「出てけ人殺し!!」
声と共に、石の音がいくつも響く。
墓場になんて、あの女がいるはずもないと思っていた悠里は思わず足を止めた。
共同墓地は、ゲート化して殺された人の墓も存在する。
墓地の一番
その墓の前で、焦げ茶色の髪の女性は黙って石を投げられ続けている。後ろからでもわかる、菊と、百合と――名前もよく知らない、白い花が
石を投げつける少年は、歯を食いしばって怒りを
「もう二度と来るな……! お母さんに近づくな!!」
「……もう夕方だよ。そろそろ帰らないと危ないし……みんな心配してるよ」
「うるさい!」
石がまた投げつけられる。
「あいつらなんてどうでもいいよ、ぼくの帰るおうちはあそこじゃない!! もうここに来るな、来るな!! このっ――!」
拳大ほどの石が細い腕に持ち上げられ、投げ飛ばされる。
舌打ちが
石を手の平で受け止める。通りのいい音が手の平で生まれ、
少年が
「無抵抗だからって、女に手ぇ上げるのは最低通り越してクズのやることだぜ」
「だ、誰だよ……!」
「ちょ、なんでここ……! い、いいですからあっち行ってください!」
聞く耳なんてくれてやる気もない。少年が小さな拳をぎゅっと固めて、恐怖を隠さずに見上げてくる。
「そいつ人殺しなのに、なんで
「人殺しかそうじゃないか、っつったら人殺しだわな。魔物倒すってことはそういうことだ」
冷めた目を向ける。相手は子供だとわかっていても、奏自身の問題だとしても、黙って見ているのは自分の中で何かが違った。
子供相手にここまで言ったと言えば、介がまた
「……お前にとっちゃ、俺みたいなの、悪人だろう?」
「そうだよ、悪い奴らだよ! お母さんも、こっちに飛ばされちゃった人たちも殺してるんだもん、人殺しだよ!」
「んじゃ、例えばお前にとって大事な奴が魔物に襲われてたら、お前はどうする?」
「大事な人なんてもうこの世界にいないよ、そいつが殺したんだ!」
突きつけられた指は、奏を指していて。奏の目は無表情に見開かれているだけ。
目の周りが強張っていることぐらい、簡単に見抜けた。
無理をしているのが丸出しだ。
だが、これでだいたいの事情は察せられた。悠里は小さな指を、その持ち主を見下ろす。
「なるほど。お前はゲート化しちまった大事な奴にビビって動けなかった、と。このねーちゃんがいなきゃお前はどうなってた? ちゃーんとそこまで考えてみな」
「お母さんは僕を守ろうとしてただけだ、悪い奴らをやっつけてくれてただけなんだ! お母さんをあんな化け物と一緒にするな!!」
石を投げつけられる。今度は受け止めなかった。奏が止めようと開いた口を
痛みなんてどうでもよかった。かすりすらもしなかった。
それだけ、もう子供の目が泣きそうになっているのだって、鮮明に見えるのだ。
嫌な重なり方をする記憶が、影をちらつかせる。
「母さんがそうなった理由ってのはお前を守りたかったから、だろ? そうなっても母さんは、お前は狙わなかった、守ろうとした……けど、他の人間は狙う、それこそ人殺しになっちまった。お前は母さんが人殺しになるの、許せるの?」
「お母さんは違う……!」
ぐしゃぐしゃに歪んだ顔。きつく固められた拳が、黒の喪服の先から出ていた姿と一瞬重なる。
どいつもこいつも、意地を張ることしか覚えていないのか。……いや、人のことは言えなかったか。
「……力は時として人を飲み込む……ってな。倒さなきゃお前も、そこのねーちゃんも死んでたかもしれねえ。……今までつらかったな」
伸ばした手で、少年の頭を少しだけ乱暴に撫でる。その手を小さな手が払いのけて、涙を浮かべた目で睨んできた。
「お前になんかわかるもんか!」
わかるに決まってんだろ、俺も――
