境界融和世界の幻門ゲート

第07話 02
*前しおり次#

 奏の顔つきがきつく変わる。しゃくさわったのか、大きな目を睨むようにしかめた。
「舐めてません。自分独りで何もできないことぐらいはわかってます。でももう黙って守られてるだけは真っ平ご免なの。助けてもらった命を、他に助かるかもしれない人たちのために使いたいんです。前に出ることを舐めるって言われたくもないです」
 ――真っ向から悠里に言い返す人を、家族以外で初めて見た。
 ただ火に油だ。彼の顔がしかめられているうちはまだマシだと思えたが、段々と目が据わってきている。
「目は気に入った。けど、口先だけではいくらでも言えるぜ? お前の言葉じゃ気持ちが伝わんねえ。魔物の恐ろしさわかってんのか、彼奴らは無作為に殺意向けんだぞ? それに奴らは俺たちと同じ人間だったかもしれねえ奴らだ」
 そうだ。彼らはもとを正せば、同じ人間だ。鏡だって一度立てた覚悟が簡単に揺らいだ。
 助ける方法だってない。そんなものを探しているうちに被害は拡大する一方だ。どちらを天秤にかけるか、そうやって悩んでいる時間は戦いの中には存在しないのだから。
「そいつら相手に独りで立ち向かって潰れねえわけねーだろ、肉体的にも精神的にもな。それでもお前、独りで行く気?」
「今足りないなら足掻あがいてでも手に入れます。同じ人間だからこそ、あのままにしたくないんです」
「――無謀だね。というより、支離しり滅裂めつれつだなあ」
 介も無表情に口を開いている。奏は睨みつけるまではしなくとも、表情はやや険しい。
「気持ちでどうこうなる世界じゃないよ。それに君のその突っ走り方は、『助けられた命の使い道』っていうものを全く考えていないように見えるね。全部点と点ばかりで線になってない。ましてや筋としても立っていないよ。子供の夢物語だ。やめておいたほうがいい」
 ぐさりと刺さる言葉は、鏡と御影も言葉が詰まりかけた。
 それでも目の色を変えない奏は躊躇ためらいを見せずに口を開いた。
「夢だ不可能だって諦めるほうがバカらしいですよ。その時間を打てる手打ち抜くことについやさないと始まらないでしょ」
「――守るって一言で言うけど、お前さ……守るために自分が傷つく覚悟、できてんの?」
「むしろ、その覚悟を尋ねられて、『できてます』って一言で終わらせる人を、信用できます? 私なら斬り捨てます」
 胸がずきりと痛む。
「そりゃ道理だ。だが、それをできてねえ奴にゃ守りたくても守れねえ。生半可な覚悟なら捨てちまえ」
 きつく手を握っていたのは、御影なのだろうか。
 自分だろうか。
「戦いに一度も出てない女はすっこんでろって感じのセリフ、大っ嫌いなんですよね。生半可かどうかを決めるのはあなたじゃなくて現実でしょ」
 沈黙が降りる。苛立たしげに溜息を洩らした悠里は奏を睨んだ。
「んじゃ、ちょっと失礼ッ!」
 黒が女性の肩を狙う。
 寸前で止まる。
 ぴたりと制止する足を、彼女は見ていない。ただじっと悠里を睨み上げている。体は全く位置をぶらさない。
 その目を見て、彼は無表情に足を下した。
「現実はこう甘くねえ。今は寸止めで終わってやったけど、これとは比べもんにならねえ。それでもやる気?」
「やり抜きます」
 悠里の目が細められる。そうかと溢した彼の声は、まだ低い。
「絶対ビビらねえ、弱音吐かねえってなら一日付き合ってやる。それで無理ってなら魔物倒す以外にやれること考えるんだな」
「――どうせ下手なガードしてても甘い、って斬り捨ててたでしょう」
「いんにゃ。さっきはああ言ったが、守るってのは『他人』だけじゃなく『自分』も含まれてんだよ。守る奴がいない時は自分を大切にしな」
「……え……?」
 一瞬のうちに困惑する女性は、瞳をやっと揺らしている。その様子にまた苛立ったのか、彼はかすかに口をゆがませていた。
「介。次の依頼、魔物討伐な」
「――そうだね、聞いてくるよ。今のうちに武器見てもらっておいて」
 頷く彼に、介が小さな声で「同族嫌悪しすぎ」と釘を刺して出て行った。悠里は悪びれた様子もなくぼやいている。
「ばれてたか」
「……すみません、まだ名前聞いてないんですけど……」
「……楯山たてやま
 素っ気なく名字だけ名乗る悠里に、奏は小さく反芻はんすうして頭を下げた。
「時間をいていただく以上は、無駄足を踏ませないようにします。よろしくお願いします」
「必要ねえと思ったら切り捨てるから」
「はい。私、他の準備もしてきます。失礼します」
 御影が、優しく鏡の手をでてくる。
 はっと気づいた時には、御影と繋いでいた手は汗で湿っていた。心配そうに見上げてくる彼女にぎこちなく笑む。
「大丈夫。――悠里、武器見るんでしょ?」
「ん、ああ……わり、怖かったか?」
 御影が小さく首を振っている。鏡も呆れた顔で彼を見上げるぐらいには、まだ心にゆとりはあった。
「あれ、ただの同族嫌悪だったでしょ」
「……やっぱばれてたか」
 彼がここまで怒りをあらわにするなんて、久しぶりに見たのは確かだ。
 いや――もしかしたら、怒りよりももどかしさかもしれない。
 介が言った通り、同族嫌悪という名の。
 
