境界融和世界の幻門ゲート

第37話 03
*前しおり次#

 目を瞬かせ、下を見直した鏡は、神崎≠ニ目が合う。悠里がまさかと目を見開いた。
「あいつ、始めっから鏡を狙ってたのか!?」
「もう一度言うが邪魔はさせないさ」
 ファルチェが発砲し、悠里を牽制している。神崎≠フ口がいびつに笑った。
「名をここに写す、の名は『かがみ』。名を体とし名の真価を我が術中とせん」
 怖気おぞけと吐き気が走る。
 なんだろう、今、体から何かを引き抜かれたような……!
「鏡くん!? 鏡くん、大丈夫!?」
「うっ……!」
 違うんだ。
 頭の中で過ぎった声が自分のものかも、他人のものかもわからないけれど、鏡は頷いた。
「にゃろ……っ!」
「さて、お次は――おっと」
 何か、何か違う。
 僕の名前の意味神崎が引き抜いたものじゃない……!
「さあて、お次はファルチェ、お前が喜ぶほうからいくぞ。名をここに記す。彼の名は『御影』」
 吐き気を耐えて眼下を見下ろす。御影が怯え、エルデが風属性を内包した魔石を割った。
「させません」
 御影が困惑し、口を動かしているも音が聞こえない。音を遮断する魔術と気づいて、鏡はほっとした。
 御影の名前まで取られたら、まずい。名前をどう使うかなんてわからないけれど、空恐ろしさすら感じる。
「シャッフェンさん助かった!」
「ちっ。あんまり増やしたくないが……名をここに記す。彼の名は『奏』」
 はっと奏を見やる。ぼんやりとした目が、朦朧もうろうとした意識の中下を見下ろしている。
 だめだ、何が起こっているか把握できていない。
「ほい、させっかよっと!!」
神崎≠ェせたようだ。鏡の網を握る手に力が入る。
 なんとか出ないと。けれど出るためには自分一人の力では無理だ。グリフォンも動けないのに――!
 介の目が鋭く神崎≠射抜いた。
「いったい名前で何する気かは知らないが、これ以上はさせないぞ……」
「――名をここに写す」
「厄介なものは掃除しないと、な」
「っ!? ぶねぇ!」
 ファルチェの銃から射出された水の網が悠里を掠める。悠里は機転を利かせてなんとか避けたようだ。奏がはっとして、網の中で暴れ始めて鏡はぞっとする。
「悠里さん!? このっ……! 何この網っ、かた……!」
「奏さん落ち着いて、これ中からじゃ――奏さん!?」
 光の槍を放とうとした奏の脇を、彼女自身の術が掠めた。痛みに呻く奏の傷口から血がにじんでいる。
「――其の名は『奏』。名を体とし名の真価を我が術中とせん」
 奏の体が、一瞬ぶれて見えた。
 目を見開く鏡の目の前で、奏が口を押えて呻き、力なく動かなくなる。鏡の背筋が粟立ち、縄ごしに手を伸ばしたも届かず、叫ぶ。
「奏さん!」
「奏っ! てめぇ……!」
「練度の高い風の魔石をあまり持っていなかったのがあだになりました……申し訳ありません」
「詰めが甘かったな」
「出鼻をくじかれて助けられた後で言っても身内の恥なんでやめてください」
「鍵は二つ……残るはあと二つだな。残りはそろわなくとも別に構いやしない。さて――そういうわけだ、破らせて貰おうか」
 はっとして御影を見下ろす。驚いた様子で辺りを見回していた彼女の顔が、神崎≠見て青ざめた。
「あっ……!」
「御影逃げて!」
「介、止められるか!?」
「ああ――外道には外道だ!」
 水の膜が神崎≠覆い、膜が瞬時に凍りついて男を四方から串刺しにした。傷口から漏れる黒い靄を睨み、神崎≠ェ苛立たしげに歯を食いしばっている。
「名をここに記す……其の名は『御影』」
 御影が魔術で神崎≠フ頭上に石を降り注がせる。けれど神崎≠ヘ苛立たしげに睨みながら口を開いた。
「名を体とし、名の真価を、我が術中とせん!」
 御影の体がぶれたように見えた。気持ち悪そうに膝を突く御影を見下ろし、鏡はぞっとする。悠里が御影を後ろに庇ってくれ、神崎≠睨んでいる。愉しげな神崎≠フ笑みが口の端をさらに持ち上げた。
「ちっ……!」
「ああ、お前には幻影だったか? すまない、牽制で失念していた」
「効くかよ!!」
 棍に魔術をかけて鎌に仕立て上げた悠里が、銃弾を弾いている。神崎≠ェにやりと笑っているではないか。
「任せろ、ファル。そいつは今幻影より、もっと面白いもの用意したほうがよさそうだからな。それにあと一つ、だ」
 悠里が耳を疑って神崎≠見やり、すぐにファルチェを警戒している。
