境界融和世界の幻門ゲート

第47話「最後の遺跡」01
*前しおり次#

 扉は、全員が中に入った瞬間閉じられた。
 エントランスホールに設けられた沢山の道が口を開いている。正解の道を探すために少々手間取ってしまったも、正解だと確信できる道を確かに見つけられた。神崎曰く、奥を探知するべく魔術を使ったも、沢山の魔術が干渉し合って探知系の魔術が役に立たないようだ。
 苛立つ神崎を見下ろして、ファルチェが歩きながらうなっている。
「あのヘドロの縛りだろうな。手探りで行くしかないだろう」
 なんだと、悠里が事もなげに肩を竦めている。
「全部ぶっつけ本番だな、いつも通りやるだけだ」
「そうだね。道が違うなら戻ればいい」
「可能性がある、なら、やってみなきゃ、ですね」
 肩を竦める介の前で、御影が小さく拳を固めた。隊列を確認し合う中、いつも先陣切って罠を探す悠里と奏が話し合い、何やらにやりと奏が笑っている。
「なんならどっちが多く見つけられるか、やってみます?」
「喧嘩は買う主義だ、乗った」
「あーあ……」
「ここでまで張り合う気か……」
 この二人、本当似た者同士……。
 介の遠い目が、道の先をぼんやり見つめている。にやりと笑う悠里も奏も楽しげだ。
「今日こそ勝ち星もらいますからね!」
「張り切るのはいいが、足元掬われんなよ?」
「はーい! 大丈夫です、過信と慢心と無理無茶はしませーん!」
「わかってるならよし」
 早速走って探しに行く奏と、のんびり警戒しながら歩く悠里。御影がくすくすと笑って、微笑ましそうに二人を見守っている。
「二人とも、楽しそう、です」
「緊張感持ってくれてるだけ、最初の頃より進歩したよ……」
「性格の差が出てますよね、あの二人……根っこはそっくりなのに」
「ですね。いつも通りらしくていいのではないですか?」
 エルデに苦笑して頷く介に、鏡もぷっと吹き出した。
 なんだか、締めつけてきていた緊張がほぐれた。いつも通りでいいという言葉が力強く後押ししてくれる。
「……はぁ、オレも随分この緩さに染められたものだ」
 振り返ると、ファルチェが肩を竦めている。神崎が「今さらだな」と返して歩き、ファルチェに見降ろされている。
「そういうお前も、な?」
「そんなわけな……い」
 一瞬しかめられた顔に、鏡はえっと目を丸くする。
 痛みを堪えたように見えた。けれど彼にそんな怪我なんて見当たらなかったはずだけれど……。
「自分の言霊に苦しめられてるのによく言うよ……」
「やかましい」
「それ、肯定してるよな?」
 無表情にじっと見降ろすファルチェに、どんどんと顔を歪めていく神崎の足がやや固く動いているように見えた。
 言霊は本心以外の言葉を言えないはずだから、もしかして……。
「してない……おい何にやついてる」
「にやついてなんてないよ?」
 鏡は肩を震わせないように気をつけて、前を向き直す。ごまかせるって素晴らしいことだとしみじみ感じて、そっと鏡は笑った。
 変われているのは、自分たちだけじゃないんだ。
 ふいに悠里が目を細め、走った。少し先で罠を見つけては解除していた奏が振り返ったその時、彼女目がけて壁から槍が飛び出し、悠里が影で鎌を作り上げて弾いた。
「まずは一点、俺の勝ちっと」
「あ、ありがとうございます……! って……また負け越しはしたくない……!」
「はいはい集中してくれ。それが嫌なら休憩してくれ」
 むっとした奏は、明らかにスイッチが入っている。鏡は苦笑いを浮かべて――目を見開いた。
 ざわりと胸を過ぎる不穏な感情。
 目を見開いた鏡は、神崎や介、エルデ以外皆表情を変えた様子に確信する。御影も不安そうで、奏は身震いまでしている。
「……な、何、この探られてる感じ……!」
「記憶を覗かれているみたいだな」
 ファルチェがしれっと溢した言葉に、悠里が顔をしかめた。
「それお前らの十八番おはこじゃねーか……」
「何も感じなかったが?」
「一番やって遊んでた奴がなんでこういう時に役立たずなんだ」
 そういう介さんも気づいてないですよね……その顔だと。
