えっと目を丸くしたその時には、女将が運んでくる料理を彰吾が率先して手伝って持ってきていた。次々に運ばれる料理に目を白黒させていると、羽委が楽しそうに笑っている。
「今日は歓迎パーティーだよ! おっさけお酒ー!」
「日本人の十九歳は一応未成年だったはずだが?」
「この世界じゃ成人でーす!」
「国籍というもので、都合が合わなければ未成年という扱いになるそうですよ」
「なんでヴィニがそんなこと知ってるの!!」
「カルフ殿から伺いました」
「わーんカルフのばかーっ!」
「どうせお前は年がら年中酔っ払いの絡みだろうが」
「あ、神崎くんには聞いてないよ」
「なんだと貴様!!」
パーティー……?
自分の? まさか、なんで?
羽委がけらけらと笑って、やっと席に着いた彰吾に「動きすぎ」と笑っている。いつもの癖だなと、カルフが穏やかに笑っていた。
なんだろう、居心地が悪い。会社の歓迎会と同じ感じだろうと思おうとしても、自分に向けられる沢山の目に身を竦ませそうになる。
「それじゃ、介のパーティイン歓迎して乾杯!」
「かーんぱーい!」
グラスを持たされ、触れ合う音が響く。戸惑う介にも構わず、彰吾たちは食べろ食べろと色々なものを勧めてくる。
焼き鳥とかオムライスとか、揚げ物にサラダが少し。そのサラダがほしいのに、彰吾はところ構わず肉を回してくるから、介はうっと固まる。
「おれ、野菜で……」
「遠慮するな、しっかり食べろ」
「いや、あの……」
肉が苦手なんですと言い出しづらい。カルフが何かに気づいてか、苦笑してサラダを介の手元に持ってきてくれた。
そっと頭を下げて礼を示し、皿にサラダを盛ろうとして、気づいた。
とっくにオムライスやら肉やらで埋まっている。誰が載せたのかと見やって、彰吾が思ったより遠くに座っているはずなのにと皿を見て目を剥いた。
皿の影が立ち上がっている。肉を中心に皿に乗せていく。スプーンやトングの形を取って大量に盛り付けているのだ。
絶句する介の視線の先を見てか、カルフが目を鋭く神崎を睨んだ。
「神崎、載せすぎだ」
「そいつは肉が大好きだからな。オレからの餞別だ」
にやりとバカにしたような笑みを浮かべる神崎は、
カルフが気遣うように見下ろしてくる目も嫌だとは言いづらい。
「本当に肉が好きなのか? 先ほどあまり食べ慣れている様子ではなかったが」
「……脂身が苦手なんです。単純な好き嫌いですから、お気になさらず」
「いや、それならば自分の食べたいものを取りなさい。好きなものだけ残して、私に回してくれ。私は肉を食べなければならないからな……」
「いえ、さすがに子供のような真似は……」
「楽しんで食べてほしいのだよ。気にするな。それにこの場合の子供は神崎だからな」
「なんだと!!」
「わざと苦手なものを入れたのだろう。言い訳は聞かん」
カルフは優しくて
申し訳なく思いながらも、こんもりと盛られた肉の大半をカルフに頼んだ。あまりにも食べないと思われたのか、彼から驚かれた上に野菜だけでもしっかり食べるよう言われた。
彰吾が心配したような顔をしてくるから、本当に困る。
「お前食細いな……大丈夫か?」
「大丈夫です。だいたいこのぐらいで十分――」
全員から驚愕の目で見られ、介は戸惑った。神崎ですらも耳を疑っていて、介を凝視している。
「お前そこまで食細くなかったはずだぞ。肉は確かに途中から嫌っていたが……」
「……昨日から聞きたかったんですが、おれのことどこまで知ってるんですか」
「お前が親戚に一度引き取られて、学校が変わって、数カ月後に戻ってきたことは知っている」
身を微かに強張らせた。神崎はうろ覚えの記憶を辿るように唸っているではないか。
「確か中学の終わり辺りだったな……高校はクラスが一緒じゃなかったから覚えがないが。家族に何かあったのかと周りが聞いても何も答えなかったのはお前だ、詳しくは知らん。まあお前が独りでいたがるのはいつものことだがな」
「独りでって、お前何があったんだ……?」
「別に何も。普通の一般家庭です」
