「お前ほど口は営業向いてるのに、性格が営業向いてない奴はいねえだろうしな」
「……先輩に仕込まれただけだよ。口は」
夕飯が出来上がったと悠里と介を呼ぼうとして、鏡はあっと足を止めた。
外で話している二人を見て、こちらに気づいている様子がない二人を遠くから眺め、後から声をかけようかと踵を返そうとする。
「おれとしては研究職やってみたいけどね。ただそうなると、大学に行かないといけないし……今は営業も嫌いってほど嫌いじゃないから、このままでも十分行ける気はするよ。悠里は現実世界に帰っても警察続けるのかい?」
ちょっと、意外だった。
いつも現状への対策を考えていた人なのだ。これからどうしたいとか、夢についてとか、そういったことから介は無縁にも思えていた。
そんな彼から、現実に帰ったらという不確実な話を人に振るなんて思わなかった。
「お前らに店出したらどうだって勧められたけど、となると調理師とか色々免許いるしな。それに、自己流だからやっぱ大学行かなきゃだしさ。元々警察にやりがい感じてるから続けるつもりだよ」
「それもそうだねえ。調理師免許は君ならとるの早そうだけど、確かに……そういえば警察なんだなってぐらいには、警察やってるんだっけ」
「見えない、問題児、世紀末なんて言われまくってるけど、そりゃゲート相手にしてりゃ当然だと思ったんだがな。これでも真面目なんだぜ?」
仕事方面について真面目ではあるけれど、悠里が言うと何故か違和感を覚える。
ただ、彼が警察を続ける気でいたというのも、初めて聞いた気がして、鏡はそっと物陰で聞いていた。介のけらけらとした笑い声は、すっかり作ったものではなくなっていた。
「君が仕事に関して真面目なのは最初意外だったけど、最近は慣れてきたよ。依頼に関してもしっかり対応してくれてるしね」
「そりゃどーも。――ただ、現実に帰ったとすりゃ、ゲート対策課は解体だろうな」
「ああ……そうなるだろうなあ。ゲートたちが現実世界でも力留めてるんならともかく、それも恐らく、なくなるだろうからね……なんだか、もうすぐ帰れそうなんだなって実感湧いてきたよ」
「最近、現実に帰ったらどうしたいかって話もよくするしな。嫌でも実感湧いてくるよ……帰った時に連絡先、残ってりゃいいんだがな」
「無理だろうな……現実世界とこの世界のスマホは同期してないんじゃないかな」
現実世界に戻った後の連絡……。数日前千理たちと、似たような話をした鏡は、そっと胸を掴まれた思いだ。
「でも今はネットもあるんだ。合い言葉さえ決めておけば、いつか会えそうな気はするよ。おれもエレヴィアとはそれで連絡先共有する気だしね」
「へえ? そりゃまた……けど、相手外国だろ? この世界じゃ言葉通じるが、現実帰ったら通じねえんじゃねえの?」
「語学には自信があるんだ、こっちが勉強すればいいさ」
……。
さらりと、介の口から凄い言葉が出た気がする。
「だいたい君も例外じゃないだろ。同じ日本にいるって言ったって、会えるかわからないんじゃないか?」
「ま、その辺は職権乱用するさ。幸い、同じ東京だしな」
いやそれよりも、悠里のセリフのほうがよほど問題だった。
「そこは素直に羨ましいよ。――おれ、君らと会えるかもわからないしなあ」
苦笑いを含んだような言葉に、鏡はあっと目を見開いた。
介は北海道に住んでいる以上、鏡たちとの繋がりがほとんどないに等しい。会いたくても簡単に会えない距離だと思い出して、鏡は俯いた。
介ももしかしたら会えないのかもしれないと思うと、言葉が出なかった。
「そうだな……電話番号一人分なら覚えられそうだが……」
「そうだね。帰る前には教えないとな」
「ってか今教えろ」
「知ってるだろ電話帳載ってるんだから……あ、おれみんなとSNSしか共有してなかったか」
「今さらすぎだろ。ってか、やっぱ付き合うことにしたんだな」
「ああ。一昨日、夢で一度帰れたんだ。現実世界でちゃんと生きてたよ。これで一番の心配事は片付いた。もう言うつもりでいるよ」
なんだか、ほっとした。
