境界融和世界の幻門ゲート

前編 第03話 02
*前しおり次#

 神崎は元々、小学校の頃から物知りな人間として有名だったのだ。ただその知識がオカルトに傾き出した辺りから、勉強で勝手に張り合われていた介が鬱陶うっとうしさのあまり「神崎の知識ってオカルトって言うんだろ。空想を追いかける」と不躾ぶしつけもいいところな指摘をしたせいで、神崎は一気に変人扱いを受けたのだという。
 ただ、介は言った覚えがなかった。むしろ覚えがあったのは、「勉強以外の知識を学校でひけらかして楽しいか」という、やはり可愛げがないんだろうなと思う内容だった。
 確か神崎には妹がいたはずだ。何度かその妹に関係することで因縁をつけられては勝負を挑まれ殴りかかられ、運動をほぼやっていないにも関わらずいなしと避けを覚えたのはこいつのせいだった。下の名前などそもそも憶えてすらいない。彰吾たちから聞かれたも、神崎は頑として話さなかったそうだし、介も興味がなかった。
 神崎は介と違って体育に参加するなど、運動する機会はあったはずだ。だが本人は運動はからっきしで、この世界でも魔術以外まったく取り得もないし、興味もないという。
 やっぱりオカルトオタクだった。
 そのオカルト好きも功を奏してか、この世界では――いや、彰吾たちにとっては、神崎が持つ罠の知識や魔術の知識のおかげで、随分と助けられたそうだ。遺跡というものに潜らなければ新たな魔術は手に入らないし、そこで手に入れる古文書の収集率にも影響する。古文書からわかる内容の中に帰る糸口があるのではと、彰吾たちは考えているそうだ。
 正直、介からすれば帰っても帰らなくても、どちらでもよかった。向こうで自分の体の周囲から魔物が溢れているのではないかと思うと怖かったけれど、だからと言ってあの世界に帰って、元の日常に戻りたいとも思えない。
 今もこうして、遺跡に行く前に介が戦闘に慣れるようにと、何度も集中して魔物退治に繰り出してもらっているけれど、元は魔物も人だったのだと思い返すと身が竦んだ。
 人殺しになる自分を想像して、吐き気がした。
 そうやって躊躇っているから、いつもとどめは彰吾や神崎、ヴィニアが刺すことになるとわかっていても。
 二週間も経つと、介がいるならこのパーティを抜けると吠えるのにも諦めがついてきたのか、神崎はバカにしたような顔で見てきた。
「相変わらずだな。オレも人と関わるのは反吐が出るが、あいつらを追い出すまではしたことがないぞ。世話になっている自覚があるだけまだオレのほうがましだな」
「それ生活能力のなさを棚に上げてるだけじゃ」
「なんだと!!」
「おー神崎! 介もこっちに……お前らまた喧嘩か?」
 出た、構いたがり。
 苦い顔をする神崎と介は、すぐにそっぽを向いた。神崎が店の出口へと向かう中、彰吾が頭を掻いて神崎を見送っている。
「いつものとこか?」
「ついてきたら魔術の実験台にしてやる」
「はいはい、行かない行かない。ハリネズミだなーお前は」
 表の通りにあっさりと姿をくらませた神崎を追いかける気など、介には毛頭ない。ただいつものところという響きに、少しだけ引っかかりを覚えた。彰吾を見やると、彼は欠伸を一つ交えている。
「いつものところって?」
「あー……介が初めてゲートを見た場所があったろう? 広いドーム状の、森の中の空間だ」
 問われて、介は瞬時に顔を曇らせた。彰吾は苦笑いを溢して肩を竦めている。
「あそこな、十年ほど前にゲートになった女の子の墓なんだ」
「――え?」
 耳を疑う介に、彰吾は腕を組んで苦笑している。
「十年以上前にこの世界に飛ばされたらしい。……当時輝石を持ってる奴はそういなかった。今みたいに異界の民や輝石の知識はなかったんだ。ましてや身寄りのない女の子が生きていける環境なんて、整ってなくてな」
 どこから来たかもわからない、服装も文化も違う女の子なんて、それこそ山賊や研究者にとっては格好の的だったそうだ。
「……強い魔術を使える子と知られて、攫われて、危険な目に遭って。ゲート化させられた」
 目を見開いた。
「自分から、したんじゃなくて……させられたん、ですか」
