境界融和世界の幻門ゲート

第37話 02
*前しおり次#

「グリフォンが皆さんの言葉を理解していたのも、遺跡の装置の影響では? 言葉が通じなければ、短時間で心を通わせるなどできないかと」
「言われてみればそうだな……道理で」
「ドアノブを運べるまでに成長させなければいけないことも考慮されて、あの魔石の装置があったのかとも思いますが」
 鏡がグリフォンを見下ろすと、グリフォンは御影の腕の中で首を傾げている。御影を見上げる目は撫でてほしそうで、鏡が首を掻いてやると気持ちよさそうにまどろんでいる。
 多少大きくなってもかわいくてしょうがなく、鏡も御影も笑ってグリフォンを見下ろした。
「さあ、出ようか。あんまり長居してると、夜になって帰り道が危ないよ」
「あ、はい」
「よーっし、滑り台滑り台!」
 悠里が堪えきれず吹き出した。生暖かい顔で見やる鏡と介とは裏腹に、御影はほのぼのと笑っていたようだ。
 問題は、奏の滑り方が立ったまま滑るという、おとなしいものではなかったことか。悠里ほど運動神経に自信があるわけでもなく、当然奏は介から怒られていた。
 エルデがぼそりと呟いた言葉に、鏡も悠里も腹を抱えて笑ったけれど。
「やはり介さんはここのお父さんですね」
 納得したしツボに入ったけれど、介に聞こえなくてよかったなとも思った鏡である。
 
