境界融和世界の幻門ゲート

第34話 04
*前しおり次#

「人間がゲート化して魔物になったのなら、殺された時点で消えているはずなんだ……」
「正解だよ。元々は遺跡の守護をしているグリフォンなんだろう。そしてその守護をするはずのグリフォンがこんなところにいて、奥に道があるということは」
 大和がピンときた顔をしている。
「なるほどね。遺跡の外装が崩れて、グリフォンが自由に遺跡と外を出入りできるようになったってわけか。筋としては通りそうだね」
 いつもなら説明が長いと言いそうな悠里が、微かに目を見開いた。
「……待て。グリフォンが守護者でそのグリフォンは……ってことは次の守護者ってまさか……」
 鏡もあっと目を丸くして、御影の腕の中で大人しくしている幻獣に目が行く。注目を浴びてか、グリフォンの子供は鏡たちを見回していた。
「そうなるだろうね、遺跡に入ってたなら。ここに一度グリフォンの子供を置いていこう。じゃないと遺跡に縛られるんじゃないかな」
「は、はい……」
 御影がグリフォンを放さない様子に、鏡はグリフォンの頭をそっと撫でた。
 擦りつけるようにして撫でろと言ってくる小さな頭が、手の平に収まるほど小さい。
「心配なら残る? なんなら僕も残るし……」
「お前新しい魔術はいいのかよ」
「うーん、大事だけど……僕も心配だしね」
 御影が俯き気味の目を悲しそうに細めて、ゆるゆると首を振った。
「うん……でも、罠があったり、魔術が必要だったら、いけないから、行く」
「そか。まぁ、せめてかくまってやってから行こうぜ。こいつを守るもんは何もねえわけだしな」
 複雑そうな笑みを残した悠里の助言に、御影はうんと頷いた。
 ふと介が巣の寝藁へと近づいていき、手早く一部を解体して持ってくる。まるで日曜大工をするような手つきに、鏡も悠里も唖然とした。
「きっと巣のにおいがあるほうが、その子も落ち着くだろうしねえ、これでいいか」
 彼の足元には、低木の間に見事に馴染んだ寝藁が出来上がっていた。子グリフォンの体に合わせて窪みまで設けられている。簡単には崩れないよう、どうやったのか外側が簡単に編まれていたのは言葉が出なくなりそうだ。
「さ、さすが手際いいですね……」
「道産子ぱねえわー」
 介が目を据わらせて悠里を見上げたではないか。
「だから、おれは都市部出身だってば。親戚の牧場の手伝い経験あるだけで」
「その手際でよく言うぜ……」
 一同に頷かれて、介のなんとなく不服そうな顔が新しい巣の具合を確かめ直した。不備はないのか、彼は立ち上がって肩を竦めていた。
「はいはい。それじゃあ行こうか」
「はい。ちょっと、待っててね……あっ」
 グリフォンを巣の傍へと降ろそうとした御影の腕を蹴って、グリフォンは走っていってしまう。介が衝撃を受けて固まり、大和から生暖かい顔で見られていた。
「嘘だろ、気に入らなかったのか……!? あ」
 グリフォンの足が緩やかに歩みを止めて、奏を見上げている。地面に座り込んだまま動いていなかった彼女に、鏡は怪訝な顔でこめかみを突く。
「最初は御影で次は奏さん……? というか、奏さん大丈夫ですか? さっきから何も喋ってなかったですよね……? 立てますか? ……奏さん?」
 奏がやっと顔をはっとさせている。御影が心配そうに見下ろしている。
「奏さん、立てます、か?」
「――あ、う、うん。大丈夫……きゃっ!?」
 途端にグリフォンが羽ばたいて、立ち上がろうとする奏に翼をぶつけている。顔を庇った彼女の隣へと、目を細めた悠里が近づいてしゃがみ込んだ。困惑する奏を見やり、グリフォンを見下ろしている。
「お前、もしかして奏に休めって言ってるのか?」
「……え……?」
 グリフォンが飛び上がり、悠里の頭の上へと羽ばたいて乗り落ち着いている。落ち着いて鳴く子供を見上げて、悠里は納得したようだ。
「お、正解か。ってことはお前、立つのすら無理だな。ったく」