「ああ。……むごいよな」
「そん……」
 そんなとさえ、声が出なくなった。俯いた介へと、彰吾は水をそっと渡してくれる。
 喉をほんの少し湿らせて、介は揺らめく水面を見つめた。
「その子、は、どうなったんですか」
「異界の民が殺したらしい。その子が神崎の妹なんだそうだ。――現実世界じゃ、突然脳梗塞が起きて倒れて、脳死状態らしいんだよ。……もう二度と目は覚めないらしい」
 羽委が手を合わせて、ヴィニアが黙祷を捧げた、枯れた木の苗が頭をよぎる。
「……あそこにもう、植物は芽吹けないんですか?」
「……無理だろうなあ。ゲート化が完了した時の強いエネルギーは、その土地に強い毒素を生み出すらしいんだ。植物はまず育たない。……動物なら多少耐えられるから、時間が経てば育つかもしれないけどな。十年経ってもあのままじゃな……」
 神崎がオカルトの知識にどっぷりと浸かった理由は、これだったのだろうか。
 きっと医者からも原因不明の脳梗塞だと言われただろう。もう蘇ることのない意識を待って、管に繋がれた妹の傍にずっといたのだろうか。
 人嫌いだと言い切るのは、妹が受けたこの世界での出来事が原因なのだろうか。
 ――いや、もっと前からだとわかる。拍車をかけた出来事が妹の件なのだろうとは、想像がついたけれど。
「……そうですか」
「あいつには言ったってこと、黙っといてくれ。俺たちも知らないことになってるからな」
 どうやって知ったのだろう、なんて、この地に長くいれば聞く機会はあっただろうとすぐに察せられた。神崎の妹の顛末は恐らく、本人から多少聞いたのだろう。
 同情とは違った。むしろ納得した。
「それならおれの質問も、いつもみたいに答えなくてもよかったんじゃないんですか」
「あいつのことに興味持ってくれたの、嬉しかったんだ。それにいつかお前が、このこと知らないまま神崎に聞いたら、あいつ今度こそ孤立しようとするだろうからな」
 何も考えずに構い倒す人だと思っていた。
 考えていなかったのはむしろ、自分のほうかもしれない。
「……来栖さんって、自由人装った構いたがりですよね」
「それ褒めてるのか? けなしてるのか? あとそろそろ名前で呼んでくれよ、苗字で呼ばれるの慣れてないんだ……あとな。なんでか知らないけど神崎の目が、お前が俺のこと呼ぶ度に吊り上がってるんだよ」
 辟易した様子で言われて、介ははあと生返事を溢して頷いた。
「じゃあそのうち」
「それ最後まで実行しないフラグ……そういえばもう俺、部屋に帰ってもいいのか?」
「……あまり構わないでくれるならいいですよ」
 ショックを受けた顔で固まられた。
 神崎が戻ってきたのは、夜遅くなってからだった。


 何度も魔物を狩り続けた。さらに一週間経った頃には、介もやっと覚悟が決まってきていた。
 諦めではない。周囲の人が、「今まで優しかったのに」、「自分を守ったからこんなことに」と崩れていく姿を見たくなかったのだ。
 未だに、介の手元にある魔術書の中に攻撃的なものはほぼないに等しい。少なくとも怪我を与えられても、それが致命的になるような威力のものはほぼなかった。
 致命的になりうる威力を平然と振るうのは神崎のほうだ。躊躇わずに魔物を狩る姿に、介が耐え切れずに怒りをぶちまけて、彰吾に仲裁されたことも何度かあった。
 覚悟が決まり始めても、神崎のやり方は気に入らないのだ。近くで泣き崩れる人がいる中で、平然と槍を魔物の心臓に突き立てる。闇の縄を使って首を締め上げる。恐怖に陥れる魔術や重圧を与える魔術で魔物を動けなくしていく。
 あんなやり方、許されるものではない。彰吾たちが注意をいくら促しても全く直す気はなかった。
 この辺りでは神崎は、悪魔の子という通り名で知られているそうだ。
 今日も食事を採るとすぐ、仲間と碌に会話もしないで部屋に上がっていく神崎を、介は睨みつけて見送った。女性陣も眠気を訴えて部屋に行ってしまい、カルフがまったくと言いたげに溜息を溢している。
「ここ最近の神崎の行動は目に余るな」
「おれが入ってきてからですか?」
