境界融和世界の幻門ゲート

前編 第02話「深海」01
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「さて、それでは石を見せてくれるかな。――ああ、自分の手に乗せたままで」
「わ、わかりました」
 一瞬占い屋なのかと思うような、平屋の日本家屋の奥に作られた黒い部屋で、介は緊張していた。一緒についてきていたのは彰吾で、正直嬉しくない。
 輝石の得意属性などについては基本秘匿情報に含まれるらしく、外部にその石の情報が漏れないように、あえて結界という魔術を張って情報漏えいを防いでいるそうだ。輝石屋と名乗るこの目の前の男は、狐のような糸目を細めて、介の石を待っていた。介がおもむろに取り出した石を見て目を丸くしていたのは意外だったけれど。
「はあ、そう来たか」
「なんの石なんですか?」
「ラリマー。三大ヒーリングストーンだよ。しかもこれほど鮮やかで美しい青色と言うのは……口惜しいな、現実世界じゃ高いランクがつくほどの良品だよ」
 この人現実世界でもパワーストーンの鑑定をしているのか。
 石の中に見える、淡い水色の模様を示して、輝石屋は唸っている。
「この模様がはっきりと見えて、なおかつ地の色が綺麗な青か。ラリマーはこの青いタイプのペクトライトを指すが、他にも白やピンク、緑、黄色って、いろんな色がある。このラリマーの属性は水、間違いないよ。恐らくだが光や風とも相性はいいほうだ。ラリマーのヒーリング効果を考えると、恐らく生命も使えないことはないだろうが、風や光の意味合いのほうが強いだろうな」
 つらつらと興奮気味に語る男に、介ははあと生返事がやっとだ。気圧されている中、彰吾が面白そうに男を見やっている。
「そのヒーリング効果って? この石だけラリマーって呼ばれてるっていうのも面白いな」
「彰吾は本当、石にも食いついてきてくれるから嬉しいよ」
 他にも食いつくものが多いのかこの人は。
「他の色の石がペクトライトって呼ばれてるって言ったろう? 逆なんだよ。元々ペクトライトが先で、青い綺麗な石を発見した学者が、娘の名前と海の語を合わせてラリマーってつけたんだ。見た目通り穏やかなエネルギーを持つ石として知られていてな」
 長そうだ。頭半分も覚えられる気がしない。正直興味がな
「思いやりのある人間関係に導いたり、高ぶった感情を落ち着かせてくれたり」
 彰吾の腹筋が瞬時に固められた。肩が持ち上がった。
 介の表情が削げ落ちた。
「愛と平和の精神に満ち溢れた人生に導いてくれるんだよ」
「ぶわっ」
 隣の男が吹き出した。大きな声で笑い始めた。
 介は沈黙したまま、目を据わらせて相槌を打つ気にもなれずに石を見下ろす。
「っははははははははははははっ!! ははははははっ、ひーそっかそうなのかあ!! 愛と平和……っ、愛と……!」
「そう笑うような意味合いじゃないぞ? まあ比較的女性性な石ではあるけど」
 カマとでも言いたいのか。
「おい彰吾聞いてるか? まあ、持ち主の中の怒りや悲しみ、苦痛や執着って言った、否定的な負の感情にも働きかけて、いい方向に持って行ってくれる石ってことだよ。人間関係を良好にすることができる、平和のシンボルって石だな」
「ははははははっ! よ、よかったな介、人間変われるって石にも教えてもらえたな!!」
「黙れよ」
「ははははははははははははははっ! 早速変われてるなー!!」
 淡々と言い返したはずなのに笑い飛ばされた。背中を勢いよく叩かれ続けて顔のしわを露骨に刻む。
 糸目一歩手前の目で彰吾を見やっていた輝石屋は、ついに机に突っ伏した男を放って介に目を留めた。
「大ウケだね。輝石って言うのもそうなんだけど、ヒーリングストーンは持ち主を選ぶんだ」
「はあ」
「君がその石に選ばれたってことは、これから君はいい方向に変われるきざしでもあると思うよ。いろんな人との繋がりを大切にするといい。まあ隣の男みたいなやかましいのも、耐えて慣れてくれば面白いってことだよ」
「ひ、ひどいなーその言い方……ひー笑ったー!」
「一番ひどいのは君だけどなー」
 とりあえずよくわかった。
 防音の結界と言うのはこういう男のためにあるのだと。
 
 
 この世界の仕組みや魔術について、詳しく教えてもらった。彰吾が独自に作り上げた、七段階評価の属性適応表を埋めて、介がどの属性にどの程度適性があるのか、また魔力量がどの程度あるのかという計測を、彰吾が直々に行ってくれた。
 あの輝石屋のマイペースさとなんとなく人の読めない言動に警戒心を強く抱いたが、驚くことに輝石屋が言ったことは全て当たっていた。