 少し遠くにある意識で困惑しているような奏を、悠里は心配そうな様子で見下ろしている。介へと振り返る時には、頭の上の子グリフォンも介を見上げている。
「介、こんなモチベーションと体力魔力で遺跡攻略なんて無理だろ。万全の体制で挑んだほうがいいと思うけど、どうだ?」
 介が頷いている。鏡も同感だったし、御影は心配そうに奏を見下ろしていた。
 傷が見当たらないし、御影のあの術で傷どころか疲れまで消し飛んだほどだ。それ以外だとすれば――
 もしかしてあの幻覚で、また記憶に関するものを抉られてしまったのだろうか。
「そうだね。もう戻ろうか」
「い、いえ、大丈夫です……あ、そ、それなら皆さんで、行ってきて……私行っても、足手纏いにしか……」
 鏡は目を見開いた。
 いつもの奏らしくない。悠里が呆れた顔で「ばーか」と返していた。
「全員で攻略しなきゃ意味ねえだろ。ってわけで。ほら、帰るぞ」
 差し出された手を握るはずの手が、自らの手の平を傷つけていた。
 奏の腕を見た悠里の目が細くなっていき、鏡も目を疑う。
 奏の腕が、爪の跡を残してくっきりと赤くなっていた。
「――エルデ、お前の兄さん元々あんな魔術使ってたの?」
「いえ、あそこまで外道ではなかったですし、武術も魔術もからっきしだった印象しかありませんが……戦っているところを見たことがありません」
「――ってことは、あの術の発案は神崎≠ゥ……」
 エルデが頷いている。奏の手がきつく固められていく。
「……ほ、本当に、大丈夫です……もう幻覚見てないから……」
「俺や涼しい顔してる介や鏡でも結構きつかったんだ、無理はすんな。休める時には休むべきだと思うぜ? ……後、手を取る気がないなら俺が勝手に掴み上げるから」
 奏の手を引いて立たせた従兄は、そのまま奏を慣れた手つきで背負っていた。戸惑っている奏の手が震えている。
「あんま無理すんな。寝れそうな時に寝とけ、人肌って落ち着くから」
「……すみません……いつも、足手纏いになってばっかり、で……」
「誰がそんなこと思うかっての。俺だって動けなかったんだ。深層心理に働きかけるたぐいの幻覚はタチ悪いわ」
 ――奏のことは、悠里に任せたほうがよさそうだ。
 今回はよほど心を抉られたのか、いつも聞いてきた元気のよさが全くなかった。こんなに弱気な奏を見たのは初めてだったし、今彼女が心を開けるとするなら、悠里しか考えられなかったのだ。
 御影がグリフォンへと微笑んだ。
「お留守番、できる……?」
 嘴から出た鳴き声は短く、返事をしたようだった。
 介が作った仮の巣に、すんなりと座ったグリフォンは威風堂々と見上げてきた。
「街へ戻ったら、またすぐ来るからいい子で待っててね。ちゃんとご飯持って……肉食、でいいのかな……?」
「本能でとっつきやすい相手察してるよな。見事に介と大和とエルデのほう行かねぇし」
「寄ってこられても困る。肉食でいいと思うよ、鷲もライオンも肉食だしね」
 大和が「僕わかりやすいと思うけどなあ」とぼやいていて、介が肩を竦めて返している。
 鏡はグリフォンの頭を優しく撫でた。
「じゃあ、また。ね?」
 元気な鳴き声が響く。
 御影が傍にふやかした干し肉を置いてやり、みんなでその場を離れた。
 奏の震えが止まって、悠里の背中で落ち着いて眠り出したのは、街まであと半日といったところだったという。
 彼女が何を思い出したのか、悠里も御影も気づいていたようだった。
 ……きっと。
 
 はははははっ! ははっ、はははははははっ、ははははは!! 立てないくせによく言う! 面白い、さすがあいつの妹だ! やってみろよ、どうせ幻影には負けるくせに!
 
神崎≠ノ操られた、あの時の記憶を、思い出してしまったのではないだろうか。
 ずっと忘れてくれていたと思っていた、彼女の中で忘れようとし続けていた、あの過去を。


掲載日 2021/08/10


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