途端に介のげっそりした顔を見て、鏡はそっとコーヒーを飲んだ。
いつも以上に苦く感じるのは、やっぱり悪いことをした自覚も、子供のように叱られた自覚もあるからだろうか。
「おう。鶏肉の照り焼き」
「ああ、それならいけるよ」
「あー、介さんの肉嫌い対策ですか」
生暖かく笑む奏へと、悠里が「そういうこと」と頷いた。
「まずは鶏から。ローストターキーにしなかっただけ優しいと思うぜ?」
「それはどうも。まあ出されたら食べるけどね……」
コーヒーを飲み干した途端に、悠里からコップを回収されていた。
「ってなわけで買い出し行ってくるわ。肉オンリーのバーベキューでもいいけどな?」
ああ、物凄く
「肉だけはさすがに勘弁してくれ、野菜がないのは耐えられない」
「胃もたれするからじゃないんだ……介さん体力あるはずなのに色々と残念系ですよね」
「介が残念なのは全力で同意する。顔がいいだけに残念すぎ」
「それはない……まず残念なほうが、おれとしては願ったり叶ったりだよ」
そういえば介は、容姿を
「否定しますよねえ、結構……」
「自分の容姿が整ってるなんて思ったこと一度もないよ」
「ないわー」
「ないです」
思わず真顔で言い返したら、何故か奏が顔を強張らせてきた。介は嫌そうな顔をしているけれど。
「そう言われても、おれがないって言いたいよ」
「フツメン敵に回したぞお前」
「そう言われてもなあ。だいたい顔がどうとか別にどうだっていいだろ。そもそも親からの遺伝で決まっているだけなのに、モテるだのモテないだの言うほうがバカらしいと思うけどね」
うわあ、ざくざく刺してくる。
もう目が据わりそうだ。顔が整っている人から言われるその言葉ほど痛烈なものはない。
御影は気にしないだろうけれど、鏡は自分の容姿に自信があるわけではなかった。特に年下に見られる幼顔は諦められるものではない。介の言わんとすることもわからなくはなかったが、苦笑いが精いっぱいだ。
「世の中イケメンのが得だって奴ばっかなのに、こんな考え方だから残念なんだろうな……」
「残念で結構。そういう人間をリーダーに据えたのもある意味君らだろう。承諾したのはおれだけどね」
「そーいう残念とはベクトルが違うんだよなぁ……」
「ある意味らしいけど……多分、介さんのって不治の病ですしね……」
ぼそりと呟いたら、彼は
「君らの不治の病より、放置してても問題ないからいいだろう」
あ、奏さんがダメージ受けてる。むしろ彼氏であるはずの悠里のほうがにやりと笑えるなんて……いつものことか。
「天性の
「僕も、介さんよりは見た目上ましです」
「はいはい、どっちも言うようになったな。やっとかって感じだけどねえ」
「そーいうお前も、やっと随分素を出すようになったっていうか、自然体になったと思うけどな?」
奏は洗濯物を畳まなきゃと
介は悠里へと苦笑いを溢していた。
「おれは人遠ざけてた部分も含めて、全部素だったんだけどねえ。確かに相手に応じて、見せる度合いは変えてたけど」
「営業スマイルつーか、
あ。
鏡は目を見開いた。悠里の指摘に、介は肩を竦めている。
言われてみれば、その場をやり過ごすような笑みを、最近介から見ていない。自分たちに対しても、よその人間と割り切っている海理たちへも。
心を開いてくれていると感じるようになってから、彼の感情の出し方も随分と変わったのだろう。
なんだか、嬉しかった。
「悪かったな。君も随分と天邪鬼の回数減ったみたいで何よりだよ。あと
「仲間にゃ――いや、彼女にゃこれ以上嘘つきたくないだけだ」
「前の悠里は……うん……」
「悪かったな」
目を細くして見下ろされ、鏡は
「砂糖はいいよもう」
みんな、変わったんだなあ。
介や悠里だけではないのだ。御影も弱気な部分や人見知りを治そうと、自発的に行動するようになった。奏も最初に出会った頃に比べて背伸びや暴走の回数が減った。人に頼れるようにもなっていた。
