あっと、鏡は目を丸くした。それでも介よりも早く頷く自分がいる。
「そういうことなら。殺し合いならお断りですけど。いいですよね?」
「――本気で、か。おれは構わないよ。君とあいつが作ってくれた突破口の礼分には、足りないけどね」
「勝負持ちかけられて断る気なんて、私ないですよ。海理さんから以外は」
「俺も。助けられた借り、こんなので返せるとは思ってねえけどな」
「……わ、私も……でも、決着ついたら、怪我治しますから、ね!」
「殺し合いのつもりで構わなかったんだが……つくづく甘いよ、お前たちは。――場所は火澄が引き籠もっていた遺跡の最深部で頼む。もう繋がっていないはずだしな」
かすかに淋しそうな笑みに、介が黙って頷いた。
「なら行こうか。どうせ一度でも戻ったら、誰かしら酔い潰されるだろう。さっさと行動しよう。約一名だけ究極の肝臓持ち合わせているみたいだけどね」
素知らぬ顔でそっぽを向く悠里に、ファルチェがああと納得したようだ。
遺跡には、問題なく着いた。
遺跡の罠は動力源を失ったように沈黙し、最奥の部屋の魔石の台座は悠里に完全に粉砕されて、粉々になっていた。広いその部屋の隅に闇属性の魔石を置いたファルチェは静かに目を閉じる。
開けられた目が鏡たちへと振り返った。御影がおずおずとファルチェを見上げる。
「じゃあ……戦うん……です、ね」
「ああ。……いつも通りオレは、楽しむつもりでやらせてもらう」
弾丸が装填される。悠里一つ頷くと足をほぐしていく。
「さて、こっちも本気で応えますか」
「試合に負ける気はありませんからね」
奏も構える。鏡も前に出ると、ファルチェが少しだけ笑みを見せて銃口を向けてきた。
「そうこなくっちゃな!」
生命以外の六属性を込めた銃弾を撃ち、翻弄するファルチェへと、前衛は鏡と悠里、エルデの三人で応戦した。悠里とエルデに注意を引きつけてもらっても、ファルチェは容易く鏡を見つけて牽制を仕掛けてきたのだ。
本当に、戦えないとよく言ったものだ。
介の魔術で、銃の最大のネックである射線を遮られても、彼は冷静に魔術で打ち払っていく。御影が壁を作り出す魔術を中空に発動させて岩壁を落としても、爆発させられた。
「……そろそろ使うか」
銃弾が二発、前衛と後衛に向けて打ち込まれる。
視界を覆った霧が晴れて、鏡はあっと目を見開いた。
見覚えのある駅の構内。固定された、冬場は冷たいベンチも、ICカードの料金チャージをするぐらいしか利用客がいない自動券売機も、一年経つと懐かしさすら覚える。
現実――の、世界……!
弾けるように走る。慣れ親しんだ家への道を、ただ全力で。
玄関の扉を開ける。靴を脱ぎ散らかして、リビングへと走る。
お帰りと出迎えてくれた両親にほっとしたと同時、違和感が拭えなかった。
「ただい……そうだ、御影……悠里たちも……」
「御影さん? 誰のこと? お兄ちゃんがどうかした?」
「えっ? な、何言って――ご、ごめん僕外に出てくる!!」
「鏡!?」
慌てて靴を履き直して走る鏡は、一度確かに行った御影の家へと辿り着いて、目を見開く。
出てきた女性に見覚えがあった。おっとりとした目に黒髪。鏡は慌てて駆け寄る。
「御影!」
「――え?」
不思議そうに見てきた女性は、体も表情も硬くしていた。
足が止まる。
「……誰ですか? あの、どうして私の名前を知ってるんですか……?」
「……そこから、忘れちゃったんだ……」
苦しかった。涙が溢れて止まらなくて、けれど鏡はゆるゆると首を振る。
「初めまして――の、ほうが正解みたいだね。僕、この街に昔から住んでるんだ。すぐそこの幼稚園、一緒に通ってたんだけど、憶えてない?」
「えっ?」
「風見鏡って言うんだ。この街に戻ってきて、間もないよね? わからないことあったら、そこの家だから、いつでも言って」
「え、あ、あの……」
鏡はただ微笑んだ。
「思い出せなくてもいいんだ。僕がちゃんと覚えていくから――いつか御影が思い出してくれたら、その時また、教えてくれればいいから」
彼女が戸惑っている理由はわかっていた。こんなことを言われて、不審者だなんて思われたら、どうしようかなあと苦笑いが浮かぶ。
不思議と怖くなかった。ストーカーと言われたら凹みそうだけれど、あの時間を自分が覚えていられたことが、嬉しかったのだ。
思い出してくれるまで、自分が覚えていればいいだけだから――
石が割れる音。
はっとした時にはもう、魔石の台座が置かれていた部屋で、立ち竦む自分がいる。
悠里が詰めていたような息をゆっくり吐き出していて、奏もむっとしながらファルチェを睨んでいるではないか。
けれど、鏡たちへと微笑んだファルチェを見れば、彼の言いたいことは明らかだ。
君たちの勝ちだ。
