境界融和世界の幻門ゲート

第47話 02
*前しおり次#

 瞬時に魔術を発動させて臭いと気化した異物を取り払った、その時だった。
 階段のずっと先。どのぐらい遠くかもわからない場所に、ぽっと明るい花が咲いた。
 急激に姿を現す炎の森に、御影が咄嗟に魔術で壁をそそり立たせ、見えなくなる。
 けれど壁越しにはっきりと伝わる熱、炎の燃え盛る音に、鏡も御影も、悠里たちも背筋に走る悪寒を止められなかった。
「さすが、今までの遺跡とは格が違うよ……御影さんありがとう。下手したら来栖さんの足まで火が到達しかねなかった」
「み、水じゃなくて、ガソリンだったんだ……」
 身震いする奏は、靴裏を急いで布で拭いているが、すぐに気化したガソリンの臭いに呻いたようだ。悠里が顔をしかめて壁を睨んでいる。
「ガソリンに火、ねえ……如何にも現実でよくある事件じゃねえの……つーかガソリンあったんだな、この世界」
「ああ。最近流れてきたんだ、石油」
「問題はこの先これじゃ進めないぞ……戻るしかないのか……?」
「いっそ壁で炎覆ってその上通っていけばいいんじゃねえの? ちょっときついだろうけど水や氷で抑えられるレベル超えてんだろこれ……」
 階段の入口に戻っても、恐らく扉のどれを開けても外れのはず。出てくるのは奥で身を潜めていた何か。
 階段の先へと進んでも、ほぼ御影頼みで進むしかないだろう火の海。
 どうすればいいだろうか。何か……
 風が頬に当たった。
 驚いて振り返り、奏が灯してくれたブレスレットの光源を階段の両脇の壁へと向ける。御影が不思議そうに見下ろしてきた。
「鏡くん?」
「……風が……どこか別の道があるのかも……」
「風だって?」
「はい、えっと……この辺りから聞こえます、隠し通路とかあるのかも……」
 ブレスレットを掲げて壁を探る。熱気に雑じる冷たい風の流れを確かに感じて、壁の一部の色が変色していることに気づき、押してみる。
 人一人簡単に通れそうなほど、壁が広範囲に凹んだ。まるで坂を下っていくように、横の壁へと吸い込まれていった壁の先には、暗い道がぽっかりと口を開けている。
 たった一本伸びる暗闇の道の先、階段が見えた。微かに漏れる明かりが、不気味に照らしている。
 悠里が呻いて、鏡は目を瞬かせた。
「一本道……?」
「っ……! 正解、くせえな……」
「声聞こえたんですね……」
「一瞬な……今はまた落ち着いてる」
 悠里の輝石は未だ濁る気配を見せていないのに、なおも聞こえ続けるという声=B
 きっとあのどろどろから、それが奪った神の声≠取り戻さなければ、悠里はこの遺跡にいる間ずっとそれを聞き続けなければならないのだろう。
 黙考する介へと振り返ると、彼は難しくしかめていた顔を通路の奥へと向けた。
「……進んでみよう。無理にあの道を進むよりはいい」
 あえてこの誘いに乗って、最深部を目指したほうがいいということだろう。鏡は頷いて、奏と共に前に立った。
 今まで罠ばかり仕掛けられていた通路やホールと打って変わって、この道は不気味なほど静まり返っている。
 階段を登り、光が差し込む新たな部屋へと到着した一同は、見渡してぞっとする。
 ステージのような正四角形の台。大きな白と黒のタイルが交互に並び、まるでゲーム盤だ。壁を覆い隠すほどに積み上げられた、白と黒の彫像たちが、沈黙して鏡たちを出迎えていた。
「チェス盤……?」
「俺ひっくり返す発想しかねえ、こういうゲームは縁がなかったもんでな……」
「ひっくり返せるものならやってみろ。でかいぞ、この盤」
「挑発するなバ神崎」
 そういう介が一番挑発している気がする。火花を一方的に散らす神崎を、ファルチェが肩を竦めて止めにかかったようだ。介は周囲を見渡して顔をしかめる。
「肝心のこまが全部端に行ってるんじゃ、試合はできないな……通路は盤の向こうだし」
「……早く抜けたほうがいいな」