言われてみれば、介から一度も現実世界に戻った時の話を、自分たちがいる間も聞いたことがなかった。やや捨て身気味な行動もあったから、海理と同じように、現実世界で死んでいる可能性を彼自身が覚悟していたのだろうか。
「そっか……それも名前取られてたせいだったのか。お前も腹括れたようで何よりだよ」
「みたいだね、君の推測が当たってた。まあ……正直未だに、エレヴィアがどうしておれを選んだのか疑問なんだけどなあ」
そろそろ戻ろう。
介の恋沙汰について、応援もからかいもしたい。けれど、彼が悠里にだけ話している様子を見ると、今の状況下では周りに気づかれたくないはずだ。
夕食を囲む席で、鏡は目を瞬かせた。
彰吾が奏の隣に座っている。今まで奏が彰吾に近づくなと言いたげに殴って蹴ってと怒っていたのに、彼女は珍しく戸惑って兄妹一緒にいるのだ。御影に近づいていくと、彼女は不思議そうに鏡を見上げている。
「悠里さんと、介さん、は?」
「あ、うん。後で食べるみたい。ところで、奏さんたちどうしたの――って、奏さんお酒飲んだら悠里に怒られますよ!?」
「ああ、大丈夫だ大丈夫。こいつもう二十歳越えてるから」
……。沈黙。
鏡も御影も目を見開いて、海理はへえと溢しているではないか。
「そうだったんですか!? おめでとうございます!! あれ、誕生日――あっ」
奏の誕生日って、七月で。
もう七月も終わりということは……大半の時間は境途に向かう道中で……。
「もしかして、馬車に揺られていた時……」
「あ、あはは……はい」
丁度その時は、介と海理のことで全員頭がいっぱいだったし、言い出せるはずがない。申し訳なさに謝ろうとした鏡とは反対に、御影が嬉しそうに奏の傍に寄っていって、和気藹々と喜んでいる。
しかし彰吾が立ち上がり、鏡へと近づくと首を振っていた。
「大丈夫だよ。あいつ自分の誕生日忘れてたらしいんだ」
「……う、うん。奏さんらしい……ですね……」
それ、どう考えてもあなたのせいですとは言い出せなかった。
「というか、お酒なんていつ買ってきたんですか?」
「ああ、千理くんに頼んだんだ。買ってくれたの君の兄さんらしいけどな」
どこをどうやって、中学生にしか見えないあの童顔とジャージ姿と低身長の千理が酒を購入できると思ったのか、彰吾に問いただしたかった。彰吾と会話すると介の気持ちがよくわかる。
千理もちゃっかり酒をもらおうとしたらしく、海理から拳骨を受けて抗議していた。うっかり弟の年齢を忘れていたらしい長男のはっとした顔に、大和が深々頷いている。
悠里がひょっこり戻ってきて、酒瓶を抱えた千理を呼びつけた。
「お前んとこのワイバーンが苛々してるけど?」
「あっ、やべ飯!!」
慌てて肉入りの袋を手に走っていった少年――ではなく青年を見送り、奏が彰吾に早速怒鳴る声を聞いた悠里が真顔になった。鏡も生暖かい笑みを浮かべつつ、戻ってこない介に首を捻る。
「介さんは?」
「野暮用。ってわけでパパラッチしに行ってくる」
「悠里……怒られると思うよ、それ」
悠里は気にしていないのか、ひらひらと手を振って出ていった。大方彰吾による奏の過去暴露話を聞いて飛び火しないようにしたのだろうけれど――
鏡は溜息が重い。隣で、千理に買わせたというトランプを広げる海理に雑ざることにした。
「海理さんもトランプするんですね……囲碁とか将棋とかのほうやりそうだなって思ってました」
「昔はほとんどガキ共の相手してたからな。大和、何で勝負すんだ?」
「スピード」
海理が瞬時に無表情で固まった。彼が一番苦手な項目なのかとすぐにわかった。
その対決を見ていたが、どうにも大和と海理の勝負は互角なまま拮抗し、若干息を切らし気味に睨み合う二人の間に佑理が割って入って、体力を温存しきった彼の独り勝ちで二人から睨まれていた。
そしてアレンを交えて、今度は豚のしっぽ。シャッフルされたトランプを滑らせながら円状に並べ、数枚を尻尾に見立ててQの字に置く。
後はもう、ひどかった。
