境界融和世界の幻門ゲート

第35話 03
*前しおり次#

「……ちっ、見鬼けんき間に合わなかった……」
 暗闇を見渡せるようになる魔術があっても、あの二人を倒せたかは自信がない。
 ただ……鏡は生暖かい顔で開かれたままの出口を見やった。
「あの二人の会話、凄く間抜けだったね……」
「まじか、詠唱唱えて聞いてなかったな……」
 悠里が聞いていたら笑い飛ばしそうな内容だったのに。もしくは鼻で笑いそうだ。
 奏が青い顔でほっと息を溢していた。
「誰も記憶、見せられなくてよかった……」
「やっぱりあいつ、言葉に縛られてたんだな。全く攻撃してこなかった」
「だな……次は仕留める……」
 悠里の低い声に、鏡も頷いた。
 ゲートとなって、人を操って、殺し合わせるなんて……決して認めていいものではない。
「あの人許せない、です……!」
「絶対許さないよ……あんなに冒涜して……!」
「……なんにせよ、ある意味無傷で済んだのは幸いだったよ」
 介のほっとした顔には、鏡も素直に頷いた。肩を竦めて、神崎≠ェいた場所を見やる。
「まさか、複合でも闇が効かないとは、思ってなかったけど……」
「うん……でも、壁を作ってたって、ことは……本当は効くんじゃない、かな?」
 あっと、鏡と介は御影を見下ろす。おずおずと見上げてくる彼女は、自分の考えが合っているのか、不安そうだった。
「そうか。効かないのならわざわざ防御壁を展開する必要はないね……ファルチェのためだけなら自分も覆う必要はないはずだな……」
「どうだろう……それなら庇う気はないと思います。仲間とか信頼とか嫌いみたいでしたし……」
 奏が、悠里と何か話していた。緊張も恐怖もなくなったような、ほっと安堵した彼女の笑みに、心なしか悠里も安心したように見える。
「神崎≠フ奴、仲間意識を持たないと思ってたのに、ああして仲間がいるんだからな……」
「仲間というか協力関係なのかな、と思ったんですけど……」
「そうでしょうね」
 エルデが相槌を打っていた。無表情に近い苛立った顔で、工房のようなスペースを見留めている。
「兄は他人の生死に関心はありません。自分の作った武器を使いこなせるかどうかにのみ注力していますから」
 介は頭が痛そうな溜息だ。エルデが辺りを見回し、魔導鉱がないことに目を据わらせている。
「どっちでも、とにかく協力者がいるって時点で頭が痛いな……あいつがちゃんと銃使ってて目疑ったけど」
「ああ、確か魔術専門だったんですよね……」
「恐らく兄が銃の才を見出したのかと」
「だろうな。おれみたいに弓に興味持ってたわけでもなかったんだ。銃には興味示すなんて思わなかったよ」
 それほどファルチェにとって銃の才能は魅力的だったのだろう。ただの銃ではなく、ファルチェの作る銃を使いこなせる人物が。
 この世界には、鏡たちの世界から外国人だって多く来ているのだ。優秀なガンマンがいておかしくないのに、神崎≠ナある必要があったとすれば。あの銃が放てる魔法を操れるだけの才覚かもしれない。
「さあ、さっさと魔石に触れて行こう。魔導鉱がないのは残念だけどね……」
「――っと、そうだな」
 どうやら、奏との会話は終わったようだ。悠里が彼女の頭を優しく叩いて、魔石の台座へと歩いていく。奏が綻ぶように笑って、彼の後についていった。
 ほっとする鏡はしかし、エルデの無表情ながらに据わった目に顔が強張る。
「魔道鉱は貯蔵庫に溜め込んでいたのでしょう。許すまじ……」
「パスコード解けないかな……」
「……また、入っちゃったんだ……夢中症候群……」
 御影はどうやら、自分が想像する以上に機械に対して感情豊かになっていたようだ。
 人間に対してそうなってくれたら、凄く嬉しいのだけれど……人のことを言えないかと思い、鏡は苦笑する。
「さ、さすがに無理だろう……本当に機械関連だとスイッチ入るんだな……」
「無理でしょうね。工房と自室は誰が来ても問題ないので――というか、誰かが来る心配がなかったので初期コードにしていたのでしょうが、私たち鍛治師……よりも、この世界の民にとって魔石は欠かせないものです。厳重にしてあると考えていいでしょうね」
「だめですか……一度試したいなあ……」
「やめてくれ……本当に勘弁してくれ」
「あう……はい……」
 落ち込む御影へと、魔石に触れて戻ってきた奏が苦笑いを浮かべた。
「御影ちゃんって、機械になると目の色変わりすぎ……」
「あ、機械そのものじゃない、です。配線見たり、プログラムが好き、なんです」
 介と奏の、言いたそうで言えなさそうな生暖かい顔。御影は首を捻り、魔石の台座に向かっていく。
 それを確かめて、鏡は介を見上げた。
「『世間一般には機械全般って言うからね?』ってつっつくと、必死に力説されるから黙っておいてください」
「だろうなあ……」
「……うん、言わないでおきます」
 察してくれて本当によかった。
 新たに手に入れた風の魔術を再確認しつつ、鏡たちはビル廃墟のような遺跡を出ていった。
 
