境界融和世界の幻門ゲート

第42話「過去の証人たち」01
*前しおり次#

 京都特有とも感じる、細長い一軒家。平屋造りの町並みにそぐわないその中で、中年の男性と、二十代後半だろう二人の女性が、介と彰吾を出迎えていた。中年の男性が戸惑う鏡たちを見咎め、目を細めている。
 介が振り返った。
「紹介するよ、おれの最初の仲間だ。ヴィニアさん、カルフさん、羽委はねいさんだよ」
「待て、部外者を連れ込むとは聞いておらん」
「おれの仲間です。彼らには全信頼を寄せています。保証しますよ」
 ――どういう、こと。
 最初の仲間は、殺されたと聞いていたのに。だって、介自身が目撃者だったし、彰吾は神崎≠ノ操られていたとはいえ、手にかけたその人だったはずだ。
 彰吾は苦笑いを浮かべて、神妙な顔で見てくる。
「いやあ、俺ら全員死んだと思われていたんだろう? すまん、生きてた」
 その謝罪は、随分と軽かった。目の前が真っ暗になりそうだったし、奏は眼を白黒させているし、悠里に至ってはらしくなく静かな深い溜息ときた。
「すげーフツフツと怒りは湧いてくるんだが……怒る気失せたわ、一気に……鏡、ツッコミ任せた」
「うわ、珍し……じゃなくて! 僕も嫌だよ! どこからつっこめばいいのこれ!?」
 彰吾が苦笑いし、介からこちらの事情を深く聞いているらしい彼は、部屋の中へと案内してくれる。奥へ奥へと続く土間の先、畳敷きの部屋へと案内されて、一同は勧められるがままに座った。
「ただし、ヴィニアを除いて全員ゲートだけどな。当時潜った遺跡から介を逃がすために一芝居ひとしばい打ったんだ」
 ヴィニアと呼ばれた女性は、金髪を揺らして頭を下げている。彼女がエルデと同じイドラ・オルムの民だとわかったのは、森の狩人のような服装からだ。介は素っ気なく肩を竦めている。
「おれたちがさっき誘き出そうとした人物がいてね。その人物は当時、神崎≠閉じ込めた遺跡に潜んでいて、おれを狙っていたらしいんだ。『反徒の種』を神の界に行かせるためにね。彰吾さんたちはそれを阻止しようとしたそうだよ……名前、本気で改名したくなったよ」
 ――事情を飲み込んでも、まだ彰吾たちには立腹しているようだ。当然だと思う。
 二年も死んだと思っていた人たちが、こうして全員生きていたのだ。それを一人だけ教えられなかったなんて、怒りよりも悔しさが先に走っただろう。
 ただ、気になったことがある鏡は、介を見上げる。
「あの、それ、もしかして巫女装束の女の人ですか?」
「ああ。やっぱり接触したんだな……」
 介の苦々しい声を聞くに、彼としては鏡たちにあの巫女装束の女性と接触してほしくなかったようだ。悠里が肩を竦めている。
「俺と鏡は話だけ。別のとこでエンカウントしてたからな。実際そいつと舌戦繰り広げたのは佑で、殴りかかって遊ばれたらしいのはこの三千里」
「だっから千理!! 三は余計だっつの! とりあえず事細かには話しますから三千里呼ばないでくださいよ」
「ああうん。よろしく、三千里くん」
 千理はどうやら、自らいじられに行くのが自然体のようだ。悠里が平然と千理の頭を軽く叩いている。
「ついでにこいつ俺と同じ年でさらに海理サンの弟さんだから」
「ああ……ああ! そういうことか!」
 介さん、まだ彰吾さんへの怒りが取れてないんだなあ。反応がやたら鈍い……。
 千理が疲れた顔で盛大な溜息をこぼして、うろんげに介を見上げていた。
 彼の歯が悔しそうに軋んで、「のっぽ爆破」と呟いたのを、鏡は聞き逃さなかった。
「んじゃ話しますよ――」
 説明はそれほどかからなかった。
 その間に、鏡が送ったGPSメールを使って到着した海理たちは、海理たちなりにその時の状況を伝えてくれた。自らを餌に使われた介は目を据わらせていて、悠里からその前に殴らせろと言わんばかりの殺気に大人しく肩を竦めていたか。
「――って感じでしたよ」
 雑な纏め方に悠里が釘を刺し、千理が衝撃を受けていた。彰吾が黙考し、顔を上げている。
「なるほど。それじゃあ今度は俺たち側の話をしよう。どうしてゲートになったかなんて、知らなきゃ目の端釣り上げたままになりそうだしなあ……いや、それ抜いても一人すっごい怖い顔してるけど」
