境界融和世界の幻門ゲート

第38話 02
*前しおり次#

「バカか? 武器持たずにここまで来るなんて死ぬようなものだろ、頭おかしいぞ!!」
 硬直した。
 丸め込まれるというのもまた違う一喝いっかつを、目を見開いてまで言われて、鏡は思考が吹っ飛んだ。冷静になった感情でなんとか口を開くも、何故か逃げるという選択肢を頭が忘れ去っていた。
「か、買い物中に届け物の冒険者依頼頼まれたんで……」
 というか、どうして敵に怒られているんだろう。苛々とした顔をされる理由がまるで食い違って聞こえるのは鏡だけだろうか。
「依頼の途中なら一旦帰宅してでも装備は整えろ、魔物によっては人間の足じゃ絶対追いつかれる。介がそれで重傷を被ったことが数知れない。あいつはもやしだがな。特に魔物が通る地帯を抜けるなら仲間に声をかけていけ。オレはそれで彰吾しょうごに怒鳴られ鬱陶うっとうしく世話を焼かれた! 街の内外で危険と言われている地帯を通るなら二人以上で行くことだ、そうしないと死にに行くようなものだぞ」
 ねちねち、くどくど、延々。
 口を挟もうと「あの」とか、「でも」とか、たったその二文字すら言わせてくれる気配がない。神崎≠フ隣で深々と何度も頷くファルチェは、隣の男に財布の中身を勝手に出されて叫んでいなかったはずではなかったか。
「同感だな。武器があるだけで身を守れる。……カザミだったか? 確か武器は拳だったな……少し待ってろ」
「いや、輝石は持ってますし、速度倍加で逃げれないことも……って、えっ……何この状況……」
 奥へと引っ込んでいく仇敵に、ただただ鏡はうろたえるばかりだ。神崎≠ヘというと、ファルチェを見送って納得したように鏡へと目を向けている。
「お前の体術のデータ、あいつ気に入ってたからな。多分ナックルか、それに合う付属品探しに行ってるんだろ」
「えっ、それ、敵に塩を送ってるよね!?」
 慌てて叫んだ途端、神崎≠フ目が衝撃を受けたように見開かれた。その反応に鏡まで衝撃を受けた。
 この人わかってなかったの!?
「……まあ、ゲームは面白いほうがいいよな」
 あの、今さら余裕見せたように言われても、説得力ないです。
 どこから何を指摘すればいいかもわからなくなりそうだ。鏡は困惑を隠せず、のろのろと溜息をつく。
「……い、いいのかなー……?」
 なんでこの人たち敵なんだろう。いや、全部を思い返さずとも、明らかに敵なはずなのに、段々とそう思えなくなってきている自分がいるなんて。
 しかも神崎≠熈神崎≠セ。あれだけのことをしていながら、悠里や介、奏を苦しめてきていながら、その仲間である自分に対してこんなにあっけらかんと接してくるなんて、どうかしている。
 介がいたなら、「どうかしているからあんなバカげたことをしているんだろう」と、氷点下の冷気を纏った顔で返されそうな気がしたけれど。
「むしろ、黙ってればよかったのに、お前は律儀だな。あの女の記憶である程度知っちゃいたが」
「へ? んー……そうなのかな?」
 あの女――恐らくは御影のことだろう。そういえばどうして神崎≠ヘ、御影の記憶を覗いたりしたのだろうか。
 彼女の記憶を勝手に覗いたことは腹立たしいが、このことも、理由を聞いていなかった気がする。
「そういうまっすぐさ、本来なら吐き気がするが、だからお前は他人にそいつの姿をよく認識させるんだろうな」
「そ、そんなことないよ!? 全然まっすぐじゃないし! というかブレブレだし!」
「だから自分自身をまっすぐ見ているあの女にれたのかー。砂糖乙。おーいファル、まだかー?」
「えっ、なっ……なんでそんなことまで……!?」
 ついに顔が熱くなった。何を聞こうと思っていたかまで頭から吹っ飛んだ。意に介していないらしい男は、到底聞こえるはずもないだろう仲間の返事を待っているときた。
「なんでってお前、あの女の記憶を見たことを忘れたのか。案外バカだな」
「だから奏さんから変態って言われるんでしょ!? そんなところまで見るなんて……!」
「だからオレは覗くなら正々堂々派だ。あの術の特性上記憶は最新から順にさかのぼるしかない。そうでなければあんなヌガーレベルの糖質記憶なんぞ吐くわ! バケツに入ったカラメルを飲まされて誰が喜ぶ、ふざけるな!!」
「そこまで言う!? っていうか、勝手に覗いたのはそっちだしどう考えてもあなたが怒られる側だよね!?」
「オレはオレのしたいようにやっただけだ、他人に怒られる道理なんぞどこにもないな!」
 何この横暴!?
 絶句した鏡の遠く、廃ビル遺跡の入り口にあるインターホンから、プツリと音が響いた。
