ファルチェの拳銃が発砲する。着弾した銃弾が爆発し、蔓が吹き飛ばされ、一瞬パネルが見えた。その場所へと急ぐファルチェの足がパネルを捕え、鉄格子に塞がれた通路とは反対側に道が出現する。
一瞬どけられた足に反応するように、扉が降ろされかけて――ファルチェの足が乗り、また持ち上がる。
黒い植物の根本が、滝の裏側から姿を現した。
「先に行け。この蔦を魔力を使わず払えるのはオレぐらいだ……いつまで弾丸が持つかはわからないがな」
介が一瞬で苦い表情を浮かべる。周囲に迫る蔓を容赦なく氷づけにして侵入を防ぎつつ、ファルチェを振り返った。
「ものを乗せればいいってことは、重量のあるものを置けばいいはずじゃないのか? 残る必要は……」
「つくづくお前たちは甘いな……火澄も言ってたろ? 場所を提供する以上、見届けるのはオレたちの役目だ。打開策を見つけて追いつくさ」
介が俯き、悔しげに閉じていた目を開けてファルチェを見据えた。
「――ああ。このパーティに随分と染められたよ。君たちと違ってね。追いつくと言った以上、違えたら敵であっても承知しない」
ファルチェの肩に、介の手が乗せられる。
「……頼んだ。みんな行くぞ! 蔓に道を塞がれたらまずい!」
とっくに蔓が、新たにできた道の入口を塞ごうとその手を伸ばしていく。御影がファルチェへと振り返り、不安そうに見上げている。
「で、でも……」
「あの目はやると決めた目です。あのアホはやると言ったらやりますよ」
エルデが御影の背中をそっと押す。ファルチェを振り返った目は、普段動かない表情の中に凛とした感情を放っていた。
「私以外に殺されることは許しません」
「……物騒なコミュニケーションだ」
連射される銃弾が道を塞いでいた蔓を貫く、断ち切る。開かれた道へと促すように、奏が御影の手を握って引っ張った。
一度だけファルチェを見上げる彼女の顔は、苦しそうに歪んでいる。
「……エルデちゃん泣かせたら許さないから!」
「神崎共々、違えんじゃねえぞ」
悠里たちも走る。鏡はファルチェを真っ直ぐ見上げた。
「絶対、追いついてください!」
踵を返す。みんなを追いかける。ファルチェの溜息が聞こえた気がした。
「本当甘いな……それを疎いと思わなくなったオレも、染められているんだろうな」
喉がぎゅっと狭められる。
蔓が伸びてきても、ファルチェの銃が火を噴いてその魔の手を振り払ってくれた。
なんで、今になって……
もっと違う出会いがあったのかもしれないと、思う。
介に彰吾たちとの出会いがあったように。エルデが自分たちと行動を共にしてくれたように。
悠里に介との出会いがあったように。奏が変われたきっかけがあったように。
御影が変わろうとした出来事があったように。
何より――
歯を食いしばった。漏れそうになった声も言葉も全部飲み込む。
最後尾を走る奏たちへと追いつき、僅かに抜く。微かに足が感じた振動に、鏡も奏もはっとする。
激しい地響き。強い揺れで後ろの天井が崩れ、次々と崩落してくる。
奏が振り返る。鏡が御影へと手を伸ばした瞬間、奏が彼女を前へと突き飛ばした。
目を見開いて鏡が受け止めた瞬間、奏の体が瓦礫へと飲み込まれる。御影が手を伸ばすも、鏡は歯を食いしばって止め、ギリギリ崩落から巻き込まれない場所で二人して転ぶ。
すぐに起き上がった御影の顔が青ざめている。悠里たちも振り返って走って戻ってくる、悠里の顔が青ざめきって、瓦礫を蹴りつけて破壊しようとするも、微かにヒビが入るだけだ。
「奏、返事しろ、奏!!」
「だ、大丈夫、無事だから!」
あっと鏡は目を見開く。微かに瓦礫の隙間から光が漏れて、確認した悠里が必死に黒い石をどかそうとするも微動だにしない。
「くそっ、介、縄!!」
「ああ!」
足元から黒い水がしみ出してきた。悠里が焦りを隠せない中、水面の揺れ方に気づいた鏡ははっとする。
まだ揺れている……! それに揺れ方が、歩調のような間隔だ。
「先に行って、まだ揺れてる! みんなも巻き添えになったら……通路が完全に塞がったら打つ手がなくなっちゃう!」
「下からでも行ける道はあんだろ!」
「悠里さん!!」
ビリビリと、体を揺するような
ただでさえ通りのいい声なのに、怒ると何故か逆らいづらくなる迫力が放たれた。彼女の声は鋭く響く。
「下に道なんてあった? 今私たちがしなきゃいけないことは何? 私たちがここで全員動けなくなったら、誰がこれを止められるの?」
言い返そうとした悠里の口が、悔しげに歯を食いしばる。
やりたいことあるんでしょ=I
それやり遂げる前に、くだらない理由で死に急いでどうする≠フ!
絶対諦めないから!!
