魔石の台座は神と言葉を交わすためのスポット。
神の界に繋がっているものは、今のところこれだけしか思い浮かばないのは事実だ。
「それからクラクって女がゲートを量産しまくってるってところを察するに、手足になってるゲートがなんらかの役割を持ってることは間違いねー。想像したくねー役回りしか考えられねーだろうがな」
「生贄ってとこか……」
この街のゲートの数は他の街に比べて群を抜いているのは間違いない。海理がカルフへと目を向けている。
「ゲートの数を減らすのも必要そうだな……この街のゲート人数、どのぐらいだ?」
「噂では三分の一。ほぼゲートの街と見ていいだろう。そのうち味方と言えるゲートは四半分も上らぬ」
「三分の一って、そこまで多くないような……」
「何言ってるんだよ? 街の規模が十二万人だとしたら、四万人はゲートがいて、そのうち味方は一万人いるかどうかだぞ」
アレンの憮然とした声に、奏があっと目を見開いた。
御影が不安げに頷いている。
「です……そうなったら、敵のゲートは、三万人、です……」
「もっと言うなら、味方のゲートが全員戦闘要員で、協力的に戦ってくれることを前提とした数字であるならの話になる。さらに残り三分の二――約八万人の非ゲートを守りながら戦うことになる。彼らの中にもしかしたら、敵がいるかもしれない中、背中を向けて守る必要が出るんだよ」
介の指摘に、鏡は唾を呑んだ。
黙って聞いていた大和の目つきが鋭くなり、海理へと向けられている。
「明日からの動き方を考えないとまずいね」
「ああ。もう介がこの街にいることも知られてるだろ。かつ、神崎≠ニ因縁がある御影たちとも接触してる。こっちが動くことは想定済みなはずだ。ってことは打てる手から打たねーと、最悪の事態も考えなきゃならねー」
「賛同しよう。が、
「あ、じゃあ台所お借りしていいですか。その間に簡単に作れるもの作ります」
奏が挙手して、ヴィニアと呼ばれていた金髪の女性が嬉しそうに立ち上がった。
「お願いしますわ、私不器用なものでして」
「おーいヴィニ、奏、逃げるなー?」
「頭動かすより手動かすほうが得意だし。お腹空いたまま会議は無理」
その一言には、さすがの悠里も沈痛そうな面持ちで畳を見つめていた。
昨晩のうちに、動きはある程度固まった。
鏡、悠里、御影、奏、介、そして佑理を加えた六人で神崎≠ェいる遺跡に潜り、介の名前を取り戻す。残りのゲート化した彰吾たち、そして海理たちの複合パーティは、この境途の街にいる味方となりえる人々に声をかけて、意志を奪われ暴走するゲートや魔物を倒すこととなった。
今日この日、本来なら遺跡にすぐ潜る気でいたのだけれど、さすがに一日で味方全てに声をかけるには無理がある。ヴィニアを残して、彰吾、カルフ、羽委が今日一日をかけて伝達をしてくれるという。
鏡たちはくすんだ輝石の回復と、自身の体力温存を兼ねて、ゆっくり休ませてもらっていた。悠里は普段介に任せていたブレイン部分を担当したからだろう。朝食のためにと奏が起こした時、まだ若干疲れが抜けていないようだった。
その朝食の席も、
一方、千理は兄海理からひたすら怒られていた。もはや小学生の息子を叱る父親だ。
彰吾は悠里と奏のやり取りを見て、妹の元気な姿に安堵して笑って、やはり殴られていた。
そしてエルデはなんと、途中から追いかけてきてくれていたらしく、グリフォンが迎えに行って連れてきてくれていた。介が彼女から無言の圧力をかけられて、お詫びにミスリルを持ってくるよう言われて承諾させられた姿には、悠里も奏も、鏡や御影も堪え切れずに笑っていた。
やっと全員が揃った。
千理が、術書を交換して互いの覚える魔術の幅を増やそうと提案してくれ、鏡は心置きなく魔術書を交換した。一時的に動物と会話ができるようになるもの、何より幻影を打ち破る魔術があって急いで叩き込んだ。
千理も補助に使う魔術ばかりで、直接攻撃を加えられる魔術の幅が少なく伸び悩んでいたらしい。魔術書を返すと、彼はもう全部頭に入れたと記憶力の凄さを見せてくれ、鏡は舌を巻いた。
ただ、それよりも何よりも、一番驚いたことと言えば……。
「一応魔術も使ってはいたんすけどね。攪乱系とか。まあ数多い時しかしないんすけど……普段はこいつでいいですし」
彼がどこからともなく出現させた、月光を刀身に彩った刀だろう。エルデが素早く目を光らせて、会話に割り込んでくるほどにその武器は希少だったようだ。
「それはSランク……一体どこで……」
「へ? 遺跡ん中にあったから拾ってきた。つかもらった。なんか守護者と意気投合したんすよ。今でもたまに遊びに行くんすよね。その守護者の知り合いが打ったとかどうとか」
エルデの目が一気に細くなる。鏡も苦い表情を浮かべた。
「まさかファルチェさん……」
「可能性はありますね、あのバカは気に入った相手ならSランク装備ぽんぽん譲るみたいなので」
その結果自分も譲ってもらった鏡は苦笑いを浮かべるに留まった。千理が不思議そうに首を捻っている。
「知り合い?