 
「あっ」
 武器屋の店主、エルデ・シャッフェンという少女から武器を購入したはいいものの。店を出て目を丸くする鏡に、御影が不思議そうに振り返った。
「どうしたの……?」
「……来栖くずみさん……だよね? 全然連絡先交換してないけど、よかったの?」
 途端に悠里の表情がまた不機嫌になる。これは彼が動く様子はないだろう。
「別に。それで向こうが来ないってんならそれまで……」
 じとり。
 目を据わらせる鏡に、悠里が押し黙った。
「自分で吹っかけておいて、それは無茶苦茶だと思うけど? 悠里が言ったんだから自分でやってよ。僕手伝わないから」
「……」
 悠里の口から出たのは溜息だ。そのまま踵を返して、東京よりも各段にまばらな雑踏へと姿を消していく従兄を見送る。
 鏡は肩を竦め、御影がじっと悠里の背中を見送る姿に気づいた。
「大丈夫だよ。僕らが探すより土地勘あるだろうし、それに自分で言い出したんだから責任持てって、悠里自身が言ってきた言葉だしね」
「あ、ううん、それもなんだけど……来栖さん、なんであそこまで戦おうとしてるんだろう、って思って……」
 鏡もあ、と口を開く。
 そういえば、彼女が戦う理由なんて全く聞いてもいなかった。自分や御影の時も、悠里たちは理由を聞かなかったけれど……
「きっとね、ほとんどの駆け出しの人たちって、悠里さんや介さんの言葉に何も言えなくて、黙っちゃうと思うの。来栖さん、絶対黙りたくないって感じで、ずっと言ってたから……戦わなくていいなら、戦わない方法を探していいと思うのに」
 御影は、今き気味に自分たちについてきている。他の場所で生きていくにも、正直彼女は人と会話するのに相当苦手意識を感じていて、孤独な場所に放り込めなかったのもある。
「……御影は戦わない方法に、行きたかった?」
 本心を聞いていなかったなと、改めて尋ねると、彼女は首を振った。
「私がここから逃げて、鏡くんたちが傷ついて、どこかでつらい思いするのだけは絶対に嫌。足手纏いにならないように、鏡くんたちにいなしの仕方教えてもらいたいって言ったのも、自分で言い出した以上……鏡くんたちに甘えてばかりはしたくなかったの。だけど……」
 御影の言葉は、遠くに見える黒衣の青年の先を見て、途切れていた。
「来栖さん、どうしてあんなに必死に、戦ってるのかな……自分を追い込んでるみたい」
 