「あと一つ……?」
「考えられるのは……かがみ、旋律、影、悠久……狙われるとしたら貴方ですよ」
「……まじ?」
「ははっ、お前らもどうせ調べてたんだろ? 神の界。そこを目指した『反徒の種』……面白そうだろう。世界をどうする気か、誰もその先のシナリオは知らないんだ。見届けてみたいじゃないか」
「とんだ迷惑だな、巻き込まれる身にもなって欲しいもんだ……」
「そろそろメインイベントか?」
神崎≠ヨと目を配るファルチェに、彼は頷いていた。鏡と奏を捕えていた網を魔術で破り、二人が着地したのを確認してにやりと笑う。
「ああ。さあ、存分に踊れよ? 折角オレがこんなに広い舞台で見学するんだからな」
 まさかまた操る気じゃ――!
 身構えようとして、鏡は目を見開いた。
 体が動かない。神崎≠フ手に影で造り上げられた人形に、どうしてか目が釘づけになる。
 人形が、ひとりでに動いた。鏡の体がきしむ。
 目を見開いた時には、悠里へと勝手に体が向き直ったではないか。
「えっ、ちょっ……!?」
「な、何これ……!?」
 はっと目を回そうとするも、顔が奏のほうを向いてくれない。けれど苦しげな声にすぐに現状に気づく。
 体だけ、操られている――!
「ふと思ってな。どっちも正常な意識があるままに殺し合ったら……面白そうだとな?」
「まじでゲスいことやってくれるぜ……!」
 悠里の顔に焦りが見えた。自分の意志で体を動かそうとしても、鏡の体は全く言うことを聞いてくれない。
「きょ、鏡くん、奏さん……! と、止めなきゃっ、開け幻門――」
「で、お前にはちょっと寝てもらわないとな」
 悠里の奥で御影が倒れていく。ぐったりと動かない彼女へと振り返った悠里の顔がにわかに引きつった。
「……まじかよ」
「さあ、舞台の始まりだ」
 接敵。
 勝手に悠里へと突っ込む体が拳を見舞おうと動く。鏡はぞっとして動きを止めようとするも、言うことなんて聞いてくれない。
「悠里避けて!」
「ちっ」
 間一髪、腹を狙った軌道に気づいたのか、悠里がかわしてくれてほっとした。それも一瞬の話、次から次に拳と蹴りを見舞おうとする自分の体に顔が引きつる。悠里もぞっとして避けに転じた。
「お前らスピードだけはやばいからまじこええよ!!」
 介が魔術を放とうとするも、奏の拳が向けられて慌てて避けている。奇跡的な回避に悠里が目を丸くするも、鏡の拳が掠めて顔を引きつらせた。
「うわ、おえっ……なんだこれただの砂糖かっ!!」
 え、さ、砂糖?
 混乱する鏡は、悠里が腕を固めたそこに拳が入ったと気づき慌てて謝る。エルデが神崎≠狙いに行ったようだが、ファルチェの銃弾に足止めされて思うように動けないようだ。
 悠里の目が苛立たしげに神崎≠ヨと向けられ、苦い顔になった。
「これまずくねえか……ってか、あいつ御影の記憶覗いてるのか?」
「はあ!? なんで御影の記憶を!?」
「こっのド変態!!」
 奏が吠え、鏡も悠里も向かい合ったまま苦い顔になる。
 そういう問題じゃないと思うんだけど……。
 介が奏の足を凍らせて封じたようだ。息を切らす彼は腹を押さえている。何発か受けたのは目に見えていた。
「とにかくあいつを止めないと――」
「だな、あの人形さえ壊せりゃ……!」
「く、口までは多分操られないはず! だから! 早く!」
 足元の寒さに身震いしていた奏がはっとしている。エルデが顔をしかめた。
「……さすがに四対三はキツイですね」
 氷を剥そうとする奏の手がどんどんと傷だらけになっていく。介が苦い顔でファルチェを睨んだ。
「邪魔はさせないぞ!」
「それはこっちのセリフなんだが」
「介さん、前に行って!」
「はっ!?」
 介がぎょっとし、奏の真剣な目に何か気づいたのか走っていく。エルデがファルチェへと魔術を放って牽制し、鏡の腕をついに悠里が掴んだ。
 奏の顔が、介を追って――
「……ああ、そうか。こいつトラウマを乗り越えてたのか……ファル、お前の銃弾効かなかった理由わかったぞ。もうこれ以上見る必要はないな」
「ああ、なるほど」
「これで――終わりよ!」


掲載日 2021/09/01


*前しおり次#

しおりを挟む
しおりを見る

Copyright (c) 2026 *Nanoka Haduki* all right reserved.