境界融和世界の幻門ゲート

第40話「境途の暗がり」01
*前しおり次#

 平屋が多い街並みは、道が全て直角に交わる不思議な世界だった。
 何度か現実世界の京都に行ったことがあるけれど、なんとなく道の作りが似ている気がする。
 昔の京都を再現したような、木造の平屋と――やはり目立つ、現代ビルを思わせる廃墟の影。
 人通りは少なく、街の規模を想像する限りだとなんとなく物寂しい印象だ。それでも人の影はあるし、店も営業していれば談笑する人の姿もある。
 懐かしそうに見渡した大和の目が、微かに憂いを帯びたように見えた。
「……ここも随分変わっちゃったなぁ……」
「え? 道に詳しいとは聞いてたけど、来たことあったの?」
「僕がこの世界で最初に辿り着いた街が、この境途だったってだけ。まだこの世界に不慣れな人じゃこの街は危ないからって、二年近く前、冒険者の人に東響に連れていってもらったんだよね」
 そうだったんだ……。
 境途に一人で行った海理を心配するのも当然だ。自然俯く鏡に、大和が「ほら」と短く声をかけてくる。
「人捜すのに俯いてる時間はないよ」
「――うん。そうだね」
 本当に、大和は強い。
 奏が不思議そうに街並みを見回した。
「魔物が多いって聞いてたけど、普通の街みたい……」
「海理さんと介さんが、どこに行ったか、聞いてみないと……です、よね」
 微かに目を細めた大和は、すぐに街へと目を向けている。
「その辺りはきっと佑さんとアレンくんが情報探ってくれてる……はずだよ」
 なんとなく自信がなさそうなのは、情報収集に不向きそうなアレンも一緒だからだろうか。
 でも……バカ兄もいるし……バカ兄も情報収集なら警察で慣れてる、だろうし……
「お、いたいた」
 鏡は兄の声にあっと顔を上げる。悠里が表情を切り替え、自身と瓜二つと言ってもいい従弟へと手を上げている。アレンが隣で、鎧を着込んですっかり西洋の冒険者じみた格好で立っていた。
「よ。どうだった?」
「どっちの情報もそこそこだ。すげえ三下口調ですばしっこくて捕まえられない異界の民が、海サンが追ってるほうの情報。ついたあだ名が『忍者』」
「に、忍者……」
 壁に足をつけて立っていそうだ。いや……隣の従兄も戦闘になるとたまにやってなかったか。着地するだけとはいえ。
「なんでも、ちっさくて威力低そうな割に、武術上がりの太刀筋で的確に相手を落とすらしい。どっかの誰かさんと」
「ほーお、一ラウンドやるか佑?」
「悠里さんそれは後にしてくださいっ!」
 言おうと思った言葉をまるっと奏に持っていかれた。開けた口を虚しく閉じる鏡は、佑理が目を細めて奏を見る姿に苦笑いを浮かべる。
 二人の距離近づいたの気づいてたみたいだけど、確信したのかな。
 その関心の先の奏は、情報を聞いて疑問を浮かべているようだ。
「三下口調で……すばしっこいって、海理さんと綺麗に正反対すぎ……っていうか、忍者って何」
 佑理が肩を竦めた。
「さてな、言葉通りじゃねえの。もう一個のほうは……魔術がやたら強くて近づけないらしい。ゲートなのにゲートを葬ってるってのも東響で出回ってたのと一緒。焦げ茶色の目と髪で、そこそこ高い背の男ってな感じだ。あとこんなことも言ってたらしい。『声≠ニあいつを倒したいならまず俺を倒せ』ってな」
 あいつが誰か、鏡はすぐに思い浮かんで微かに俯く。
 本当に奏の兄がそう言ったとしたら、神崎≠オかいない。
「髪質とかなら悠の彼女サンと似てんじゃねえの? 両方この街のどっかにはいるはずだ。ちなみにアレンはゴロツキと戦う時以外役に立たなかった」
「だろうと思った」
「オレだって聞き込みしたぞ!」
「はいはいお疲れ様」
 どちらが年上かわからなくなりそうだ。苦笑いをして聞いていると、アレンはふてくされたように口をとがらせている。
「一応休めそうな宿は見つけたんだぞー」
「……それ、君たちが使ってた宿だよね」
