境界融和世界の幻門ゲート

第39話 02
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 途端に介のげっそりした顔を見て、鏡はそっとコーヒーを飲んだ。
 いつも以上に苦く感じるのは、やっぱり悪いことをした自覚も、子供のように叱られた自覚もあるからだろうか。
「おう。鶏肉の照り焼き」
「ああ、それならいけるよ」
「あー、介さんの肉嫌い対策ですか」
 生暖かく笑む奏へと、悠里が「そういうこと」と頷いた。
「まずは鶏から。ローストターキーにしなかっただけ優しいと思うぜ?」
「それはどうも。まあ出されたら食べるけどね……」
 コーヒーを飲み干した途端に、悠里からコップを回収されていた。
「ってなわけで買い出し行ってくるわ。肉オンリーのバーベキューでもいいけどな?」
 ああ、物凄く悪戯いたずらを楽しみにしている笑みだ。介が嫌そうに目を細めて、悠里を睨んでいた。
「肉だけはさすがに勘弁してくれ、野菜がないのは耐えられない」
「胃もたれするからじゃないんだ……介さん体力あるはずなのに色々と残念系ですよね」
「介が残念なのは全力で同意する。顔がいいだけに残念すぎ」
「それはない……まず残念なほうが、おれとしては願ったり叶ったりだよ」
 そういえば介は、容姿をめられるといつも否定している気がする。十分整っているように感じるのに。
「否定しますよねえ、結構……」
「自分の容姿が整ってるなんて思ったこと一度もないよ」
「ないわー」
「ないです」
 思わず真顔で言い返したら、何故か奏が顔を強張らせてきた。介は嫌そうな顔をしているけれど。
「そう言われても、おれがないって言いたいよ」
「フツメン敵に回したぞお前」
「そう言われてもなあ。だいたい顔がどうとか別にどうだっていいだろ。そもそも親からの遺伝で決まっているだけなのに、モテるだのモテないだの言うほうがバカらしいと思うけどね」
 うわあ、ざくざく刺してくる。
 もう目が据わりそうだ。顔が整っている人から言われるその言葉ほど痛烈なものはない。
 御影は気にしないだろうけれど、鏡は自分の容姿に自信があるわけではなかった。特に年下に見られる幼顔は諦められるものではない。介の言わんとすることもわからなくはなかったが、苦笑いが精いっぱいだ。
「世の中イケメンのが得だって奴ばっかなのに、こんな考え方だから残念なんだろうな……」
「残念で結構。そういう人間をリーダーに据えたのもある意味君らだろう。承諾したのはおれだけどね」
「そーいう残念とはベクトルが違うんだよなぁ……」
「ある意味らしいけど……多分、介さんのって不治の病ですしね……」
 ぼそりと呟いたら、彼は飄々ひょうひょうと肩を竦めてきた。
「君らの不治の病より、放置してても問題ないからいいだろう」
 あ、奏さんがダメージ受けてる。むしろ彼氏であるはずの悠里のほうがにやりと笑えるなんて……いつものことか。
「天性の天邪鬼あまのじゃくなもんでな」
「僕も、介さんよりは見た目上ましです」
「はいはい、どっちも言うようになったな。やっとかって感じだけどねえ」
「そーいうお前も、やっと随分素を出すようになったっていうか、自然体になったと思うけどな?」
 奏は洗濯物を畳まなきゃとこぼしてそそくさと出ていってしまった。ダメージは大きかったらしい。
 介は悠里へと苦笑いを溢していた。
「おれは人遠ざけてた部分も含めて、全部素だったんだけどねえ。確かに相手に応じて、見せる度合いは変えてたけど」
「営業スマイルつーか、胡散うさん臭い笑みが減った」
 あ。
 鏡は目を見開いた。悠里の指摘に、介は肩を竦めている。
 言われてみれば、その場をやり過ごすような笑みを、最近介から見ていない。自分たちに対しても、よその人間と割り切っている海理たちへも。
 心を開いてくれていると感じるようになってから、彼の感情の出し方も随分と変わったのだろう。
 なんだか、嬉しかった。
「悪かったな。君も随分と天邪鬼の回数減ったみたいで何よりだよ。あとふたに閉じ籠もる回数も激減したようだしね。鏡くんはいまだに優柔不断さが抜けてないのが玉にきずだけど、前の悠里ほど危なっかしくなくなったしねえ」
「仲間にゃ――いや、彼女にゃこれ以上嘘つきたくないだけだ」
「前の悠里は……うん……」
「悪かったな」
 目を細くして見下ろされ、鏡は曖昧あいまいに笑った。介のげんなりした顔を見ると、どうしてか笑みがこぼれてくる。
「砂糖はいいよもう」
 みんな、変わったんだなあ。
 介や悠里だけではないのだ。御影も弱気な部分や人見知りを治そうと、自発的に行動するようになった。奏も最初に出会った頃に比べて背伸びや暴走の回数が減った。人に頼れるようにもなっていた。
 悠里も、未だに一人行動が目立つけれど、昔のような自分をかえりみないものではない。時には報告した上で動いてくれている。
 介の一番大きな成長は、最近使われる機会がなくなって埃が積もり始めている、籠り部屋の存在で十分だろう。
 今や籠り部屋は資料庫もいいところだ。それだけ、介の人嫌いが緩和かんわされたのだろうか。
「あ、先に言っとくが今日のデザートはレモンシャーベットだ」
「甘さ控えめなものにしてくれてどうも。――遺跡の踏破回数も結構なものになってきたし、そろそろ行動に移したい場所があるんだ」
 へえと、悠里が眉を持ち上げる。介は閉じたノートの表紙を撫でて、鏡と悠里を見上げてくる。
「長距離になるからまだ数カ月先の話になるけど、目処めどが立ったら詳しく伝えるよ。もちろん行くのは、全員が承諾してくれればの話だけどね」
 話を切り替えた介にぽかんとしつつ、鏡は首を捻った。
「えっと、噂の境途きょうと方面ですか……?」
「ああ、巣窟と噂の?」
「やっぱり噂は聞いてたか」
 首肯を返されて、鏡はやっぱりと呟いた。
「そう、その境途だよ。神崎≠ェ閉じ込められている遺跡があるのが、その境途の外れなんだ」
 予想外の言葉に思わずうつむいた。悠里が目を鋭くして介を見下ろしていて、鏡は微かに奥歯に力を入れる。
「乗り込むってことか?」
「いや……乗り込むのはまだ早いと思ってる。調べたいことがあるんだ。境途の字は知ってるかい? 境のみちって書くんだけどね――字を見る限り、神の界ってところに繋がるものがあってもおかしくない。芋づる式に、『反徒の種』に関する情報があるかもしれないと見てるんだ」
「なるほど、情報収集がメインってことか……」
「魔物の巣窟って噂もあるぐらいですし、慎重にいかないと……ですね」
 動揺したことを、悟られないようにしよう。きっと兄貴分にはばれているだろうけれど。
「そうなるね。その魔物の巣窟になっている件も気になっているんだ。いきなり神崎≠ェいるところに乗り込むより、リスクもかなり減ると思う。まずおれたちが優先すべきは神崎≠倒すことよりも、全員が生きて戻ってくることだからね」
 わかったと頷く悠里の目が、一度だけ自分を見てきた気がした。
「とりあえず佑と大和に声かけてみるわ。頭数多いほうがいいだろ」
「一番最初に声をかけるなら海理さんにすべきだよ。パーティの人を借りるなら順序は考えないとね……おれが最初に連絡取るよ」
 ほぼ全員、あのパーティに声をかけることになるのなら、当然アレンもついてくるだろう。
 最近彼は襲撃をしてこないけれど、どうしているだろうか。
「まあ、連絡は明日以降にする。今日連絡したら海理さんのことだし、すぐに来かねないしね……」
「戦闘狂の集まりだもんな、あそこ……」
 頷く介の頭に重い石が乗っているようだ。
「とりあえずそういうわけだから、考えておいてくれ。どうせあと数ヶ月余裕見る気だから、ゆっくり考えてくれると助かるよ」
 介がこうやって言ってくれたということは、一人一人にどうするか選ぶ権利をくれたということだ。誰かが行くからなんて、そんな流された意見で決めるべきじゃない。
 