 少なくともこの違和感、間違いなく次に何か仕掛けられてくる。慎重に進まなければ危険だ。御影が不安そうに悠里を見上げた。
「……悠里さん、幻破る力、高める魔術、お願いします……」
「りょーかい、任せとけ」
 以前遺跡を巡って手に入れていたという魔術を、手早く唱えた悠里の輝石が輝く。少しだけ身が引き締まったような気がして、鏡は小さく深呼吸をした。
 少しずつ薄れていく不安感にほっとする。介が一同を見渡した。
「慎重に行こう。誰がどう幻に囚われても、最初気づけないことが多いからね」
 頷く悠里たちと共に、歩く。後ろで神崎が真剣に考え込んでいたので、不思議に思って振り返って――ファルチェから首を振られた。
「トラウマなんてオレあったか……」
 ああと、鏡はやっと生暖かい顔を彼に向ける。
 ……あるようなら、人のそれを抉ろうなんて思わないだろう。あったとしてもどうでもよくなれば。在ることそのものを嫌悪すれば。他人のそれを見て気が楽になれば。
 もしかしたら、抉ってしまうのかもしれないけれど。
「僕もあったよ。トラウマとは、少し違うけど」
 小さい頃外で遊べなかったこと。御影が引っ越して、友達と呼べる相手がいなくなったこと。修行のこと。夏休みの度に、兄や従兄から病弱なこの体を追いかけ回されて、怖かったこと。
 御影が輝石の窃盗団に襲われて、怖い思いをさせられたこと。
 遺跡で御影が独り罠に落ちて、悠里が思考を支配されて操られたあの時が、一番。
「へえ。どうでもいいな」
 そうして、寄り添っても、気づかせようとしてもまるで興味を示さない神崎は、やはり人を人と見なくなっているのだろうか。
 けれど思うものがあるのだ。自分が抱えたその恐怖が元で動けなくなることを知っていなければ、彼はそれを武器として使わなかっただろうとも。
「あなたは、怖い思いをしたことはないんだね」
 わざとぶつけた質問に、神崎は開きかけた口を閉じた。
 きっと、「ああ」と言う気だったのだろう輪郭が、痛みに呻いている。
「それとも怖かったことを忘れたのか、忘れたかったのか……ですか?」
「黙って罠を探していろ」
 吐き捨てるような声。鏡はうんと頷いて、前を向いた。
「僕が探すべきは、罠もだけど敵の姿のほうだから」
 神崎のこと、少しだけわかったかもしれない。
 鏡の目には彼が、狂った劇場観覧者ゲームプレイヤーを演じ続けたピエロに見えていた。
 視界の先に光が見える。足を止めて、通路の出口で部屋を見渡す悠里と奏の表情が苦いものに変わっていた。
 円形のホールのような部屋だ。ここでも沢山の扉が囲んでいて、見える限り全部で七つ。中央には魔石の台座に見えるが、恐らくそれを真似た装置。
 敵の姿はなくとも、鏡たちは苦い顔になる。
「この部屋……もしかしなくても、だよね」
「ほんっとデジャヴだな……」
「完全にオレが改造したところの強化バージョンじゃないか……」
「お前も記憶覗かれたんなら、恐らくお前が強化しようと考えていた罠は使われていて当然だろうな。この遺跡、どうにも魔術の効力が働きすぎて探れない上に、形をどんどん変えてるように感じられる」
 ファルチェに飄々と返していた神崎が苛立たしげに舌打ちを溢している。いつの間に魔術を使ったのか聞きたくなるも、鏡は部屋を見渡して顔をしかめた。
「入るしかなさそうだね」
「ですね――気をつけてくださいね、あの幻覚兵士だったら厄介ですし」
 悠里が先に足を踏み入れて――鏡たちも続く。微かに滲んだ視界に身構えたも、それは突然終わりを告げ、悠里たちの姿をはっきり捉えられた。
 困惑する鏡をよそに、悠里が微かに呻いて体を強張らせる。奏がはっと彼の腕を揺すった。
「悠里さん!? 大丈夫!?」
 呼吸が浅く早くなっている――幻覚を見ている時の彼の状態は何度も見てきた。御影が咄嗟に魔術を使おうとして、拳を固めた悠里が口を開いていく。
「開け、幻門――我が門は闇。ブラックスターの輝石を以て力をここに具現する……顕現せよ闇。真実を落とし込め。まやかしを葬らん!」