 かなでさんのことですねわかります。
「だな。ゲート化してんのに、正気どころかゲート殲滅できてるって点も気になる」
 悠里の若干剣呑な声に、彰吾は苦笑いを浮かべて、真面目な顔に戻している。
「平たく話すとな、ゲート化には二種類あるんだ。声≠フ誘いに乗った場合のゲート化と、自らの意志でゲートになるべく全ての魔力量を注いだ場合のゲート化だ。正気を保てるのは後者のみ」
 ただ、輝石が壊れることには違いない。輝石が砕けた当初は自我が壊れそうになって大変だったそうだ。一人が輝石を壊すごとに、全員で抑えなければならなかったという。
「――で、そうして心を折らずに自らゲート化した場合は、だ。夢を通じて現実世界に帰っても正気を保てる。同時に同じゲートとなって暴れてる連中を倒すこともできた。現実世界でもゲートがゲートを止めていたのは、こういうからくりがあったんだ」
「なるほど。そりゃまた……この方法確信はなかったんじゃねえの? よくやろうと思ったな?」
 悠里の手の関節が不吉な音を響かせた。彰吾は顔を引きつらせて、微かに身を退いている。
「そりゃ、確信あってやれてたらまだな……まあ落ち着け、続きあるから、な? ゲート化したのは半分不可抗力だったのは認める。介を外に出した後、君たちが目撃した『反徒の種』の崇拝者……クラクって言うんだが、そいつを遺跡に閉じ込めようとしたんだ」
 けれど閉じ込められたのは、彰吾たちのほうだったという。脱出を図ろうとした際、彰吾の輝石が壊れて、ゲート化のからくりに気づいたそうだ。
 介は境途郊外へと転送していた。境途に独りで残すわけにはいかないからと。そしてその時、神崎≠ゥらの槍を受けて倒れたヴィニアは、非力な介では埋葬もできなかったために、瀕死の状態を気づかれないまま放置されて――予測していた仲間で助けたそうだ。
「その後は事あるごとにクラクを倒そうと試みてたが、後手後手に回った。介と合流するのは危険だと思って、わざと連絡取れないように――携帯はこうしたんだ」
 手の平に拳を打ちつけたことで、鏡も悠里も意味を察してなんとも言えなくなる。
 連絡が取れるはずもなければ、GPSに載ることもないわけだ。
「あー、うん、よくやるよ。だが……数年心配かけてしかもトラウマ作って? 実の妹にも心配かけて泣かせて? その点に関しちゃ言い訳はともかく弁明の余地なし、と?」
「す、すまなか……は? お前泣いたのか?」
 ぎょっとする彰吾に拳を震わせる奏。彼女の顔が畳を睨んだまま、兄へと目を合わせる気配はない。
「沈めてあげるわよ、久しぶりに……!」
「ああ、存分にやっていいよ。兄妹水入らずどうぞごゆっくり」
「介!? おいちょっと待ってくれ、せめてフォローくれ!!」
「いらないでしょう。魔術に絶対の自信持ってる自称スペシャリストなら」
「じゃあ俺逃げるから説明頼んだ!!」
 介の「相っ変わらずのバカだな」という毒に、鏡は真顔になった。
 人に散々目上に毒を吐くなと言っていながら、介も十分吐いてきた口だったようだ。相手が彰吾だからというのもあるのかもしれないが、なるほど彼が彰吾を三日間宿の部屋から追い出したのも頷けた。
 ただ、それを言及する前に、隣の悠里が悪鬼羅刹を纏ったようなオーラで彰吾を睨んでいるのだけれど。
「いやぁ、これに関しちゃ俺も黙ってられねえんだよなぁ? 何しろ俺の大事な奴二人も困らせてくれたんだからなぁ?」
「と、言われてもなあ……連絡取ったら間違いなく蜂の巣にされてたんだ。まさかこっちに介が戻ってくるなんて思っても見なかったよ……」
「元々ゲートがゲートを倒すなど、この街では日常茶飯事に等しい状況だ」
 カルフという男性が、堅い雰囲気を崩さずに口を開いていた。
「この街のゲートのうち、四分の一は自らの意志でゲート化してもなお、身内を守るべく動いていた。光属性と火属性に特化した人物とまで特定して流布されていたのは、恐らくだがクラクの仕業だろう」
「あたしたちも困ってんだよー」
 羽委と呼ばれた女性は、どうにも困っているようには聞こえない軽い言葉で肩を竦めている。
