「教えてもらいにきただと?」
神崎≠フ目が細く鏡を射抜く。前に進み出た鏡は、表情を崩さずに男を見据えた。
「理由があるなら、僕は受け止めるつもりです。あなたは、声≠ノ従うのを
「ああ、癪だな。あいつの書いたシナリオの通りに進むのは癪だ。――だからなんだ? オレとあいつがやろうとすることは一緒だ。オレはあいつの描いたシナリオの上を進まずに、自分がやりたいシナリオを組み立てて遊んでいる。それだけだ」
ドラマのキャラ見てるみたいでイラッとしたんすよ
千理が言っていた言葉が、今ならよくわかる。台本を読むような言葉は、事前に用意された台詞を思わせた。
本当にそれは本心なのだろうか。
「その先で誰が死のうが生きようが興味はない。前にも言ったはずだ。一欠片の善良を見ただけでそいつの尺度を変えて、そいつが今までにやってきたことを全て許せるほど甘いなら、お前がやっているのはただの偽善だとな?」
「全てを許すわけじゃないよ。僕だって全てを許せるほど甘くはないもの。譲れない部分はある。だけど、あなたは本当の意味で敵じゃないって思うから……賭けでもしますか? 好きなんでしょう? ゲーム」
「へえ、お前が賭け? 何をやる気だ?」
かかった。
介が以前言ったように、彼は言葉に縛られている。承諾させられればこちらの勝ちだ。
――自分たちが勝つことが大前提だけれど、
「勝ったほうの言うことを負けたほうが聞く。オーソドックスでわかりやすいでしょう?」
「――面白くないな」
神崎≠フ目が冷える。鏡は胃の中に氷が滑り落ちたように感じた。
「どうせ歴史を作るのは勝者だ。賭けをせずとも明瞭な事象をわざわざするなんてどうでもいいな」
「うーん、やっぱオーソドックスじゃダメか……あんまりこういう賭けってしないから、難しいなぁ……」
「お前そういう賭けする友達いねえもんな」
黙って悠里の腹に拳を入れようとした。避けられた。
介が悠里の頭を叩いて、鏡へは睨んでくる。対応の違いに悠里は不服そうだったが、神崎≠ヘ気にせずに肩を竦めていた。
「何を思ってオレにそんなのを突きつけようとしたのか……いや、それもどうでもいいな。そうだ、面白いことを教えてやろうか。どうしてオレが今まで、影を送り込んでいながら介の名前を
にやりとした笑み。鏡は困惑を顔に出さないよう気をつけながら、相手を見据える。
「いつでも盗れるから、でしょう? そして声≠――『反徒の種』を煽っていた……違いますか?」
「的外れだな。『反徒の種』は確かに煽って
え?
目を見開くと、神崎≠フ口の端が歪に持ち上がる。
「術を発動したままだったのは、本体だ。影にはその行使権がなかった。ここまで言えば、ここに来たお前らならいい加減わかるだろう?」
「本体なら奪える……だね。やっぱり、戦うしかないのか……あんまり気乗りしないけどなぁ」
構える拳を、その手を包む武器を見据えた神崎≠ヘ
「ファル、お前の武器を目の前で壊すのも惜しいが、観戦するなら自分の身ぐらいは守るんだな。それからあの罠を発動しろ!」
「ああ。あれか……わかった。発動させておく。後、言っておくがオレは鍛治師だ。生半可な武器を世に出したつもりはないぞ?」
「はははははははっ! なら愉しいゲームになりそうだ!」
片手に影で作られた人形が。もう片方の手には拳銃が。
悠里が鏡の隣に並びながら、苦い顔で人形を睨んでいる。
「またあれか……介、あれ幻覚の類って解釈でいい?」
「いや、何か違う……幻覚じゃないぞ、あれ」
「ああ。こいつらは幻覚じゃない」
どんどんと大きく形成されていくそれは、やがて人の姿を成して床に立つ。
人形が、三つ。
有彩色を忘れたモノトーンの人影は、鏡と御影、奏をそっくりそのまま象ったかのようにそっくりだ。鏡はぎょっと目を見開く。
