境界融和世界の幻門ゲート

第47話 04
*前しおり次#

 信頼という言葉が、何度も胸に響く。
 仲間が残るという現実が、喉を、肺を締めつけていく。
 けれど鏡はしっかりと悠里たちを見下ろした。介が見上げてきて、鏡はくしゃりと歪みそうになる表情を必死に堪える。
 御影が泣きそうなのに、それでも堪えているのに、自分が泣くなんてするわけがない。
「鏡くん、御影さん、シャッフェンさん、先に行ってくれ!」
「わかりました!!」
「……お願い、します……!」
「ご武運を」
 螺旋階段を駆け上がる。その間にも近づいてくる岩人形を、介の魔術が凍らせて、悠里の火を纏った蹴りが容赦なく砕いた。
 階段はもうすぐ途切れる。天井が迫り、途切れ、新たなフロアが見えてくる。
 鳥籠のような内装の、縦長の空間を舞う、沢山の紙の鳥。鏡も御影も、エルデも警戒して鳥たちを見上げる。
「……と、鳥?」
「お札……じゃないかな。この紙一枚一枚が武器のようなものかもしれない」
 扉は目の先に見えている。紙の鳥に警戒しながら次の入口へと近づくと、鳥たちが一斉に顔を向けてきた。
 鏡は迷わず睨み返す。エルデが手持ちの魔石へと手を振れた。
「やはり、安々と前には進ませてもらえませんね」
「急ごう!」
 エルデが火の玉を大量に作り上げて鳥へと放つ。いくつか燃え落ちるも、狙いを定めた鴉や鷹のように飛んでくる紙たちに、鏡はすぐに扉を開けて二人を促し走り、苦い顔になった。
 まだ病み上がりも同然な御影の足が鈍い。息も切れている。気のせいか追いかけてくる紙鳥の音が増えていて、数が明らかに多くなっているのだ。
 このままでは追いつかれる。鏡は御影の腕を引っ張って前に行かせようとして、目を疑った。
 エルデが足を止めている。鳥はすぐそこまで迫っている。狙いが完全に鍛冶師の少女へと向けられた。鏡も御影も思わず足を止めてしまい、エルデが紙鳥たちの侵入を塞ぐように立てた火柱が燃え盛る熱に目を丸くする。
「エルデさん!?」
「一番後ろの人を狙う習性があるようです」
「え、じゃあ……私が魔術で封じれば……!」
「魔術で封じても解けたら意味がないよ……!」
「そういうことです。ゴミはゴミ籠へ、鳥は鳥籠へ……です。封じてしまえばいいのは事実ですが……さて」
 振り返ったエルデが、自信に満ちた顔を浮かべていた。
「御影さん、地属性の魔術で鳥籠を作りましょう、そしてこいつらを閉じ込めます」
「え、あ、はい!」
 岩の壁を変形させた鳥籠が、簡略化した詠唱によって作り上げられた。通路は両脇に人が通る隙間があるぐらいだ。その鳥籠を迂回し、エルデが入口の前に立つ。
 まさか
「そしてこれをこうです」
 中に入るエルデへと、御影は目を見開いていた。鏡は拳を固めて、引きつりそうな喉を、唾を呑んで必死に堪える。
 紙の鳥は鳥籠に吸い込まれるように入っていく。動きを止めていく鳥たちは、鳥籠の縁という縁を叩いて貼りついて、重なっていく。
 エルデの姿が見えなくなっていく――!
「行ってください。全部この中に入ったら追いかけます」
「で、でも……! エルデさんが出ようとしたらきっと、攻撃受けちゃう……!」
「覚悟の上です。それに、今大事なことは何かぐらい、お二人ともわかってるはずです」
 
 皆さん焦りすぎです。気持ちはわかりますが、急いては事を仕損じる……と、いつも言っていたでしょう?
 
 あなたたちのせいで、問題ですよ
 ここで飲む紅茶が一番美味しいんですから
 
 食いしばった歯から力を抜いて頷いた。エルデが微かに笑んだ気がしたけれど、その顔も隠れていく。
「……わかったよ……行くよ、御影!!」
 魔術を唱える。足を速める魔術を完成させる。御影が泣きそうな表情を引き締めてエルデを見据えた。
「……エルデさん、絶対追いついてね……!」
「当然です。今日の紅茶葉はSランクですよ」
「うん!」
 走る。
 八人で響かせてきた足音は、最近慣れ親しんだ六人に減って、たった二つの足音だけになった。
 黒の石で作られた道は、冷たく音を反響させて、すぐに沈めてしまう。
 紙の音すら聞こえなくなった。振り返らないように走り続ける。
 扉が見えて、開けた鏡は柱のようにそびえるカプセルと、その装置に目を見張る。
 こんな仕掛け、今までの遺跡になかったパターンだ。現代ビルを思わせる遺跡のほうにあったのだろうか――
 装置に備えられたパネルへと、御影が駆け寄って操作している。すぐに手を止めた彼女の目はいつにも増して凛と研ぎ澄まされていく。鏡はまさかと固まった。
「こんな時に夢中症候群!?」
「ううん――鏡くん、あそこに先に立ってて。ここ、このカプセルから、魔力流さないと、扉が開かないみたい。魔力が多い私なら、できると思うの」
「えっ? うん……」
 どうしてだろう。こんなに不安が過ぎるなんて。
 促されるままに、カプセルの奥にあった幾何学模様を描いたサークルの上に立った鏡は、カプセルの中に入った御影へと振り返る。
 魔力が、目に見える形ではっきりと彼女から溢れだしていって――
 御影が、微笑んだ。
「御影――?」
 目を見開いた鏡の中で不安が爆発する。まさかと駆け寄ろうとしても、サークルの縁を流れる力が壁を作り上げて戻れない。
「大丈夫。鏡くん、信じてるから」
「何言ってるの!? 御影! やめて! 僕一人で行ったところで意味なんてないでしょ!?」
「大丈夫。鏡くんなら、絶対できるよ」
 大丈夫。
 何度もかけられて勇気づけられてきた言葉が、胸を締めつけてくる。
 大丈夫なわけがない。今だって御影の表情が苦しさを耐えているのに。青くなっていっているのに。
 今までだって独りでやってきたことなんて数えるほどしかない。いつだってみんながいてくれたから、やってこれたのに――!
 手を伸ばそうとしても、壁を叩いても、戻れない。
 御影がふにゃりと笑って、鏡は目を見開いた。
「みんなで帰ろうね。絶対」
「当たり前でしょ!? だから、だか」
 光が視界を奪う。
 
 もう大丈夫っ。みんなで絶対、帰ろうね
 
 私、この世界にいる間も……楽しいことも、嬉しいことも、大切にしていきたいなあ
 この世界に来てなかったら、私たち、こんなふうに変われなかったかもしれないよ
 
 ――ありがとう……鏡くん、大好きだよ
 
 守るって決めたんだ。
 なのに、どうして今になって気づくんだろう。思い出すのだろう。
 
 
 
 
 いつだってみんなに守られていたのは、自分だったんだ
 
 


掲載日 2021/12/24


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