境界融和世界の幻門ゲート

第43話 02
*前しおり次#

 思い出したのは、小学校までずっと断り続けてきた、外での遊び。
 そして何より――
 
 現状を受け入れ続けることは、残念ながら、おれは好ましく思わない部類でね
 
 ……やっぱり僕じゃ……
 
 まだこの世界に来て間もない頃、介に突きつけられた言葉。
「――うん。仕方ない≠チて諦めてたら……できるはずのこともできなくなって、守れなかったと思う」
 御影のことも。悠里たちのことも。
 自分自身すらも。
「変われてたのかな。僕も」
「うん。変われてるよ。昔の鏡くんじゃない」
 優しい笑みが、くすぐったかった。
「ね。まだ帰れるかわからないけど、今まで積み重ねてきたものがあるんだもの。みんなこれだけ変わってこれたんだよ。絶対大丈夫」
 帰らなければいけないけれど、時間は過ぎていって不安ばかりが過ぎるけれど。帰ることにだけ目を向け続ける必要はないと、暗に言ってくれている気がした。
「――うん。御影も変わったしね」
「え?」
「今、全然言葉に詰まってなかったよ?」
 目を見開いて口を押える御影に、鏡はおかしくてつい吹き出した。
 変わったって気づいてる本人が、自分の変化に気づいていないなんて。
「今までだったら、こういう初めて来る場所で、知ってる人と離れて歩くなんてしなかったしね。まだ悠里は怖いみたいだけど」
「う……うん。ちょこっと……お兄ちゃんは、大丈夫……でも、ないかも」
「えっ、バカ兄も?」
 小さく頷く御影は、少し申し訳なさそうだ。
「話すのは、大丈夫なんだけど……たまに体が固まっちゃう」
「……御影もしかして、それ介さんや大和くんにもあるの?」
「た、たまに……」
「でも奏さんにはないんだよね?」
「え? うん」
 ……御影の場合、対人恐怖症よりも男性恐怖症ではないだろうか。なんだか複雑だけれど、どう転んでも改善されつつあるようだし、教える必要はなさそうだ。
 それに、原因はなんとなくわかっている。彼女がこの世界に来たばかりの、あの出来事を忘れることはないのだから。
「そっか……」
「で、でも鏡くんは大丈夫だよっ、本当だよっ!?」
 さすがに不意打ちすぎて吹き出した。咳き込んだせいで御影が驚き、背中を擦ってくれる。大丈夫だと言外に伝えたも、顔が赤くなっていやしないだろうか。
「嬉しいけど、そういうこと他の人に言っちゃだめだよ……心配になるなあ、もう……」
「い、言わないよ……!?」
 意味わかってくれてないだろうなあ。
 人通りがなくてよかった。もしあったら恥ずかしくて仕方がない。目を逸らした鏡は、御影の手が止まってぽかんとして――
 抱きしめてくる温もりに目を見開いた。
 一気に沸騰する顔へと、御影は気の抜けた笑みを見せてくる。
「ね? 大丈夫だよ?」
「……僕が大丈夫じゃないです」
「え……え!?」
 御影が自覚してくれるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。
 
 
「――あれ、どうしたんだろ」
 佑理や千理と合流し、隠れ家へと帰ってきてすぐに目についた。介と、淡く柔らかな色の茶髪の女性が玄関の傍で話をしていて、なんだか深刻そうに見えた。きっと奏や悠里とそう歳が変わらないだろう。二人の笑みのぎこちなさは、なんとなく入りづらいものがある。
 女性は翡翠色の綺麗な目を伏せて、人形を思わせるような綺麗な容姿に悪戯っ気を乗せた笑みで介を見上げ、去って行く。介が微かに表情を曇らせた。
「協力してくれるのは嬉しいよ。けど無茶はするなよ」
「えー、神崎さん心配癖ついたんですかあ?」
「あーはいはい、照れ隠しする暇あったら前見て歩いてくれ」
 なんだか、凄く親しそうだ。カルフという男性が言っていた、介の元パーティの一人だろうか。
 角を曲がって見えなくなった女性を、仕方なさそうに笑って見送った介は、隠れ家に戻ろうと振り返って――玄関先の悠里に目を留めている。
 いつの間にいたのか気づかなかった。
「本当に保留にしたんだな」
「ああ。事が終わってからじゃないと、やっぱりね――で、いつまで君らそこで見ている気だい?」
「うっ」
 ばれていたようだ。近づいていくと、介は仕方がなさそうな笑みを浮かべている。
「さっきのが、おれが育てたパーティの一人だよ。エレヴィアっていうんだ」
「綺麗な人でしたね……」
「だろう? あれであおぐせとツンデレの持ち主じゃなければねえ」
 苦笑いされて、鏡はぽかんとした。
 介が人を褒めるのは、だいたい能力面が多いと思っていた。なんとなく喧嘩友達のようにも見えたけれど、アレンに対するそれともまた違う。
 それに先ほどの保留という言葉に、ピンとくる。
「介さ――」
「それで、買い物は無事に終わったのかい?」
 遮られて、鏡はあっと閉口した。千理が成果という名の大量の買い物袋を見せていて、介が「力持ちだな」とぼやいた様子に、悠里が真顔になっている。
「これぐらい余裕っすよ?」
「……佑、お前その荷物……」
「持ってねえのなんか違和感あったから持っただけ」
「奪い取られちまいました。全部持てたんすけどね」
「はっはー、ちょっと後で顔出せ三千里?」
「嫌っすよ殴る気満々っしょ。あ、いやあんさんの場合蹴り? どう転んでも乗りませんー」
 ――今は聞かないでほしいのだろう。
 彼の中でもまだ整理がついていないから、悠里のように相手へと保留を伝えたのだろうから。
 御影が不思議そうに介たちを見上げていて、鏡はそっと笑って首を振った。
「千理さん、ワイバーンにお肉上げるんでしたっけ」
「やっべ、そうだったい! ちょい、これよろっす!」
 頼まれていた食材を渡されて、鏡は平然と持った。悠里からいくつか持つと手を伸ばされたも、鏡もこの程度なら軽いと感じて――悠里になんとなく全部渡してみる。
 途端に重さに一瞬耐え切れず震えた腕に、兄が吹き出して蹴られかけていた。
 鏡はそそくさと中に入りながら肩を震わせて、御影とこっそり笑い合う。奏がやってきて、不思議そうに出迎えてくれた。
「お帰りなさーい。どうしたんです?」
「ちょ、ちょっと悠里からかってみたら……バカ兄に飛び火したんです」
「え、珍し。私も見たかったなあ、ちょっと行ってみよっと」
「奏さんが行ったらトドメ刺しちゃうと思うので、やめたほうがいいと思いますよ?」
「……あ、なるほど。それじゃ行こうっと」
 程なく、奏と佑理と介の腹を抱えた笑い声が聞こえてきた。悠里が今頃どんな状態なのか想像して、鏡は肩を震わせる。
「たまにはいいよね、こういうのも……!」
「ちょ、ちょっと悠里さん、かわいそう、かなあ……」
「いつもからかってきているわけだし、たまにはいいよ――」
「何? そんなに面白いことがあってるの?」
 あ。
 大和の獲物を見つけたような笑みが玄関へと向かっていく。海理が不思議そうに向かって行って、鏡は自分が通った玄関をじっと見やった。
「……御影」
「え?」
「僕、ちょっとしばらく逃げてたほうがいいかも……稽古言い渡されそう」
「今日は、鏡くんも悪いと思うよ? 言われたら行ってきたほうが、いいと思うの」
「えー」
 たまにはいじり返して、そのまま一勝をもらいたかったなあ。
 
