境界融和世界の幻門ゲート

第37話「役割」01
*前しおり次#

 今までも十分わかっていたが、生まれてこの方十七年、彼の従弟をやってきて改めて再確認させられたことがある。
 悠里は開き直るとたちが悪い。どの方向でも。ある意味いい結果だろうと悪い結果だろうと、とにかくたちが悪い。
 その最たるものが、奏とついに両想いになれた結果の、砂糖まみれな一週間だった。
 御影はその度に顔を赤くして逸らすし、当の奏は必死に話を変えようとして墓穴を掘るし、介は冷え切った目でその場を後にする。誰も収集がつけられない。
 なんとかその場を治めて、御影を自室で休ませた後、鏡もくたくたになって部屋に戻る毎日だ。
 挙句介から言い渡され続けたあの言葉は無欠勤状態とくるから、鏡は辟易としていた。
「おれ籠り部屋を自室にしていいかなあ」
「勘弁してください僕死にそうです」
「それ、日頃おれが君たちに対しても味わってきたことだからね。自覚してくれたようでよかったよ」
「すみません……お願いですからもう嫌味言わないでくださいよ……」
「……わかったよ。それに今回は悠里が悪い」
 全く同じやり取りを一週間繰り返して、いい加減飽き飽きしているとまでは言いづらかった。
 どうやら悠里は介に半分あてつけているらしい。そのいい証拠に、主に介がいる時に奏を集中的にからかい口説いているようなのだ。二人きりの時間でも恐らくそうなのだろうが、鏡と御影どちらかがいる時は自粛しているとわかったので、間違いないだろう。
 そうとは知らずに毎度真っ赤になっている奏がかわいそうだと思うことが、だんだん少なくなってきた鏡である。
 もう、爆発してしまえばいいと思う。なんだかんだ、互いに素直になれるようになったことは、鏡も嬉しくはある。
 本人たちの前では絶対言わないと心に決めながら。
 それでも今日この日、グリフォンの子供が住処にしている遺跡に入る時には、悠里もからかわずに遺跡の罠を探してくれていた。おかげで奏が落ち着いて状況判断できているようで、鏡としても助かっている。
 この二人、考え方も似ているなら罠を感知する能力も高いのだ。特に奏は微かな物音も悠里以上に聞き取る時があるし、同じぐらい観察力が高い。……悠里にからかわれていたり、余裕をなくしたり、はたまた他に気になることがなければの話だが。
 仲間として参入した頃は全く想像していなかったが、彼女はかなりの上がり症だ。
 今現在悠里の頭の上を自らの定位置としているらしいグリフォンは、自らの巣の奥にある遺跡の入口を、真剣に見やる鏡たちに首を捻っているようだ。大事なことだというのはわかっているようで、グリフォンはいつものような構ってアピールをしないまま大人しくしている。
「本当に罠ねえのな、ここ……こいつが簡単に出入りできたわけだ」
「悠里、いつまで頭の上に乗せてるの……?」
「しょうがねえだろ、こいつがここがいいって聞かないんじゃあな」
 居座っているグリフォンは堂々と胸を張っている。介が生暖かい顔で「ああそう」とだけ返していた。御影と奏が肩を震わせていて、鏡は生暖かい笑みを浮かべる。
 随分と長い通路を進んだ先、見えたホールは随分と広かった。グリフォンはまだ先だと言いたそうに扉に飛んでいき、空中で羽ばたきながら振り返ってくる。
「その扉が正解なんだね。でもどうやって開けて出入りしてたんだろ――あ」
 ドアの取っ手を器用に押し、開けていくグリフォンに介があんぐりと口を開ける。御影が感動して目を丸くしていた。
「凄い、頭いいん、だね……!」
「い、いや、明らかに普通できないぞ野生なら……!」
「守護者になってそういう知恵でももらったんですかね」
「守護者だからってなんでも万能になるわけないだろう!」
 さっさと先を歩く悠里が、飄々と肩を竦めていく。
「何があってもおかしくないのが遺跡つってなかったかー、介」
 途端に沈黙する介は納得がいかなさそうだ。
 通路は上り坂になっていた。水が絶え間なく流れる床を、介が水を操って進みやすくしてくれる。それでも隙間なく生えた苔に手間取り、やっと登りきった頃には、介のラリマーが若干くすんでいた。
 坂を見下ろした奏が楽しそうに笑みを浮かべている。
「帰りは滑り台できそうっ!」
「奏さん……お洋服、汚れちゃいます、よ?」
「うっ……子供の頃ならできたのになあ……」
「お前な……洗濯自分でしろよ」
「ちょっ、普段からしてますってば!」
 あ、介が先に歩いていった。
 苔を突いて遊んでいたグリフォンが飛んで追いかけて、鏡と御影は顔を見合わせ、苦笑いを溢して介の後を追う。
「介さん、罠まだ見てないんですから止まってください!」
「まったく……砂糖じゃなくても砂糖に見えてくる……」
 それには正直、鏡も閉口せざるを得なかった。
 結局通路の先のホールは、手前半分が水辺のように下草と湧水で覆われ、奥半分は少し湿った地面と木々、そして大きな巣がある。手を伸ばしてやっとその縁を掴めるかどうかの、大きな藁の巣が居座り、動物園を思わせるような風景が広がっている。