 君のなさすぎる覚悟で、これから先戦うのは向いていない。それでも戦うのはなんのためだい?
 
 この世界に来て、介から初めて突きつけられた課題は、こんな言葉だった。
 今でもはっきりと思い出せる。区切りがついても、そこが自分にとっての分岐点だっただろうから。
 
 おれたちがそうしているから。この世界だから仕方がない。そんなものじゃないよね
 割り切れてもいない感情を受け入れ続けるなんて利口じゃない
 君は何を守りたいんだい?
 
 きっと、その宿題を今さら言う必要はないだろうとも、わかっている。介はもう宿題を受け取った気でいてくれているから。
「俺はとっくに腹くくってるよ。帰るための手掛かりも探さなきゃだしな」
「――まあ、悠里ならそう言ってくれるかなと思ったよ」
 にやりと笑う悠里と介に、今、自分は同じ場所に届いているだろうか。
 今もまだ、彼らに引っ張ってもらっている気がするけれど、でも――。
 表情を正して、鏡は頷いた。
「わかりました……ちゃんと、考えて決めます」
 自分の意志で、自分の選択で。
 介の笑みが、力強かった気がした。
「ああ、よろしく」
「はい」
 一つだけ、わかることがある。
 介が自分を見る目が、もう子供を相手にしたそれでないことだけは、確かに。
 ――一人の仲間として、見てくれていると、確かに。
 
 


掲載日 2021/10/23


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