間髪入れずに答えて、介は目を皿に向けて黙々と食べた。変な空気になったこの場所が居心地悪くて、介は吐き気を堪えて食べ続けた。
その後、どんな会話をみんなとしたのかは覚えていない。思い出したような談笑があった気もしたし、神崎が羽委にいびられている姿も見たような気がするが、うろ覚えだった。
目を向けられることから逃げたかったのに、彰吾もカルフも羽委も、自分を構おうとしてくる。
怖かった。
逃げ出したかった。独りで吐きに行ける場所が欲しくて堪らなかった。
「風呂空いたぞー」
彰吾に声をかけられ、介は着替えを手に立ち上がった。極楽と顔に書く男は、介の顔を見るなり顔つきを変えてくる。もう何回目だろうと、介は内心うんざりした。
「ありがとうございます。お借りします」
「――お前顔色悪いぞ。まさか無理に食べてたんじゃ」
「いえ、食べられるだけ食べただけなので大丈夫です」
「……介」
怒りを
その姿を見てか、彰吾の目が一気に吊り上がる。
「――お前、独りでいたがったっていうの、単純に周りに馴染めなかったとかそういう部類じゃないな? それなら神崎の人嫌いのほうがよっぽどそれらしいよ。けどお前のはどう見ても原因が違う。何があったんだ」
「何もありません」
「親のことか?」
「だから何もなかったし普通の家庭で普通の学生でした。――風呂入ってきます」
足早に歩いてシャワールームに入る。鍵を閉める。
声を出さないように、震えながらも気をつけて息を吐き出した。
だから、独りがよかったんだ。
自分の話を振られても他人ほど学生時代に思い出がない。家庭の話を振られると逸らしたくて仕方がない。二日目にしてもう、ここから逃げ出したくて仕方がないのだ。
会社の人たちですらここまで食い込み気味に話をすることはなかったのだ。なのになんであの男はどんどんと人の地雷を踏みに来るのだろう。
シャワーを長めに浴びる。そうでなければ、部屋に戻った瞬間堪えきれずに吐きかねないだろう。酒も多少入れられているから、体調不良なんてことになったらまたあの彰吾という人間は構ってくるに違いない。
嫌だ。出たい。二十四時間共同生活なんて耐えられない。
もう腕には残っていない、いくつも痣があった場所を見下ろして、シャワーの蛇口を捻って湯を留めた。
今の時期が春でよかった。
点滴の跡も隠せるけれど……見られたら、また詰め寄られるだろうか。
不審に思われたくなくて、介は早々に体を拭いて服を着、シャワールームを出た。彰吾が真剣な顔でノートと古い本に向かって、机にかじりついているものだから面喰う。
意外だった。てっきり机仕事を嫌いそうな人だと思っていたのに。
近づく足音にすぐさま気づいた彰吾は、介を見つけるなり鋭くしていた目を人懐っこいものに戻していた。
「お、上がったか。ちょっとこっち来いよ」
「……何をされていたんですか?」
「まあ研究。俺たちが帰る方法とか、魔術とか、諸々な」
魔術まで研究?
信じられずに固まる介に、彰吾は苦笑していた。
「お前言いたいことあっても黙るタイプなんだな。内に溜め込みすぎるぞ、そんなのじゃ」
「……溜め込んだことはないです」
「嘘だな。お前みたいに感情表現乏しい奴の半数前後は、我慢とか諦めに慣れきってる連中だ。自分の意見を言わない奴って言うのは溜め込みやすい。弟がそうだったからな、わかるんだよ」
弟までいるのかと思ったそば、彰吾は苦笑いを浮かべていた。
「あいつらに対しては、俺が関わりすぎて我慢させすぎたのかもしれないけどな」
何かとつけて人に構う人なのだろうなとは思っていたが、妹も弟もそんなに彼に懐いてはいないのだろうか。介ははあと生返事を返して、渡されたノートに目を瞬かせた。
「カルフたちからもいくつか提供してもらった。お前の得意属性を中心にノート纏めといたんだ。魔術、それを見てこれから練習な」
「……わかりました」
「おう。あと、お前もうちょっと人に反発していいぞ」
何を言われたか一瞬わからなくて固まる介に、彰吾がおかしそうに笑った。
「なんでも『はい』とか『わかりました』とか言わなくていいんだよ。嫌な時は嫌だって突っ撥ねるようになれ。それが俺でも、神崎でも、ユズたちでもな」