「まあ、光と闇――通常相反属性って呼ばれてる属性を、両方持ち合わせる人なんてそうそういないからなあ、目は留めそうだね」
千理から刀を受け取って鑑定していたエルデが
「……もらったらまずかった?」
「てめーが意気投合した奴、おそらくだが今回の敵だぞ」
「え、
「ビンゴすぎんだろ……」
本当、因縁というのはどうしてこんなに世間を狭く見せるのだろう。鏡は遠い顔になる。
「あの二人は完全に悪ってわけじゃないと……思いたいなぁ……思いたいなぁ」
もはや願望だった。介が呆れたようにこちらを見てきて、その目を千理へと移している。
「よく火澄って呼んで怒られなかったな」
「『名前教えてくんなかったらほかにどう呼べっての』っつったら諦めましたよ」
「バカだな」
「バカだね」
「バカすぎよ……」
バカだけでこんなにバリエーションをつけて言われるなんて、神崎≠燻vっていなかっただろう。聞こえなくてよかったと思う。
挙句意気投合したはずの千理からも「バカっすよね」と認められるのだから、立つ瀬が完全になくなっていた。
「まあでもあのバカさ加減、半分は作ってましたよ。突いたら笑って正解って言ってましたからね。理由までは教えられませんでしたけど」
「あ、やっぱりそうだったんだ……」
「よくお前まじまじと突いたよな……」
呆れる悠里へと、千理は事もなげに肩を竦めて返した。
「こっちは素で喋ってんのに、本心見せてこねーの気になるじゃん。オレあんま
「演じてた、って、ことです、よね……?」
「演じてますよ、随分とね。そうやって何
「この間――もう数カ月前だけど、会った時凄い違和感があったんです。もしかして、僕を心配して叱ってきた面も素面じゃないか、って」
「あいつが?」
介が目を丸くしていて、鏡は頷いた。結局あの時は怒られるばかりで、細かい話をあまりしていなかったことを思い出す。
「武器持ってないって言ったら凄く怒られちゃって。ファルチェさんにも怒られて、
「……いったい何考えてるんだあのクズ……」
それを確かめるためにも、明日遺跡で尋ねる必要がありそうだ。一度戻ってきたのだろう。カルフという男性が談話の中に雑じってくる。
「失礼。介、後ほどお前に用があるという者が尋ねに来るそうだ」
「え、おれにですか? この街に知り合いはいないはずですが……」
「元教え子の人とかは来てないんですか?」
鏡へと、介は困惑した様子で首を振っている。
「元々、知り合いや自分が育てたパーティには、境途に足を運び入れないよう忠告してたんだ。神崎≠フ足元に放るようなものだからね……」
「あー、そういえば散々言ってたよな」
アレンが鎧の点検をしながら頷いている。エルデが満足げにポニーテールを揺らしてメンテナンスを見ている様に、鏡はちょっと驚いた。
「オレらが境途目指すかもって言ったら、飲んでたマグ叩きつけて行くなって吠えたよな。輝石壊すなって言ってた時と同じぐらいピリピリしてた」
「ああ……あったな、そんなこと」
アレンや、彼のかつての仲間にそこまで鬼気迫る忠告をしていたのか。苦い顔で頷く彼に、アレンはひょいと肩を竦めている。
「ちゃんと言えばあいつらだってわかったのにな。お前ほんっと口下手だよな」
「……やかましい。それで、カルフさん。その人とはどこで会えばいいでしょうか」
静かに肩を震わせていた男性が、大様に頷いた。
「この近くにまで来たら迎えに行くと伝えている。恐らく明日の昼過ぎで考えてよいだろう」
「そうですか……わかりました」
彰吾がおかしそうに笑って、自分たちを見てくる。
「全員流れに流れて付き合ってもらって申し訳ないが、改めてよろしくな」
