境界融和世界の幻門ゲート

第45話「蝕む黒」01
*前しおり次#

「ただの熱じゃない……これ、魔術的なものだよ……!」
 数時間経っても輝石の濁りは一向に退かない。ただの熱ならばもうある程度濁りが取れておかしくないはずなのに、それもない。高熱は高いままだし、浅い呼吸はなんとか繋がっているようにも見えて歯がゆい。
「ここまで来たら僕は完全に専門外だ……」
 医学を勉強してたのに、こんな時に役に立てないなんて……!
精神疲弊マインドダウンか?」
「わからない……同じ症状に心当たりがある人がいなきゃ、なんとも言えないよ……」
「私もこのような状態は……風邪なら思い当たるのですが、明らかに違うかと」
 エルデが頭を振った途端、扉が開けられた。ファルチェが入ってきて、一同を見渡している。
「様子はどうだ?」
「あ……それがまだ、目が覚めなくて……魔術によるものじゃないかって話は出てるけど」
 奏が代わりに答えてくれ、ファルチェの目が細くなる。鏡の傍にやってきた彼は、御影の眠ったような生気のない顔を見て微かに唸っている。
「魔術というより呪術や呪詛じゅそ……呪いのたぐいだろう。オレや火澄でない以上、術者はクラクという巫女かあの黒いヤツだろうな」
「呪詛なんてものもあるのか……解除する方法があれば……で、その神崎は? そこまで特定できるんだ、もしかして呪詛についてもある程度詳しいんじゃないか?」
 今日ははっと顔を上げた。ファルチェは介の油断ない目すらどうでもよさそうに肩を竦めている。
「あいつなら不貞寝してるぞ。オレが知ってる解除方法は術者を倒す方法だけだ。火澄なら心当たりがあるかもしれないが。ああ、それと台座の件は火澄に聞いてくれ。オレは協力している側だからな」
「……なら、少しシバいてくるかな」
 凄く不穏な言葉を介が自然と口にしていた。
 立ち上がって出ていく彼を見送って、ファルチェが真顔になっている。
「あいつまだ本調子じゃないんだが……」
 介の背中から感じた殺気で不安になったのだろう。ファルチェも出ていって……
 五分もせずに戻ってきた。真顔だった。
 悠里が悟ったように頷いている。
「なんか、行かなくてよかったと思えてきた」
「来なくて正解だぞ」
 少しして、介が艶やかな顔で戻ってきた。今までの鬱憤うっぷんを多少なりとも晴らしてきたのがよくわかるも、鏡はすがるように介を見上げる。
「ただいま。生命の魔術で昔呪詛を解いてた記録は見つけてたらしいけど、術そのものは記録の断片しか残ってないらしいんだ。ほぼ失われた術ってところだね。台座もついでに聞いてきたけど、あれじゃ使い物にならないから好きにしろってさ」
 悠里がそれならと部屋を出ていった。大方台座を破壊しに行ったのだろう。
 鏡は御影を見つめて、自分の輝石を見降ろした。
「……その詠唱のイメージで再現できないかな……」
「無理だろうな。魔術を作った神は対話を大切にしていたそうだ、言葉の意味をちがえると悪化するかもしれないぞ?」
 どうしようもないのだろうか。このままでは御影が……。
 いや、弱音を吐いている場合じゃない。きっと方法があるはずだ、しっかりしないと。
 探さないと……。
「そういえば……鏡くん、あの時聞き覚えのない詠唱を使ってたけど、あれはいったいどうしたんだい?」
「あの、僕の肩に停まってた鳥が教えてくれたんです。一か八かの賭けでしたけど……ここで教えてくれるってことは必要なんだって思って」
「鳥……? もしかして、神の界の入り口になってたあの鳥かい?」
「そういえば何か歌ってましたよね、あの鳥」
「はっ? な、何言ってるんだ?」
 介が困惑して奏を見やり、彼女も目を丸くしている。鏡はなんとか苦笑いを浮かべるに留まった。
「さ、さすがに歌までは……」
「えっ!? あんなにはっきり響いてたのに!?」
 どういうことだろう。戻ってきた悠里は、すっきりした顔だ。