「……はい」
「あと敬語そろそろ抜いてくれ、むず痒いんだ」
「無理です」
かすかに強張った口でなんとか言い返すと、彰吾が目を丸くした。
やはりまずかったかと身を竦ませたその時、ぷっと笑った彰吾が嬉しそうに笑いこけた。
「早速か! ざっくばらんだけどいいな、その切り反し!」
この人やっぱり頭がおかしい。まだ吐き気すら残る介には、到底理解できない人間だ。
普通ならきっと怒るとわかる。誰だって今みたいな言い方をすれば、怒るか残念がるか、なんだこいつと遠巻きにするはずだ。
笑い飛ばされるなんて思っても見なかった。
「明日から早速、お前がどういう職業が向いてるか見なきゃな。――ただ、昨日言った通り、最初は冒険者として俺たちと一緒に出向いてもらう。適性がなきゃその時は、お前が最初に望んだ通り一般職に就いてくれ。独り立ちしたいなら、生活が安定してきた時に自由にしてもらって構わない。それが俺たちのポリシーだ」
「えっ?」
「あ、追い出そうってんじゃないぞ。むしろ残ってほしいんだけどな、本当は」
目を丸くする介に、彰吾は苦笑している。
「神崎はああ言ってるけど、やっぱり知り合いが近くにいるって言うのは結構安心するもんなんだ。最初この世界に飛ばされた時、右も左もわからないし、知り合いとは連絡とれないし、結構応える奴らばかりだよ。それにヴィニア以外みんな、一度はお前と同じように独りになってどうしていいかわからなかったんだ」
呆然と見やる介に、彰吾はおかしそうに笑っている。
「考え方はそれぞればらばらだけど、俺たちみんなお前の助けになりたいんだよ」
「なんでおれなんかの……」
「そういうものだってことだ。あと自分なんかは絶対に言うな。それはお前をこれまで助けてくれてきた人全員の気持ちを踏みにじってる、最低な言葉だからな」
はっきりと断言されて、介は耳を疑いながらも、なんとなく頷いた。
彰吾の優しい目が見上げてきて言葉が出なかった。
「いつかお前にもわかる日が来るよ。というか、わかるように引っ張ってやるからな」
「いえ、あの、自立した……」
「うん断る!」
「はっ!? ……今言いたいこと言っていいって言ってたのに……!?」
「ああ、言っていいぞ。だから俺も言いたいこと言う。間違ってないだろ?」
快活に笑い飛ばされて、介は内心げっそりした。
この人、苦手だ。
冒険者としての依頼の内容は、既に彰吾とカルフが相談して決めていたそうだ。どういう依頼を次に受けたいかはある程度全員で話し合い、それに見合いそうなものを代表として彰吾とカルフが受けに行く。ここはそういうスタンスらしい。
この世界にも、ゲートという存在がいるらしい。仕組みとしてはこちらで発生したゲートが、向こうの世界にも影響を及ぼして悪さをしているという。だから異界の民とイドラ・オルムの民は、お互いの世界を守るためにゲートを掃討する。そういう協力体制が、自然と成り立っているのだそうだ。
一度仕事に出ると決めた彰吾もカルフも、羽委たちも。みんな表情が違う。真剣そのもので、介からすれば自分が仕事をしている時もあんな感じなのだろうかと思うぐらい、鋭い顔つきをしていた。
ゲートは街中にも潜んでいるという。今回討伐するゲートの周囲には魔物――異常な体格や見た目をした獣たちも発生していると聞き、絶対に羽委やヴィニアの傍から離れないように言い渡された。神崎も二人の傍に残り、彰吾とカルフが先行して周囲を見回している。
介がこの世界に降り立った最初の場所、境途の東側の森は、獣の姿が多く見られた。その度にヴィニアが狼を弓で射抜き、矢を引き抜いては次の狼を射抜きと、ほぼ一撃で獣を狩っていく。
イドラ・オルムでも名の知れた弓の名手だそうで、彼女の腕前は獣の喉元を的確に貫く矢の威力が証明していた。当てられない敵はほぼいないのではないだろうかと思うぐらい、遠くの的にも吸い込まれるように矢が飛んでいくのだ。
羽委が辺りを警戒して、ふと介の腕を叩いた。体を強張らせる介に、羽委が真剣な目で見上げてくる。