 
 説教を一通り流して聞いた奏が、水が流れる通路から、さらに出口方面の扉を開けようとして固まった。グリフォンも床に降り立って、扉の前で姿勢を低くし威嚇している。
「――あれ? なんだか音がしてるみたい……」
「何?」
「なんていうか、機械みたいな……」
 鏡も悠里も、目つきを鋭くさせる。いきなりこんな場所に機械の音だなんてありえない。そうなれば考えられるものは一つだけだ。
 エルデの目が据わった。
「また兄ですか」
「あの、私が言うのもあれですけど……シャッフェンさんってお兄さんの扱いかなり雑ですよね」
「本当来栖さんが言えたセリフじゃないな、それ」
「介さんだって兄貴のことうざいって言ってたでしょ――わぷっ!?」
「でかい声ではしゃぐな、あいついるんならまた二の舞食らうぞ」
 途端に苦い顔で頷く奏。悠里が足をほぐし、鏡が扉の前に立つ。
「僕が開けるね。みんな気をつけて」
「頼んだよ。あいつの初手は防ぐ」
 皆で頷き合い、鏡はそっと扉を押して――
 開け放った。
 介が魔術で氷の壁を形成しようとして、固まっている。
 誰もいない。どうやったのか、植物がホール一面に繁茂はんもしている。時折照明が揺れるように、植物の上に落ちた影が動いているだけだ。
 機械の音の出所が全くわからない。
「な、何これ」
「誰だよここにガーデニングした奴」
「どう考えたって……あの人だよね」
「兄ですね。――上で自分から吊るされにかかっているアホですね」
 その言葉に、鏡は天井を見上げて真顔になった。
 宙に、狩猟用の網のようなものがぶら下がっている。その中でじたばたと動いている人影に見覚えがある。
 エルデと似たせた髪色。多分彼女と似ているのはその髪と、同じ青の目の色ぐらいだろう。ぎょっとした男が鏡たちを見下ろして、またもがいている。
「早いな、そんなにこの遺跡簡単に終わったのか!」
「え? あ、うん。凄く簡単だったけど……」
「って、世間話に入ってどうするんだっ」
 そうだったと鏡は苦い顔。けれど、以前のようなおっかない雰囲気など欠片もないファルチェを見上げていると、同一人物かどうか疑いたくなる。
 ただ、実の妹のエルデの目がこれだけ冷えていると、本人なんだろうなと確信した。
「相変わらずのアホですね」
「ひどいな!? 今は罠がちゃんと作動するか確かめていただけだっ。ああ、そうだ。オレを倒そうとしても無駄だよ。どこに罠を仕掛けたかオレも忘れたからな。迂闊うかつに動くと引っかかる」
 なんでそんな、自信と希望に満ちた顔で見下ろせるのだろう。奏が据わりきった目で見上げている。
「すっごいバカすぎ……そもそも捕まってるのは自分でしょ。偉そうによく言え」
 奏の姿が、一気に宙に持ち上がる。
 ぎょっとしたのは鏡で、慌てて目を上げて絶句した。一方の悠里は顔を押さえて頭痛を堪えているようだ。
「か、奏さん!?」
「……あいつ足元見ろよ……」
「って言う前に助けようよ!?」
「いや落ち着け? まず足場安全な場所先に見つけ」
 鏡の視界が、一気に上に流れた。
 現状を確認するよりも何よりも、背中に当たる縄の感触と揺さぶられる脳に呻いて――はっとする。
 手に、腕に当たる草の感触。木々の隙間と下草の間に隠れて縮こまる自分を探す声がする。兄と悠里の声が、探している。
 咳をしたら見つかる。また追いかけ回される――
「鏡! おい起きろ!!」
 え、起きろ――?
 目を瞬いた途端、木々も、草木も全て消え失せ、網が自分を宙吊りにしているではないか。苦い顔で辺りを見回し、二階建ての家の屋根ぐらいの高さから悠里を見下ろしている気分になりぞっとする。さらに目を配り、近くの網に捕えられている奏が気を失っている様子にはっとした。
「奏さん! 奏さん、聞こえますか!? ――御影、幻影を解除する魔術を使って!」
「えっ!? う、うん!」
 幻影と聞いて悠里の顔が強張った。ファルチェがつまらなさそうに見てきて、鏡は彼を睨みつける。
「また幻影に嵌めようとしてたなんて……!」
「ああ、嵌めようとしたよ。こんなに簡単に破られてショックだがな……」
 ……。いじけられた。なんだかやりづらい。
 グリフォンが小さいながらに魔術を使って、植物の下の網を切り裂いていく。ほっとした鏡は自分を捕えている網を破ろうとするも、思った以上の固さで苦い顔になった。
 今はこっちよりも、悠里たちの足場の安全が確保されるほうがいいかもしれない。
「おいっ、大丈夫か!?」
 悠里の声にはっとして見下ろす。グリフォンが力なく倒れ込み、慌てて御影が抱え上げている。ファルチェが肩を竦めたではないか。
「やはり小細工は見破られるか……だが、その異物は、君にとっても毒だぞ?」
「毒――!?」
「グリフォンが苦手としている毒素を塗った網だからな。風の魔術を使えば、毒素は簡単に気化してグリフォンの動きを鈍くする」
 子供のグリフォンが生き残っていたことも、ファルチェを敵に回すことも見抜いてこんな罠を用意したのか?
 歯を食いしばり、鏡は魔術を唱えようとして――ファルチェにじっと見られ、困惑する。
「やめておいたほうがいいぞ。この網、中からの魔術は全部術者に跳ね返るからな」
「なんでこんなこと……!」
「なんでって……面白いことをやるって言ってたからな、ひ」
 闇の槍が網を貫いた。途端に顔を青ざめさせて落下していく男に、鏡は目を瞬く。
 ……あの槍、気のせいだろうか。ファルチェの頭すれすれを狙ったように感じた。はらはらと落ちていく金色の髪の毛数本が物語っているような……。
「呼ぶなって言ったのにまだ呼びそうになるなんてお前……バカだな」
 あっと下を見下ろし、顔が引きつった。
 目を据わらせた神崎≠ェ出口付近で、地面に落ちたファルチェを見下ろしている。だがファルチェは痛みに呻きつつも顔を上げている。
「バカじゃないっ!!」
「バカだろ?」
「うぐっ……!」
 なんだろう。今までに見たことがないほど凄んだ顔をしている神崎≠ノ、違和感を覚える。
「バカだろ?」
 あんな顔をするなんて……呼ぶなと言ったのに呼びそうになるって、何を? どう考えても名前だろうけど……。
「そ、んなことは……!」
「なあ、お前がバカじゃなかったらなんて名前だったんだ?」
「ファルチェだよ!!」
「おかしいな……お前そんな名前だったか?」
「おまっ……さすがにひどすぎるだろ!!」
 あ、悠里が腹を押さえている。相当笑いを堪えているようだ。御影もぽかんとしていて、早く奏の幻影を解いてほしいが、敵に気づかれると厄介で声も出せない。神崎≠ェファルチェへと面倒臭そうに視線を投げた。
「まあお前がオレの名前言いかけなきゃいいんだよ」
 介が怪訝そうに首を捻った。ファルチェがついに真顔になり、神崎≠見上げている。
「あの、こればかりはオレは悪くないが……今、墓穴を掘ったと思うぞ?」
「さあな。忘れた」
「都合のいい忘れ方だな!?」
「そいつの名前なんてどうでもいいよ興味ないから」
 介の痛烈な一言に、御影が固まっている。けれど鏡はじっと神崎≠見下ろし、ファルチェが言いかけた言葉を思い出して眉をひそめる。
「面白くないことなんぞ一々覚えてられんわ。それよりだ。そろそろ面白くしないとな。ファルチェのせいで舞台は滅茶苦茶だしな」
「うっ……それについては申し訳ない……」
 名前を言わなければいいという言葉が、どういう意味なのかはわからない。けれど――
「毎度ふざけた趣向の持ち主だよ」
「全くだぜ。いい加減蹴りつけてえんだけど」
 少なくとも神崎≠ヘ、自分の本当の名前を知られたくないのだろうか。にやりと笑んだ男を、介が苛立たしげに睨みつけている。
「オレもそろそろ遊び足りないな。今日は丁度いい玩具がんぐが多い」
「願い下げだ、今回もさっさと帰ってもらうぞ」
「そゆこと。後罠にかかってる奴らはボサッとすんなよ!」
「あ、この縄内側からの魔術は弾く仕込みだから」
「相変わらずの下衆げす術ばっかりだな……!」
 介の弓がこちらに向けられたも、すぐにファルチェたちへと照準を変えられた。網を破れないとわかったのだろうが、鏡もそれどころではない。御影が奏を見上げて、術を唱えたようだ。神崎≠フ目が御影へと向けられる。
「……本当面倒だな、魔力高い奴は」
 いったい本当の名前にどういう意味があるのだろうか。もしかしてそれが介の名前を取り返す鍵になったりはしないだろうか? いやでも、そんな可能性は――
「――こうなったら先に鏡くんと来栖さんをなんとかしよう、光魔術を使える人が捕えられてるんじゃ話にならない」
 ――あれ?
 介へと苛立ちに顔を歪ませる神崎≠ノ、鏡は驚いた。ファルチェが素早く拳銃を構え、介へと狙いを定めている。
 発砲。氷の壁が崩されていく音。
「――ああ、そうだな……折角だ、面白い見せ物の前にやることやっておかないとな――なあ、?」
「……へ?」


掲載日 2021/09/01


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