境界融和世界の幻門ゲート

第40話 02
*前しおり次#

 奏が走るその先に男の走り去る姿が見えた。振り返った顔は悠里より少し年上に感じさせる落ち着きを持った顔。見開かれた焦げ茶色の目の形が奏と似ている。なびく茶髪は若干襟足が長く見え、追いかける奏へと笑顔で手を上げると、前を向いて全力で走っていって目を丸くする。
 横顔が奏さんそっくりだ!
「兄貴の――バカあああああ!! 止まれ!!」
「なんかわからん、ってわけで勘弁な!」
 呆気にとられた。冷や汗を浮かべたような引きつった声だった。
 周囲に介の姿がないか確認を取ろうとしたも、人気のひの字もない寂れた路地に奏の怒る声が木霊しただけ。佑理が走りながら感心している。
「おお、壮観」
「バカ言ってないで止めてよあれ!!」
「構わねえけど……お前らの仲間の姿ないな。ってわけで追うぞ!」
 そう、それも気がかりだった。
 介は二日近く早く出発して、この街に辿り着いているはずなのだ。あの男が本当に奏の兄なら、どうして近くに介の姿がないのだろう。
 まさか……
 過ぎる不安が一気に爆発する。慌てて頭を振って奏と男を見据えると、男の姿だけ見当たらずに目を丸くした。
 自分や奏より少し足が遅いと思っていたのに、撒かれた!?
 奏が追いかける足を微かに緩める。短距離向きの彼女の体力では追いかけられなかったようだ。
「っ、はあ……! 相っ変わらずの、逃げ足……!」
「なーにやってんだか。あっち行きましたよ、お先!」
 後ろからかかる声にぎょっとする。
 気配もなく素早く駆け抜けて先頭を陣取る青年を、鏡たちは慌てて追った。速度を緩めていなかったらしい佑理が奏も追い抜いて青年を追従する。
「待てっつってんだろーがてめえ!!」
 ……小さい海理さん見てるみたい。
 青年が低い声で叫ぶ先、男の姿がちらりと見えた。いくつも道を曲がって抜けてと繰り返す中、男が一度だけ振り返った様子が見える。
 途端に、青年の目の前に光の壁がそそり立って道を塞いだ。急ブレーキをかける青年が舌打ちを盛大にして――
「っそ、ふざけやがって!」
「俺に光は効かねえぜ?」
 佑理が後ろから闇属性の魔術で壁を破壊する。千理が再び予備動作もなしに疾走していく。
「あざっす、あんさんも闇だったんか!」
「は、はははー嘘だろ!? 神崎≠ニ同じか、分が悪いなあ――」
 目を見開く。
神崎≠知ってる――ってことは
「やっぱり奏さんのお兄さん!?」
「他にないだろ――っと、悠と御影がいねえぞ」
「えっ!?」
「なんか女の子バテてたんで、オレと同い年っつー人残りましたよ!」
 あっ、御影バレー辞めてからあまり長い距離を走ってないんだった……!
 あの青年も耳が良いようだ。走りながらも声を張り上げて伝えてくれた彼は、手を前に突き出す。
 闇色の槍が男の足元に横に飛び出して足を引っかけさせた。そのまま宙を一回転する男から焦りが消える。
 炎の壁。
 前後左右から青年と佑理に向けられる大量の光の槍に、鏡は目を見開いた。
「兄さん!!」
「俺、悠ほどアクロバットな動きできねえんだけどなぁ……」
 槍が飛び交う。光が交錯する。冷静に槍を避けて、自前の多節の槍を瞬時に繋げた佑理が壁の向こうへと槍を投げた。
「ぐっ! くそっ」
 当たった!?
 声を聞いた限り致命傷は避けられたようだ。壁の手前で足を止めた佑理が眉をしかめた。悠里たちも追いついてきたのだろう。足音が後ろから聞こえてきた。
「効いてる……? つーか俺の槍回収できねえ! あれ一応Aランク武器!!」
「って大事なのそこ!? あっ」
 炎の壁が消えていく。槍が道の途中に転がっていて、血の花は途中で途切れていた。奏が目を見開いて走っていき、辺りを見回すも唇を噛みしめている。
「兄貴……!」
「介がいりゃ火はなんとかなったんだろうけどな……あいつ今どこほっつき歩いてやがる……」
「って、悠里、御影は……?」
「……本人が今自分の周りにだけ結界張って追いかけてきてる」
「置いてきたの!?」
「……結果的にな。先に行けって言われておぶるわけにもいかねえし……」
「普段だったら殴るけどこんな時にそんなこと言うわけないでしょ!?」
「あー……御影が俺に腕掴まれた瞬間怯えたんだよ」
 ……。
 だめだ。説教をする時間がもったいない。
 走ろう。
 急いで来た道を戻ると、角を二つ曲がった辺りで御影の姿が突如現れた。民家の壁に寄りかかって呼吸を整えている彼女に目を見開く。
「御影ごめん!」
「だ、大丈夫……私こそ、ごめんね……追いつけなかった……奏さんのお兄さん、は?」
 鏡が首を振ると、彼女は悲しそうに目を伏せている。
「逃げられたよ。バカ兄と海理さんの弟さんが追いかけてくれたんだけど、魔術で防がれて……」
「そう、なんだ……」
「うん……介さんも近くにいなかったんだ。御影、歩ける? 無理なら背負うよ」
「だ、大丈夫、もうちょっと休んだら動ける、から……」
「うーん……でも、あまり留まってるのはまずいと思うんだ。やっぱり背負うよ」
 御影が申し訳なさそうに謝ってきて、鏡は大丈夫だと笑った。
 御影を背負ってすぐ、近くに感じる視線に目を鋭くする。
 一つや二つじゃない。境途が危険な場所になっていると言っていた人々の言葉の意味がわかっただけに、急いで戻ろう。
 
