鏡の提案で、ファルチェが勝手に自宅に改造していた遺跡を巡った翌日の今日、全員自由行動に決まった。輝石の
が、毎度せっかちというか、動いていないと落ち着かない性分らしい奏が、そんなゆっくり休む気があるわけがなかった。
「あー……洋服買わないと……」
「服買いに行くなら付き合うぞ? 俺もそろそろ買わねえとだしな……」
ただ今回は、本人の言いたいこともわかったので、悠里は丁度いい機会だと乗っかることにした。
何せ、奏はこの寒空の中でもノースリーブに近いブラウスと、たまにパーカーを羽織る程度なのだ。見ているこちらが寒い。毎度思うが、寒い。
そして奏のことだ。また似たり寄ったりの服しか買わない末路が見えた。どうせ鏡と介も、シンプルイズベストに等しい服装しかしないだろうから、買いに行こうとは思っていたのだ。そしていい加減、介の壊滅的センスを象徴するローブもどきという名の、布切れ寸前のあの衣類を処分したい。
そんなこんな、今に至る。
相変わらず自分の服より、御影に似合うだろう服ばかりに目を留めている奏に、悠里は目を据わらせた。いつあの話を切り出そうか悩む前に、こいつの服飾の意識を本人に向けさせなければいけない気がしてならない。
今だって東京の十一月を思わせる寒さなのだ。悠里のダメージカーディガンを貸したとはいえ、どう考えたって彼女の格好は寒くて当たり前だった。
「いいから、お前は自分の探せ」
「わ、私より御影ちゃんが似合うもののほうに目行きやすくて……」
「で、毎度自分のだけ買い忘れるんだよな。何回やったっけなー、お前が服買いに行くって言って買ってねえの」
「うっ」
「さっさと決めてこい。じゃないと俺が勝手に選ぶけど」
「わ、わかりました選びますっ!」
やっとその気に――だから、どうして無地で直線ラインにしか見えないマキシ系のワンピースを選びにかかる。もっと他に着れるものはあるはずなのに。
「お前同じワンピース系でももっと違うのあるだろ……」
「……こういうの楽かなって……」
「やっぱこっちこい」
「えっ、あ、あのでも」
「なんで御影のは選べて、自分のそんなに雑なんだよ……しかも寒いだろそれ」
「あ、あの話聞いてくださいっ! 部屋着、部屋着用なんです!」
「外用買うんじゃなかったっけか」
ついに奏が沈黙した。そんなことだろうと溜息が
鏡と介のは適当にそれらしいものを
押しつけたはずなのに嬉しそうな奏には、苦笑いが零れそうになる。
「他に行きたい場所あります?」
「行きたいってより疲れたろ。マスターの店で休もうぜ」
エルデが仲間として参入する前だったか。まだ奏が仲間に加わって間もない頃、全員で打ち上げに入った店を提案すると、奏は不思議そうに見上げてくる。
「え? はい……疲れたって言うより、それ重くないんですか?」
「んー? ……俺が買わねえとあいつらシンプル一色かって言いたくなる組み合せをローテーションしやがるからな。嵩張るのは仕方ねえさ。それに見た目ほど重くねえし」
「そ、そうですね……大丈夫ならよかったです」
どちらともなしに歩き出す。
マスターの店までの道は、悠里には、慣れた道だった。マスター自身が育てている野菜を買いに行くことも、手伝いに行くこともあるのだ。最近打ち上げで行く機会も増え始めていて、食べにくる回数が増えるのはいいが宣伝もしてくれとこの間嘆かれたか。
そのマスターとちゃっかり話す機会が増えているらしい介には、服飾関係で本当に頭が痛い。
「介の奴はローブが加わるからタチ悪りぃ。あいつ素材がいいくせに残念すぎるわ」
「そういえば風見さんから聞きましたけど、介さんの現実世界での服装それだって……Tシャツとジーンズ……」
「……俺が恐ろしくて聞き出せないことを聞きやがったのか、鏡の奴……」
「というか介さんが言ったみたいですけど……」
「あいつ……」
殺意が湧いた。自分で言いふらすぐらいに開き直っているなら、徹底的に叩き直してやりたい。
というかどうして危機感を持たない。素材いいくせに、どこまでダメ男を突っ走る気だ。
「正直、私も……介さんはこっちにいるうちに、ファッションセンス直したほうがいいと思います……」
「だよな……なんとか矯正しねえと……ってお前もだろうが」
見下ろせば、奏の目が完全にそっぽを向いているではないか。目を据わらせる悠里をちらりと見上げた彼女の目がまたもどこかへと視線を逃がしている。
「わっ、私は……元の世界だとちゃんと……し、てます、よ」
「ほー? んじゃ、ちゃんとこっち見て言えるよな?」
にやりと笑って見下ろすと、奏の肩がぎくりと持ち上がった。