「壊してきた」
「あ、お帰り。悠里、僕の肩に止まってた鳥から何か聞こえた?」
「あ? 喉すら鳴らしてなかったろ?」
「え……? う、うそ、私だけ……?」
 悠里の怪訝そうな表情に、ますます奏は困惑しているようだ。介が何を思い至ったのか、また部屋を出て――どうやらもう一度神崎のところへと向かったらしい。
 多分、一番長いカップラーメンの待ち時間と同じぐらいの時間が経った頃だろう。
 まさか介が神崎を背負って戻ってくるとは思わず、さらにその神崎も介もサブイボを腕にびっしりと立たせて、介に至ってはただでさえない筋力で腕を震わせていた。
 鏡も、悠里も、佑理もファルチェも奏も、絶句して身を退いた始末である。
「つ、連れてきたよ……お前重すぎだ……!」
「じゃあ下ろせ、さっさと下ろせ、今すぐ迅速に可及的速やかに間髪入れずに下ろせ!! 自分で歩けると何度言えばわかる!!」
「じゃあ下ろすから話せよ、火澄」
「名前で呼ぶな!!」
 この場合かわいそうとは、誰のことだったのだろう。
 敵に情けをかけるなとは言われてきたが、これはさすがに同情する。幼い頃から付き合いがあって喧嘩もし続けた犬猿の仲だったはずだ。ここで会ったが百年目と言い合うほどだろう。
 介だって、彰吾たちを追い詰められて、仲間を目の前で殺されたと思うほどのつらい光景を見せつけられたのに。それでも背負ってくるなんて。
 今までの介なら絶対しなかっただろうとわかるだけに、生暖かく見やるしかできない。
 神崎火澄は苛立たしげに顔を歪めて、壁にもたれたまま一同を睨んでいる。
 敵であるという姿勢は、例え本調子でなくとも貫く気でいるようだ。
「……オレは鳥云々の時、気絶していたからな。だが聞こえた奴とそうじゃない奴であり得るとしたら、お前たちの名前じゃないか? 彰吾の妹は旋律を意味する名前だから、鳥の意思を歌として認識した」
 目を向けられた奏は、微かに嫌そうな顔をしていた。
 神崎は肩を竦め、鏡へと目を留めている。
「鏡……だったか? そいつの場合は映り込むものをそのまま映し出す。あと風見っていうのは風や状況、考えを読むという意味にも通じるからな。意思を直接読み解いたんじゃないのか?」
「そんなもんなのかねえ……」
「神が名前や言葉にこだわってることはよくわかったが、それで、御影をどうやって助けんだ? このままじゃやべえのは変わりねえだろ?」
「オレは文献を漁って、術の存在を知った程度だ。失われた魔術を取り戻す方法はかなり限られる。その中でオレが知る限りは二つ。一つは時間をかけて文献を大量に漁る方法。もう一つは、お前たちが今までやってきた方法だ」
 僕たちが今までやってきた方法? 失われた魔術を手に入れる方法なんてあっただろうか。
 いや、あった。
 今まで自分たちはどこから魔術を得ていた? 遺跡からだ。
 その遺跡で術を手に入れる方法もわかっている。賭けるならこれしかない。
 目を見開いた鏡を見てか、神崎は肩を竦めている。
「オレは教えることは教えたからな」
「ありがとう!」
「魔石の台座か……それなら正常に動いているものがいいだろうね。この近辺は彰吾さんたちが破壊したって言ってたし、すぐに攻略できて、生命の魔術を得意とした人が少なくてもいける場所がいいけど……」
「ってなるとグリフォンの遺跡だな」
 鏡も頷く。神崎が移動する当てがあるか聞いてきて、介が答えていた。
 どう転んでも、あの遺跡にはグリフォンの力が必要だ。グリフォンに頼んで、数日中に戻れるようにしなければ、御影の体力も持たない。
「大丈夫だろ、鏡はあの鳥に気に入られてたみたいだしな……いけるんじゃねえか」
 兄の後押しに、自信はなかったも頷いた。
 介が今回ミスリルは延期にさせてくれとエルデに頼んだも、沈黙した彼女にファルチェが苦笑いして「お詫びにSランク魔導鉱を多少譲るが」と言った途端、妹が手の平を返していた。ファルチェが沈黙した姿には、悠里も佑理も笑っていた。
