境界融和世界の幻門ゲート

第41話 03
*前しおり次#

「随分とややこしい話になってきたが、その分矛盾も見えてきだしたな。介探しながら纏めるぞ」
 そうは言っても、この奥にこれ以上踏み込んでパーティを分断する事態は避けたいというのが、大和の意見だった。事実何度も細かく分かれて捜索し、危険な状態に陥っている。佑理曰く、御影たちも見かけた踊り子装束の女は、千理が探していた危険なゲートだった。
 実際はゲートではなかったようだが、千理曰くその女は、輝石を破壊する力に長けているらしい。彼女に触れられた輝石がたちまち砕かれていく姿を、彼は何度も目撃しているそうだ。
 そうしてゲートを生み出し、使役する。
 次に遭遇した際、誰かが輝石を破壊されたら危険だ。という話が上がったばかりなのに。
「とりあえず探すなら――」
 千理は風の魔術で自身の周りに風を纏わせると、勢いをつけて跳んで屋根の上に上った。遠くを眇めた彼が見ている場所は、細い路地からではよく見えない。
「――っし、上空から探すならあと一人ぐらいは行けますよ、誰か来る?」
「自力でいける」
 困惑する鏡たちをよそに、悠里は魔術に頼らず跳んで屋根に乗った。千理が頷き、手の平に艶のある漆黒の輝石を輝かせ、風に不思議な音を乗せていく。
 程なく、羽ばたく音が聞こえた。皮が大気を打つような、力強い音――
 屋根瓦に着地する獣のシルエットに、鏡たちは目を疑った。
 コウモリのような比翼と細長い爬虫類の体躯。口に並ぶ牙は鋭く、夜明け色のようなグラデーションを全身の鱗に彩った小型の竜に、言葉が出なくなる。
 何かとゲームをやっていた佑理が目を疑っていた。
「ワイバーンかよ……!? しかも色違い!?」
「はは、こりゃ驚いた」
 そういう悠里の顔色は変わった様子がない。むしろ衝撃を受けていたのは海理のほうだ。今まで見たことがないほどに目を見開いて固まっている。大和が肩を叩いてやっとはっとするぐらいに。
 千理は気にした様子がないらしく、ワイバーンへと生肉を放って食べさせている。
「さんきゅ、今日もよろ。悠里さんでしたっけ? 後ろ乗って。振り落とされないでくださいよ。海兄、オレら上空から探す! 見つけ次第悠里さんにGPSメールよろ!」
 頭を痛めたらしい海理は、呆れたように弟を見上げている。
「ったく、無茶はすんなよ!」
「うぃーっす! エヴェ、よろ!」
 ワイバーンが仕方なさそうに姿勢を低くして、千理がその背に飛び乗った。悠里は乗ろうとした手を止め、東へと目を向けている。
「ちょい待ち。うちのチビも来たみたいなんでな……」
 えっ、もしかして――
 慌てて顔を上げると、屋根瓦を砕きながらグリフォンの成獣が着地し、鏡も御影もあっと顔が綻ぶ。勢いを殺しきったグリフォンは、悠里へとご機嫌に頭を摺り寄せた。しばらく会っていなかった悠里は驚きを隠しきれなかったらしい。甘えてくるグリフォンに小さく笑ってそっと撫でている。
「もうチビとは呼べなくなったな……随分デカくなったもんだ。つーかこんなとこまで来たのかよ」
「あの子、あそこまで大きくなったんだ。もう立派な守護者だね」
 目を細めて見上げる大和は、なんだか下のきょうだいを見るような顔だ。鏡も笑って頷いて、数週間ぶりのグリフォンを見上げる。
