境界融和世界の幻門ゲート

最終話 04
*前しおり次#

 介の表情が少しだけ変わった気がした。なんとなくだけれど、驚きが混じったような、何かに気づいたような、そんな顔。
 それも、さっさと前を向いてファルチェから見えづらくする辺り、介らしいかもしれない。
「……そう言ってくれる奴がいただけ、あいつも報われるんじゃないかい。絶対態度に出さないだろうけどね」
「だといいがな……もし向こうでしれっと生きていたら、オレの分も殴っておいてくれ」
「ああ、あいつの顔見れば忘れてても殴るから安心してくれていいよ」
「た、頼もしい限りだ……」
 ファルチェの声が引きつりかける中、介は肩を竦めて返している。
「覚えてなかろうがその約束だけはしっかり果たすよ。仲間との約束違えたんだ。針千本じゃ済まないよ」
「……意外だな。君だけは絶対に火澄を仲間として見ていないと思っていたんだが」
「ああ、仲間とは思ってないよ。あいつの仲間は君だろう」
 そう言ってファルチェの肩を叩く介は、平然を装っているように見えた。面喰ったような、話を飲み込みきれていないようなファルチェは、やがて目を細めて笑っている。
「はは、なるほどな……オレは、あいつの仲間でいられたんだな」
「当たり前だろう。他人から見ても、君らは完全に仲間だよ」
「そうだったんだな……互いが互いを利用しているような関係だと思っていたよ」
「お互い楽しんでたくせに、よく言うな」
 介はきっと、この約束を思い出さなくても本当に殴りに行くだろう。それが神崎を殴ることになるのか、彼の墓を殴ることになるのかは、わからないけれど。
「約束したら、会えそうな気が、するね」
 ふにゃりと、御影が隣で笑っていた。鏡もうんと微笑む。
「そうだね。じゃあ……僕はちゃんと御影に告白し直すところから……かな?」
「えっ!? ……じゃ、じゃあ……わ、私が先に、い、言う、もん……!」
「うん、待ってる。そのためには、絶対思い出さなきゃ……だね」
「うんっ!」
 胸の前で小さく固められた拳に、鏡はぷっと笑った。
 絶対先に思い出そう。忘れたままでなんていたくない。
 前を向いた御影の顔がぱっと晴れた。
「あっ、隠れ家、見えてきましたっ!」
「……帰って、来れたんだな」
「……腹を括ろう」
「ああ。飲まされる」
 どうして喜びと安堵の後の言葉が酒への覚悟なのだろうか。生暖かく笑んで振り返る鏡は、海理が叫んだ声にあっと振り返った。
「てめーら、無事に帰ってきたんだ、今日は騒ぐぞ!!」
 やっぱりかと、げんなりする顔、笑う顔、張り切る顔――喜ぶ顔。
 鏡はそこに海理と大和の姿しかないことに、そっと目を伏せた。
 その頭を出迎え頭に撫でてくる海理はほっとしていたようだ。
「やり遂げたな」
「――はい」
 海理たちから聞いた魔物の討伐状況は、晴れやかな勝利とは言い難かった。
 味方の半数以上の戦死。その中で唯一パーティ全員が生き残れたのは、海理たちのところだけだった。
 介の恋人であるエレヴィアも怪我を負い、今は休んでいるという。
 彰吾たちのチームは、全滅したそうだ。
 彼らのおかげで魔物の残党を半数以上狩ることができたという。境途の治安も時間をかけ、良くなるだろうと海理は確信しているようだった。
 悠里が気遣ってか、奏をそっと連れ出していた。介も恋人のところへと足を急がせていた。
 ファルチェも用事があるとごまかして、神崎が引き籠もっていた遺跡の中へと一度戻っていく。残された鏡の頭を撫でる力強い手に、鏡はただ苦笑いを浮かべた。
「そんなしみったれた顔すんな。――彰吾の奴、てめーらが浄化に成功したの気づいて、最期喜んでやがったしな。そんな顔したてめーらのこと、一番見たくねーはずだ」
「そう、ですよね……」
「おう。手向たむけるなら賑やかな席見せつけたほうが喜ぶ。ああいう奴はな」
「ほらほら、君たちは主役なんだから祝勝会の準備ができるまで休んでて」
「あ、うん」
「は、はいっ」
 主役という言葉にどうにも慣れない鏡と御影の緊張した声に、大和がぷっと吹き出した。海理がにやりと笑い、鏡と御影の頭を撫でてくる。
 隣で御影の肩が一瞬緊張して、戸惑ったのがわかった。
「今日は飯大量に用意しねーとな。さっさと好物言わねーと勝手に作るぞ」
「介さんは辛いものとサラダで、悠里は甘いものがあればよくて……」
「あいつらの好みは聞いてねー。てめーらだ」
 きょとんとして、鏡は顔を上げた。
 くすぐったくなって出た笑みに、海理まで笑っている。
「じゃあ、ドリア食べたいです」
「私、パスタ食べたい、です」
「って炭水化物ばっかりじゃねーか! わかった、作る代わりにてめーら残すなよ」
「た、食べきれる量でお願いしますっ」
 心配するなと軽く叩いてくる手が離れる。
 なんとなく名残惜しそうだったその様子を見て、鏡は微かに目を細めた。
 隠れ家へと入り、台所へと向かっていった袴姿の男を見送って、大和が肩を竦めている。
「淋しいくせに、相変わらずの不器用と意地っ張りだよ」
「おいてめーら、さっさと食いたいもん教えろ、じゃねーと作れねーだろーが!」
「甘味ー」
「辛いものとサラダでー」
「洋風多いなら冷鮮パスタお願いしまーす、チーズたっぷりで!」
「もずく!!」
「悠里飯ネタにしろ千理は却下!!」
「ひっでえ!? じゃあからあ」
「てめーにやる唐揚げはねえ!!」
「いつもそれじゃないすか今日ぐらいちょうだい!!」
 大和がうるさいと言いたげに半眼になる。
 鏡は笑いを堪えられず、御影と肩を震わせていた。
 賑やかな夜が、あと三日で終わる。
 今はただ、笑い続ける。
 賑やかな今日を、皆で楽しみ抜けるように。


掲載日 2021/12/24


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