境界融和世界の幻門ゲート

第37話 04
*前しおり次#

 光の槍が大量に出現する。術に意識を集中させていた神崎≠勢いよく貫く。目撃した誰しもが目を丸くした。
「がは……っ!?」
「なっ!?」
「あ、そっか!」
「邪魔です」
 火の魔石を割り、エルデが兄に炎をけしかけて無理やり後退させる。
 悠里と目で合図し合う。走る従兄を追う鏡の視界に、神崎≠ェ落とした影人形がはっきりと映った。
「行ける!」
 風が吹き荒れる。人形と神崎≠切り裂き、傷を負っていた介や奏のそれが癒されていく。術の効果に驚いたのか、二人が目を丸くした。
 体を勝手に動かしていた力が消えた。
 男を睨んだ鏡を、睨み返してくる神崎≠フ目。
「……え?」
 蜃気楼しんきろうのように歪んで、跡形もなく消えていった男の憎悪に満ちた顔に、鏡はどうしてか引っかかりを覚えた。
 まるでドラマの役者を見ているような、不思議な感覚。
 ファルチェが退屈そうに何事かを溢し、閃光弾で視界を奪う。光が落ち着いた頃にはもう、彼の姿はどこにもなかった。
 奏が安堵しきった顔で、床に座り込んでいる。
「で、できた……うー、冷たっ……!」
 奏が自身の足に纏わりついた氷を火で溶かし始める。鏡も神経を張り詰めたせいでへとへとで、のろのろと頷いた。
「よかった……なんとかなって……」
「しっかし三人とも名前取られて、残すは俺……か? この状況……?」
「あ……す、すみません……結局取られたんだ……あれ、でも……来栖奏……ちゃんと言えますよ?」
 怪訝そうな奏に、介も自分の本名を言おうとしたようだが、声は出ていなかった。やがて首を振った彼は、考え込むように腕組みをして、指を腕で叩いている。
「名を入れ替えるようになってなかったからじゃないか? あの詠唱、写し取るだけが目的だったみたいだしね……」
「名の真価……写したってことは、僕たちじゃその名前の意味だとダメなのかな……?」
「どうなんだろうね……名の力そのものがほしいだけなのか、他のものに名前を写して使うことが目的か……それにどうして御影さんの記憶を覗いたのかもわからないしね」
「あっ、そうだ、御影たち回復してきます!」
 慌てて御影とグリフォンの傍に駆け寄る。御影は穏やかに眠っていて、特に何かされた様子ではなかった。
 問題はグリフォンだ。苦しげに呼吸を繰り返していて、鏡は自分の輝石を確かめて、グリフォンの頭を撫でる。
「さっきの魔術だけじゃ回復しきれなかったんだ……ちょっと待ってて。――開け幻門、我が門は風。マラカイトの輝石を以て力をここに具現する。親和せよ生命。身をむしばむ力をはらえ。健やかたる力、雫を落とさん」
 雫の形をした光が、グリフォンへと落ちて弾け、馴染んでいく。途端にぱちりと開いた目が辺りを見回し、鏡を見上げると頭を擦りつけてくる。
 毒素が抜けたとわかりほっとすると、グリフォンは嬉しそうにすり寄って甘えてきた。鳴き声で目が覚めたのか、御影がぼんやりと見上げてきて、ほっと笑っている。
「あ……よかったあ。鏡くんありがとう」
「どういたしまして。わわ、くすぐったいよ。ちょっと待って。空気も浄化しないと、また毒素にやられるから」
 のしかかるように甘えるグリフォンを片手で抱え上げて、鏡は魔術で空気を浄化しきった。グリフォンが何度もすり寄ってきて、優しく撫でてやる。
 この子が遺跡で、守護者としての役割をこなすようになったなら。きっとあっという間に、あの装置の影響で大きく育ってしまうだろう。こうして抱えて撫でてやることが、いつできなくなるのかと考えると、甘えさせてやりたい。
 御影も同じ思いなのか、優しくグリフォンの体を撫でている。うっとりと目を細め、大人しく撫でられる姿は、あとどのぐらい一緒にいられるのだろう。
「しっかしまた謎が増えたっつーかなんつーか……最近エンカウント率高くないかあいつら。次やり合う時はこれ以上に厄介かもしれねぇ」
「しかもかなり怒ってたしな……なんか最初から虫の居所悪かったけど。あいつ自分の名前にコンプレックスでもあるのか……?」
「あ、それなんですけど。介さんが奏さんを呼んだ時、神崎≠フ様子が一変したんです」
「え、私?」
 目を丸くする奏に、介は「へえ」と興味なさげだ。元々神崎≠ノ対しての扱いは冷淡だったから、無理もないだろう。
「あの時一気に不機嫌になっていたので、そうじゃないかなって……。それと、もしかしたら介さんが神崎の本当のフルネームを思い出して、神崎の前で口に出すのが、介さんの本当の名前を取り戻す鍵じゃ……」
「あいつの名前ねえ……最初が『ひ』……覚えてないなあ。というか学生時代でも呼ん……呼んでた」
「おい、呼んでたのかよ!」
 ああ、悠里が突っ込んだ。介は不思議そうに首を捻っている。
「けど覚えてないんだよ……覚える気もなかったし、名前もじってバカにした覚えしかないな……なんて名前だったっけ。渾名にクズってつけた覚えはしっかりあるんだけど」
 ……学生時代の険悪な関係は、間違いなく神崎≠ゥらの一方的なものではなさそうだと、鏡は察して閉口する。
 売り言葉に買い言葉だよ、介さん……。