 
 
 まあ、御影が結界を作り上げたのをちゃんと確認したし、周囲に人の気配がないことも確かめてから来たから、大丈夫だっただけなのだけれど。
 鏡が走っていった後姿を見やり、悠里は苦笑いが漏れた。これが、置いていった相手が奏だったら確かに自分も心配するかもなとは、今さらながらに思いはしたのだ。
 御影だから心配しなかったわけではない。むしろ、彼女の術の完成度は最近介を超えるものがあるから安心できたのだ。
「しっかしこんな奥まで入り込んだの初めてっすよ。どうやって道戻っかなあ」
 さて、そうやって反省するのもそろそろ時間を取りすぎている。現状打破といきますか。
「そりゃ上からだろ。鏡ならちょいやべーけど、お前なら余裕だわ……舌噛むなよー?」
「へ?」
 海理の弟をひょいと担ぎ上げる。見た目の割にずっしりとくる上に、ジャージでわからなかったが筋肉質な彼に若干苛立ちが湧いた。そのまま塀の上に跳んで、さらに屋根の上へと跳び上がる。
 しょうね……ではなく、青年の拳が震えていた。悠里はにやりと下を見下ろすと、奏と佑理、大和の生暖かい視線が返ってきた。アレンはむしろ目を輝かせていたようだ。
「んじゃ、俺上から探すからお前ら下のほうよろしく」
「はーい。GPS確認できるようにしておいてくださいよー」
「了解」
「オレ自力でも上に上がれたんに……っ!」
「お前が登るって無理だろ。見たところすばしっこさはあるけど、上へ上がる力はねえから無様によじ登るしかねえから、時間かかると思うけど」
 だいたい筋肉のつき方を見れば、そいつがどういう戦いや運動をしてきたのかはなんとなくわかるもの。例えばスポーツでも、サッカー選手なら足の筋肉に出るし、バスケ選手は全体が細いも、しなやかだ。
 そしてこいつの場合は、素早さを生かした格闘戦を得意としているのだろう。腕の筋肉よりも足腰のほうが強い。恐らく背の低さを利用して、バネを活かした戦い方をするのだろう。リーチでは大抵の敵に勝てないのは明白だし、忍者という異名をもらうくらいだ。
「風魔術使えばその辺補えますよ。オレ、戦う魔術より補う魔術のほうが得意なんで。しっかし出口ねえ――げっ、ここ遺跡の傍じゃん、危ね……」
 顔色を変える青年に、悠里も同じ方角へと目をやった。
 見覚えのある装飾に飾られた石の扉。平屋の建物ばかりの中、日本の景観にそぐわない扉が、大きな石垣の中に異様な存在感を放って座っている。
「神崎≠ェ閉じ込められてるって遺跡はこの辺だったな。入らねえのが正解だろうぜ」
「あんさん知らないんすね……この境途は遺跡だけでも十数個。それぞれが東響や、西の符供岡ふくおかよりも桁違いに攻略が難しいんすよ。遺跡ってだけで危険なんすよ、ここは」
「へえ、具体的には?」
「デストラップだらけで、しかも一度入ったら脱出用の魔術持ってない限りほぼ出られねーっていう鬼仕様ばっか。迂闊に近づかないほうがいいっつーのはそういうことなんすよ。ってか神崎≠チてなんの話?」
 なるほど、境途の遺跡群は東響の遺跡が生易しく見えるぐらいに厄介なのはわかった。遺跡に閉じ込められたことが一度ある以上、あの二の舞はしたくない。
 出口を探しながら、青年に、神崎≠スちについて簡単に話した。