 水属性の魔術を多少使用しても全く疲れが出ないし、光や風もさほど疲労がない。火属性は確実に相性が悪いと彰吾からきつく止められ、地や生命は平均的。闇属性は火ほど極端ではないが、若干相性が悪いらしく、簡単な魔術でも少し肩が凝る。
 その様子を見て、彰吾は驚いたような声を上げていた。
「介も平均的な魔力量よりも高い数値だな。魔術合戦させたらおっかなさそうだなあ。神崎と真反対か……」
「真反対と言うことは、彼は火ですか?」
「いや、闇だな。けど火のほうが使える。恐ろしい奴だよあいつは。光と生命以外適性が標準かそれ以上。かなり高いんだ。しかも魔力量が桁外れ。天才だよ」
 答えた彰吾が、嬉しそうに介を見やっていて身を引いた。そんな介の背を気軽に叩く彼に、介の体が強張り、彰吾が怪訝そうに介を見やった。
「――お前スキンシップ慣れてないのか?」
「……人付き合いが好きじゃないんです」
「そういうものじゃないだろう、それ――まあ、人に対して、世間話だとしても振れるだけいいか」
 表情を曇らせる彰吾の意図が掴めなかった。
 宿屋に戻る前に服を見に連れられる。介は似たようなTシャツとズボンを三着ずつ手に取った瞬間彰吾に「イケメンが勿体ない」と呟かれて固まった。店員にまで絶句されて、介は首を傾げながら会計を彰吾にしてもらった。
 金銭が一切ない状態では、誰かの手を借りなければならない現状が歯痒い。早々に関わりを断って、できることなら迷惑をかけることなく距離を置いて過ごしたいのに。
 衣食住を提供されて、これで関わりをすぐさま断ち切るのは、介には非常に難しいことだった。何かを返したくても、自分にそれができるだけの発想も知恵もなかったのだ。
 社会人になって、とっくに独りで生きていけると思い込んでいたのは自分だった。
 宿屋に到着して、彰吾へと元気に手を上げる少女が目についた。黒髪と茶色の目、八重歯が覗く笑顔。アジア系の顔立ちを見るに、恐らく日本人だろう。
「彰吾ー、こっちこっち!」
「おう、ユズ悪いな! ただいまー」
「……ご家族ですか?」
「ある意味家族だな。俺たちのパーティだよ。お、ヴィニ! 今日は参加するんだな」
 金髪に紫の目の女性が、穏やかに笑って介へと会釈してきた。おずおずと頭を下げる介は、彼女の真向いで露骨に怒りを滲ませている神崎が目についた。カルフは全く気に留めていない顔で介に自らの隣の席を勧め、神崎からそれとなく距離を置かせてくれる。
 彰吾はと言うと、黒髪の少女と神崎の間に納まっていた。
「紹介する、羽委はねいゆずとヤクシア・ヴィニアだ。ヴィニはこの世界の民で、俺たちに協力してくれてる。この辺りじゃ弓の名手って怖れられてるおっかなくて強くてかっこいい女だぞ」
「お褒めに預かり光栄ですわ。ヴィニアと申します。どうぞよしなに」
 笑顔の裏に浮き出た血管を、介は見逃さなかった。おずおずと頭を下げると、黒髪の少女が呆れた目で笑っている。
「本当彰って地雷の天才だよねー。羽委柚だよ。よろしくね、新人くん」
「神田介です。よろしくお願いします」
「よっろしくー! ねえねえ、神田くんって神崎と同じ学校出身なんでしょ? 神崎の小さい頃ってどんなだったの?」
「おいユズ――」
「覚えてません」
 きっぱり言ったからか、神崎の目尻が吊り上った。黙っていてほしいのだろうなと思ったし、事実だから言っただけだが、まさかまた吊り上げることになるなんて。
 早々にこのパーティから離れるべきだろう。これでは不和ばかりが起こる。
「おれ、学生時代のことあまり覚えていないので」
「あーわかるっ。楽しい記憶とかも結構薄れてきちゃうよね!」
「そう言うお前現役だろ、よく言うよ」
「現役って言っても高校生ですー、中学時代覚えてないの本当だもん。今の高校は楽しいんだけど、どうなってるんだろうねー」
「え?」
 事もなげに溢すユズは、にやりと笑った顔が楽しそうだ。色黒な彼女は口元でピースを作っている。
「あたしこっちに来て二年目。高校一年の時にはこっちにいたんだよ。学校楽しかったんだけど、輝石に選ばれちゃった後は、こっちでみんなと一緒に元の世界に帰る方法探してるってわけ」
 そのピースは二年と言いたかったのか。女子がよくやる写真撮影のポーズにしか見えなかった。
「ユズは中学時代自称根暗だったらしいもんな」
「自称じゃなくて名実ともにだよー。あたしの天下は自由研究があった小学校の頃までだ! って思ってたんだもん。高校で弾けることできてすっきりしたわ」
「その自由研究というものでは、何をしたのです?」
