案の定、悠里からは説教を受けた。ついでに帰ってきた介からも説教を受けて、延々二人に同じ内容を叱られた。
一、急ぎであってもまず依頼を二つ返事で受けるな。
二、依頼の中身と送り先と送り主、経路は必ず確認すること。
三、敵とわかっていながら届ける前にマスターに一言言えばわかってもらえる、まずそこから頭を回せ。
四、依頼を受けたなら武器などを必ず持っていく、魔術で逃げられる敵とそうでない敵がいるんだから装備は万全にすること。丸腰で何かあったら遅いのだから準備は
五、そもそも一人で依頼を受けるな何かあったらどうする気だ。エトセトラエトセトラ。
悠里はざっくり刺しながら短く叱ってきた。けれど介は長い。くどくどしく長い。けれど自分が悪いとわかっていた鏡は、ひたすら
二人と全く同じ説教を敵からされたなんて一言も言えない。言ったら火に油だ。
そして隠し事をしなくて正解だった。最初はごまかす気でいたけれど、悠里から新しいナックルを不審に思われ、ただの配達依頼の報酬にしては高額をもらって帰ってきたことも一発で見抜かれたのだ。
その結果が、この説教の嵐だった。
「――今回はこのぐらいにするけど。次同じことをやったら
「はい……本当にすみません……」
萎縮しきったまま正座を崩さなかった鏡を見下ろして、介がやっと吊り上げていた目尻を下げた。疲れたような顔をされ、申し訳なさが込み上げる。
「まあ……無事でよかったよ……バカだったろう、あいつ」
「あ……はは……」
どうしよう。仲よくとまではなくとも、世間話から口喧嘩、恋愛相談までする形になっただなんて口が裂けても言えない。
「大方色々自分から暴露したんだろう。それかファルチェに暴露されたかな。挙げ句口止め料とか言って報酬勝手に増やしたってところだろう」
「……エスパーですか」
なんでそんなに見抜いたように当てられるのだろう。声が震える鏡の前、介が書き物をしていたその手に持っていたシャーペンをミシリと言わせた。
「忘れてないかい。おれ、あいつと二十年近く幼馴染やってたんだよ」
「シャーペン壊れるぞ、お前のない握力でも
「報酬額は、確かに上乗せされましたけど……」
悠里の毒も気にしていないのか、ミシミシと音を立てるシャーペンを握っている介の顔から表情が削げ落ちていた。
「そりゃあ……あいつ、いきなりおれをバーガー店に引っ張っていって、勝手におれの財布から出したからね……何度も。同じことファルチェもされたんだろうなと思うと……笑うより怒りがねえ……」
今日その現場を、ファルチェで見事に再現された鏡は口を
「あー、よくやってたわ、幼馴染みの財布から」
「君もかっ!!」
「うおっと、危ねえ。……っていうかむしろやらねえの?」
投げ飛ばされたシャーペンを避けた悠里の怪訝そうな声音に、介の目尻がまた吊り上がる。鏡はすごすごと姿勢を低くして、また物が飛んでも自分に当たらないように気をつけた。
「やらないよ普通はね! 人の財布勝手に使うな!」
きっと神崎≠ノも同じように怒鳴ったんだろうなあ……。
「普通に勝手に家上がり込んで飯
ついに介の全ての気力が萎えたようだ。脱力して椅子に腰かけ直す彼は、頭を押さえて溜息をついている。
「……そこまでやってたら主夫もいいところだよ」
「お前以下の腕前の毒料理、って言えばわかるか?」
「それはそれで放っておけばいいと思うけどなあ。困るの本人だけだろう」
「お前ざっくりブーメラン刺さってんぞ……」
「いや、別に? やろうと思えば人間スパサラだけでも生きていけるからね」
「ちゃんとタンパク質と脂質を摂れ、偏食が!!」
今度は悠里のスイッチが入った。肉嫌い、薬は人生の敵と豪語する介の目が据わらないはずがない。だがしかし、栄養面食事面については、孤児院と独り暮らしで鍛えられた悠里が怒らないはずもないのだ。
鏡はそっと溜息をついて、すごすごと自分のスペースに避難した。
そしてこういうタイミングで何を悟ったのかやってくる奏にも、毎度慣れてきた。
「さっきから何大声出してるんですか、また喧嘩?」
「ああ、鏡がちょっとやらかしてくれてなー」
「その話に戻るの!?」
切り替えも早く返す悠里に悲鳴じみた声が出る。コーヒーを手渡してくれた奏がぽかんと見下ろしてきて、思わず言葉に詰まった。
「珍しいですね、風見さんが何かしたなんて」