「なるほど、お前らが作ってくれたあの兵士と同じ類ってことか」
「そうだとしたら、さらにそれを強化したものだろう。急ぐぞ」
 盤の向こうに見える通路を見据える。両脇は積み上げられた兵士たちの像。進むならこの盤の上を歩くしかない。
 一歩盤上の上へと踏み出した瞬間、ガラガラと像が宙に浮かび上がったではないか。白と黒、二つの彫像たちが配置につく。
 歩兵ポーン神官兵ビショップ騎士ナイト戦馬車ルーク女王クイーン国王キング
 両脇に並んだ白と黒それぞれの陣営の歩兵が一マス近づいてきて、鏡たちは目を見開く。
「これ、もしかして僕たちが動いたマス分動くんじゃ!?」
「となると合計四マス分ってか!? 走りきる前にやられるじゃねえか!」
 先頭に飛び出した介がぴたりと二マス目で足を止めた。けれどチェスの駒たちは一マスずつ動いてきている。介が苦い顔で睨んだ。
「止まっても動いているな。走ったほうがよさそうだ、あれに打撃武器が通じるなんて思えないよ」
「同感……ってお前とファルチェが大丈夫か!?」
「……はは……まずいね。けど言ってる場合でもないだろう――!」
 瞬時に鏡たちの両脇から一直線に氷の壁がそそり立つ。駆け抜けようと走るも、一撃で破壊された氷壁に介が苦い顔になった。
 やや速度を緩めた神崎がバカにしたように介を振り返っている。
「相変わらずののろまだな」
「今喧嘩売る場合じゃないだろっ!」
「全く以てその通りだ。ついでに買う場合でもない。鏡、風魔術で足を早めさせろ」
「へ!? あ、はい――」
 かすかに感じた違和感を脇に置いて、瞬間的に魔術を発動させる。風が全員の足に速度を乗せ、一気に駆け抜けるも、中央に着くまでに鏡たちの傍へと騎士が姿を現す。戦馬車が行く手を塞ぐ、女王が椅子を手に近づいてくる。
 闇の槍が、鏡たちの後方から武器を振り上げた彫像たちを貫いた。
 はっと振り返った鏡たちは目を見開く。神崎一人だけ、盤の手前側に残っているのだ。
 中途半端に止まったファルチェが神崎をたしなめるように睨んでいる。
 まさか
「さっさと行け」
「……一人で食い止める気か?」
「のろま二人も面倒見ながら突き進むのは骨が折れるからな。走りながら魔術なんぞ照準がぶれるやり方、元々オレは得意じゃない。実験の結果ぐらいは見届けに行ってやる。実験の準備を整えるのもまた実験観察者の役目だからな」
「でもここを一人でだなんて――!」
 ファルチェが手を上げ、制してきた。彼の目が神崎を見据えている。
「……その言葉、たがえるなよ」
「ははっ、違えたら言霊で激痛確定だな。さっさと行け」
 追い払うように手を振る男を睨みつける介は、やがて顔を背けた。
「――借り作ったとは思わないからな」
「作るほうが願い下げだ」
 ファルチェの目が厳しく男を睨んだまま動かない。
「激痛も死んだら味わえないんだ、違えたら蜂の巣にするからな」
「勝手にしろ――」
 小さく動かされた口が、最後に何を言ったのか聞き取れなかった。
 ただファルチェも何か返していて、すぐにこちらへと向いてくる。
「お前の思い、無駄にはしない。これがオレからお前に預ける言霊だ」
「くさい、さっさと行け。それと、その言い方オレ殺されてるぞ。そんな舐めた真似させる気はない」
 駒たちはすぐそこまで迫ってきている。神崎が地属性の壁を形成した。
「さっさと行け、そう長くもたないぞ」
「わ、わかりました……! 気をつけてください……!」
 通路へと到達した。鏡たちが駆け抜けて振り返った時には、上から鉄の扉が勢いよく降りて部屋と通路を分断する。
 目を見開いた鏡たちへと、ファルチェが首を振り、通路の先に目を向けた。
「行こう。ここからは火澄のとむらい合戦と行こうか」
「あの、神崎さんまだ死んでませんから……」
 今まで敵だ敵だと思ってきたけれど、さすがに彼の名誉のために訂正した。
 ――本当に、弔い合戦なんてことにならないことを祈って。
 