 鏡も御影も目を丸くする中、介が腕組みして考え込んだ。
「なるほどね、本来グリフォンが守護するフロアはここだったんだな……」
 グリフォンが巣の中へと羽ばたいていき、鏡たちを呼ぶように鳴き始めた。追いついてきた悠里と奏が怪訝そうに目を向けている。
「ちょっと待ってろ、見てくる」
「あそこ登れるとしたら、悠里だけだもんね……」
 背が高いって恨めしい。
 棒高跳びの要領で巣の中に入り込んだ悠里を見送ると、程なく彼が一同を呼ぶ声が聞こえてきた。グリフォンが頭に乗った状態で顔を覗かせる悠里に、鏡たちは段々慣れてきた。
「魔石の台座があった。ただどう見てもありゃ、偽物くさいな」
「謎かけ用の台座ってことか……何か問題文みたいなものはなかったのかい?」
「いや、全く。っておい、そろそろ重てえって、おり――」
 グリフォンを頭の上から降ろそうとした悠里の目が丸くなった。どうしたのだろうと見上げる鏡は、グリフォンの子供に微かに違和感を覚える。
 ……あんなに悠里の頭からはみ出すぐらい大きかっただろうか。降ろしたグリフォンを掴んで宙ぶらりんにしている悠里が、そのまま固まっている。
「なあ……お前今、でかくなんなかった?」
「え?」
「いや、さっきより急に重さ増して、首いてえなって……降ろそうとしたら……お前ちょっと鏡のとこ行ってこい」
 途端に羽ばたいてやってくるグリフォンを受け止め、鏡は目を丸くした。
 手の平にずしりとくる。まだ片手で支えられる程度だが、今日遺跡の入り口で会った時よりも重たい。手の感触もなんだか違う。先ほどより少し大きいのだ。
「え、ど、どうなって……」
「やっぱ重いだろ?」
「うん……」
 グリフォンが首を捻り、また羽ばたいていった。困惑して見上げていた鏡は、グリフォンに一筋注がれた光を見て目を丸くする。
「悠里、魔石の台座から光出てない!?」
「は?」
 悠里の頭の上に乗ろうとしたグリフォンは不思議そうに飛翔している。悠里が目を丸くし、奏がぽかんとしている。
「え、もしかしてその魔石の台座って……成長促進剤?」
「冗談じゃねえぞ、成長速めて戦わせるってことか!?」
 グリフォンが首を捻った。慌てて御影が手を差し伸べている。
「こっちに来て、お願い!」
 グリフォンが御影へと一直線に、嬉しそうに飛んでいく。手を広げた御影が抱きしめて、勢い余って転んでしまい、奏と鏡が目を丸くして助け起こす。
「だ、大丈夫!?」
「だ、大丈夫……本当に重たくなっちゃってる、ね……でも、光が当たる場所、限られてるみたいで、よかったあ」
 心配そうに見上げるグリフォンに、御影はふにゃりと笑っている。鏡もグリフォンに注がれていない光にほっとした。介がふと何かに目を留め、巣を迂回うかいしていった。
「ああ、そういうことか。どうやらその魔石の台座、成長をうながすだけみたいだよ。戦わせるためのものじゃないみたいだ」
「なんか書いてあったのか?」
「ああ。グリフォンと交友を深めることがここの課題みたいだよ。グリフォンがこのフロアの中央上空にある揺り籠から魔石を取って、その魔石を扉にめたら進めるみたいだ」
「え、それって……僕たちもう仲良くなってるけど……あ、お願いしていいかな?」
 グリフォンが胸を張った。そのまま元気よく飛び立っていくグリフォンは、慣れた様子で上空に吊るされた揺り籠の中から大振りのL字型の石を一つ掴むと、器用に抱えたまま降りてくる。鏡へと渡されたそれは、どこをどう見ても扉にしっくりと合いそうな部品だった。
「これって……」
「ドアの取っ手、ですよね……? あ、取ってきてくれてありがとう」
 生暖かい笑みを浮かべつつ、グリフォンの頭を撫でてやる。無垢な子供は嬉しそうにすり寄ってくる。
 ドアレバーを介に渡し、差し込んでもらった。工具のレンチを思わせる六角形の突起が、ドアの窪みに差し込まれる。
 レバーが下へと押され、開いた先には大きな部屋が一つ。
 見覚えのある魔石の台座を見つけて、鏡は御影や悠里たちと顔を見合わせた。
「……なんか、呆気ないね」
「元々はもう少し全長あったんだろ……崩れて短縮できただけもうけもんと思っとけ」
「そう、ですね……グリフォン、遺跡の中の役割、嫌じゃなかったら、安全だってわかったですし、よかった、かも」
 言われてみればそうだ。グリフォンと心を通わせられない者は先に進めない。この遺跡の造りを考えれば、探索者にグリフォンが命を狙われることは激減する。
 魔石の台座に触れて、魔導鉱以外めぼしいものが落ちていなかったことに落胆したのは鏡と介だった。
 ずっとマイペースに歩いていたエルデが魔導鉱を全て回収し、満足げな顔で戻ってきた。グリフォンを見下ろした彼女は、「恐らくですが」と突然声をかけてくる。


掲載日 2021/09/01


*前しおり次#

しおりを挟む
しおりを見る

Copyright (c) 2026 *Nanoka Haduki* all right reserved.