境界融和世界の幻門ゲート

前編 第02話 03
*前しおり次#

「神田くんは経験がないよね。現実世界でゲートに遭遇したことはある?」
「え? ……いえ、ないです」
「そっか。じゃあ先に言っておくね。ゲートは大半が魔物だけど全部強力な個体。魔術を撃たれたらどうしようもない場合が多いんだよ。大抵、あたしたちに飛んでくる魔術は神崎くんがストップしてくれてるんだけどね。万が一があるから、避ける準備はしっかりしておいて。主に靴紐はしっかり結ぶとか」
「は、はい――は? 靴紐?」
「バカにならないんだよ、靴がすっぽ抜けちゃって、足が土の中に隠れてた枝の割れた先に刺さって貫いちゃった人とかいるからね」
 ぞっとした介だが、神崎が目を怒らせて振り返ってきた。
「やかましい!!」
 あの人だったようだ。
「あと彰吾と喧嘩して、このパーティ抜けてやる!! なんて叫んで、隣町の行き方もわからないのに走っていったくせに、道わからなくて迷子になった挙句魔物に追いかけられて戻ってきたせいで、怒られた人とかいるからね」
「羽委黙れ!!」
 やっぱりあの人だったようだ。
「それからそれからね!」
「靴紐しっかり結べばいいんですよね」
「うんそうしてね!」
「神田貴様覚えてろ!!」
 何をどう覚えていればいいのかわからないので、とりあえず靴紐をしっかり結び直した。彰吾がカルフの肩に掴まって笑い転げていた。カルフから邪魔だと言われても気にしていなかった。
 この人たち、なんなのだろう――
「あら、あちらから来ましたわね」
 ヴィニアがにこやかに笑っていて、介は耳を疑って振り返った。彰吾がすぐに頷き、腕の輝石を確認すると、カルフと若干位置を離れて前に進み出る。
 大きな体躯の、獣。
 熊にしては、二階建ての建物といい勝負をした背丈に介は言葉を失いそうになる。腕に至っては樹齢四十年の木よりも太く、長い毛が全く力を通しそうな気配を見せてくれない。
 神崎が平然と見上げて、「なんだ」と退屈そうに溢した。
「またこいつか。最近はつまらない相手しか出てこないな」
「まあまあ、そうおっしゃらず。一撃で沈められそうです?」
「舐めるな。彰吾、カルフ、詠唱は手短に終わらせる。通すなよ」
「おう、任せろ。ただお前命令口調そろそろきついからなー、ちゃんとなお」
「開け幻門ゲート、我が門は闇」
「はい聞いてないなー後で折檻」
 彰吾の手にナックルが現れる。火で形作られたものだと気づいた時には、彼は獣へと単身突っ込んでいった。
「ヘマタイトの輝石をもって力をここに具現する。顕現せよ闇。たける力をくじく重圧となれ」
 突如獣が地面に叩き伏せられた。苦しげな音を漏らす熊へと、彰吾の拳が吸い込まれるように食い込む。
 爆発。
 炎が熊の背を焼き、彰吾が軽やかに飛び降りるなり蹴りと拳を見舞い続けるではないか。気のせいか、彼の口からも何か言葉が漏れているような――
「顕現せよ火。巻き起これ、武帝の一撃。悪しきを葬り焦土とせよ!」
 拳を見舞ったそこから、勢いよく火柱が上がって介は目を見開いた。
 一昨日の火柱と同じものだ。獣が吠えようとして、重圧に苦しんで動けない姿に絶句する。
 神崎は平然と魔術を紡いでいた。
「顕現せよ闇。至高を穿うがつ混沌たる槍となれ」
 槍が熊の心臓を貫いた。
 一瞬震えた手足が、力なく動かなくなる。広がっていく紅に、神崎はふんと鼻を鳴らした。
「手応えがないな。最近初歩中の初歩の魔術で終わってばかりだ」
「神崎ーお前もう少しな――お、大ぶりの魔石だ。ありがたいなあ」
 黄色い光を宿した、アメジストのような拳大の石を手に、彰吾は熊を見つめて目を閉じ、黙祷もくとうをしていた。
 呆気にとられていると、彰吾は苦笑して介に振り返っている。
「討伐依頼っていうのはな、こういう魔物が主になるんだ。まあ、たまに賊退治とかもあるけど、おおよそ仕事は選べる。命のやり取りって言う点では変わらないけどな」
「なんだか、魔物退治は狩猟みたいな感じですね」
「……そう捉えるか……」
 なんだろう。彰吾たちの表情が苦いものを含んだような笑みに変わっていた。
 後ろで辺りを見回していた羽委が、うーんと首を捻った。
「ねえねえ、この魔物だけじゃないと思うよ。そいつ最近魔物になったばかりだと思うけど……辺りの木がへし折れてなさすぎ。他の痕跡とかありそうなのに。被害届があった魔物じゃないんじゃない? こいつ」
 え?
 耳を疑った介だが、彰吾が表情を切り替えて周囲を見渡した。入り組んだように木の根が張り巡らされている森の中、男は倒木をいくつか見て頷いている。
「そう言われればそうだな……わかった、もうしばらく探索してみるか。他の住民に危害が及ぶようなことがあったら大変だ」
「よーっし、じゃあ見て回ってくるよ! あ、神田くん借りてくね! ヴィニも一緒にいこー!」
「は?」
「あら……そうですね、むさ苦しく頭に血が上りやすいような方ではありませんし、構いませんわよ」
「おいヴィニ、なんかとげ刺してないか!? って、介を連れていくのはまだ――」
「だーいじょうぶ! ちゃんと守るから! お姉さんにまっかせなさーい!」
「お前この中で一番年下だろうが」
「神崎くんすぐそういうげ足取るー! だからモテないんだよ!」
 余計な世話だと神崎が吠えた。介から見ればどちらも同じ部類にしか見えなかったけれど。
 羽委がご機嫌に介の手を掴んだ瞬間、介はびくりと肩を震わせた。羽委が目を丸くして、にんまりした笑みを見せる。
「さーては、女の人に慣れてないなー? じゃあ慣れるためにもゴーゴー!」
 引きずられていく。足を必死に立てて踏ん張ろうとしたが、少女は思いのほか力が強――くはなかった。
 自分が弱いだけだった。
「あいつ名実共にもやしか……! はははははは! 無様だな!!」
「お前そんなんだから友達ができなかったんだろ。介のせいじゃないな、これは」
「違うあいつのせいだ!! 友達なんぞ温い環境に浸る気はさらさらないがオレの」
「あーあーはいはい。ご高説痛み入ります。俺らも探すぞー」
「聞けえ!!」
「うん? まだ論じるのか? 私は早く終わらせて明日の仕事に備えたいのだがな」
「カルフは土木やるかこっちやるかいい加減白黒つけろ!!」
 森の中によく響く声だなと、介ははあと溜息が漏れたのだった。


掲載日 2022/01/10


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