悠里も、未だに一人行動が目立つけれど、昔のような自分を
介の一番大きな成長は、最近使われる機会がなくなって埃が積もり始めている、籠り部屋の存在で十分だろう。
今や籠り部屋は資料庫もいいところだ。それだけ、介の人嫌いが
「あ、先に言っとくが今日のデザートはレモンシャーベットだ」
「甘さ控えめなものにしてくれてどうも。――遺跡の踏破回数も結構なものになってきたし、そろそろ行動に移したい場所があるんだ」
へえと、悠里が眉を持ち上げる。介は閉じたノートの表紙を撫でて、鏡と悠里を見上げてくる。
「長距離になるからまだ数カ月先の話になるけど、
話を切り替えた介にぽかんとしつつ、鏡は首を捻った。
「えっと、噂の
「ああ、巣窟と噂の?」
「やっぱり噂は聞いてたか」
首肯を返されて、鏡はやっぱりと呟いた。
「そう、その境途だよ。神崎≠ェ閉じ込められている遺跡があるのが、その境途の外れなんだ」
予想外の言葉に思わず
「乗り込むってことか?」
「いや……乗り込むのはまだ早いと思ってる。調べたいことがあるんだ。境途の字は知ってるかい? 境の
「なるほど、情報収集がメインってことか……」
「魔物の巣窟って噂もあるぐらいですし、慎重にいかないと……ですね」
動揺したことを、悟られないようにしよう。きっと兄貴分にはばれているだろうけれど。
「そうなるね。その魔物の巣窟になっている件も気になっているんだ。いきなり神崎≠ェいるところに乗り込むより、リスクもかなり減ると思う。まずおれたちが優先すべきは神崎≠倒すことよりも、全員が生きて戻ってくることだからね」
わかったと頷く悠里の目が、一度だけ自分を見てきた気がした。
「とりあえず佑と大和に声かけてみるわ。頭数多いほうがいいだろ」
「一番最初に声をかけるなら海理さんにすべきだよ。パーティの人を借りるなら順序は考えないとね……おれが最初に連絡取るよ」
ほぼ全員、あのパーティに声をかけることになるのなら、当然アレンもついてくるだろう。
最近彼は襲撃をしてこないけれど、どうしているだろうか。
「まあ、連絡は明日以降にする。今日連絡したら海理さんのことだし、すぐに来かねないしね……」
「戦闘狂の集まりだもんな、あそこ……」
頷く介の頭に重い石が乗っているようだ。
「とりあえずそういうわけだから、考えておいてくれ。どうせあと数ヶ月余裕見る気だから、ゆっくり考えてくれると助かるよ」
介がこうやって言ってくれたということは、一人一人にどうするか選ぶ権利をくれたということだ。誰かが行くからなんて、そんな流された意見で決めるべきじゃない。
君のなさすぎる覚悟で、これから先戦うのは向いていない。それでも戦うのはなんのためだい?
この世界に来て、介から初めて突きつけられた課題は、こんな言葉だった。
今でもはっきりと思い出せる。区切りがついても、そこが自分にとっての分岐点だっただろうから。
おれたちがそうしているから。この世界だから仕方がない。そんなものじゃないよね
割り切れてもいない感情を受け入れ続けるなんて利口じゃない
君は何を守りたいんだい?
きっと、その宿題を今さら言う必要はないだろうとも、わかっている。介はもう宿題を受け取った気でいてくれているから。
「俺はとっくに腹
「――まあ、悠里ならそう言ってくれるかなと思ったよ」
にやりと笑う悠里と介に、今、自分は同じ場所に届いているだろうか。
今もまだ、彼らに引っ張ってもらっている気がするけれど、でも――。
表情を正して、鏡は頷いた。
「わかりました……ちゃんと、考えて決めます」
自分の意志で、自分の選択で。
介の笑みが、力強かった気がした。
「ああ、よろしく」
「はい」
一つだけ、わかることがある。
介が自分を見る目が、もう子供を相手にしたそれでないことだけは、確かに。
――一人の仲間として、見てくれていると、確かに。