「おう。他のとこじゃ危なかった。最初に見たとこは避けたら、次の日にはそこで魔物が暴れたって言われたんだ」
「こいつの才能は運かもな……」
 なんとなく頷くものがあった。アレンはよくわかっていないようだから、これ以上話が逸れることを言うのはやめよう。
 御影が不安そうに奏を見上げている。アレンがむっとしたまま、佑理を見上げていた。
「オレ、合流するまでに『忍者』の情報もらってきたんだぞ」
「へえ?」
「魔物やゲート狩りを独りでかなりやってるんだ。カイリと一緒だな」
「え、それってまずいんじゃ……新人なんでしょ、その人」
 単独でゲートを撃破なんて、街に馴染んだかどうかの新人がやるのは危険だ。ゲートに目を付けられる可能性があるし、そうなると街の人間からも忌避されやすいはず。同じ冒険者であってもトラブルメーカーと敬遠するだろう。
「ああ。でも魔物も連れてたって言ってたからテイマーかもな。空から飛び降りてきて、そのまま乱闘する姿も見たって。カイリのこと知ってる奴らが『海賊頭が空賊になった』って言ってたらしいぞ」
「ガチの忍者じゃねえよな……」
「知らね。ホンモノの忍者がどういうのか聞いたことねーもん」
「あ、そっか。アレンくんってドイツ出身だったよね……」
 文字通り、忍者は名前しか知らない存在なのだろう。
 大和が諦めたように肩をすくめている。鏡は得られた情報を整理して、嫌な予感が過ぎる。
 片や、新参者でありながら神出鬼没にゲートや魔物をほうむる忍者。推定海理の弟。
 片や、ゲートでありながら、同じゲート化した人や魔物を葬る男。推定奏の兄。
 嫌な繋がり方をしている気がする。最悪の事態にならなければいいけれど……。
「その忍者って人がゲートを追ってるなら……ゲートになったかもしれない兄貴を追うほうが早いです、もしゲートが兄貴なら、兄貴も狙われるはずだから――待ち伏せしたほうが早いんじゃないですか?」
「で、でも、奏さんのお兄さんをどうやって探せば、いいの、かな……」
 うっと、奏が苦い顔で俯いている。
「そこなんだよね……野球の一声で呼ばれて飛び出てくるような兄貴じゃなかったし」
「それで釣られて出てくるわけねえだろ……煽られ慣れてねえなら、今から大声で煽れば出てくるかもだが……」
「どういう煽りする気だよ」
 佑理が怪訝そうに尋ねて、同じ読みの従兄が彼を見やっている。
「あ? 今から妹を頂くって」
「えちょっ、はあっ!?」
「死ね!」
 真っ赤になって素っ頓狂な声を上げる奏に居た堪れなくなった。大和の目がすっと細くなる。鏡も頭が痛くなって、途方に暮れそうになる。
 介さん、早く戻ってきて……。
「悠里さん……そういう煽り方、どうかと思います……」
「妙案だと思ったんだけどな……」
「まぁ相手がシスコンならな……」
 って、なんでバカ兄までそこ乗るの。
兄妹弟きょうだい全員喧嘩しかしてこなかったのに、あれでシスコンなんて気持ち悪いわよっ!」
 佑理へと叫ぶ奏は、どうやら同い年の彼へは敬語がなくなっているようだ。なんとなく彼女の恋人となった悠里の目が面白くなさそうに据わった気がしたけれど。
「嫌よ嫌よも好きのうちってな」
「なんでハモるの!? そこなんで同意したような顔つきなの!?」
 奏が複雑そうに顔をしかめている。よほどきょうだいの溝は大きいのだろうか。
 ……人のことは言えなかったっけ、最近まで。
「喧嘩するほど仲がいい、だと思うぜ?」
「兄さんが言うと説得力違うよね……」
「お前と鏡、よく喧嘩してたしなぁ……落ち着いたの結構最近だっけ?」
「うー……と、とにかく、兄貴をおびき出す……じゃなくて、引っ張り出す方法どうにかしないと……」
「そうっすねえ。すっげー困りますよね隠れるの上手いと」
 咄嗟に鏡は御影を、悠里は奏を庇うように後ろへとやり、悠里に至ってはその勢いを殺さずに声がしたほうへと蹴りを放った。鏡が目をやった時には、素早く身を退く人影が見え、悠里の足が届かない位置でぎょっとしているジャージ少年が彼を見上げていた。