「毎週、僕らが来るのを待ってるみたいなんだ。姿を隠す魔術も教えたら、ちゃんと使いこなして……中々会いに行けてないから、久しぶりだよ」
 最後にグリフォンに会ったのは東響を出る丁度一週間前だ。胸を張って得意げな幻獣に、大和は笑んだようだ。
「そういうところは変わってないんだね、安心したよ。最初はひどく心配したけど」
「グリフォン手懐てなずけたんか、すっげー……って、それなら空から探しやすいんじゃないんすか? あと二人ぐらいいけんじゃね?」
「手懐けたって言い方は気に入らねえな。こいつも俺らの大事な仲間なもんでな。……鏡ー、ご指名だぞー」
「えっ、ちょっと待って、上行くから!!」
 グリフォンが鏡を見下ろしてきていた。慌てて鏡は魔術で風を呼び起こす。千理がおかしそうに悠里やグリフォンに謝っていて、彼は何を思ったのかグリフォンへと目を向けた。
「え? 三人まで乗せれんの、あんさん。すっげえー、十分っすよ十分。行きます? 行っちゃいます? おっしゃよろしくー」
 グリフォンの前足とハイタッチした千理が、傍から見ると猛獣に襲われかけた小さな人間の、スズメの涙な抵抗に見えた。絶対口にしないでいよう。
「あ、じゃあ……」
「そ、それなら私たちも行きます!」
 御影もこくこくと頷いている。悠里が海理へと確認するように目を向けて、彼に頷かれていた。
「地上は任せろ。上だからって狙われねーとも限らねーだろ。千理、そいつらに何かあったら覚悟しとけよ!」
「待って何かあったらってそれオレ入ってなくね!?」
「てめーは何かなかった試しがねえ!」
 なんでだろう。ひどい言われようだと思う前に、なんだか納得した鏡がいた。
 挫折したのかワイバーンの背に倒れ伏す彼は、ワイバーンから振り落とされていた。かわいそうだと思えなくなっていく自分がいる。
「あー、うん、俺今のでお前への扱い方決めたから」
「なんでそうなんの!?」
 えっと……やっぱり、いいや。
 御影たちへも風の魔術で跳躍を手助けして、屋根の上に飛び乗った。グリフォンが嬉しそうに頭を胸に摺り寄せてきて、くすぐったくなって笑う。
 大分力強くなっている。うっかりよろけそうになるほどに。
「久しぶり、来てくれてありがとう。よろしくね」
 グリフォンの目が優しく閉じられ、開けて見上げてくる。親愛を示すような優しい目に、鏡は嘴を撫でる。
 優しい目がお母さんに似てきたね。
 悠里がワイバーンへと目を向けて、鏡の頭を軽く叩いてきた。
「定員オーバーだ、鏡、お前三千里のほう乗れ」
「さん、ぜんり?」
「なんであんさんそれ知ってんの!?」
「なんでだろーな」
「海兄いいいいいいいい!! あーったく! ほらさっさと乗った!」
 なんていうか、賑やかな兄弟だなあ。
 千理に促されるままに、彼の後ろへと恐る恐る乗る。ワイバーンは鏡が乗りやすいようにじっとしてくれ、千理も手を引っ張り上げて手伝ってくれた。
 グリフォンも準備ができたようだ。悠里が先頭に乗ってグリフォンを撫でている。
「頼むぜ」
 グリフォンがご機嫌に鳴いている。千理がワイバーンの背を強めに叩いた。
「んじゃ――エヴェ、よろっす!」
 姿勢を低く保ったまま、ワイバーンが羽ばたき始めた。比翼を強く打つ風が鏡の顔にもかかる。ゆっくり空へと飛び立っていく。グリフォンはゆっくり助走をつけて空へと飛翔した。