 自分独りで何もできないことぐらいはわかってます。けどもう黙って守られてるだけは真っ平ご免なの
 
 戦いに一度も出てない女はすっこんでろって感じのセリフ、大っ嫌いなんですよね。生半可かどうかを決めるのはあなたじゃなくて現実でしょ
 
 ――自分を追い込む、か。
 考えられないわけじゃない言葉だった。本当なら悠里の忠告だって、流すだけ流して去り、自分の行動に移ればよかったはずだ。
 けれど彼女は退かなかった。
 彼女の目的が見えないから、なおのこと止めにかかろうとしたのだろう。
 悠里も、介も。
 
 
「ああ、おかえり――悠里は?」
 宿屋に戻ると、じっと地図を睨んでいる介が顔を上げた。そんな彼の鋭い問いに、鏡は肩を竦める。
「奏さんに連絡先渡してないから、行かせました」
「ああ……彼女と二人きりは相当、互いに火に油だと思うけどなあ」
「自分でいた種ぐらい、自分で拾わせます」
「意外と君スパルタだね」
 心にもない言葉だ。介はやれやれと首を振って、腕組みしている。
「おれも依頼を受けながら思い出したんだけどね……来栖さん、どう考えても言葉に矛盾があるだろう? ギルドに顔を出して聞いたら案の定、パーティを探して回ってた女の子だって引っかかったよ」
「え、来栖さん……もうパーティを、探してたん、ですか?」
 困ったことにねと、介は苦笑いしている。
「で、色んな冒険者が断ってる。まあ当然だろうね。彼女は理由を一切言わないんだ。度胸は据わってるけど、信用されないから遠巻きにされる。少ししてぱったり、彼女はパーティをつのらなくなった」
「……でも、彼女は行動に移そうとしていたんですよね……」
「引っかかるかい?」
 鏡は黙って首を振った。
「多少は。でも、今回は悠里が面倒を見るって言い出したんですから、悠里に任せます。――介さん、依頼を受けながら思い出したことって、別にあるんじゃないんですか?」
 途端に、彼は苦い顔になった。口を滑らせたと言いたげで、皮肉げに笑う。
「――この世界に飛ばされた人の中に、この世界で近親者を亡くした人もいるかもしれないとは、考えたことはあるかい?」
「――少しだけ。奏さんがそうなんですか?」
「いや。彼女自身じゃないと思うよ。けど――彼女がパーティを募らなくなった理由にそれがあるのなら、と思ってね。いずれにせよ向こう見ずな話だ」
 まだ悠里も、この世界に慣れていない時期だったから忘れかけてたよと、介は自嘲気味に笑っている。
「彼女を助けた事件がね。――このイドラ・オルムに飛ばされて、必死に生きていた二人の親子が関わっていた事件があったんだ。父親と娘。早く現実世界に帰って、母親に娘を会わせてやりたい父親は、ゲートに関する知識も、輝石に関する知識も少ないままに、前線に出ようとして散々魔術を酷使こくししたらしい」
 耳をうたがった鏡と御影。介はシャーペンを回していた。
「当然、父親の輝石は壊れてゲート化した。娘を守ろうと、本能だけで大量に人を殺戮さつりくしていくようになった。その彼にとどめを刺したのが、おれと悠里だよ。――悠里にはこの経緯いきさつ、全く話してないけどね」
 それはきっと、悠里への介なりの優しさかもしれない。
 躊躇ったら死んでいたのは彼らだっただろうとわかる。
「その時、殺されかけたうちの一人が来栖さんだったよ。彼女もリトシトさんに頼んで、異界の民であっても助け合って生きていける場所に移してもらったんだけどね」
「……飛び出してきたんですね、彼女……」
「だろうね。何を理由にそう思ったかは知らないけど。――『黙って守られるだけは真っ平ご免』、ねえ」
 テーブルに置かれた水を飲みほす青年は、コップを投げやりにテーブルに置いた。
 きつく叩きつけるような音が響く。
「だから現実を見てない奴が言うのは苛々するんだ」
 また、心に刺さるとげ
 それでも介が言いたかったことを考えると、鏡は黙って彼を見下ろした。
 ――彼の本心であって、嘘な言葉。
 それはきつく固められたコップが震えている事実だけで、十分わかるものだった。


ルビ対応・加筆修正 2020/11/22


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