「えっ、僕!?」
「うそっ……何これ!?」
自分たちにそっくりな三体の人形は、感情が削げ落ちた顔で虚ろに鏡たちを見てくる。それぞれが見覚えのある構えをとって、鏡は目を見開いた。
「お前らの名を与えて作った影人形だ。記憶を持たないこいつらに意思はないが、身体能力と魔力は
「ってことは、名を写し取られた時点の僕たちと戦えってこと!?」
「ぶっちゃけ、半ゲート化するぐらいの気概でやらなきゃ勝てる気しねえぞ、これ」
悠里が若干引きつった笑みを浮かべている。鏡も拳を構えて唾を呑んだ。介も冷や汗を浮かべた顔をして下がっていく。
「彰吾さんから言いつけ食らってる以上、ゲート化は避けたいんだけどな」
「同じく。あれだけ啖呵切っちまった以上はな」
「体術チートが残っててくれてよかったというかなんというか……」
「安心しろ。介の名前を奪うのは、お前たちを殺してからゆっくりやってやる。もう一度あの時の恐怖を再現してやるよ」
鏡と奏の影人形が走ってくる。悠里と佑理、エルデが迎え打つべく前に出、御影の影人形が後ろに下がったのを見て御影が目を丸くした。
「術、使う気です、気をつけて!」
「了解、前は任せろ!」
「後ろの魔術阻止は任せるぜ? 前衛の相手できるのは、同一人物かそれよりチートな奴くらいだ」
悠里の多節棍に影が纏わりつき、鎌の形となって一閃した。瞬発力に跳んで避ける鏡の影人形の素早さに顔が引きつっている。
「普段の鏡よりはええ……」
「スイッチ入った時の鏡か。頑張れ悠」
「えっ、僕スイッチ入ったらそんなに違うの!?」
兄と従兄の背中から殺意が見えた。鏡は瞬時に口を閉じた。
「御影さん、来栖さん、おれたちは魔術を迎撃しよう。鏡くんは状況に応じて前と後ろ、自由に動いてくれ。シャッフェンさんは前衛のフォローを頼む!」
「了解です」
「はい!」
奏の影人形がエルデと対峙する。御影の影人形が手を前に突き出した途端、岩槍が佑理を狙って突き出して、鏡はマラカイトに手を乗せる。
「ごめんね――させないよ!」
竜巻で岩槍を砕いた。佑理へと岩槍が当たるよりも早く粉砕でき、石礫となった岩槍が影人形たちへと降り注ぐ。鏡の影人形が悠里と対峙し、悠里はにやりと笑った。
「……さーて、あいつは俺相手に一回も勝ったことないんだぜ? それでもやんのか? 答えは聞いてねえけどなっ!!」
拳と蹴りを見舞ってくる鏡の影人形を鎌で防ぎ、
奏の影人形はエルデへと、本物の奏らしからぬキレと重さを乗せた拳で猛追を仕掛けていく。籠手と刀による牽制で
神崎≠ニは佑理が対峙している。接敵しようとした佑理を石壁が遮る。佑理の放った風が壁を砕き、彼はにやりと笑う。
神崎≠ェ狙いを定めた。佑理へと向けられた拳銃はしかし、素早く横を睨んだ彼の手で照準を変えられる。
「遅いよ!」
背後への一撃。
仰け反った男は舌打ちをせんばかりの苛立ちで鏡を睨みつける。介が鏡の影人形を水柱の中に閉じ込めるも、御影の影人形が術を打ち破って鏡の影人形を助けた。瞬時に発動される魔術は、今度は本物の御影と介、奏の傍から空気を奪い去る。魔術を見抜いた鏡はあっと顔を上げた。
「御影、介さん、奏さ――!?」
カシャン
鏡へと向けられた銃口にはっとした途端、引き金が引かれた。
打ち出された銃弾から巻き上がる炎に顔を庇う。突如浴びせられた冷水と確保された空気にはっとすると、介が息を切らしながら手を前に突き出していた。
「仲間にこれ以上やらせない」
舌打ちが入る。奏の影人形を見やった神崎≠フ意図を組んだのか、影人形が上空へと手の平を向けた。
悠里たちを取り囲む大量の光の槍。悠里が咄嗟に後ろへと飛びずさった。
「佑!」
「俺、魔術は苦手なんだけど!?」
光の槍が鋭く降ろされる。