 
「罠解除、できましたっ!」
「ありがとう。予想していたけど機械ばかりだな……」
神崎≠ェ閉じ込められている遺跡へと入ってから、介の感想はずっと変わらなかったようだ。戦闘用のロボットまでやってくる様相はなんだかこの世界に似合わない。高校のロボット大会を見ているようなデザインのものが中心なのに、搭載された装甲に悠里も、一緒に来てくれている佑理も、そして鏡も苦戦を強いられた。
 奏が光の魔術で装甲を貫いてくれ、ひび割れた外装を的確に突いて叩き壊す。介やエルデが配線を瞬時に凍らせて、悠里や奏や佑理が火の魔術で破砕させるなど対応してくれているが、休みなしで戦い続けるには厳しいものがある。
「機械相手に蹴りつけるのは結構きついな」
「武器のメンテナンスが増えるので、魔術で装甲を破壊してからにしてください」
 エルデの無表情の圧力に、同じ読みと顔の従兄弟二人が苦い顔になった。鏡も苦笑いしつつ、機械相手に殴りつけても力負けしない上に凹みもしないナックルに呆れ果てる。
 ファルチェの作る武器は素材もよければ、言いづらいが腕も確かだ。同時にイドラ・オルムの民でありながら、これだけ機械に精通していることは凄いと思う。その罠を御影が全て罠を解けていることに、鏡は納得した。
 御影の記憶を神崎≠ェ覗いたのは、機械関連の知識を得るためだったのだろう。
 彼女も気づいているようで、プログラミングとハードウェアの知識を最大限に活かして罠という罠を解除していく。
 介は反対に、神崎≠ェ罠の設置を指示するだろう場所を的確に当ててくれ、被害を未然に防いでくれた。奏と悠里がロボット相手に先行して囮となり、その間に鏡と佑理が御影の指示を受けた場所を破壊する。
 装飾された扉が見えた。悠里がにやりと笑っている。
「見えたぜ、本陣!」
「一発じゃ足りないわ、十発入れてやるわよ……!」
「その前におれの名前取り返すの忘れないでくれよ」
「きっと、大丈夫……と、思います、よ?」
「本当賑やかだよな、お前ら」
「連携に関しては全てにおいて良好かと」
 佑理が突っ込みきれずに閉口した。鏡もナックルを嵌め直して扉を睨む。
「――本当のことを教えてもらわなきゃ……」
 ほんの少ししかない善良な部分を見て、手を緩める程度ならそれまでだと彼は言った。
 裏も表も見なければ判断したくないと言った自分へと、それに甘んじて善悪の判断もつけられないならそれは偽善だと、彼は斬り捨てた。
 グリフォンの親を殺したのも彼らだ。奏の記憶を弄んで、悠里も介も苦しめたのも、彼らだ。
 けれど――
 扉が開く。
 魔石の台座の前で軽薄に笑う男を、その隣に立つ長身の男を、睨む。
「やっと来たか。遅かったな」
「ご大層に大量の罠と機械積んでくれたのはそっちだろ。借り返しに来たぜ」
「そこのアホな兄ほどとろくなったつもりはありませんが」
「アホじゃない!」
「二人とも纏めて沈めてあげるわよ」
 相手が引かないというのなら、自分だって譲らない。
 鏡は真っ直ぐ神崎≠睨んだ。
「教えてもらいに来ました」
 あなたたちの本心を。


掲載日 2021/11/13


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