口の先から転がり出そうになった言葉を飲み込んだ。小さな背はそのまま走っていく。
路地の向こうへと姿を消していった少年に、奏の目が伏せられた。
悠里へと向き直って、頭を下げてくる。
「すみません。あの子の言ったこと、本当です……あんな言葉まで楯山さんに……ごめんなさい」
「……話したくねーことだろ、無理して話す必要ねーよ。話したくなったら聞き手ぐらいにならなってやる」
不器用の塊だ。まっすぐすぎて曲がることもできない。ぶつけたくてもぶつける先を自分で作らないよう
悪循環だ。
そっぽを向いて言ったそば、奏は花を墓に添えて、彼女もやはりそっぽを向いている。
「楯山さんにまで聞かせたくなかったです、正直」
「あーそう。生憎と黙って全部受け入れて、自分のせいって抱え込んで諦める性分はいっちばん嫌いなもんでね」
「そういうつもりじゃないです……言ったらそのことに甘えてるみたいで、嫌だったから……」
固められた拳も、嫌気が差す。
こいつは潰れる。放っておいたら、簡単に。
「はっ、気づいてない辺り、後で押し潰されるのが目に見えるわ。落ち込むのは構わねえけどさっさとしてくれる? 待たせてるんだからな」
「……落ち込んだりなんかしません。そんなの元の世界に帰ってから蓋開けます」
悠里は顔をしかめた。固められた拳が嫌でも目に入る。
「……手、血出るぐらい握りしめてんのは落ち込んでるっていうんだよ、ばーか」
「人が黙ってる感情ぐらい突かないでくださいっ」
泣きそうになっているくせに強がりばかり。よくもまあ、そこまで溜め込んでおいて大丈夫だと言えたものだ。
放っておいたら危ない。けれどそんな彼女を見ると、どうしても昔の自分と重なって歯がゆくなる。
「その感情、発散しとかねえとゲート化早まるから言ってんだよ」
「……わかってます。でも……泣いても
「わかってねえから言ってんだ」
「だからって人にこんなのぶちまけるの……したくないです……」
「人相手じゃなくても発散する場所あるだろ。……死にたいなら勝手に死ねばいい。けど、お前やりたいことあんだろ? それやり
声が低くなっている自覚はある。奏がゆるゆると首を振った。
「……死に急いでなんてません。あの子も――この世界に連れてこられて、苦しんでる人たちも帰る方法探さなきゃいけないのに、死んでなんていられないです」
舌打ちが零れる。
心までボロボロになっている、石も投げつけられて傷だらけの女に、そんな荒療治をする趣味はなかった。
「そこまでわかってて、なんで肝心なことに気づかないかね……」
介がイラつくわけだ。
昔の自分が取っていた行動を思い起こさせるこの女性を見ていると、この世界に来て数ヶ月、介と
人のことを言えないくせに人のことに口を出し続けてきた彼の苛立ちを、やっと理解した気になった。
やるせなさそうに墓を見つめる女性は、拳を握りしめたまま。
「……肝心なこと……かあ……」
「それ、わかるまで宿題な」
「え? ……は、はい……」
介からメールが飛んでくる。開いて読むと、依頼を
――また獣狩り。まあ、まだ現実を突きつけ続けるよりいいという介の判断だろう。その辺は彼に全て任せている以上、口を挟む気はない。
ぽかんとした顔で振り返ってくる女性は、まだあどけなさが抜けていないようにも見える。
「わからないうちはただ死に急ぐだけだ、提出はなる早な?」
「……はい……今回限り、じゃ……ないんですか……?」
「今回中に見つけろってことだよ、死に急ぎ野郎」
「だ、だから死に急いでなんて……!」
あ、しまった。女に野郎は違うか――まあいいや。
彼女の言い分には聞く耳を持つ気はない。困惑した様子で、やがて墓に手を合わせた後立ち上がる彼女は、悠里に頭を下げてきた。
「あの……ありがとうございます。色々と……」