「そんなに面白いことじゃないよ? 小学校二年の時だと……四国の山を全部登って、全部の山のイチョウの葉っぱのサンプルとスケッチをしたの。代わりに夏休みの日記はイチョウのことしか書いてなかったけどね!」
「小学生がやるには壮大な自由研究だな」
「おかげで四国の地方新聞に一回載ったよ」
 神崎が呆れ果てて突っ込んだも、まるで効いた様子がない。介も四国の面積を考えて、ついでに東西に横切る山脈を地理の授業から掘り起こして遠い顔になった。
 とても小学生がやる自由研究ではない。
「中学生がやるならともかく……」
「およ? もしかして神田くんも四国来たことあるの?」
「ありませんが、子供の足で四国の山脈巡りはきついことぐらいわかります。八十八ヵ所巡りでもしんどいはずなのに」
「あ、うんそれは小学校に上がる前に終わった!」
 この少女、体力は化け物と見た。
 彰吾が朗らかな顔で「ユズ凄いだろー」と笑っている精神が本当にわからない。普通は呆れそうなものなのに。
「俺が三年、カルフが一つ先で四年ぐらいだったかな。神崎は二年前だったか? みんなだいたい一年以上はこっちの経験あるんだ」
「へ、へえ……そうなんですか」
「それでそれで? 神田くんの石はなんだったの? 気になるー!」
 ぎょっとした介は、慌ててポケットに手を入れた。彰吾がぶっと吹き出して、大丈夫だと笑いを堪えている。
「輝石狩りなんてのをやる連中もいるが、大抵自分の石の話はみんな、挨拶みたいな感じでするんだよ。そんなに警戒しなくても、異界の民だって言うことは魔術使う時の詠唱でバレるし、輝石の名前だってその時に使うからバレバレだ。大抵の人が気にしてないものなんだよ」
「肝心なのは輝石を奪われないことと、どこに持っているかを仲間以外に知られないことだ。肌に触れていなければ、輝石を通じて魔力を安定して操ることができぬ。大抵ブレスレットやネックレスにつけている連中が多いがな」
 そう言って、カルフはハイネックを捲ってチョーカーを見せてくれた。その中に嵌まっている、透明感が強い明るい赤の石が目を惹く。
「私の石はモスコバイト。日本では白雲母というそうだ」
「あたしアンクレットだけどねー。これこれ、オレンジカルサイトだよ」
「お前は頼むからブーツ履いてくれよ、足危ないだろ」
 羽委がオレンジの果肉を思わせる鮮やかな橙色の石を見せてくれた。
 これは、言っていいということだろうか。戸惑いながら、介は自分のラリマーを取り出した。
 海の色のような冴えた青に、全員が目を丸くしている。
「ラリマー、って言うそうです……カリブ海がどうとか言われましたが」
「海みたい、綺麗な石だねー!」
「あと世界三大ヒーリングストーンだっけか。いい石だよな」
 神崎がふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。羽委がくすくすと笑っている。
「何拗ねてるの神崎くん」
「拗ねてなんかないわ!」
「拗ねてるだろ。そうそう、こいつの石はヘマタイトって言うんだ。面白いぞ」
 神崎の耳に嵌まっているピアスを示した彰吾に、本人が嫌がっているのではないかと口にしたかったが、できなかった。
 パワーストーンと呼ばれるには、どうにも違う気がする工業用の鉄鉱石のような黒っぽい銀色の石。滑らかに磨き抜かれた黒さは黒真珠を連想させて、介は目を見張る。
「鉄みたいだ……」
「お、察しがいいな。和名は赤鉄鉱らしい。今日行った輝石屋の男がいただろ? あいついわく、こいつは相当な自信とプライドの持ち主なんだとさ」
 それは石を見ずともわかる。神崎の両耳にめられたピアスを見て、介は目を見張る。
「石が二つ……?」
「片方はダミーだ。そんなこともわからないのか」
 バカにしたような声音に、介はああと納得した。肩を透かされたと言わんばかりに苛立つ神崎に、羽委がまあまあとなだめている。
 ヴィニアが穏やかに笑った。
「輝石は、一人に一つ。この世界でも同じようなパワーストーンは存在しておりますが、あなた方が持ち合わせる輝石のような力はありません。彼はあくまで、ピアスにすることで魔術を発動するまでにどちらが輝石かわからなくするというだけでしか、使用しておりませんわ」
「魔術を使うと、輝石がどちらかわかるんですか?」
「まず輝石が保有する属性の色に光るからな、一発だ。さあて食うか!」


掲載日 2022/01/10


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