 奏は心配そうに御影を見下ろして、表情を曇らせている。
「私も行きたいけど……でも……」
 彼女を見下ろした佑理が、ひょいと肩を竦めた。
「御影は俺が見といてやる。大和も巻き込むから安心して行ってこい。後悠、目ぇ怖いぞー?」
「わかっててやるからタチ悪いよなぁお前」
 話が見えずに、同じ顔の従弟へと殺意を発する悠里に困惑する奏。介が苦笑いを溢し、一同を見渡した。
「さあ、行動に移すのも大事だ。まず彰吾さんたちのところに戻ろう。御影さんはみんなに看てもらえるよう話をつける。おれたちも少しでも休まないと、道中何があるかわからない。二人はどうするんだ?」
「オレはここに残る。今さら上に出る理由もない。やることもないしな」
 つんけんとした神崎に、ファルチェが窘めるように見下ろした。
「この数年ですっかり引き籠もり根性染みついたよな、お前。それに借りは返しきれていないと思うが?」
 途端に苛立ったらしい神崎の、投げやりな顔。拗ねた子供のようにそっぽを向いた彼は声まで苛々しているではないか。
「……ならクラクの配下の掃討は多少請け負ってやる……これで文句はないな」
「ああ」
「ありがとう……!」
「あくまで治療代だ」
 それでも十分だ。あの隠れ家に及ぶ危険が減るだけでも安心する。
 鏡は眠り続ける御影を背負い上げ、奏に頼んでブランケットを御影の肩にかけてもらった。
 絶対にこのままにはさせない。
「行きましょう。早く出て御影を休ませなきゃ」
 守るって、決めたんだ。


 隠れ家で聞いたのは、訃報だった。
 彰吾の仲間の一人が戦死。一人は重傷を負って治療中とのことだった。介が走っていく中、ついてきた神崎は玄関に立ち尽くして沈黙していた。
 行かなくていいのかと声をかけるファルチェに、彼はじっと扉の傍で佇んで、介が走っていった土間を見つめていた。
「これぐらい想定も覚悟もしないでどうする。裏切った時からわかっていたことだ」
 たったそれだけを返して、有無も言わせない様子で、大和たちから報告を聞いていた。鏡は御影を布団に寝かせて、一同の輪から外れ、御影の看病をしつつ聞くこととなる。
 ゲート化し、なおも同じゲートたちと戦う同士たちとの一斉蜂起は、結果を見れば上手くいったと言っていいらしい。ただしこちらは相手と違い、戦えない人々の防衛もしつつ、掃討をいられる戦いだったそうだ。
 クラク側につかされた本能任せの魔物たちは、ゲートよりも単純に強い。味方側の重傷は手痛く、生命の属性を操れる人間が元々希少なことも痛手となった。
 鏡たちが神崎の遺跡から出てきた頃、クラク側の統率が乱れたことでやっと休戦状態に持ち込めたらしい。
 味方の被害が甚大ならば、その分敵側も半数以上の勢力を失っていた。生贄にさせられる魔物の数が減っただけ、まだ救いだろうと海理は苦い顔で呟いていた。
 その海理も、大和も。そしてアレンも、怪我だけで済んだのは幸いだったと自分たちで溢していたほどだ。
 介から話を聞いてきたのだろう彰吾が、真剣な顔で彼と一緒に戻ってきた。その間にある程度彰吾たちや海理たちのパーティの経緯いきさつを聞き終えた一同は、改めて遺跡の中で起こった出来事を話した。
 神崎がここにいることにも納得したらしい彰吾は、何も言わずとも受け入れてくれたようだ。
「……そうか……明日から神崎たちにも、体力が戻り次第加勢してもらおう。敵勢は半数倒せたとはいえ、こっちも三分の一やられてる。一人でも増えるのはありがたい」
 今まで黙って話を聞いていた千理が、海理そっくりに目を鋭くしていた表情をそのままに口を開いてくる。
「遺跡までの足、グリフォンだけじゃ足んねーでしょ。エヴェに頼みますんで、オレも足になります」
「おー、助かる。さすがにあいつに往復してもらうのは悪いと思ってたからな……」