『あー、賑やかなところ悪いが、もう少し待ってくれ。売り物と混ざっていてめんどくさいことになってるだけだから』
「遅い、さっさとしろバカが」
『ひどいな!?』
 ファルチェにまでこんな態度の相手に、いろいろ期待をしすぎたかもしれない……。
 ふと神崎≠ェ怪訝そうに振り返ってきて、呆れた目を向けてきている。
「しかし吐き気するほど砂糖なくせに、何も進展してないんだな、ヘタレか」
「うっ、そんなことはない……と、思いたいというか、進展すると御影けがすみたいで、つらいというか……ってなんで敵に恋愛相談みたいな流れになってるの!?」
「お前それ後で自滅するぞ」
 ざっくり刺さった。自覚しているだけに、今まで踏み込めなかった問題に俯く。
「わかってはいるけど、無理強いはしたくないんだよ……」
 本当、なんで敵にこんなことを言っているのだろう。
 相手は御影の記憶を勝手に盗み見たのに。悠里や奏や、介のトラウマだって掘り起こしたのに。
「キスもできなければ手繋ぐだけで精いっぱいだったか。お前の心臓がもろいだけじゃないのか」
「いつも同じこと介さんに言われてますし……」
 なんでこんなことを、この男に言っているのか自分でもわからない。ただこれ以上突かれるのも嫌で、むっとそっぽを向いた。聞こえてきた足音でやっと、ファルチェが戻ってきたと気づいて苦い顔になっていく。
 雑談していないでさっさと逃げればよかった。
「ああ、だろうな。介なら言いそうだ。まあお前の恋路こいじなんてどうでもいいがな」
「あったぞ」
「やっとか、遅いぞファル。――ああ、それこの間見たな。オレが試して全然センスないって言ってた奴じゃなかったか?」
「ああ、そうだ。銃以外本当センスないもんな……」
「センスがない言うな、元々オレは魔術肌だぞ。銃のセンスがあっただけでも幸運だ」
 なんだか頭の上で繰り広げられているような、そんなたわむれるような会話が、遠く感じる。ファルチェから武器を渡されてやっと目を丸くした。
「って、これどう考えてもいい武器だよね!?」
 装飾を抑えた、シンプルだけれど艶やかな緑色をしたナックルは、軽量な割に丈夫だと一目でわかる。戸惑いを隠せずファルチェを見上げるも、ファルチェは目を細めてじっとナックルを見据えている。
「やっぱりな。お前を選ぶと思っていたが」
「どういうこと?」
「風属性の魔導鉱を使ったものだ。他の人間を拒絶してもお前にだけは許すだろうと思っただけだよ」
 どうして僕に? この武器は初めて見るのに……。
 重さまでしっくりくる。ぞっとするほどではないにせよ、なんだか不思議な武器だ。戸惑っていると、神崎≠ェにやりと笑ってくる。
「あの女のおかげで機械関連の知識はかなり手に入った。オレがいる遺跡に入るなら、覚悟するんだな」
 ぎょっとした鏡は、やっと御影の記憶を見られた理由に思い至った。
「御影の持ってる機械の知識を狙ってたの……!?」
「他に何がある。お前とあの女の砂糖なんざ見ろとでも言うのか?」
 誰もそんなこと言っていないし、もうそこに触れないでほしい。顔色が真っ赤と真っ青を行き来してしまう。
「ファルも覚悟しておけよ、その武器身をもって体感するのはお前も同じだろうからな」
「その遺跡に機械関係の罠仕掛けるのはオレなんだがな……まぁ、今回考えてるのは一筋縄では行かない予定だが」
「おいおい、オレの影の出入りまで無理難題にさせるなよ」
「なんかここまでアットホームだと戦いづらい……」
 本当にこの人たちは、敵なのだろうか。いつも挑んでいる神崎≠スちとは全く雰囲気が違って、今までの出来事は全て幻だったのではないかとすら思う。
 ゲート化した影響ではないのかとも――
 そういえば、ゲート化して彼は二年、この調子だったはず。どうして理性を保ったまま、魔物の姿にもならずに生きているのだろうか。
 尽きない疑問を抱えたまま見上げていると、神崎≠ヘ我関せずで肩を竦めている。
「戦わないなら別にオレは構わんがな。元々戦いは得意なほうじゃない。『反徒の種』がやろうとしたことの先をゆっくりたのしむだけだ」
「そ、それは阻止したいけど……」
「――なるほどな、自分でブレブレだって言うぐらいには、人の良心を見て覚悟を固められないか。仲間の記憶を盗み見られた上に、殺し合いもさせたんだがな? そこまで善良面をするならお前のそれは、偽善もいいところだな」
 からからと笑われる。けれど言葉の端々に引っかかりを覚えた鏡には、神崎≠しっかり見上げるだけの材料が揃いすぎていた。