「クズ……? 奏の苗字は来栖くずみだろ? ってことはそれに反応するってことは三文字で「く」から始まるか、真ん中に「ず」があるかのどっちか、で、最後の文字が「み」で断定していいんじゃねーの?」
「え、さっきファルチェが言いかけたのって『ひ』でしょ? ……まさか、『ひずみ』とかって名前じゃ……」
「……あ。うんそれだ。クズみって呼んでたよ、おれ」
 途端に奏が嫌そうな顔をしていて、鏡はグリフォンを撫でる手を止めて苦笑いを溢した。御影も言葉に詰まっていて、グリフォンが手の平に頭を押しつけて撫でろと言うまで、固まっていたようだ。
「ある意味挑発に使えるかもな、それ……」
「嫌ですよそんな挑発……」
「いや、隙ができりゃ儲けもんだと思ってな……まぁ確かに、奏バカにするみたいで俺もやりたくはねえけど。さて、そろそろ帰るぞお前らー」
「あ、うん!」
 転寝をし始めたグリフォンを抱え直し、立ち上がる。御影が柔らかく笑んでいる。
 奏はというと、少し考え込むように俯いていたけれど。
「んー……うん、介さんが私のこと奏って呼べたら、クズみってあの覗き魔のことバカにしても気にならないと思います」
「ごめんそれは無理だ」
「あー、お前がそこ曲げたら確かにだめだろうな、多分俺が間違いなく蹴っ飛ばす」
 言うと思ったけど。苦笑いしながらグリフォンを撫でていると、視線を逸らしていた介が苦笑いを溢している。
「そう言うと思ったよ……おれも彰吾さんに顔合わせづらいから言わないよ」
「どういうこと? 悠里さん蹴る必要なくないですか?」
「わからなきゃそれでいいよ」
「どういう意味なんですかー」
「あーはいはい砂糖砂糖」
 最近思うが、介のあしらい方が随分と慣れてきた気がする。一週間でそのスキルだけ鍛え上げられたのだろうか。当の悠里は動じるどころかにやりと笑っているけれど。
「もっと糖分上げていいなら上げるけど?」
「なんで名前だけで糖分上がるの……?」
「勝手にやってくれよもう……」
「いや、いじりがいがねえから今はやめとく」
 もう放っておこう。悠里のにやにやとした顔を見て色々と悟ったから。
 悠里たちにつられるように歩き出しながら、グリフォンの背中をそっと叩く。うつらうつらと頭を揺らしていたグリフォンが、鏡を見上げてきた。
「また来るね。それまでお留守番、できる?」
 胸元にすり寄ってくるグリフォンは、了承してくれたように感じた。微笑んで頭を撫でると、落ち着いた鳴き声が返ってくる。
「よしよし、いい子。僕たち以外がここに来たら容赦なく撃退していいからね? 特に危なそうな人は」
「危なくなったら、逃げるのも、忘れちゃダメだよ?」
 グリフォンが胸を張っている。だいたいこうする時は、大丈夫だとか、任せてと言う意味だとわかってきただけに、笑みがこぼれる。
「いい子いい子。ほら、おいで。多分今の君を抱けるの、僕か奏さんくらいだと思うから」
「きょーおー? 後で空中戦の特訓、続きやるかー?」
 時が止まりかけた。奏が呆れた顔で悠里を見上げているも、御影は首を捻っている。
「だから、なんでそうなるんですか」
「悠里さん、妬いて、ます?」
「お、今回は御影のが鋭いな」
「な、なんで!?」
 どうして御影がわかって、奏さんがわかってないんだろう。
 そろそろと悠里の視界から逃げながら、鏡はグリフォンに所望されるままに撫でてやる。介が前方を歩きながら、こっそり溜息をついた様子が見えた。
 どうやら同じ思いだったようだ。
「よくわからないけど、妬いてるのかな、って……鏡くんが、稽古するって、悠里さんに言った時みたいだった、から……」
「気付いた理由おかしいだろ……鏡がストレス溜まったら俺に吹っかけるのは間違っちゃいねえが」
 そんなことないと思う。ストレス以外でもきちんと稽古は頼んでいるし、悠里が悪い時以外はそんなに稽古に呼んでいないはず……。
 反論したら後が長引きそうだ。そっと心の中にしまっておこう。
「さあて、グリフォンが落ち着いたら出ようか。砂糖やるなら自宅でいいだろ、君らは」
「あはは、ここに泊まるわけにはいきませんからね……」
「見張りたてないといけなくなるからね。それに崖の上で野営したら、人にここに何かあるって知らせるようなものだ。となると、泊まり込むなら遺跡の中になるし――おれはお勧めしないよ。安全な遺跡ではあるけどね」
「また遊びに来るのは、いいんです、よね?」
 御影へと、介はおかしそうに笑って頷いている。
「ああ、ちゃんと前回の約束を守れるならね。この道通る依頼も、これから多めに探してみる。それで手を打ってくれないかい?」
「遊びに行くのは構わないって言っても頻度置けよ? 他の異界の民や冒険者に目つけられたら厄介だ」
「はいっ」
 御影の嬉しそうな声を聞いてか、グリフォンが鏡の腕の中で嬉しそうに翼を広げた。
 途端に鏡の顔に翼が当たり、それを見てか御影たちが吹き出して笑っていた。
 今までのように毎週行くことは難しいだろうけれど、できる限り、グリフォンの傍にいてあげよう。


掲載日 2021/09/01


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