本当にわかりやすい。こっちがその気でなくとも自然とからかいそうになる。
「ちゃ、ちゃんと化粧だってしてますよっ、向こうだとっ!」
「けどこっち見ねえよな?」
「うっ……し……してます……」
確かに見上げた。一度だけ。結局顔を赤くして視線が逃げていき、悠里は笑いをかみ殺す。
わかりやすすぎ。
「視線合わねえけど? ……まーいっか」
もう、よく通うマスターの店はすぐそこだった。イタリアンを中心としたビュッフェを扱う店は、今日は客の姿もなくがらんどうとしている。入口のプレートがClosedになっていたからか、奏が目を丸くしていた。
「あれ、店休日……?」
「よお、マスター。邪魔するぜー」
「ああ、いらっしゃい。頼み聞いてやったんだからわかってるな?」
「お久しぶりです――え? 頼み?」
奏が後ろで目を丸くしたようだ。穏やかに言いつつも、フランクな言葉遣いのマスターに、悠里は肩を竦めて返す。
「わーってるよ、今度一日バイトだろ?」
「おお、ちゃんと覚えてたか。感心感心」
「……茶化すなよ、マスター」
どうにも、マスターのからかいには返しづらい何かがある。苦手とはまた違う感覚に、今でも頭を掻いてごまかしたくなるも、奏が不思議そうに首を捻っていて気が逸れた。
「どうしてバイト……?」
説明せずにつれてきたのだから、当然だろう。悠里はにやりと笑いつつ、カウンター席に腰を降ろした。慌てて隣に座る奏はやっぱり不思議そうだ。
「今日一日貸し切り」
「えっ? またどうしてですか?」
「んー? さぁな、秘密」
「な、なんなんです……?」
「さて、な。んで、何食いたい?」
後からまた人が来るとでも思ったのか、彼女の目が入口へと向けられていた。慌ててメニューに目を落とす奏は、あっと顔を綻ばせている。
「じゃあ、バーニャカウダ食べたいですっ」
「だとよ、マスター。よろしく」
「お前は?」
「甘味適当に見繕ってくれ」
「だと思った」
マスターに肩を竦められた。まあ、いつも立ち寄った時、注文内容に甘味が入っていればそう言われるのも仕方ないか。奏までくすくすと笑っている。
「楯山さんらしいー」
「好きなもん偽る気はねえしな」
「いいと思いますよ。楯山さんから甘いもの取ったら大変なことになりそうですしねー」
「そこまで思われてんのかよ……んじゃ少しは自重したほうがいいのかもな……」
「え、そうです? 楯山さん、栄養バランス気にかけてるでしょ? 大丈夫と思いますけど」
「まぁそりゃこのパーティの台所管理はだいたい俺だしな……」
……ん? いや違う。決しておかんではない。エルデにも言われたが、あの中で母親のようなポジションになったつもりは決してない。
「いつも助かってます。……もしかして楯山さん、何かマスターに相談とか、ですか?」
「んー? それだったら勝手に個人的に行ってるだろうな」
「ですよね……?」
不思議そうに首を捻られ、悠里は言葉に詰まった。今が一番切り出すにはいいのだろうが、自然言葉を選んでしまう。
そうこうしているうちに、奏が注文したバーニャカウダが到着して、マスターが何を察したのかカウンターの奥へと行ったようだった。
「あー……まぁ、なんだ……前言ってた話。あいつらの前じゃ話しにくいしな」
あっと、奏の目が見開かれた。少しだけ強張った彼女の肩に目が留まり、なんとなく肺が縮んだ気がする。
「前も話した通り、俺、愛する愛されるってのがわからねえ。から、お前のことも親愛か恋愛かわからねえって言ったよな? 確か」
「はい、覚えてます」
「で、ちゃんと考えた」
「――はい……答え、出たんですね……」
「ああ、まあな」
不思議と、彼女の声は落ち着いていた。
声が強張っていたのは、もしかしたら悠里のほうだったのかもしれない。
奏の笑みが、少し優しく映った。
「もう、聞いてもいいんですか?」
頷く。言葉が空回りしないよう、慣れない頭で選んでいく。
「前も話した通り、最初は同族嫌悪だったと思う。気づいたら隣にいるのが当たり前で、目離せなくなってた」
「はい」
「……が、神崎≠フ奴やファルチェにお前が過去見せつけられて、操られた時許せなかった。最初は仲間としてだと思ってたが――二回目に少しちげえなって思った」
「……え? 違うって……」
また相槌が返ってくるかと思ったが、きょとんとした顔で見上げられるとは思わなかった。
「仲間だったらここまでイラつくかな、ってさ。あん時よく耐えたもんだぞ、俺」
「えっ、た、耐えてたんですか?」
「ああ、あの時切れてたら多分やばかった、絶対やばかった」