 
「……ん? なんか聞こえなかったか? 羽の音みたいな――」
「え? そう?」
 遺跡の出口に着いて、外の空気の新鮮さにほっとしていた中、悠里が顔を上げた。辺りを見回していると、何かが真っ直ぐこちらに飛んでくる。
 悠里の顔にぺちりと着地し、貼りついた。ご機嫌に鳴く鷲の頭と前足、ライオンの胴と後ろ足を持つ生き物に、鏡も御影もあっと顔がほころぶ。
「グリフォン、どうしてここに!?」
「わあっ、来てくれたんだあっ」
「ぷっ……! た、楯山さん顔……!」
「いい絵面だね」
 淡々と感想を述べる介に、鏡はついつい吹き出した。奏が笑いをこらえている中、悠里は平然とグリフォンの子供を掴み上げる。
「よお、お前あいつらには見つからなかったんだな」
 グリフォンの鳴く声がご機嫌だ。御影は不思議そうに幼獣を見上げている。
「でも、どうしたの、かな……あっ」
 悠里の足元に転がっていた、拳大ほどの魔導鉱に、鏡も悠里も目を見開いた。エルデの目がきらりと光り、いそいそと手に取っているではないか。グリフォンの胸が、ぶら下がりながらも得意げに張られた。
「お前、これどこから……!」
「……あ。ま、まさか、この子の自宅代わりの遺跡に入っちゃったんじゃないですか!?」
 ああと納得して、鏡はふと引っかかった。悠里は感心したようにグリフォンを見やっているし、そのグリフォンは奏に正解と言いたそうに鳴いて、彼女の元へと飛びたそうにしている。
「へぇ、よくやったな。お前。ほれ、ご褒美」
「って、なんでご褒美が私なんですか……?」
 グリフォンを受け取った奏は怪訝そうだ。悠里はけろりとしているけれど。
「そっち行きたがってたしな。あとこいつ、とことんまで介のほう行こうとしねえよな」
「自分の気持ち代弁した人のところに行きたがってるだけじゃあ……」
「おれのところにはこなくていいよ」
「うわー、薄情」
 どうとでも言えと言いたげに、介が肩を竦めている。奏に撫でられ、グリフォンはご機嫌だ。鏡はグリフォンを見下ろして首を傾げる。
「遺跡に入ったってことは……この子、守護者になったんじゃないのか……?」
「でも外に出られてるし……どうなんでしょう?」
「あの親グリフォンも外に出ていたろう? 出ようと思えば出られるんだろうね」
「なるほど……とはいえ、この子が本当に守護者になったとしたら……この子相当狙われますよね……」
「まあ狙われるだろうけど……守護者としての役割がどういうものかにもよるんじゃないかな」
 役割……ということは、遺跡の守護者の中には、戦う以外の役割を持ったものがあるのかもしれない。
 もしそうなら、それでグリフォンが無事でいられるなら安心する。
「その辺りも調べるために一度あの遺跡に行ったほうがいいのかもしれませんね……」
「俺らが守護者代行やる羽目になるかもしれねえけどな」
「それはないと思うけどね。なんにせよ、一度帰ってゆっくり休もう。その子は自力で飛んで帰れるのか……?」 
 奏の腕の中で、子グリフォンは元気に胸を張っている。御影が微笑んで頭を撫でていた。
「よし、連れて帰るかちと悩んだけど大丈夫そうだな、この調子だと」
「悠里さん、心配してたん、ですね」
「小さい子には優しいみたいだからねー」
「小さい奴、っていうか……独りの奴にが正しいだろうな……」
 苦笑いを浮かべる悠里をじっと見上げるグリフォンが、何を思ったのか彼の頭の上へと飛び乗った。そのまま髪の毛をついばんでは弱い力で引っ張り、また突いている。奏が優しく笑っている。
「心配されてるみたいですよ」
「別にもう負の感情はねぇんだけどな。ってか、毛繕いかよ……おい、こら、さすがにこしょばいだろーが」
 グリフォンの首根っこを掴み上げて引きはがす悠里の口の端が、苦笑とは違う笑みを浮かべていた。鏡はぷっと吹き出す。
「でも大分、気は抜けたみたいだね。ちゃっかり関西弁出てるしね」
「え、こしょばいって関西弁なの」
「北海道じゃ聞いたことないよ。さあて、いつまでも喋ってないで帰ろうか。全員ゆっくり休もう。この子がいる遺跡には一週間後だ。いいね」
 互いに頷き合う。その輪の中で、グリフォンが返事をするように鳴いて、一同は笑って歩きはじめた。
 子グリフォンは、街の入口が見えるよりも先に、東響郊外の巣へ向けて飛び立っていった。見送る鏡たちに、一度だけ楽しげに旋回して元気を伝えて、その背はまっすぐ進んでいったのだった。


掲載日 2021/08/10


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