「やり抜くんでしょ、決めたこと違えちゃだめ! 脱出する方法は私もちゃんと考えてる、先に行って。追いつくって約束、絶対破らないから」
「……破ったら、一生恨むかんな!」
「恨まれるのだけは絶対嫌だよ、私も。ちゃんと守るよ」
水が、流れ込んでくる。
通路の先も同じ高さにフロアがあると信じたい。そうでなければ……!
「なんでこんなことに……っ!」
悠里が歯を食いしばって振り返ってきた。鏡も御影をなんとか立たせて、走り出した悠里たちを追う。
「絶望を煽るとは大層いい趣味ですね……」
エルデの怒りは、誰に向けられたものなのだろう。
走って走って、行き止まりに目を見開く。吹き抜けの高い塔のようなその場所は、円形の壁に沿って階段があるとやっと気づいたも、後ろから来る揺れにはっと振り返った鏡たちは声が出なくなる。
通路が崩落していく。
「奏さ……!」
御影が上げかけた声を、
悠里の背中が痛々しいほどに震えている。もうここからでは無事かどうかなんてわかりっこない。
介が苦い顔で階段を見やり、呻いた。
「まずい、今ので階段も途切れた……!」
通路の崩落によって顕わになった、本来なら二階となっていただろう空間が見える。螺旋階段が宙にぶら下がり、次の道を頼りなく示している。
「……介、縄貸せ。俺しかあそこ跳べねえだろ」
「……ああ、頼んだよ」
「僕もやってみる」
介がぎょっと鏡を見下ろしてきた。鏡はしっかりと介を見上げる。
「時間をかけてる余裕ないですよね。また揺れるかもしれないんですから」
「……ああ、そうだね。二人とも頼んだよ」
悠里が踏み台になることを提案してくれる。助走をつけて跳び上がり、悠里の手伝いもあってなんとか上に登れる。縄を投げてもらい、受け取っているうちに悠里が自力で跳んで階段に着地した。
御影とエルデを引き上げる。一番手間取ったのは最後の介だ。本人はもやしを体現したような細さなのに、どうしてか彼が持つ荷物のせいで、引き上げようとする鏡と悠里も、そして介本人の腕も震えている。
「お、重……!」
「お前もう荷物捨てろ!!」
「わかった、一度下に降りる。ロープをもう一度降ろしてくれ、荷物をその間に降ろす!」
「了解! 気をつけろよ!!」
危なっかしげに飛び降りた介は、なんとか踏ん張って背中の荷物を降ろした。荷物の上へと引っかけていたボウガンを、取り出したホルダーにセットして矢筒を固定し直す。
ロープを降ろしていた悠里の手が止まり、走ってきた通路方面へと目を向けて見開いた。
振動。
それがあの巨体の歩む衝撃だとわかるまで、そう時間はかからなかった。
崩れた
その足元を見下ろした鏡はぞっとした。
急いで駆け抜けたけれどわかる。あの辺りはまだ、奏さんが――!
悠里が歯を食いしばり、ロープを垂らした。
けれど介はそれを握ろうとしない。ホルダーに収めたばかりのボウガンを取り出し、矢を番えたではないか。
悠里が舌打ちした。焦りを滲ませる彼が鏡の隣で介を睨みつける。
「テメエ一人でそのデカブツは無理だろうが!」
「さっさと登ってくれ、あいつに階段を破壊されたら元も子もないぞ!」
射出された矢は、石の体に当たっても突き刺さらない。表情を変えず次の矢を番えた介の目は鏡たちを真っ直ぐ見据えた。
「来栖さんを拾って追いかける。ロープだけしっかり結んでおいてくれ!」
「けど介さん独りじゃ」
「先行け」
隣の黒が飛び降りた。
ひらりと着地した従兄に、鏡はぐっと喉を狭められる。完全に顔をしかめて、自らの前に立った悠里を睨む介は苛立ちを露骨に顔に出した。
「行けって言っただろこの単細胞!」
「いい加減声がうざくて我慢の限界なんだよ。あの
「バカ言ってる場合か、次の場所に鏡くんたちだけでどうしようもないものがあったらどうする気だ!」
「バカ言ってるわけじゃねえよ。あいつらのこと、信頼してるから残ってんだよ」
力技はしたくねえから言ってる。残ってろ
後悔するかもしれねえぞ
仲間にゃ――いや、彼女にゃこれ以上嘘つきたくないだけだ
「さっきのファルチェみたいな罠なら残していけるが――こいつは話が別」
軽くほぐされた足を見て、介が苛立ちを辟易としたものに変えていく。
「まったく、人の話を聞けよ……!」
君のなさすぎる覚悟で、これから先戦うのは向いていない。それでも戦うのはなんのためだい?
仲間をこれ以上やらせる気はないよ
大丈夫ですよ、今までで一番のパーティで挑むんですから。不安はあっても信頼してます
「十分だけだ。それ以上長引かせると、来栖さんが瓦礫に体を挟んでうっ血していた場合がまずい。急ぐよ」
「りょーかい、いつも通り……背中は任せたぜ!」
「ああ、任された!」