「俺なんもしてねーけど?」
途端に後ろから聞こえてくる、くすくすと笑う声。
「してくれましたよ」
「じゃ、俺の身に覚えはねーから好きに思っとけば?」
「そうします」
――してやったつもりは全くなかった。
ただ、見ていて腹が立つ。それだけだ。
勝手に過去の自分を重ねて、勝手にもどかしさに苛ついている。
それだけだ。
「おかえり、悠里――あ、
鏡は目を丸くして、悠里と奏を部屋に迎え入れた。おずおずと近づいてきた御影が、奏の手足の
「な、何かあったんですか、大丈夫ですか……!?」
「え? あー、これぐらい大丈夫ですよ。気にしないでくださ――」
「気にします!」
はっきりと声を出す御影の剣幕に、奏は口を
鏡は御影に微笑んで、奏へと目を据わらせる。
「そうだね。奏さん、傷見せてください。医学は多少勉強していますから、処置できます」
「っておい、いつ医療道具揃えたよ」
「さっき介さんに頼んでついてきてもらったんだ」
介へと、悠里が生暖かい顔で手を上げて礼を示している。介は気にした様子はなく、傷を見て鏡と共に手当てに移る御影に苦笑していた。
「依頼内容を説明するよ。今日
「はい」
鏡が頷くと、悠里が介に目を向ける。
「――もう時期だろ。任せるぜ?」
「わかった。そういう約束だしね」
約束? どういうことだろう。
奏の応急手当てを終えて、鏡は悠里を見上げる。悠里は鏡と御影、そして奏を見やると、事もなげに口を開いてきた。
「お前ら三人に今回は任せる。俺は後ろで待機な」
「ああ……なんだ、そういうこと」
動じなかった自分に、介がへえと笑んでいる。
「いいのかい? ただでさえ今までと陣形が変わるのに、さらに一人抜けるって宣言だよ?」
「あくまで後ろで待機なら、後衛の防御は悠里に任せていいってことでしょう? なら御影と介さんの安全は確保できます。僕らは前に十分集中できるのでいいですよ」
「ざっくり言うと、監督をパシる気だね……」
「前は任せたってことなら、そういうことでしょう?」
悠里が生暖かい顔で見下ろしてきたが、彼が溜息をついたことで笑みを浮かべる。
了承は得た。奏を見やると、彼女は真剣な眼差しで聞いている。
「奏さんも、戦う時は格闘技ですか?」
「あ、えっと……はい、そうですね。バットがあると本当はいいんですけど、この世界見かけなくって」
「バット!?」
さすがにその一言には鏡だけでなく、悠里も介もぎょっとしている。御影が不思議そうに奏を見上げた。
「……料理に使うあれ、ですか?」
「いやそれじゃないでしょ!? 野球とかで使うバットじゃないの!?」
「あ、はい、そっち……料理の方面で言われるとは思わなかったわ……」
頭を痛めた奏の言葉に、御影がおろおろとしている。介が生暖かい顔で奏を見やった。
「おれとしては君の口からバットを聞くとは思わなかったけどねえ」
「私元々野球やってたんです。だから同じ殴るでも、バットのほうがやりやすいんですけど……代用できそうな武器見つけられなくて」
「モールやメイスだろ、探すなら……ってか、それでメリケンサックなんて買ってたのか」
「あ、それですけど。私近所の道場通って多少は武術習いました。楯山さんが言うような無茶はしてません」
気のせいか、奏から感じる悠里への
悠里がどう思っているかはともかく、奏の中では悠里に対する心境の変化があったのだろう。ずっとギスギスとした雰囲気を作られるよりずっといいし、これで二人が喧嘩三昧だとこちらの心が折れていた。
奏が鏡と御影に手当の礼を言って、彼女は焦げ茶色の目で介を見やっている。
「動くなら今すぐに、ですか?」
「そうだね。そのつもりだよ」
「わかりました。――みなさんよろしくお願いします」