 先ほどの男――推定来栖くずみ彰吾しょうごのように、意思を持ったゲートであること。闇属性とそれを用いた精神を追い詰める魔術を得意としていること。新たに作り出した言霊という魔術の使い手であることも、それにより縛られ、介や、彰吾との因縁があることも。
 何より頭が痛い銃の使い手であり、それを作り上げた鍛冶師に才能を認められた腕前というところまで話した。彼の目は随分と細くなったようだ。
「銃って、この世界銃ないはずなんに? ――あんさんら、そいつらも追いかけてこっちに来たってことっすか?」
「……一人だけ、銃を開発できる鍛冶師がいる。神崎≠ヘそいつと専属契約……でもないが、組んでるみたいだ。そっちのほうも精神攻撃系の光属性が得意だから気をつけろ」
「へえ……銃ねえ。忠告どもっす。――オレが追ってるゲートってのも念のため教えておきます」
「そりゃ助かる」
「こっちも情報もらいましたしね」
 そういえば、こいつが追っているゲートは彰吾ではなかったんだった。悠里は頷きつつ、元々走っていた道を確かめて下に目を配る。
 奏たちは――走ってきた道を互いに確かめながら、道を順調に戻れているようだ。
「白髪の女。巫女っつか踊り子っつか、そんな感じの服装してて一発でわかります。そいつ、声≠ゥら命を受けて『ここでお迎えをする』って言ってたんすよ。ただのやばさ持ってる奴じゃなかったんで、追ってるってとこです」
「……もしかしたらそいつが『反徒の種』ってやつか……?」
 声≠ゥら命を受けるなんて、今までのゲートは確かに言いそうにない言葉だ。いや、もしかすれば『反徒の種』の意思を継いでいるか、そいつから直々に命を受けて動いている可能性も捨てきれない。
 青年が苦い顔で悠里を見上げてきて、すぐに視線を辺りの確認へと戻している。
「――あんさんらから、やっぱ詳しく聞いとくべきかな、こりゃ……それにこれ以上どっか行ったら、マジで海兄だったら会った時ぶっ飛ばされっか……」
「まじで俺らが話してるのは海理・Nノクス・レーデンサンだぜ? 多分お前の死んだ兄さんで、もし現実で生きてりゃ俺のセンパイ」
「……信じられるわけねーでしょ、そんな簡単に」
 力ない笑みを返されて、悠里はにやりとしていた笑みを引っ込めた。
 青年は目を細めて、微かに安堵を覗かせている。
「――でも、本当に海兄なら……十年もこっちで生きててくれて、よかったっすよ」
「あの声≠ノ現実世界で頷いたんだと……したら、こっちの世界に閉じ込められたって言ってた。いつもお前ら弟さんたちのこと気にしてたぞ。おかげで今もこうして、お前探して奔走してる」
 微かに泣きそうに見えた同い年の青年の顔は、すぐにしょうがなさそうな笑みと共に屋根瓦へと落とされた。頭を軽く叩いていると、無理やりな笑い声が漏れている。
「――ったく海兄、自分の心配しろっての……つか、撫ーでーんーなーっ!」
「悠里さーん、出口あっちみたいでーす! えっと、あとちっちゃい人も!」
「ちっ……!?」
 弾いて威嚇してくる青年は、今度は奏の一言に衝撃を受けて見下ろした。思わず吹き出した悠里は笑いを隠さず千理を見下ろす。
「だってそりゃ名前聞いてねえし」
