを体を捻ってかわす彼の目が冷えている。
「しつこい」
銃口が悠里へと向けられ、悠里が舌打ちした。
「お前の記憶、抉ってやろうか?」
「そりゃ勘弁願いたいね!」
発砲、金属にも似た衝撃の音。
瞬間的に作り出された鎌が銃弾を弾いていた。周囲に降りた霜を炎の弾丸で打消し、ファルチェが面倒くさそうに、装填された弾を入れ替えている。
「さっさと誰か操って殺し合わせてる間に退散したほうがよくないか?」
「そうだな、そうするか――」
物色するような神崎≠フ目が、奏を見据えた。
奏の足元から影が広がる。手の形をしたそれが彼女の動きを封じ、目へと向かって伸びていって――
叫ぶような必死の声が詠唱した。
「我が影を沈黙の従者とし、
影の動きが止まった。青ざめた奏が、はっと悠里を見やっている。
「今の間に光魔術で相殺しろ!」
「――は、はい!」
影を光が照らし、消していく。自由になった奏が震える呼吸をなんとか整えた。悠里が奏の状態をちらりと確認し、鎌を再び作り出している。
「俺は影相手じゃ縛るくらいしかできねえからな、お前頼りなんだぜ?」
「……ばか」
くしゃりと泣きそうな奏の様子に、悠里の鎌を握る手に力がこもったように見えた。
御影が鏡の後ろで詠唱を唱えていく。
「――母なる
「だから戦いは専門外って何度も言っているだろう!!」
風の防壁が斜めにせり出す石槍を粉々に砕いて消えた。うろたえた御影を背に、鏡は走り込む。
「専門外でこれって、反則です……!」
「だったら――! こっちだ!!」
ファルチェの銃口が向けられた時、鏡の姿はそこにはない。
死角を利用して後ろに回り込んだ鏡に、ファルチェがはっと銃口を向け直し、エルデが刀を一閃させようと振り上げた。
「ちっ。もう面倒だな」
一瞬何が起こったか理解できなかった。視界が一瞬にして暗くなり、慌てて踏み留まろうとした鏡は床に
「わわっ!? どうなって――あっ、みんな大丈夫!?」
「だ、大丈夫――! 暗闇にする、魔術だよ、きっと!」
「くそ、逃がすかよ――!」
「ちょ、おま、実体触れたっけ!?」
「触れるわけないだろ、よく見てみろ、岩使ってるだろ」
「なるほど、道理で痛いわけだ!!」
……。
今の、神崎≠ニファルチェの声だったような。
なんだろう、今のちょっと間抜けなやり取り。
「さっさと出るぞ。お前がパスコード全部初期設定にしてなければ、別の部屋に入っていられたのにな」
「いや、貯蔵庫はちゃんと変えてあるぞ……工房と自室はいくら入られても構わないが貯蔵庫に入られると発狂する」
なんだろう。三下の打ち合わせみたいなこのやり取り。
足音が遠のいていき、奏の詠唱がはっきりと聞こえてくる。
「暗き道を照らす灯火となれ!」
暗闇が晴れた。その頃には、神崎≠焜tァルチェも工房代わりのこの部屋にはいなかった。悠里が苦虫をかみつぶしたような顔をしている。