「今さらだろ、元々俺らだって関わりのあることだしな」
「ありがとうな。心強い」
「別に? それに、介に会いたがってる奴ってのも気になるしな」
「あ、そういえばそうですよね。介さんに会いたがってる人がいること自体が珍しいですし」
「最近君遠慮なく毒吐くようになったな本当」
彰吾が介を見る目は、なんとなく海理や佑理と似ていた。弟の成長を見るような、そんな感じ。
悠里はにやりと、彰吾を見やっているけれど。
「まぁ、勝手に敵認定されたことは許してねえけどな?」
「いやあれは……その、まあ……介が自分でゲート化するって言ってたから手伝ってたんだがなあ……」
鏡の顔から表情が削げ落ちた。悠里の目が据わった。
「まさか術が暴発するとは思わなかったのと、いきなり君らが来たからてっきり俺を狙って追いかけてきたのかと思って、それで幻覚で隠れたんだ」
悠里の拳の関節が不吉な音を立てても気にならなかった。
「介の術も中断させるために、幻影の魔術でごまかしながら火の魔術放って、水柱消したんだけどな。君らがあんなに必死になってた上に介の名前呼んだから、やっと事と次第がわかっただけでなあ……」
介が苦い顔で視線を逸らしていく。悠里の手がしっかり指をほぐし終えていた。
「介、歯ァ食い縛れ」
「悠里、僕も乗る」
「……黙って勝手にやって悪かった。ゲート化は結局していないよ。輝石もこの通りだ」
介のブレスレットに収まるラリマーは、見慣れた冴えた青い海の色だ。ヒビも入っておらず、太平を思わせる美しい色をしている。
「魔力量が少ないのがどうしてもネックだったんだ。彰吾さんからゲート化の仕組みについて聞いたから、神崎≠倒すならおれ自身もゲート化しないと、あいつに勝てないんじゃないかって思って、頼んでたんだよ。心配かけて悪かった」
「それはわかる。けど一言相談しろ。そういう独りで抱え込んで、独りで勝手に決められたら俺らも困るんだよっ」
一撃。
鏡が入れるつもりだったそれよりも重たい拳が、悠里から繰り出されていた。腹に入った衝撃を避けず、痛みに蹲った介は苦い顔だ。
「これに懲りたらもう勝手に決めんな。殴るほうもいてぇんだよ。これで
「か、勘弁してくれ、もう十分だよ……」
辟易したような介に、鏡は苦笑いを溢した。
僕も一発入れたかったのになあ。
彰吾が安堵したように笑って見下ろしてくる。やはり介を見る目は下の親戚や部下を見るようなそれで、よほど介のことを気にかけてきたのだなとわかった。
「介が本音で話せる仲間ができてよかったよ。俺たちじゃ、こいつの心を開き切れなかったからなあ」
「開いたっていうか、勝手にこじ開けて土足で踏みしだいたが正しそうですけど」
「それをやれたのも君らだからだと思うぞ? 何かと理由つけて人と関わることから逃げてたからなあ、こいつ」
余計なお世話だと言いたそうな介の目が、スマホのカメラでわざわざ撮影しにかかった大和に複雑そうに向け直されていた。大和は「神田さんのその状態レアだよね」とにっこり笑んでいて、さらに介がふてくされている。
鏡は介を見下ろして、微かにむっとした。
「僕、介さんに境途行きの件、一緒に行くって言う気だったんですよ。もちろん御影も、エルデさんも」
鏡を見上げる介の目が見開かれた。驚かれたことにもむかっ腹は立ちそうになるけれど、鏡は目を据わらせるだけに留める。
「置いていかれるなんて思わなかったから、結局行動で示しましたけど……次からこんなことしないでくださいね? じゃないと次は、僕が一番に一発入れますから」
「――ああ。肝に銘じるよ」
とても。
とてもくすぐったそうな、優しい笑顔だった。