「……あーもう! 千理せんり・N・レーデン! これでいいでしょ!!」
「よろしい。俺は楯山悠里だ、改めてよろしくな」
 にやりと笑って返せば、千理と名乗った青年は目を瞬かせている。
「えっ、ゆうり? まじすか……弟と一緒の名前じゃん」
「おう。そういうことらしいな」
「ふうん、それでか……海兄、何かとつけて世話焼いてきたっしょ。あの人何気に身内に数えた人ほっとくってことできねーし」
「俺より鏡が焼かれてたな。性格が似てるんだと」
「鏡? ――あ、さっきの大人しい子っすか? 確かに雰囲気万理ばんりとちけーかも」
「き、こ、え、て、ま、す、よ?」
 あ、戻ってきたのか。
 千理がやっほーと手を振っているが、その相手は見事な殺気を込めて睨み上げている。子供扱いされたことに腹を立てているのが丸わかりだ。な、だけに呆れる。千理に。
「あーあ、地雷……」
「わー地獄耳っすかあんさん。ってか、地雷って何が?」
「千理さんより年上ですよ、風見さん。十七だからー!」
「オレより年下じゃないすかオレ二十一!!」
 だから二十代どころか高校よりも下に見えると……気づくわけないか。
 ただまあ、いい加減情報を纏めなければ先に進めそうにもない。大和がどうやら海理が近くに来たとぼやいて、迎えに走っていった。アレンもついて行ったから、一応単独行動にはならないし大丈夫だろう。
「からかうのはそこまでにしとけ。そろそろ情報纏めようぜ、お互い」
「はーい」
 奏のすっきりした様子に、言わんとすることがわかった。千理はそれ以上噛みつく気配を見せず、大和が走っていった方角を戸惑った様子で見やっている。
 ――ああ、そうだよな。
 十年か十一年か。いずれにしても彼は兄が死んで、もう会えないと思って区切りをつけたのだ。会えるなんて思えなくて、実感も、心の準備も整理もつかなくて当然か。
 こんな不謹慎な感情を持っているのは言うつもりはないが、正直羨ましいものはある。心の底からとまでは行かなくても。夢で、その姿を思い出しても。
 同じ思いを抱き続けていた孤児院のきょうだいたちを思い出さずにはいられなくて、悠里は千理の頭を軽く撫でる。
「そんな戸惑わなくてもいいんじゃねえの。あの人、お前のことだいぶ心配してたらしいから怒られるかもだけど、接し方とか気にしなくていいと思うぜ?」
「だから撫でんなっ。――まあ、その通りなんすけど……」
「心でわかってても、なかなか割り切るのって難しいもんな」
「そりゃ、もう会えねーって思ってたんに、こっちで生きてるとか不意打ちすぎっすよ」
「……だろうな、俺も死んだ偉人みたいな存在に、こっちで会うなんて思ってなかったよ」
 おかしそうに笑った千理は、悠里を警察と信じたようだ。なかなかそう見てくれる人は少ないから意外に思ったと素直に言えば、彼は手を振って笑っていた。
「海兄でも警察に入れたんすよ」なんて、本人が聞いたら天誅てんちゅうものだろう。
 けれど凄く納得したことは、やはり海理には言わないようにしよう。


掲載日 2021/10/23


*前しおり次#

しおりを挟む
しおりを見る

Copyright (c) 2026 *Nanoka Haduki* all right reserved.