鏡は溜息を溢して、悠里と介を見上げる。
「ほら行くんでしょ? まだやる気? 二人とも」
「そろそろ行くか」
しれっと切り替える悠里に、介が肩を竦めた。海理が追い払うように手を動かしている。
「おー行ってこい。しっかりやれよ」
手を振って、行ってきますと返して、行ってらっしゃいと見送られる。
歩き出した一同は、街の中心部から北寄りの地域へと向けて足を進めていく。
アレンとぶつけた手を見下ろして、鏡はこっそり拳を固めた。介がおかしそうにまだ笑っているものだから、不思議に思って彼を見上げる。
「本当、見送りって感じじゃないなあ、ここ」
「今さらだろ。それに、信頼されてる証ってな」
「……なんだかなあ……」
なんだか、むず痒そうだ。介を微笑ましく見上げていると、奏が珍しく考え込む。
「問題があるとしたら……あのどろどろに対抗できる生命の属性、御影ちゃんと風見さんしか使えないってことかな……」
「手持ちの生命の魔石はエルデにも少し分けてある、多分大丈夫だろう」
「彰吾さんもかき集めてくれたからね……ただでさえ希少なのに分けてもらってるんだ、失敗させないよ」
「大丈夫です、なんとか、なりますっ」
拳を小さく固める御影に、鏡は苦笑して彼女の頭を撫でる。
「過信はしないようにね? まだ病み上がりなんだから……」
「大丈夫。なんとなく、だけど……でも、みんなと一緒だから、絶対できるよ」
優しく笑う御影に、鏡はぷっと吹き出して頭を撫でた。
「うん、なら信じるよ」
小さい頃から、御影のそういうところは変わらない。悠里がにやりと笑っている。
「だな。俺たちが負ってるのはこの世界と、俺らの世界の命運を分けかねねえことだ。失敗させるわけがねえ」
「失敗なんて連携ミスとか、作戦ミスとか、独断ミスで今まで散々してきましたしねー。もう怖いものなんてないですよね」
「やめてくれ、悠里だけじゃなくていろんな人に刺さってるよそれ。というか自分にも刺してるだろう」
「刺してますよ。だからもう怖いものなしでしょ。あとはやりきるまでやり抜くだけなんですからね」
「後判断ミスもな。今さらミスって怖いもんはねえけど、ミスっても成功さえすりゃ問題ねえんだ」
「あああああああっ! ミスミスミスミスうるさいな! 本当にまたミスするかもしれないなんて考えるだろうやめてくれ!」
「お、久々のノイローゼ」
「余計なお世話だ!!」
ついに介が吠え、悠里がにやりと笑っている。神崎は完全に一同の輪から離れて歩いており、ファルチェも「相変わらず温い」と愚痴をこぼして後ろに下がっていった。いらぬ火の粉を浴びないようにしているのはいいけれど、案内役が後ろでどうする気だろう。
「あの、二人が前にいないと場所わからないんだけど……」
「ああ、あと二キロ先に見えてくるぞ」
「思ったより近い!?」
二キロも歩く前に、前方に見えてきた木々が作る森が、道という口を開けて待っていた。
道なりにさらに歩いて、歩いて――小さなお堂にも見える小屋がぽつんと立ち、口を開けている。
きっと大きさからして、中は壇が作られ、人が入るスペースなどなかっただろう。
「まるで祠だね……」
「ここは昔は地属性の魔石と、少ないが生命の魔石がよく採れたんだがな……」
「事実、ここの本来の役割は祠だったらしい。いつから遺跡に変わったのか、伝承を継ぐ連中すら知らん。次いでここが境途の名の由来となった起源の地だ。神の界に繋げるならここが最適だろう」
神、ココニ降リ立チ、人ニ力ヲ授ケリ
神、ココヲ旅立チ、人ヲ守ル誓イヲ成サル
森ヲ守ノ杜トス。何人モ
祠の横の碑文は、まるで神崎が使うような言霊にも感じられた。
祠の扉を開ける。あのどろどろと
けれど開けられる方法なら、この手の中にある。
生命の輝石であるダイアモンドを取り出し、握り締めた。
必要な言葉は輝石が教えてくれる。最古の魔術である言霊を、この石が示してくれる。
「……やります。みんな、念のため構えておいて……」
「ああ、頼んだよ」
祠を埋め尽くす黒を、睨む。
「創世の魔術、最古の調べをここに顕現する――巡りの環を和とせん。名を体とせよ、その言霊の名は解放=I」
一筋の光がダイアモンドから延びる。黒いどろどろを退け、道を開いていく光が照らしだしたものは、固まっていくどろどろが作り上げた黒い遺跡の内部だった。
音など全くない。沈黙した黒の世界は、ゴシック調の装飾が唯一の彩となっている。これまで見てきた殺風景な遺跡とは明らかに違い、神崎も目を鋭くしたようだ。
「……遺跡を真似たか……内装からして、オレが知るこの遺跡本来の姿じゃないな」
「確かに、以前いたパーティと来た時と全く違う。内装が違うならトラップも道も違いそうだ……」
「気を引き締めるしかないってことだね……」
おもむろに祠の前に立った神崎が、遺跡の内部へと手を突っ込んだ。微かに色がくすんで見えたも、神崎は一人頷いている。奏が後ろで目を見開いているのに。
「空間には入れるようだな」
「ちょっ……!? いきなり突っ込んだら危ないでしょ!」
「人体でやらずに何を確かめる気だ? 入れるかどうかを試すのにそこらの石ころで何ができる。入れることはわかった。後はお前たちがやりたいようにやれ」
「火澄、帰る気か?」
じっと見下ろすファルチェを、神崎が「アホ」と言い返し、にやりと笑む。
「そんなわけあるか。最後まで見なければ実験の検証はできないだろう」
「ほんっとう性格悪っ」
「今さらだろ」
「そいつ空気でいいよ。さっさと行こう」
確かに性格が悪い。この神崎という男は。
人を人と見ていないし、何もかもが遊びだという彼は、どこまでが本性なのか全くわからない。
演じたような雰囲気すらもフェイクに使うから掴みづらい。けれど『反徒の種』、クラク、黒いどろどろや、そして声=\―彼らの
彼は嘘をつけない。言霊の制約のせいで。
肩を竦めて入口からどいた神崎を見上げて、鏡は遺跡を睨みつけた。
「行こう」