「こ、今回は不可抗力というかなんというか……! というか違う拠点見つけてきただけ収穫というか……!」
「経緯はともあれ、また独りで向かおうとしてたことは評価できねえなぁ?」
うっと言葉に詰まる鏡は、また身を縮めた。対する奏は不思議そうに悠里へと目を向けて、やはりコーヒーを渡している。
「拠点って、何の話です? というか独りで、って……買い物遅いなって思ってたら、依頼か何か受けてたんですか?」
「簡単に言うと、奴らが出した依頼を鏡が押しつけられたんだよ」
「ああ、なるほど……えっ!? うそっ、なんで風見さんにそれ押しつけられてるんですか!? っていうか、なんで風見さんも断らなかったの!!」
「送り先見てなかったから仕方ないだろう、二つ返事で頷いてればねえ」
奏からコーヒーを受け取って飲み始めた介の釘にも似た言葉に、段々と鏡は俯いていく。黒とも茶色とも言い難い、温かな飲み物に映る自分の頼りない顔と言ったらない。
「着いてから気づきました……裏路地にある工房と闇市を見て……まさかあの遺跡直行の裏ルートあるとは思ってなかったです」
「なんで闇市通るルートって時点で断らなかったんですか、危ないでしょ! しかも武器なしだったでしょ、私ナックル下で見たんですけど!!」
「困ってるって言われて断れませんでした……」
「同じ説教と同じ言い訳三回目、と……」
四回目だよ……。
正直、介は怒らせると静かに抉ってくるから怖い。悠里は威圧してくる上に説教という名の物理が待ち受けているから怖い。
だが奏の説教は、説教というより叱責だった。あまり覚えがないけれど、母や兄に怒鳴られている気分になる。何故か逆らいづらいのだ。ただでさえ、悠里や介に怒られるだけでも怖いのに。
「闇市系の依頼は受けちゃいけないって暗黙のルールあるんです。一度受けたら頼られること多いんですからね、相手が覗き魔たちなら次は頼ってこないと思うけど!」
「そっちのほう行ったことなくて、闇市だって知らなくて……」
「あったま痛い……! だいたい風見さん方向音痴でしょ、よくそれで初めての場所に行こうなんて思えましたね……」
どうしよう、もう散々に折れた心がまだ粉砕されそうだ。
「あと、荷物運搬とかお遣いとか、そういう感じの依頼だったとしても、二人以上で行かないとダメ! 私たち海理さんじゃないんですから、何かあったらどうするんですか!」
「来栖さん、それおれも既に言ってるよ。三回目だ」
「えっと……介さんと一言一句違わない説教をまだ他の人に……」
悠里から生暖かい顔をされた。介から冷えた目と笑顔を向けられて背筋が凍る。
「どこぞのバ神崎の話でもする気かな、鏡くん」
声が出なかった。
盆を手に仁王立ちする奏を見上げ直して、鏡はうっと身を竦めた。
怖い。
どこもかしこも、怖い……!
「それだけのことしてるんでしょ、次やらかしたら問答無用ですからね」
奏の手にあるのは盆だったはずだ。どうしてフライパンに錯覚したのだろう。
いや、そういう問題ではない。怖い。
悠里が壁に寄りかかったまま、コーヒーをテーブルに置いて見下ろしてきた。
「ま、報酬金となんでか知らねえけど、Sランク武器もらってきたんだし、今回はいいとして……次はねえぞ?」
「ハイ」
自分に非があるのは十分わかっていた。怯えながらも頷くと、奏が頭痛そうに顔をしかめて、肩を落としている。
「まったくもう……! 無事でよかったですよ……」
「あいつ根本はバカだからなあ」と、介がコーヒーマグを傾けつつぼやく。
「気分が乗れば世間話すら応じる程度の頭の吹っ飛び方してるんだ。どうにも、今回それだったみたいだよ」
「は、はあ!? 敵なのに!? ありえない……って、少しでもまともだったら介さんを殺そうとしてたとか、初対面で言わないですよね」
苦い表情を浮かべる奏に、悠里が苦笑していた。鏡はおずおずと顔を上げる。
「普通に世間話しましたよ……口止め料渡されましたけど」
「お前あの環境放り込まれてよく世間話できたな……」
「今回は鏡くんもそうだけど、神崎≠ェバカなだけだからしょうがないよ」
あっさり吐かれた毒が矢となって刺さった。コーヒーを飲み終えた悠里が、奏から盆をさり気なく取ってひらひらと振っている。
「ま、俺からの説教はこの辺にしとくか……肉準備してくる。ごっそさん」
「いいえー。今日お肉です?」