翌日。千理が外の安全な商業区へと足を運ぶことを知り、鏡もついていくことにした。御影と、お目付け役を買って出た佑理も一緒に行くことになり、四人で外へと赴く。御影は鏡と一緒に外に出たいだけらしく、それを聞いた千理から「リア充マジ爆破!!」と叫ばれた。
なんだか、ジャージといい低身長といい、彼が
「こいつらほぼ無自覚にイチャつくからスルーを覚えたほうがいいぜ? 悠のあれはほぼ確信犯だが」
「え、い、いちゃついて、ない、もん……!」
御影の顔が真っ赤になって、鏡の後ろに隠れていく。千理がげっそりとした顔で佑理を見上げているではないか。
「そんなスルースキル発揮できたら幸せっすよマジで。くっそうリア充連れて行くとか……! 別にいいですけどね! 末永く爆発してろってーの!!」
「とりあえず流せ。こいつら天然でいちゃついてるから」
「くっそうなんでオレの周りはリア充ばっか……!」
「え、周り?」
「職業柄で知り合った人もリア充にどんどんなって結婚の話まで出てるんすよ! ――って、そっか。
鏡は微かに目を伏せる。御影は優しい笑みを浮かべて、千理を見上げていた。
「大切な、人なんですね」
「命の恩人っすよ。オレに向けられた拳銃、警棒ぶん投げて犯人の手から弾き飛ばしてくれたんすよ」
「警察かよ」
「そ、東京のね」
わあ、悠里の知り合いだったらどうしよう。
千理は目を細めて笑っていて、店へと歩きながら先を見据えている。
「だから祝いたいんすよ。このご時世じゃん? 死にたくねえのに死んでく人たちがいるからこそさ、やっと胸張って得られた幸せを見届けてやりたいんすよ。偽もんのオレの意識のままじゃなくて、オレ自身の意識でね」
それって、海理さんや、ゲート化させられた人のことじゃ……。
口から転がりそうになった指摘を舌の先に届く前に飲み込んで、鏡はうんと頷き、微笑んだ。
千理がどうして独りでゲートを倒し続けたのか。クラクを倒そうと動いていたのか。やっとわかった。
「――そのためにも、この世界の問題を早く解決しないといけないですね」
「そうっすね。あと海兄には現実世界のほうは大丈夫だって、さっさと伝えねーとね」
あ。
鏡は目を見開いて、微かに頷いた。
「そうですね……」
千理はこの世界で海理に会えた。死んだ兄に。
けれどそれは同時に、現実世界に本当に帰った暁には、もう二度と会えなくなることも意味している。
そんな人がいるのだと、そうなることがあるのだということを失念していた。
きっと海理も覚悟しているだろう。だからあんなに、千理に対して昔と変わらずに怒鳴るし、お仕置きだってしているのだろうか。
ひと時の再会と、本当の別れが近いことは、互いにわかっているのだろうから。
――悠里と奏も、現実世界に帰還してまた、再会できるだろうか。介とも。
いやそれよりも――
「そうですよね……現実世界に帰るってことは、この世界の人たちと、もう会えないってことなんだ……」
エルデとも、グリフォンとも。
二人とだけではない。外国に住んでいるだろうアレンやリトシト、そして奏に懐いているネルクだって、会いたい時に会えなくなる。
大和だって同じ日本に住んでいても、会えるかなんてわからない。海理とは本当にこの世界から帰ったら、会えなくなる。
悠里はずっと親しくしている料理店のマスターとも会えなくなる。帰る代わりに、ここで得た繋がりはほぼ全部、消えてしまう。
自分は、悠里も御影も、兄にも繋がりがある。帰っても会える人たちがいる。
そうでない人たちも、沢山いる。
「それでも帰らねえとな」
兄の手が、自分の頭を軽く叩いて撫でてきた。
「互いの世界が融和してぶっ壊れるより、どっちかにしか残れなくても、互いに生きてるって確信持てる未来のほうが安心できるだろ」
「うん……って、いい加減撫でないでよ!」