二人がかりで作られた闇属性のドーム状の防壁が展開され、光の槍を
「鏡と御影のはコンビネーションがあるからめんどくせえ、奏のはもう単体でめんどくせえ。本人反映しすぎだろ」
「ほんっとう……! いい加減にして!!」
熱気を纏った風の刃が神崎≠ヨと放たれる。鏡は素早く神崎≠ゥら離れるも、余裕を見せる神崎≠フ視線の先を見てはっとする。
「こっちに向けていていいのか?」
「奏さん、後ろ!」
振り返った奏の背後に、音もなく近づいて拳を叩き込む鏡の影人形。吹っ飛ばされて床を転がる奏がぐったりと動かなくなり、神崎≠ヘにやりと笑って拳銃をもう一丁取り出した。
二つの筒の先が狙うのは鏡と悠里。
発砲音と共に視界が歪む。御影の周りを火柱が包んで、鏡は舌を噛んだ。
視界がマシになる。くらくらする頭を振って御影へと走ると、火柱が消えたその場所で崩れるように倒れる御影に目を見開いた。
「御影――!」
「敵から目を離すな!」
はっとした途端、背後に追いついた奏の影人形の手が鏡へと伸びて――
「させるか――よっ」
組み立てられた槍が奏の影人形を貫き、動かなくなる。距離を取った鏡は焦りを隠せず御影へと振り返る。介が癒しの魔術を使って、輝石が一気に濁った。鏡はマラカイトへと手を乗せる。
「介さん、僕がやります!」
「頼んだよ!」
後ろに下がりきる。動けなくなった奏まで届く魔術があるとすればあれしかない。
自ら神崎≠ノよる幻を打ち破った悠里が、壊れた防壁に舌打ちしつつも鏡の影人形のラッシュをいなしきった。拳によるフェイントを避けた影人形へと重たい蹴りが入る。
神崎≠フ銃口が、床で呻いている奏へと向けられた。
「彰吾の妹が最初になりそうだな」
「奏!!」
「
フロアを揺さぶるような突風が吹き荒れる。鏡たちの傷を
引き金を引こうとした男の目が丸くなった。
凍りつき、可動範囲を無理やりなくされた金属。いくら引こうともその引き金は動かない。介へと怒りを顕わにする男は、風がやむと同時にドームを壊して拳銃を炎に包んだ。
「前言撤回だ」
御影を助け起こした鏡は耳を疑う。神崎≠フ目が介を睨み、微かに口を開けた。
何を呟いたのだろう。
口を押えて膝を突く介に、鏡も、御影の影人形を破壊した悠里も目を見開く。
「介!?」
介の姿がぶれる。見覚えのある現象に、鏡はぞっとした。
名前を取られる――!
「――終わったか」
「させねえけど」
速さにものを言わせ、スピードを乗せた佑理の蹴りが神崎≠フ腹を打ち、吹っ飛ばした。
中空からの発砲。
佑理の左足を貫いた銃弾に、御影が魔術を唱えて傷を癒す。すぐに傷口が塞がったからか大事はなかったらしい。悠里が鏡の影人形と間合いを測りつつ口を開いている。
「大分やべえことになってんぞ、取り返すことに集中しろ、お前は!!」
「やり方もわからないくせによく言えたな? まあこのままじゃ面白くない、ヒントぐらい出してもいいか。――オレは名の取り返すやり方をまだ作ってない」
にやりとした笑みに、鏡は目を疑った。足元に微かに巻き起こった熱気にはっとして御影を突き飛ばす。
火柱。
まだ奏の影人形を破壊しきれていなかったのか。火柱に包まれて鏡は呻き、瞬時に自身の周りに風を纏わせ、一気に外へと暴風を巻き起こした。
火柱が壊れる。火の粉が舞い散る。息を切らす中、御影がすぐに魔術で火傷を治してくれた。
奏の影人形が破壊される。鏡の影人形が悠里に吹っ飛ばされる。
「――名をここに還す。其の名は『神田 介』」
介の声が、不安を隠せない色で魔術を創り上げる。
やっぱり介さんも気づいたんだ。名を取り返す言霊がまだ作られていないなら、正しい言霊を選べば取り返せるのではと。
自分の名字を声に発せられた介の様子を見るに、反呪文にあたる術であれば、言霊の影響から外されるのか。