「うおっつ、待って待ったげて!? なんなんすかその蹴りえぐっ、危ねーでしょうよ!!」
「あー、わりーわーりー。こういう感じのうざい声聞いたら蹴っ飛ばしていいぞーって、どっかから聞こえたもんでなぁ」
 変なこじつけをする悠里だが、海理の言いそうなことだった。
 中学生か高校生頃の少年は真っ黒な目を衝撃で見開いた。真っ黒な短髪の撥ね方と、目鼻立ちがなんとなく海理を思い起こさせて、鏡はあっと目を丸くする。
 この子に袴を着せたら、少年時代の海理と言われても納得がいくのだ。中学生にも見える彼は、顔に本気なのかわからない怒りを乗せている。
「ひ、ひっでー超ひでえ!! なんなんすかその横暴っぷり!! 出会ったばかりの人蹴ったらダメって教えてこられなかったんすかあんさん、まじひっでえ!!」
「……って、いうか……なんなのあなた、誰……気配なさすぎ……」
「へ? あ、いや別にそりゃいいんですけど。あんさんら今ゲートがどうとか話してたでしょ。居所知ってるんなら教えてもらおうと思って」
 なんだろう、この切り返しの早さ。目が白黒する。悠里が頭を痛めたように眉間に皺を寄せた。
「あー……なるほど、あんたか。海理サンの弟さんってのは……って待て、ってことはお前、俺と同じ年……!?」
 えっ。
 どこをどう頑張って見ても、ジャージを着ている中学生にしか見えないのに。海理には確か弟が沢山いると言っていたし、違う気がもする。
 それに僕よりも小さ……いや、今はこんな失礼なことを考えている場合じゃない。
 少年は――いや、悠里の話が本当なら青年は、耳を疑うように固まっている。
「は? ――ちょ、ちょい待ち、今あんさんなんつったの? 海理って、あんさん海兄かいにいのこと知ってんの!? いつ、どこで!? ってかなんであんさんが知ってんの、同い年ってことは海兄死ぬまでに会ってたんならガキの頃のはずっしょ!?」
「え、ほ、本当に海理さんの弟さん!? うそ、こんな三下っぽいのが!?」
「さんしっ……!? なんなんすかそれ超ひでえ!!」
 三下口調で、ゲートを倒していて、なおかつ海理を彷彿とさせる……。
 彼で、間違いないようだ。大和の目が据わりきっていて、鏡は苦笑いを浮かべる。
「海理さんに連絡取ったほうがいい、かな……?」
「そうだね……こんなにあっさり見つかったら心配したことがバカみたいだ……」
 心中お察ししますとしか言えそうにない。
 とはいえ、海理のことを知らないようだから、海理も別に探す必要が出てきた。悠里が溜息をこぼしている。
「こいつの話は俺が聞いとくわ……先に介たち探しに行ってくれ……」
「え、話長いんならゲートの情報だけ教えて。後で聞くんで」
「いや、お前の話が長そうだから」
 みんな頭が痛そうだ。かくいう鏡も正直痛い。大和が溜息を溢している。
 凄く短い溜息だった。
「もう連れて行ったほうが早いんじゃないかなぁ。レーデンさんと早く合流できそうだし。レーデンさんには僕から連絡入れるよ……三下っぽい小さいのって言えば通じるかなぁ」
「――え? ちょい待ち、海兄こっちにいんの? ――まさか……生きてんの?」
 あっと、鏡は目を丸くする。
 そうだ。本当に彼の弟なら、現実世界で死んだ兄のことを今ここで話されてすぐに納得できるわけなんてなかったのだ。機械の音が微かにして、青年は顔を上げている。
「もし本当に海兄なら、三下とかじゃ通じないと思いますけどね……ってか三下じゃないですー立派に社会人やってますー。海兄が死んだ時、オレまだガキだったから、どうでかくなったかなんて海兄わかんねーでしょ」
「あ、じゃあ、写真撮って……送れば、いいんじゃ……ない、でしょうか……」
「え、もう送った」
「はええ!? 何あんさんせっかち!? ってか――送ったんなら、オレちょっと追ってる奴いるんで、海兄と合流したらここに連絡して、んじゃ!」
 どっちがせっかちなの!?