「いんや、これぐらいはね。エヴェだけじゃちょっと不安あるし……雷駆ライク呼ぶか……連絡飛ばしてみます、外出てくる」
 そう言って彼が連絡した相手は、様子を見に行った海理曰く黒馬だった。
 ただ、空を駆けて、額に螺旋状に捻じれた一角を持っていて、足元に雷鳴を轟かせる黒雲を持つ馬らしい。千理曰くこの世界に飛ばされた時、最初に拾ってくれた恩人ならぬ恩馬で、魔術の師匠でもあるそうだ。
 つくづく、海理の弟の知り合いは、人外と人外級ばかりだ。
 御影の傍を離れられず、寝る気にもなれなかった鏡に、介が隣に布団を持ってきて傍にいてやればいいと提案してくれ、それに甘えることにした。目の届かないところで休んでも、休まる気がしなかったのだ。
 御影が独りで呪詛と戦っているのに、何もできない自分が歯痒い。
 基本寝坊型の悠里が徹夜するかとぼやいた時に、早起きに慣れている奏が起こすからちゃんと寝るよう促した後は、ひどかったけれど。
「影人形と一番格闘戦したの、悠里さんでしょ」
「そりゃ、一回本気のお前らとやりやったアドバンテージって奴だろ……ダメージ量は俺より蓄積されてんだ、お前も休め」
「はい、ちゃんと寝ます。早起きは慣れてますから、その時に悠里さんも起こしますよ」
「さんきゅ。んじゃほれ、寝るぞ」
 布団を叩く音が聞こえた。精神的に参っていた鏡は、その音が一瞬何かわからなかった。ただ、奏の頷きかけて聞き返した言葉に、ぼんやり目を向けて初めて気づく。
 どう見ても悠里のその合図は……
「ん? どーした?」
 一緒に寝るぞ、の合図でしかなくて……
「いえ、あ、あの……お、おやすみなさ……!」
 さすがに奏が顔を真っ赤にして気づかない振りをして逃げようとするぐらい、唐突過ぎるもので……というか
 奏さんのお兄さんがいるのに悠里何してるの。
「……お前たち二人だけ、上で寝るか?」
「何言ってるの兄貴のバカ!!」
 と思ったのに、その兄がこれでは鏡も介も目を逸らした。鏡はやっとの思いで重い口を開く。
「何してるの……」
「ちっ、そろそろいけるかと思ったんだがな」
「なっ、な、何考えてるのよもう!!」
「……じゃあ俺上で寝るか。見張り見張り」
「えちょっ、兄貴!?」
「いや、もし現実帰ったらお前探すことから始まるだろ? やれること先にやっとこうかと」
 悠里その発言完全に変態。
 介が頭を痛めた様子で重い溜息を溢している。鏡も項垂れたかった。悠里とは全く違う理由とはいえ、御影の傍で寝ることに気が引けてくる。
「ある意味、御影さんが起きてなくてよかったな、これは……」
「ですね……でも、悠里のおかげで若干気が楽になりました」
「無理やり麺棒で伸ばされたような感じがするけどね……まあ、ゆっくりおやすみ」
 否定しなかった。
 奏はどうやら悠里と同じ布団には入らなかったようだ。これ以上砂糖の乱舞は見ていられないから正直ほっとする。
 とりあえず酷かった。これに尽きる。
 御影の看病を大和たちに頼み、目を閉じて夜明け前を待った。
 グリフォンを撫でて、悠里や奏とその背に乗り、飛び立つ。介だけ黒馬に乗り、三体の幻獣は五人を乗せて飛び立った。
 まず早朝に驚かされたことは、雷駆という黒馬が自らの意志を人の言葉で話してきたことだ。恐らく千理の術書に載っていた、異種族と対話する魔術はこの黒馬が元々知っていたのだろう。
 朗々ろうろうとした響きと、古めかしくも力強い言葉に後押しされつつ、鏡はグリフォンと対話するために意思疎通の魔術を使っていた。
 そしてわかったことが新たに一つ。
 グリフォン、女の子だった。
 空を飛んでもらいながら、顔に当たる風に慣れてきた頃。鏡はふと、グリフォンを見下ろす。


掲載日 2021/12/24


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