御影が微笑ましく笑ってきて、鏡の複雑な気持ちは察してくれた様子がない。せめて御影の前でだけは、子供扱いされているところを見られたくはなかったのに。
千理がけらけらと笑った。
「ま、今はエヴェたちの肉とあんさんらの必要なもんの調達っしょ。さくっと終わらせましょっか」
「あ、僕特に買い物なかったんだけど……荷物持ちしましょうか?」
「いいっすよ、だいたい持てます。あの人らの買い物メモももらってるんで問題ねーし……この通りをまっすぐ行った先までなら安全なんで、行く場所決めてねーんならぶらついてくる? 二時間後ここに集合してくれれば迎えに来ますよ」
鏡は奏と顔を見合わせる。佑理がそれならと千理を見下ろした。
「じゃあ俺がそっちについてくか。道一本だけなら迷わねえよな? 護衛必要ねえよなー鏡」
「もう、バカ兄うるさい!! この一本道しか行かなきゃいいんでしょ!? それに危険な場所に御影連れて行くわけないよ!!」
真っ赤になって言い返した途端、千理の肩が震えている。はっとした途端、彼はそっぽを向いた。
「じゃ、じゃあオレ、用事済ませてきまーっす」
なんだろう、この敗北感。
佑理がにやりと笑う。「楽しんでこい」とまた鏡の頭を叩いて、彼は千理と共に歩いていった。
お目付け役を買って出た兄は、なんとなく様子が変に見えた。納得が行かず見送る鏡は、乱された髪をなんとなく直す。
「いきなりどうしたんだろ、バカ兄……え、御影どうしたの?」
くすくすとおかしそうに笑う彼女に、鏡は目を瞬く。御影がふにゃりと笑って、なんでもないと首を振った。
「行こ? 鏡くん」
「え? うん」
なんとなく、御影に手を引かれるままに歩く。
悠里が立ち寄ってもおかしくなかっただろう食材店。武器屋はエルデが覗きそうだと二人で頷き合った。洋服店を見た時は奏が自分の服を買おうとして、御影の服を買ってきた時の話で笑った。
輝石の鑑定店を見かけた時には、鏡はあっと目を見開いた。
曇りのない石のはずですね。とても純粋で、まっすぐな心を持っていらっしゃるのですね
――大和は、ここで自分の輝石を見てもらったのだろうか。
「鏡くん……?」
「うん……この世界に来てもう随分と経ってる気でいたけど、まだ一年しか経ってないんだよね」
あっと、御影は目を見開いていた。鏡はぼんやりと通りを眺める。
「でももう一年経ってる……悠里が焦ってた理由、なんとなくわかってきたかも。――それでも、焦っちゃいけないんだよね」
「帰ることも大事、だけど……」
立ち止まった御影へと振り返る。柔らかく笑んだ彼女は、なんとなく鏡の心を見抜いているようだった。
「私、この世界にいる間も……楽しいことも、嬉しいことも、大切にしていきたいなあ」
「――うん。そうだよね……この世界にいる間しか得られないものも、これだけあるのに……焦ってたらもったいないよね」
「うんっ。それにね――」
御影の言葉が途切れる。公園を見つけて小走りに向かう彼女に、鏡は目を瞬かせた。
「それに……何?」
「この世界に来てなかったら、私たち、こんな風に変われなかったかもしれないよ」
目を瞬かせる鏡へと、御影はおかしそうに笑っている。
「悠里さん、凄く変わったんでしょ?」
「あ――うん。前だったら無茶し過ぎって止めても止まってくれなかったよ」
「介さんも、本音教えてくれるようになったんだよね」
「そうだね。作ったような笑顔じゃなくなってたし、言いたいことずばずば言ってくれるようになったなあ。――奏さんも、まだいきなり突っ走っちゃうみたいだけど、自分だけが頑張らなきゃって焦らなくなってる気がする。エルデさんも頻繁に僕らのところに足運んでくれて、泊まりにだって来てくれるようになったよね。お店の雰囲気変わったって聞いたよ」
「うんっ。鏡くんも、人見知りなくなってるよ。介さんに一発入れるなんて、前なら言わなかったでしょ?」
「あ、それは確かに」
「ね? あとね、できないことを仕方ないって、諦めなくなってるかな」