「クラクを追い詰めるどころかさあ、むしろあいつ、どんどん輝石持ってる連中を追い込んで輝石を無理やり壊して、自我を完全に殺してゲート化させてくんだからさあ」
 横で彰吾が奏に拳を本当に向けられ、避けて悲鳴を上げていてもお構いなしのようだ。
 女性というより少女と思うほど、彼女はこの中で一番若く見える。
「今自分の意志でゲート化した連中に頼んで、この境途にある『反徒の種』が作り上げた遺跡の魔石の台座を壊しにかかってんのお。なんとか神崎≠フとこ以外は全部壊せたんだけどねー……」
「……そーいりゃ、最近あのバカアホコンビからちょっかいかけられてねえな」
 鏡もあっと、悠里へと顔を向ける。
「名前抜かれてないのはあと悠里だけだよね? でもなくても構わないって言ってたから、もう介さん集中狙いに切り替えるために準備してるのかも……」
 佑理から同情するような目を向けられる。なんだろうと顔を上げると、「お前らつくづく厄介なのに縁あるよな」と言われてなんとも言えなくなった。
 バカ兄も厄介というか、癖のある人たちに縁があるよねと言ったら――海理の目がこちらに向きそうだ。やめておこう。
 むしろ兄妹喧嘩の行く末のほうが目に入る。
「ちょっと待ったまだ殴るな! 頼むか――ん? 名前を取った? あいつがか?」
「おれが取られかけた時にあんたがそれ止めようとしたんじゃないか!!」
 会話に入ってきた彰吾の脇腹に、奏のいい一撃が入った。無遠慮に叫んだ介に鏡と御影が唖然とする中、悶える彰吾は潰れかけた声で「いやそうなんだがな?」と答える。
「君らのまで取る意味が見えない……んだ。いてえ……」
「そりゃどういう意味だ」
 袖に手を入れて腕組みをする海理に、彰吾は不思議そうに見下ろしている。
「簡単な話です。神崎≠ェ取る理由がない。あいつはこの世界の歴史と『反徒の種』にいち早く気づいて、俺を幻影で操ってる振りしながら真相見せてきたんですよ」
「はあっ!?」
「どういうこと!? 確かに素面シラフで会った時はただのバカだけどいい人でしたけど!!」
 思わず食らいつく鏡と奏。海理は頭が痛そうな顔で唸っている。
「――情報が錯綜しすぎて混乱してきやがったな……もしかして、オレが調べてた『名を尋ねては殺し回ってるゲート』の噂は、そのクラクって奴だったのか?」
「そうだろうと思いますよ。クラクも魔石を使わずに魔術を使えるからゲートによく間違われるんです。神崎≠フ奴は動けないから置いていけって、遺跡に一人で残ったから、出たとしたら別の意図があるはずだが……」
「彰吾さん、まさかそれわかってて、おれに教えなかったってことは……」
「そりゃ、クラクがどこで聞いてるかもわからんのに、教えられるわけないだろ。クラクの奴、神崎≠ェ都合よく動いてるって言ってたから、俺も真偽を確かめないままで不確定要素を口にしたくなかったんだ」
 今まで立ててきた推測も敵対意識も、全てをひっくり返して遊ばれたような気がした。
 頭が痛そうに顔をしかめる悠里も、記憶を覗かれて弄ばれた奏も、信じられないようだ。
「んじゃファルチェはなんで神崎≠ノ協力してんだか……今までの考えも全部前提から違い過ぎてるぞ……」
「そりゃ、今まで敵と思ってた奴がまさかの味方説だからな……もう俺もわけわかんね」
 佑理が肩を竦める。鏡は悠里と兄を見上げた。
「纏めると、声≠ェ敵なのは間違いなくて、クラクって巫女、それと彼女にゲート化させられた人は敵……で、神崎=c…さんと、ファルチェさんは味方かも? ってこと……?」
「……そのクラクって人、どうやって……『反徒の種』を、神の界ってところに、連れていく気、なのかな……」
 ぽつりと御影が溢した言葉に、鏡はあっと目を見開いた。
 そうだ。もし本当に、事の核心者がクラクのみとなるならば。『反徒の種』のことも、クラク自身の動きも、そちらに重点を置かなければ後手に回る。
 海理が眉根を寄せている。
「必要なキーワードは入口を作るために必要な定義、つまり介の名前だろうな。次いで、いるとしたら――神の界に直接繋がるもの。魔石の台座じゃねーか?」


掲載日 2021/11/13


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