 目を見開く中、千理に捕まっていた鏡は眼下に広がる景色に目を見開いた。
 碁盤の目と称された京都を思わせる街並みが、広がる。まだ街の東端に近い位置だったからか、西に広がる景色は夕陽に照らされ、海に落ちようとする赤で街を彩っている。
 いくつも見える杜。そして平屋造りの家が並ぶ、密集しつつも整然とした街に落ちる赤と、影の黒。この街の裏は長居したいとは思えないのに、なおも景色は、街は美しい。
「ちょい、介って人の得意属性教えてくんね? 一人で行動してるなら魔術使ってもおかしくねーし、片っ端からその属性のとこ見て回ったほうがいいかもしんねーっすよ」
「あ、うん――水属性……です?」
 なんとなく、彼に敬語を使うか否かで迷ってしまった。千理は気にした様子もなく、「了解」と短く返すとワイバーンの背を強く叩いている。
「エヴェ、水属性の魔術に気づいたら教えて」
「千理さんって、動物と会話できるんだ……」
「いんにゃ全然。意志疎通が必要な時は魔術使ってますよ。こいつ、エヴェイユって言うんすよ。エヴェがオレの言いたいこと汲み取ってくれるんで、オレもこいつの仕草とかで言いてーこと、こうなんかなって思って動いてるだけ。グリフォンは意思伝えてほしそうだったんで、魔術使いましたけどね」
 魔術を唱える素振りがなかっただけに、鏡は思わず舌を巻いた。
 やっぱりこの人も、海理さんの兄弟なんだなあ。
 夕陽が海の向こうに沈むまではまだ時間があるはずだ。早く見つけないと。
 街の一角まで、海のように煌めいて見え――
 はっとした。目を凝らして気づいた水柱に、鏡は指し示す。
「いました!」
「あの術は介だろうな……急ぐぞ!」
「了解っ。エヴェ!」
 ワイバーンが鋭く鳴いた。グリフォンを先導するように速度を上げ、羽ばたきが止まると同時に突っ込むように滑空する。
 はっきりと水柱の形を捉えた。中に人影が閉じ込められている。よく見ようと目を凝らしたその時、ワイバーンの翼が大きく広がる。
「げっ、衝撃きつくなりそうっすよ!」
「えっ!?」
 上体をいきなり起こしたワイバーンに、慌てて千理へとしがみつく。
 石畳を鉤爪かぎづめが抉った。近くでグリフォンが着地する音も聞こえて、千理の背中にしたたかに頭を打ち付けた鏡は呻く。
「ちょ、エヴェいつもより荒くね!? 鏡さん大丈夫?」
「大丈夫……です……」
「大丈夫って感じじゃないっしょ、あんさんちっと休んどいて」
「はぁ!? 何この状況!? 奏、この水蒸発させるぞ!」
「は、はい!」
 え、水を蒸発……って……
「蒸発させるならオレも手伝います!」
 千理がワイバーンから飛び降り、走っていく。ぐらぐらと平衡感覚もままならない頭を押さえて、水柱へと目を向けた鏡は目を見開く。
「介さん……!?」
 水柱の中に閉じ込められた人影は、術の使い手であるはずの介自身ではないか。辺りに立ちこめる霧も、この術で集められた湿度のせいだろうか。苦悶の表情を浮かべる彼に、悠里と奏が火の術を使って蒸発させにかかっているも、効いている試しがない。
 このままでは介が窒息しかねない。術が暴走しているなら相反属性が効くはずなのに、一方的に猛威を振るう水の魔術なんて――
 ……一方的な猛威を振るっている?