同じ数字、同じマークのカードが来た途端に叩き合う。一番上の人間の手元にトランプが溜まっていく仕組みだが、アレンが一番遅いとは思わなかった。
そして予想以上に強い海理に全員がやきもきする中、鏡は観戦していてよかったと思う。
全員本気すぎて、自分の手が下に入り込む度に絶対痛いと感じたのだ。少なくとも海理が一番下に入り込んだ時、真上を叩いた大和の平手は本気だ。
そしてずっと手元に増え続けるカードから、場に出すカードを出し続けたアレンが泣く泣く出して――
「おっしゃいただき――っだあああああああああああああ!?」
海理の本気の一撃と、そこから若干ずれて叩きにかかった大和の鋭い一撃と、威力は弱くとも一番下にダメージを残す平手でとどめを差した佑理のせいで、アレンが絶叫を上げたことに代わりはなかった。
鏡は御影の傍に戻って、既にエルデと仲良く食事する彼女の隣に腰かけ、自分の夕飯を前に合掌する。御影からまたも不思議そうに見上げられた。
「トランプ、参加するんじゃ、なかったの?」
「……しようかなって思ってたんだけど、身を削りたくなくて」
結局、海理と大和が手元に札を持たないまま一位。佑理が冗談でかけたフェイントをアレンが上から叩いたせいで自滅し三位。アレンが大量の手札を抱えて最下位となったようだ。
アレン以外、皆すっきりと楽しそうな顔をしているから不思議でならない。良い子は真似してはいけない威力で平手をする本気の豚のしっぽなんて初めて見た。
終いにはゲームと聞いて譲れないらしい神崎がファルチェを引っ張ってきて、六人で猛攻が続いたようだ。ダウト、ポーカー、大富豪、ババ抜き、七並べに神経衰弱、またスピード、セブンブリッジ――。大人が本気でトランプをやると、あそこまで盛り上がれるのかと思うぐらい、最後は彰吾たちのパーティにいるヴィニアやカルフも混じって盛り上がっていた。
正直、入るタイミングを失って羨ましくなる。
「おい、てめーらも来い! って奏は酒入ってんのか。ならババ抜き行くぞ」
「それ、絶対来栖さんが独り負けするでしょ。そういうのずるいと思うけど」
「スピードや豚のしっぽやって怪我されるよりいいだろーが。おい千理! 一旦こっちこい、トランプ勝負乗れ!」
「おっしゃ参加するー!」
賑やかだった。ただ、奏は彰吾を締め上げたばかりで、まだお冠のようだったけれど。
「ちょっと待っててください、兄貴粛清してから行きます」
「……おう。ゆっくりやってこい」
海理さん、言葉違うと思います。
全員ではしゃいで騒いで、途中で悠里も戻ってきて参加した。その頃には奏が席を外していて、伸び上がった彰吾を見て彼は色々と察したようだ。
ゲームを終わらせて解散した一同に乗じて、悠里が呆れた顔をしている。
介が戻ってきて、一言「寝る」と言って寝に行った様子を見て、鏡は
「ま、まさか……」
「いや振られてはなかった」
やはりパパラッチはそれが目的か。
悠里が介をからかいに行く中、彰吾が奏の機嫌を取るべくなんとか酒でごまかしている。頬を膨らませる奏を苦笑いして見やった鏡は、片づけるものが他にないかどうか確かめて――必要なさそうだったので、悠里と介の元へと向かう。
案の定、介は一番隅の布団をさらに端へと寄せて就寝するところだったようだ。
「こっのバカ兄いいいいいいい!!」
……今のは、自分じゃない。奏だ。
悠里すら真顔になって振り返っていた。介に至っては完全に顔を苛立ちで歪めていた。
「奏が鏡みたいなキレ方を……」
「うん、確かによくやるけど……この環境でも寝るつもりなんだ、介さん……」
「寝る。うるさいからこそ声シャットダウンするよ。おやすみ」
布団イン。三秒睡眠。
頭まで布団を被って徹底的に寝る姿勢を見せる介に、悠里が呆れて見下ろしている。
「まじで寝やがった」
「祝うどころかいじりにかからないでよ! ――それを公開処刑って言うんでしょ!」
「……奏さんが怒るの凄くよくわかる」
「……だろうな」
ついには地響きまでするものだから、悠里も鏡も各々表情を浮かべて居間へと戻った。