燃え盛るような怒りを宿した目が、脳裏に焼きついたまま。
その直後に倒れた御影のことを考えると、不安が糸のように巻きついてくる。
「もしかして呪詛の件、引っかかっているのかい?」
「はい。どちらが術者かわからない以上、倒したとは断定できませんし……」
「あ……そうですよね……御影ちゃんのことも心配だし、そろそろ戻りましょっか。ここで考えても
頷く介が、魔石の台座を見据えて、やがて首を振った。
「そうだな。まあ、鏡くんが使った詠唱と、魔石の台座が連動するってことがわかっただけでも収穫かもしれないね。魔石がまた何か起こす感じもなさそうだし、出ようか」
「だな。ここで術者の逆探知もできねえだろうし」
「うん、急いで治してあげなきゃ……!」
グリフォンが力強く鳴く。鏡たちは幻獣たちの背にもう一度乗って、飛び立ってもらった。
台座にあった魔石は、何かに鳴動するように白い光を時折発し続けていた。
「ただいま戻りましたっ!」
一日かかる距離を、幻獣たちは前日よりもさらに加速して運んでくれ、夜が更け込んだ時間に境途へと戻ってこれた。
彰吾たちの隠れ家へと飛び込むように入る鏡に、海理たちもすぐさま立ち上がって出迎えてくれる。佑理が傍に来るも、鏡は御影の傍へと走る。
看病のために御影の傍にいてくれた大和が顔を上げた。彼は大丈夫だと頷いてくれ、鏡は震えた息をなんとか吐き出す。
「悪化してないよ。ただよくもなってない。ずっと眠り続けてるけどね。魔術は?」
「覚えてきた……これで治せるかわからないけど、やってみる」
慣れ親しんだ深緑色の輝石を見降ろし、御影へと目を向ける。
お願い、上手くいって……!
「開け幻門、我が門は風。マラカイトの輝石を以て力をここに具現する。しん――」
顕現。
頭の中で響いた声が、まるで促すようだった。鏡は目を見開いて、緊張気味の呼吸を整える。
「……顕現せよ生命」
隣で大和が耳を疑って見てきた。
「憎念を絶ち、彼の者
白い光がマラカイトから溢れる。御影を包もうとして、緋色の光が弾けて邪魔をする。
まだ負けてない……!
集中する。緋色の光を退けようと、白い光が強まっていく。押しのけて、押しのけて――
緋色の光が御影の体から弾き飛ばされた。唸るような女の声が光から聞こえてきて、耳を疑う。
し……い……口お……し……影を……捧げ……また邪魔を……し…………ん……
緋色が、くすんで黒い光となり、散った。動悸が呼吸を震わせる。
――何、今の声……消えた……?
もしかしたら、声≠セったのだろうか。それともクラクか……今はそれどころじゃない。
完全に消えた気配に、もう鏡は気に留める気などなくなった。いつの間にか出ていた汗を拭う時間も惜しく、鏡は御影の額に手を当てる。急激に下がり、落ち着いた体温に目を見張った。
微かに御影の瞼が動いた。
「御影――っ」
うっすらと開いた目が、鏡を見上げている。
まだ力もなく、青ざめたままの顔で、御影は笑っていた。
安堵に言葉を詰まらせて呼吸を震わせる鏡へと、御影の手がゆっくり伸ばされて、鏡はぎゅっと掴む。
「よかった……!」
ありがとう。
まだ声を出す体力も戻っていない御影は、微かに口を動かしてそう言ったように見えた。
力尽きたように眠る彼女の頭をそっと撫でて、鏡は目元を服で拭う。
「大和くん……御影を看ててくれてありがとう。海理さんたちも、ありがとうございました」
「大したことしてないよ。鏡くんたちと御影さんが頑張っただけ」
そんなことない。
堪えきれなくなりそうな涙が落ちないようにしていると、兄と兄貴分が頭に手を乗せて好き放題に撫でてきた。
最初は撫でられるままにしていた鏡も、段々と恥ずかしさが込み上げてきて、二人の手を必死にどけようとして、笑われる。
遠くで神崎が見守っていたことに気づいて、鏡は首を傾げると近づいていく。神崎は目を細めて笑ってきた。
「やり遂げたか」
「――はい」
「そうでなくちゃな。あのまま何もせずにヘタれていたら、オレの今までの忠告が無駄になるところだったぞ」
「こんな時にヘタれたりしませんよ」
かすかに眉を潜めた神崎に笑って、鏡は御影へと――悠里たちへと振り返る。
現状を受け入れ続けることは、残念ながら、おれは好ましく思わない部類でね
お前、戦場舐めてんの?
夢だ不可能だって諦めるほうがバカらしいですよ。その時間を打てる手打ち抜くことに費やさないと始まらないでしょ
皆さん焦りすぎです。気持ちはわかりますが、急いては事を仕損じる……と、いつも言っていたでしょう?
できないことを仕方ないって、諦めなくなってるかな
変われてるよ
「ヘタれてる暇なんてないんだ。僕のやるべきことをやり抜かなきゃ、御影も皆も守れないって、知ってますから」
「そういうことは、心配のしすぎで今にも倒れそうだった奴が言うな」
顔が真っ赤になって神崎へと振り返った。薄ら笑む男へと、鏡は胸中を見抜かれたようで顔が引きつる。
「ま、まさか見てたの!? っていうか、記憶覗いたの!?」
「そんなわけあるか。帰って来て早々脇目も振らず走っていったお前の顔にきっちり書いてあっただけだぞ、ヘタレ」
「ち、違いますヘタレって言わないでください!!」
「あ? 鏡がヘタレだなんて誰が言ったんだ?」
「今さらだろ、十年片思い引きずっといて。あと鈍感もな」
「もう黙っててよバカ兄!!」
どっと笑いが広がった。怒り任せに兄を殴りに走った鏡へと、神崎がにやりと笑って声をかけてきた。
「後でお前らに話がある。落ち着き次第明日にでも声をかけろ。オレは外で休む」
「へえ? バ神崎でも読める空気があったのか?」
「勘違いするな。ぬるま湯にヌガーレベルの砂糖まで投下されて吐き気がするわ」
悠里と介の小バカにしたような笑みが、神崎を見送る。兄の背後に回り込んで拳をめり込ませた鏡は、背中を抑えてしゃがみ込む佑理を放置して辺りを見回した。
「あれ、ファルチェさんは?」
「あいつなら剣道叩き込んだんだがよ。一日目のたった五十本の素振りでギブアップしやがった。今全身筋肉痛で寝込んでるぞ」
一つだけ言いたいことがある。
何がどうしてそうなった。