 ホールの空気中を暗い光が乱れて走った。見抜いた神崎がなるほどなと分析している。
「空間全体に魔術を働かせているな。恐らくあの台座から一定範囲の空間に限定して魔術がかけられているぞ。そいつ一番トラウマを抱えているからな。囚われやすくて当然だろう」
「悠里さん……!」
 こめかみを抑えた悠里は、上下させる肩を少しずつ落ち着かせていた。苛立ちよりも微かに辟易したように感じられる彼は、奏の頭を軽く叩いている。
「あー、やべえ、声≠、るせえ……ここいる間ずっとこれかよ、勘弁して欲しいぜ……」
「一番この中で年季が入ってるから……」
「おいこら」
 よかった、突っ込むだけの気力はまだあるようだ。
 鏡たちが幻覚を見なかったのは、悠里が対抗魔術を唱えてくれていたことも大きいだろうが、元々魔術に対する耐性の高さの結果だろう。自分や御影はトラウマを克服したようなものだ、見えなかったのも無理はない。
 奏が心配そうに悠里を見上げていて、背中を擦っている。
 介が中央の魔石の台座を見やり、台座に刻まれた文言を見下ろして触れている。
「――ああ、うん。やっぱり目に見えている文章と触ってわかる文章に違いがある。『真実は目に映らぬものにこそ宿る……』か……」
「要は隠されてる扉探せばいいんだろ? もう一回さっきのあれ使うか?」
「ただ、隠されてるっていうのがどういう隠し方かもわからないからね……魔術で隠されているのか、扉そのものを壁とか床とかに擬態化させてるのか……」
「探知の魔術も、使えなかったん、ですよね……」
「――だめだな。やっぱり使えん」
 だから詠唱する素振りもなければ……もういいか。よくよく考えなくとも彼はゲートだった。
 顔をしかめながら隠された扉に通じそうなものを探そうとした悠里が、他にヒントがないかと魔石の台座の後ろに回り込んで、台座の底辺近くを見ている。
 無言で介に魔石の台座の傍からどくよう指示し、彼は台座をずらすように押した。
 黒が見えてくる。階段が顔を覗かせる。同時にホールを囲む扉がかすかに不穏な音を立て、鏡ははっと振り返った。
 ――開く気配はない。けれど近づかないほうがよさそうだ。
「同じ失態は二度踏まない……ってな」
「悠里さん、顔色悪いままですけど……大丈夫ですか?」
「多分、さっきのせいで声≠ノ近づいちまったんだと思う。消費もしてねえのにずっと声°ソいてるからな……休んでりゃ介じゃねえがノイローゼ起こすぞ、これ」
 先ほどそのノイローゼで叫んでいた介は苦笑いを浮かべている。悠里が声≠ノ話しかけられている以上、音を聞き逃さないよう全員でカバーすることになった。
 暗い階段を下りていくうち、どうやら声≠ヘ少しずつぼやけて聞こえなくなってきたようだ。奏が心配そうに時折見やっていて、暗い場所で光源が照らす先がぶれないように、悠里が前を向かせていた。
 暗く狭い通路を、微かに呼吸を圧迫する空気が満たす。
「――妙だな」
「え?」
 神崎の呟きに、御影が振り返ったようだ。神崎は階段の入口を振り返っている。
「……この通路、暗いだけなはずがない。気をつけろ。さっきあれだけ罠だらけの通路があったのに、階段なんて仕掛けやすい場所に何もないなんてあり得るはずがない」
「ああ。本拠地に近づいてるはずだってのに声が大きくなるどころか小さくなってる……絶対なんかあるぞ」
 呼吸しづらい淀んだ空気も、微かに鼻につく臭いも嫌だ。早くここから出たい、気が重くなる。
 けれどこのガスともオイルとも言い難い臭い、どこかで……
 パシャン
 水にも似た音は微かに音が鈍い。先頭を歩いていた奏が目を丸くして足を止めている。
「何? 水――」
 水じゃない
 やっと臭いに思い当たった鏡はぞっとした。悠里も気づいたのか、奏の腕を引いて階段を無理やり登らせる。
「浄化します!」
「上がれ!!」
「えっ――」


掲載日 2021/12/24


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