「ちょ、私一旦止めます! 何これ、術効いてない……!」
 こんなことありえるはずがない。遺跡で経験したこの苦い経験、覚えがある。
「……幻覚か!」
 悠里が歯を食いしばった。奏がはっとして辺りを見回している。
「待って、こんなピンポイントに幻覚作るってことは、術者近くにいなきゃ無理――」
 奏が目を丸くした。視線を向けて、鏡は目を見張る。
 彰吾さん――でも何かおかしい。すぐに逃げていく様子が変だ。
「兄貴……!? ってことはあっのバカ!!」
「止まれ。今は幻覚解くほうが先だ。明らかに誘導されてるのは後に回せ、急いては事を仕損じるっていつも言われてたろうが」
 追いかけようとした奏の腕を掴んで止める悠里に、鏡も頷いた。
「本当に奏さんのお兄さんなら、奏さんがいるってわかったなら、見られる前に逃げてるんじゃないかと思います」
「幻覚の解除なら――御影、頼めるか?」
「はい!」
 御影の詠唱と共に、柔らかな光が辺りを包む。光に触れた水柱の幻が瞬く間に消えていき、介の姿まで消えて――
 いや、違う。水柱があった場所で、顔を引きつらせた彰吾の姿がある。その横で、ずぶ濡れなまま体を起こしたばかりらしい介が、弱々しく咳き込んで水を吐き出しているではないか。
「たーすくー、だいじょーぶかー?」
「えっ、スルー!? と、とにかく治療するね、あと魔力量回復も!!」
 慌てて駆け寄った鏡へと、介が戸惑って顔を上げている。言いたいことは色々とあったけれど、彼のラリマーが濁っている様子に顔をしかめた。今は、驚いて見下ろしてくる奏の兄を気にしている場合じゃない。
「御影、輝石のほうお願い!」
「うんっ!」
 光が介と、彼の輝石を包み込む。改めて介の状態を確認するも、怪我そのものはなさそうだ。問題は肺に入った水のほうだろう。生命の魔術は御影が行ってくれていて、鏡は背中を擦った。
「介って……君らまさか……」
「私たち狙いの幻影じゃなかったの?」
「そんなわけないだろ、むしろ俺が誘き出したかったの……は、だな……」
「兄貴」
 威圧感たっぷりの奏の声に顔を上げて、鏡は男の冷や汗をびっしりと浮かべた顔を見てしまった。同時に介の無事を確認したらしい悠里の、目が笑っていない笑みも。
「奏、説教頼んだ。うちの参謀を盛大に人違いしてくれたんだ、思っ切りやれ。やらねえなら俺がる」
 字。悠里、字。
 呼吸が落ち着いてきたのか、介はもう大丈夫だと手を上げて教えてくれた。
「介さん、大丈夫ですか?」
「げほっ……むしろ、なんで君らがこっちに来てるんだ……!」
「あ? 仲間の心配して何が悪い」
 介が目を丸くして悠里を見上げた。やがて申し訳なさそうな顔に、鏡は苦笑いを浮かべる。
「ですよ。いきなりいなくなってみんな心配してたんですからね?」
「それは……悪かったよ。すまなかった」
 どうしようもなさそうな介の笑みに、御影がくすくすと笑っている。
 辟易へきえきした男が、頭を掻きながら介を見下ろしている。
「介、悪い。お前の仲間だって知らなかった……ってかな、奏もいるなら教えろ?」
 お前の仲間だって知らなかった
 どういう意味だろう。もしかして、街中で最初に奏が追いかけた時、既に彰吾は介と会っていたのか?
 悠里が問うように介を見下ろしている。察したのか、彼は頷いていた。
「詳しい話、ちゃんとするよ。彰吾さん、彼らは大丈夫です。案内をお願いします」
「へえー……わかった。介が仲間を仲間って認めるようになってたかあ」
「あっはは、ぶちのめしますよ」
 あ、営業スマイル。悠里がいいものを見つけたような笑みを浮かべている。
「そん時は全力で協力するぜ? で、どこに連れて行ってくれんのかね。俺らさっき石壊されかけたのもあって、結構ピリピリしてんだけど」
「あー……まあ、俺たちの隠れ家だな。安全面は保証する。それと先に謝る。入って驚かせたらすまん」
「え、どういうことなの?」
「行けばわかるよ……おれもこっちに来て彰吾さんにキレたからね」
「……介さんがキレるなら、悠里は間違いなくキレるね……」
 それを聞いた彰吾の苦笑いは、どこか成長したきょうだいを見るようだ。
「まあ……敵に見つかる前に移動するぞ」
 千理に頼まれて、海理たちへと連絡を送る。ワイバーンたちも連れて行きながら、世にも珍しい珍道中は、こうして街の外れに近い寂れた路地へと向かっていったのだった。


掲載日 2021/11/13


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