 
 通路が緩やかに下り坂になっていき、程なく途切れて天井が低いホールが顔を覗かせた。全員が通りきったのを確認したように、通路に降ろされた鉄格子に鏡たちは苦い顔になる。
 戻れなくなった。同時に、神崎がこちらに追いつくことがさらに厳しくなっていく。
 神崎は無事だろうか。あれだけ魔術に苦しめられ、銃も持つ彼に不足はないと思いたいけれど……。
 落ち着いて部屋を見渡すも、扉が見当たらない。鏡は中央に露骨に配されたパネルに目を留めた。奏があっと、目を右側の壁に向ける。
 天井付近に開いた穴から水が流れ込んでくる。滝のように放出され、広がる水溜りは黒く、あっという間に広がってきて鏡は苦い顔になる。
「また水……? しかも黒い……匂いはないけど……」
「ちょっと待て……これ、流れ続けたら……止める方法を探そう、御影さんが火を封じた壁、そろそろ消えるはずだ。このままじゃ神崎のところに煙だけじゃなく水も行きかねない。おれたちも次に進む前に水攻め状態だ」
 後ろは鉄格子で退路を断たれた。通路も水がある程度のかさまで達したら、神崎とこちら側を隔てたあの隔壁のような扉だって耐えられるかわからない。鏡は苦い顔でパネルがあった場所へと目を向けるも、とっくに黒い水のせいで位置がわからない。
「あの辺りにあったパネルを踏めばいいと思うんですけど……!」
 仕掛けは簡単なのに、このために水が黒いのかと苦い顔になる。しかもその水が不自然に波打ち、鏡は目を疑った。
「今――うわっ!?」
 足に何かが巻きついて引っ張られ、派手に転んだ。そのまま増え続ける水の中を引きずられ、肘を立ててなんとか呼吸を確保する。足を掴むものを睨みつけた鏡はぎょっとする。
「鏡くん、奏さん!?」
「火傷しないでくださいね」
 黒い植物のつる!?
 蔓へと放たれた火の矢が、植物を火傷させたようだ。しかし水にすぐ潜る蔓は枯れる気配もなければ、鏡と奏へと絡まる力を強め、全身へと纏わりついてくる。奏が痛みに呻いた声が途切れ、水が揺れる音に沈んでいく。
 まずい――!
「水辺で火が使えるわけないだろう……弱いとすれば」
 蔓の締めつける力が弱まった。エルデの術で作られた光の斧が蔓を切断し、蔓を払いのけられたらしい奏が咳き込んで水面に顔を出せたようだ。
「二人とも大丈夫か!?」
「僕は平気です! 奏さんは!?」
「げほっ、なんとか……いったい、なんなのこれ……!」
 体に巻きついていた自然の縄を必死にがして立ち上がる。新たに伸びた蔓をかわして、風の魔術で切り裂いた。奏も光の魔術で応戦しようとするも、知る魔術の中に対抗できそうなものが限られているからだろう。後退することを念頭に置いているのか、魔術を撃てずに苦い顔になっている。
 鏡は勢いよく成長していく蔓にあっと目を見開いた。
 いくつもの太い蔓が床の一部に伸びてとぐろを巻き、絡まり合っていく。
「もしかしてパネル……!?」
「……なるほど、そういうことか!」


掲載日 2021/12/24


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