境界融和世界の幻門ゲート

第41話 02
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 一閃。
 女の子も巻き込んだ一撃は光の鞭を切り裂いた。胸を切り裂かれたはずの女の子は、くすくすと笑いながら傷を癒していく。
 足音が、はっきりと鏡たちの周りを取り囲んだ。
 虚ろな目をした子供たちが、頬のこけた少年少女たちが、微かに口を動かして掠れた音を重ねていく。
 背中合わせに悠里と立って、鏡は苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
 力を持ったゲートは、ゲートになりかけている心がもろい人や、同調しやすい弱いゲートを支配下に置ける。
 久しぶりに見る光景に、歯をきしませたくなる思いだ。
「まさか詠唱……」
「なんとか距離取らないとやばくねえか――」
「戦禍となりて全てを破壊せよ!」
 はっとした途端、悠里が機転を利かせて闇属性の結界を張ってくれた。
 津波のような水が路地へと一気に押し寄せる。流れていく。悠里に声をかけた女の子を残して、他の子供たちの足を取って去って行く。
 慌てて表通りへと目を向けると、大和がほっと一息ついていた。
「なんとか間に合ったかな?」
「大和くん!」
「あっ、お友達が――ひどい、ひどいよ、お兄ちゃん酷い、ひどいよひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどい――」
 女の子の姿がもやに包まれる。靄が払われ、ボロボロのローブを纏った背の高い人影へと変貌する。見上げるほどに長く伸びた背なのに、フードの中の顔は暗闇に埋もれて見えない。たなびくローブと寒気に、鏡も悠里も、大和も顔を強張らせる。
「……お出ましみたいだね」
「これが本性ってか……」
 低く響く音は怒りか、苦しみか、慟哭どうこくか。
 迫りくる骨ばった長い手へと、三人が構えた次の瞬間だった。
「うちの奴らに手ぇ出してんじゃねえぞタコが!!」
 刀が閃く。切り裂かれたローブの中身は暗闇が広がるだけ。その向こうに垣間見えた海理の鋭い目がローブの魔物を睨みつけて、もう一度素早く構え直された。
 悠里が飛び出して鎌を振り上げる。
 軌跡が二つ、魔物の体を十字に切り払った。
 ボロボロと崩れ果てる姿に、鏡は辺りを見回して敵の姿がないことを確かめ、ほっと一息ついた。海理も刀を鞘に納め、小気味のよい音を響かせる。
「全員無事か?」
「無事も無事。大和いいタイミング」
「そもそも下手な編成分けしないでよね。あっちは後衛だらけだし、参謀いないんだから考えて動きなよ」
 大和の毒に、悠里が神妙な顔で「悪かった」と謝った。あまりにも的確な指摘には鏡もうんと頷く。
 返す言葉もない……。
「で、だ。介は結局いなかったか?」
「はい……恐らく、僕たちのほうがおびき出されてしまったのかと……」
「だな。下手すりゃ輝石砕かれてたが……っと、またこの魔石か……」
 緋色の光を宿した魔石が転がり落ちていた。悠里が拾い上げた拳大ほどの石を、海理が顔をしかめて見やっている。
「最近狩る魔物はだいたいその魔石だな……数年前までそんな色の魔石は出てこなかったんだが……まずは佑たちと合流するぞ。これ以上下手に分かれて、片方に何かあったら目も当てられねー」
「同感。とはいえ、本当に神田さんがいないか、できるだけ確認していったほうがいいかもしれないけどね」
「だな……」
 鏡も辺りを見回して、そっと目を伏せた。
 人影はどこにも見当たらない。東響の穏やかさと賑やかさを併せ持った街並みとは大違いの、暗い世界が広がっている。
 介の姿は、あるはずもなかった。海理が閉じていた目を開けて、魔術の集中を解いている。
「この辺にはいねーか……」
 悠里がしかめていた顔を、ふと表通りへと向けた。鏡も何気なしに顔を向けて、走ってくる兄の姿にあっと目を丸くする。
「兄さ――」
「こんの……バカ従兄いとこがっ!」
「うぉっ!? 危ねえ!」
 飛び蹴り。
 もう鏡は目を据わらせて、兄の後ろからついてきていた奏たちへと笑いかけた。御影も奏もほっとしたように胸を撫で下ろしている。
「あ、よかった、いた……」
「そっちも無事でよかったです……」
「鏡くんたちも無事でよかったあ。ね。大丈夫だった、でしょ?」
 御影の柔らな笑顔が奏に向けられて、鏡は目を丸くし、ぷっと吹き出した。なんとなく、どういう会話をしていたのか見えた気がする。
 なおも格闘を続けんばかりの悠里と佑理に、奏が頭痛を抱えているようだ。アレンがよっと手を上げてきて、鏡も手を上げるとハイタッチされる。
 彼なりに、無事を祝ってくれたらしい。
「変な女がいたぞ、なんか介のこと狙ってる奴を、道具とか言ってた」
「あんさん説明ひっでえ、もうちょいかくかくしかじか細々こまごま省略、こんな風に話せないんすか!」
「てめーは全略してんじゃねえ!!」
「誰か詳しく説明して、バカしかいない」
 そのバカを代表して、実兄に蹴飛ばされる千理は、本当に悠里と同い年だろうか。その悠里まで千理に「前略、中略、後略ってか、それを全略って言うんだよ!!」と、海理以上に蹴っている。
 まずこの人たちは、人を蹴ってはいけないというところから教えてこられなかったのだろうかと思うようになってきた。どちらも礼節云々は学んできた……はずなのに。
 やっとまともな説明をしてくれたのは、佑理のほうだった。アレンが震え上がって硬直する中、彼の頭を軽く叩いてしっかりしろと促している。
「まぁなんだ。俺らが遭遇した奴は声≠信仰する宗教みたいな感じだったな。ここでゲート化した奴は漏れなくその神徒と考えたほうがいい……が、神崎≠ニは一枚岩ではないみたいだったぜ?」
 御影も思い出したように海理を見上げた。
「えっと、なんだかその女の人、イドラ・オルムの民みたいで……神崎≠ウんが、私たちの名前を写しとった後、『反徒の種』に渡していないことも、独占してることも、気に入らない、みたいです……」
「あ? ――そりゃ一枚岩どころか瓦解してねーか? 神崎≠ニその女、ほぼ敵対してるように聞こえるが」
 弟への仕置きは一発だけに留めたらしい彼が振り返っている。鏡はこめかみに指を当て、目を細めた。
 一枚岩どころか、本来『反徒の種』を強くするはずの力を渡さずにいる――ということは、神崎≠ヘ完全に第三勢力状態だ。『反徒の種』と目的が一致しているだけ。
 その配下とは敵対しているに等しいのなら……
「上手くいけば手を組めるんじゃ……」
「ところが、奴らの考えは声≠フ主の降臨。目的は一致してるんだよな。お互い無干渉でありながら組んではない、だが目的は一緒ってとこだろ」
 兄の指摘に、鏡は目を伏せた。
 そうなのだろうとは、わかっている。神崎≠ヘ言葉に縛られている。自分の意志と完全に違えるようなことは言えないはずだから。
 腕を組んで黙考していた海理が顔を上げた。


掲載日 2021/11/13


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