「君たちが過去に耐えたなら未来なら、と思った。……全員が不確定な未来よりも、今を見ている以上、オレに勝ち目はない……なんてな」
まるで独白を溢すようなファルチェは、晴れやかだ。
「ありがとう、スッキリしたよ。本気の殺し合いで再戦したらオレに勝ち目はなかったな」
「――もういいのか?」
「ああ。……火澄がいても勝てたかどうか。スッキリしたよ」
きっと、ただ勝ったというだけなら、簡単だろう。今までで一番短い全力の戦いだったと思う。時間なんて一瞬だった。
同時に一番忘れたくない、優しい想いで始まった戦い。それを終わらせた彼は、銃弾が尽きた拳銃をホルスターに収めて、エルデを見下ろしている。
「だが、過去も未来も克服した君たちなら……見送れるだろう? エルデ」
「アホのくせにわざわざ気を回さないでください、迷惑です」
真顔で
奏が頬を膨らませて拗ねている。
「あんたたちの幻覚には本当嫌な思いばっかりさせられたなあ……」
「正直、反応を期待してた」
「やっぱり一発殴らないと気が済まない!」
「断る!」
日頃の行いって大事だなと、最後の最後まで教訓になった気がして鏡は笑う。
そっと、自分の手を守るナックルを見つめる。
――許してあげてとは思わないです。……どうか、ヴァイスやエルデさんを見守っててください。
あのどろどろのように、悲しみを抱えたままにしてほしくない。
ファルチェに一撃を見舞った奏を見つつ、鏡は苦笑いを浮かべた。
「帰りましょうか。悠里の言う通り、多分宴会が待ってる気がしますけど」
「海理さんと、千理さん……お祝い事、好きそう……」
くすくすと笑う御影につられて、自然な笑みがこぼれる。
誰とも知れず歩き出す。突然奏がはっとしてやる気を漲らせるものだから、一同はどうしたのかと目を丸くした。
「今度こそお酒に酔わないようにしなきゃ……!」
「そこか! まあ、間違いなくあそこの人たちには巻き込まれるだろうなあ……」
「お前も飲まされ過ぎてキス魔事件起こすなよ? 起こすなら彼女相手にしといてくれ」
「い、いや……酒は逃げるよ」
「……あ、あー、噂の……でも見ては見たいかも」
「やめてくれ!!」
「介のちょっといーとこ見てみたいー」
「君が飲めばいいだろ煽るな!!」
悠里はにやりと笑いながら「だって俺潰れねえし」と言い返して、介を沈黙させた。ファルチェが危機感を覚えたようで、顔を引きつらせている姿には同情する。
未成年でよかったと改めて思った。自分や御影だと一瞬で寝る末路が見える。
「勘弁してくれ、オレも
「じゃあ介さんと飲み比べます?」
「おれを巻き込むな!!」
「どうして飲み比べ前提で話が進んでいるんだ!?」
「ファルチェさん、すっかりここの雰囲気に染められてますよね……」
「しまった!!」
この人どうして気づかないかなあ。
奏が楽しそうに笑って、パンと元気に手を打ち鳴らした。
「じゃあ決行ってことで! これも勝負なら引かないでしょ?」
「奏さん、ほどほどにしなきゃ、ですよ?」
「そゆこと。お前は酔ったらタチ悪いからだーめ」
「いたっ、わ、わかりました参加しないです……多分」
「……しそう、です……」
「しそうですよね……」
「です」
「そゆこと。飲むのは反対しねえけど飲まれるなよ?」
「うー……」
口を尖らせて若干不服そうにする奏へと、悠里が頭を撫でて宥めている。
「全員酔ったお前見たから言ってんの、わかれよ」
「……悠里さんと飲めるようになりたかっただけなのに」
「奏とはゆっくり飲みたいんだよ、こんなテンションの中飲まされたら酔い回るだろう?」
「うわ。口説き文句……」
そして奏が真っ赤になって頷く姿だって、もう慣れてきたようなものだった。
「だからこの約束は現実帰って絶対思い出す――いいな?」
ただ、この言葉には、鏡も御影もあっと目を見開いて、二人して顔を見合わせると笑みがこぼれた。
気恥ずかしそうに笑う奏は、とても嬉しそうなのだ。にやりと笑う悠里も。
「はーい。あとアップルパイも食べたいですっ」
「わーった。焼いてやるよ」
「やったあっ! 約束ですからねっ」
「ああ、約束」
会えるといいな。二人とも。
衝突して、回り道だらけで、やっと素直になって、大切だと言えるようになったのだから、なおさら。
ただ、先に思い出したほうが勝ったほうの言うことを聞くという追加ルールを持ち込んだ奏に、鏡は顔を強張らせた。自分が負けた時のことを全く考えていないルールだ。どうなっても知らない、もう聞かなかったことにしよう。
ただ、隣は長身の男同士、片方は頭を抱えんばかりに呻いて、肩や涼しい顔をしているけれど。
「うう……火澄に顔向けできない……絶対バカにされてる気がする……!」
「……嫌だな、あいつにバカにされるのだけは」
「それでも、この数年楽しかったよ。……あいつ、