 表情も忙しければ行動も忙しい人だ。メモを渡すなり走っていこうとする少年――ではなく青年の腕を、すぐに追いかけて掴む。
 危なかった、すぐに動いていなかったら簡単に引き離されていたかもしれない。この青年、鏡や奏より足が速そうだ。
「勝手にされると、えっと……困ります」
「勝手も何も、オレあんさんとこの仲間ってわけじゃないですし。こうしてる間にも時間勿体ねーんすよ。あんさんもそこの三人も武道出身かあ――ま、いいけど」
 体術で逃げる気だろうか。微かに身を固めた鏡はしかし、後ろからかかる悠里の声に振り返る。
「その追ってる奴ってのはなんだっけ、声≠ニあいつを倒したいなら俺を倒してからにしろとか言ってるっていうゲートだろ?」
 青年がかすかに顔色を変えた。あんなに表情豊かだったのに、意外なほど静かに。
「俺らの目的も一緒。で、もう一人探してる。海理サンはお前を探してる……俺らと行動したほうが互いの為だと思うが?」
「残念、オレが追ってるゲートはそっちじゃないんすよ。海兄には悪いけど、オレも今追ってるものある以上、会えるってわかってても公私なら今は公ってわけ。とりあえず手、離してくんね?」
 一瞬気圧されそうになるほど低い声が、目の前の背が小さい青年から出て鏡は目を見開いた。
 声音が海理と一緒だった。血は争えないと思うほどに、鋭くなった目つきも海理と似ている。
「やっぱり、あなたは海理さんの弟さんなんですね」
「それ言うってことは、やっぱ海兄この世界にいるんすね」
 自分が兄と似ている自覚がなければ言える言葉ではない。こちらとしても、海理の弟がこの人だと確信できた。
「……わーった、そこまで無茶されちゃ、俺が海理サンに殺される。そっち任せるわ。見たところお前前衛できるだろうけど後衛型だろ。ついてくわ」
「なら僕もだね。もう一個の件任されてはいるけど、僕のGPSを辿ってもらったほうがレーデンさんも見つけやすいと思うし……胸騒ぎも消えないんだ」
「――はっ? いやいらね、パス。オレ前衛も後衛もできるもん。一人のほうが身軽だし行動するにも楽」
「ちょ、ちょっと、いくらなんでもねえ――」
 青年を止めようとした奏の声が途切れた。彼女の目が、千理ではなくその奥の路地裏を見て見開かれている。青年が逃げ出さないようにしっかりと腕を握る鏡は困惑して奏へと振り返った。
「うそ……」
 奏さん……?
「ちょっ、ちょっと私行ってきます、すぐ戻るから!」
「え!?」
「僕もそっち向かうよ、悠里、後お願い!」
「任された! 前衛頼むぞ、鏡、佑!」
「言われるまでもないっての」
 青年の腕を悠里が掴むと同時に奏の後を追って走る。しばらくして後ろから上がった声は、青年と呼ぶには幼さを残す高さで叫ばれた。
「あーったく! ……わかりましたよ、行きゃあいいんでしょーよ行きゃあ!」
 走る足音が増えた。


掲載日 2021/10/23


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