「確かにそうですけど、ただ一面を見て悪って決めつけてたんで。多面を見て判断したいだけだよ。ちゃんと考えた上で決めたいだけ」
「甘いな。そうやって多面を見る間に、殺すべき奴が生き延びて全部が手遅れにならなきゃいいな?」
 まるで、忠告するような。
 突き放すようなその言い方は、介と似ていた。
「この際だ。オレは何がどうなろうが特に興味はない。オレが興味を示したものの先に何が出来上がるのか以外どうでもいい」
 全部、本音なのだろうとはわかる。
 けれどその全てが、彼が言う言葉通りだけの意味と思いづらいのは、どうしてだろう。
「だから『反徒の種』とやらにもこうして意志に従ってやっているまでだ。一度見た善良な部分とやらに振り回されて、お前がこっちに手を出せなくなるなら別に構いはしない。それだけお前の意志が弱い証拠だからな」
 この人は、何を考えているのだろう。
 まだわからないけれど、介以上に刺す言葉にはきついものがあるけれど、納得できないまま戦うのは好きじゃない。それでも、神崎≠ヘ、ファルチェは、絶対に本心を明かしてはくれないのだろう。
 鏡は目を伏せて、静かに頷いて彼らを見上げた。
「わかった、戦うよ……けど倒すためじゃなくて助けるため……っていうのも、やっぱり甘いのかな?」
「助ける? 誰を? いったい何を考えてそんなことを言えるんだ。お人好しを超えているな。反吐が出る。まあ別に、お前がそうやってぶれていようがオレの知ったことじゃなかったな」
 本当にそうなのだろうか。
 ならどうして、丸腰で来た鏡に対してあんなに身を案じるような説教をした?
 この人はやはり矛盾している。綺麗に竦められた肩も、完全に見下したような表情も、全部演じられている
 それならば。
「……この世界に、巻き込まれた異界の民を助けたいって、決めたんだ。意味があって巻き込まれたのか、そうじゃないのかわからない。だけど、僕が倒したいと思うのは『反徒の種』と声≠セけだから」
「そうか。ならオレはその『反徒の種』を倒されないように動くだけだ。あいつが何をしたいのか、オレは気になってしょうがないからな。邪魔するのは勝手だが、倒させはしないぞ」
 にやりと笑んだ顔は、予定通りと言いたげだった。
 鏡はただ首を振り、まっすぐ神崎≠見上げる。
「邪魔するなら止めるだけだよ。僕は他のみんなと違って殺意はないから、本気で止めに行く。それだけ」
「それが甘いと言っている。――これ以上は不毛だ。さっさと帰ったほうが身のためだぞ」
 わかり合おうとこちらがしても、きっと彼は無視する。もうわかりきっていたことだ。
神崎≠ェその気なら、こちらだってもう考えは決めている。
「そうするよ。それじゃ……」
 一瞬固まった。
 どうしよう、さようならともまたねともなんだか違うし、というかここは一応ファルチェにとっては家だと言っていたから……
「えっと、お邪魔しました?」
「ああ、お構いできなくて悪かったな……?」
「……なんで近所の友人尋ねて出ていくみたいなやりとりしてるんだ?」
 本当だ。相手は敵なのに。
 ファルチェは至極不思議そうに、御影が大量に機械をバラしたはずの遺跡を指で示していた。
「え、ここオレの工房いえだろ?」
神崎≠フ据わった目が、どうしてだろう。呆れを通り越して悟りすら開いていそうだ。
「……もういいか。じゃあな」
「あ、はい! それじゃあ!」
 慌てて踵を返して走る。まずはギルドに報告だろうか。手元を見ると報酬代わりの紙幣に雑じってサインももらっていたし……。
 その後は……家?
 手元を見る。
 燦然さんぜんと輝くナックルが、シンプルなのにそれはもう、目に痛くない美しいメタリックグリーンを纏った光沢を放っている。
 そっと、めてみた。
「エ、エルデさんが作ってくれたのも凄かったのに……!」
 これが手に吸いつくというのだろうか。嵌めた瞬間に馴染んだナックルは、手の動きを全く妨げない。軽くさえしてくれているようだ。
 悠里が新しい武器ですぐさま戦いたいとうずうずしていた気持ちがなんとなくわかった。わかったけれど、ただ今過ぎった従兄の存在に背筋がずっしりと重くなる。
 ギルドで依頼を終えたことを伝えて……家に帰って……このナックルをどう説明しよう。
「……どうしよう……!」
 やっぱり、家から閉め出される末路しか見えなかった鏡である。


掲載日 2021/09/01


*前しおり次#

しおりを挟む
しおりを見る

Copyright (c) 2026 *Nanoka Haduki* all right reserved.