きっとなりふり構わず神崎≠ニファルチェを狙っていっただろう。味方のことも考えずに。介がそれで怒るのも目に見えていたし、奏が止めにかかるのもわかっていた。鏡は――遅かれ早かれスイッチが入って自分と同じことをしかねなかっただろう。
それがわかっていたから、耐えられたのかもしれない。
戸惑い気味の奏が、おずおずと見上げてきていた。
「そ、そんなに……あ……あの、ありがとうございます……」
毎度思うが、そんなに礼を言うようなことはしていない……はずだ。
ただ、そうやって指摘する頭はもうなかったのかもしれない。
「それでさ、気づいたんだよ。これ、多分恋愛感情だって」
これを軽く言うしかできなかったから。奏は納得したように頷いていた。
「……ああ……」
……。
何故か沈黙が走る。途端に奏がぎょっとして椅子をガタつかせ、危うくこけそうになっていた。
「ええっ!?」
「驚きすぎだろ」
「えっ、だって……じゃ、なくて、そんなあっさり言われてっ、お、驚かないわけないでしょっ!」
奏の顔が突沸もよろしく赤く染まる。そう言われてもと思う自分がいるのは変だろうか。
「んー……俺にロマンチック求められても困るしな」
「そっ、そういうわけじゃ……!」
「まあ……なんだ。愛し方も愛され方もわからねえけどさ、こんな俺でよければ付き合ってくれるか?」
目を見開いたまま固まる顔が、さらに赤くなっていく。本人の好物なリンゴといい勝負だ。悠里は思わず笑いが漏れていた。
「やっぱ顔真っ赤だな。家で言うのやめといてよかったぜ」
きっと家で言ってしまっていたら、誰かが通った瞬間奏がその場から逃げようとしただろう。で、本人が後で落ち込む。そこまで目に見えていたからこそ、今日が休みだと知ってすぐにマスターに頼んだのだ。
正解だったかもしれない。今ですら、奏は開けた口から声が出ていないぐらい、余裕がなさそうだったから。
「……い、嫌なわけ、ない、でしょ……! それに私が楯山さんのこと好きなの、変わるわけないです……!」
やっと出た奏の声は、小さくて震えていて、言葉の割に威勢のよさが吹き飛んでいた。いや、最近威勢がいい声なんて、彼女から聞いた試しがないけれど。
多分、介からはバカにされるかもしれないが、正直ほっとした。
「……よかった、心変わりされてたらどうしようかと思っ」
「はいはいリア充末長く爆発しろ!」
はっと振り返った瞬間、投げ飛ばされるシャンパンの瓶が目に入ってぞっとする。
「危ねぇ!?」
なんとか受け止めたも、奏が硬直している上にマスターの笑みに心なしか殺気がこもっている。目が笑っていない。何がどうしてそうなった、というかいつ戻ってきた!
「さすがに危ねえだろこれは!!」
「いや? 俺別に女房いるし? ちょーっと異世界のせいで会えないだけだし?」
「知るか!」
「ちょっ、楯山さん投げ返しちゃだめでしょ!!」
どうしてマスターが怒られずに自分だけ怒られる。悠里は「知るか」と目を据わらせた。
「投げられたから投げ返しただけだ」
「お店貸切にしてもらってるんでしょ……!」
「まーな。その分バイトとレシピ提供係だから」
「その分野菜と肉奪ってく気なのはどいつだ」
「俺」
またマスターからじとりとした目で睨まれるも、肩を竦めて返す。奏が呆れて言葉も出ずにいて、悠里はにやりと笑った。
「お前が好きになったのはこんな奴なんだよ、知ってたろ?」
やっと引きかけた赤みがまた復活する奏の忙しさに、悠里は吹き出しそうになるのを堪えた。
「そっ……そうですよそうですけどっ! たっ、楯山さんわかって言ってるでしょ!!」
「おう、わかって言ってる。お前目に見えて赤くなるからいじめがいあるし」
「う、うそ、そんなに赤くなってるの……!?」
「めちゃくちゃ。リンゴかトマトレベル」
羞恥か、俯いていく奏はやはり顔が赤い。なんだか、ここまでばれてないと思っていた彼女には呆れを通り越して憐みが湧いてくる。
「なんでバレないと思ってたんだって言いたいな、俺は」
「そ、そんなに赤くなってるなんて思わなかったんです! 昔はあんまり顔に表情出なかったから……!」
まあ、昔の話を聞いた限りでは、確かに自分で出そうと思った表情以外出なくなったんだろうなとは感じたが。
「あいつらみんな慈愛の
「うっ、そ、それは……!」
ああ、奏もそこは自覚したのか。悠里は肩を竦めた。
一番最近のは「わかってるなら、奏さんいじめちゃだめですよ」、だったか。軽く流したせいで、御影の機嫌が斜めになり、鏡が
「おかげで俺へのバッシングがひどいのなんの。帰ったら帰ったで介と鏡辺りに『やっとか』とか言われんだぜ、絶対」
「やっと、って……どういうことですか? わ、私がばれてただけじゃないんですか?」