「いや、その前からも度々な。遺跡に行けば手に入れた古文書を読み漁り、大人しくなっていたが……神崎の凶行を見ても仲間に留めたがるのは、彰吾と羽委ぐらいだな」
「……カルフさんは、神崎の人嫌いの原因を知っているんですか?」
 聞き及んでいると、カルフは頷いていた。
妹君いもうとぎみのことだったかな。だが正直、私は疑問を持っているよ。もし妹君のことがきっかけならば、魔物に対してあんなに惨いとどめは刺さないだろうと思うのだよ」
「――おれもそう思います。彰吾さんが言ったことは一割真実でしょうけど、九割は願望だと思います」
 神崎のオカルト好きのきっかけも納得した。人嫌いの理由も理解できた。だがそれと魔物は別問題にしか見えない動き方なのだ。
 神崎とずっと一緒にいることで随分と思い出してきたが、あいつは蜘蛛や蛙を捕まえては平気で殺していた。妹が死んで本当に悲しんでいたのなら、あんなこと、小学校を卒業してもなお続けるはずがない。
 隠れてやっていたとは言っても、介はそれを見たからこそオカルトの知識を披露ひろうするなと釘を刺したのだ。元々神崎は介に勉強面で勝手に張り合ってきていたが、それに拍車をかけたのがオカルト知識の件だったわけで。
 ――何かがおかしい。少なくとも、妹の死を理解した上での行動ではない。
 彰吾が食器をカウンターに下げて、戻ってきた。どうにも考え込んだような表情に、介は目を瞬く。
「――カルフ。そろそろ考えてるんだが、いいか?」
「もう行かせる気か? 羽委の時は二ヶ月ほど待ったはずだが」
「介の魔術のセンスはかなりいいからなあ。多分俺あと二ヶ月で抜かれるよ。それにここから東響とうきょうに行けばその二ヶ月だ」
 東京と同じ読みの街がこの世界にもあるのか。なんだか、似た名前の街が多くて不思議な気持ちになる。
「ユズもヴィニアも中堅やってくれてるし、神崎がいれば後ろの防御はほぼ必要ないからな。連携ミスも目立たなくなってきたし、連れて行っていいと思うんだよ」
 介がまだ一般職にきたいと思っていることを、彰吾は気づいていないのだろうか。カルフがしばし黙考し、介を見やってくる。
「遺跡の説明を行っていなかったな。遺跡の中では魔術が手に入る。最奥に辿たどり着いた者に恩恵が与えられるのだが、私たちのパーティでの教習のようなものは、これで最後になる」
「――え?」
 彰吾が苦笑して、介の隣の席に座ってきた。
「今回行こうと思ってる遺跡は、東響っていう地域にある遺跡だ。この辺りの遺跡は難易度が高すぎて危険だからな。東響の遺跡を無事クリアできたら、東響の雰囲気と境途の雰囲気、好きな街でどう活動したいかも一緒に見られる。お前が魔術を手に入れて、それが今後やりたいことに繋げられるものだったら一石二鳥だろ?」
 冒険者として続けさせるために、遺跡に向かうと言ったわけではなかったのか。
 介はしばらく黙考して、やっと頷いた。
「わかりました」
「よし。じゃあみんなにも話通してくる。ま、遺跡までは気軽な旅行と思って楽しもうな」
「は、はあ……」
 今日も言い出せなかった。そういうことをしなくとも、とっくに一般職で働けるように、準備を少しずつ進めていることを。
 冒険者という仕事が嫌いというわけではない。人から感謝されることだってある。苦しいことは沢山あるけれど、別に苦というものではなかった。
 人を殺さなければいけないということ以外は。
 それを吐露とろした相手が悪かったというのもあるけれど、神崎はこの話を聞いた時、平然と言ってきたのだ。
「ここは日本ですらない。誰でも武器を持っている世界で、日本の法が守ってくれると思うのか? とんだぬるい考えだな」
 あいつの考え方の中で、唯一もっともだと頷かされた。
 彰吾が介を一度冒険者の中に引き入れて鍛えさせようとしていたのも、いざという時自分の身を守れるようにという配慮だったのだろう。今ならそれがよくわかる。
 遺跡に行ったことがあるというだけで、きっと街で働く上ではステータスが違って見られるのだろう。介が困らないように、あえて配慮してくれていたようだ。
 ――ここまでしてもらっているのに、抜けられるだろうか。
 黙考する介に、カルフは優しい目で笑っていた。
「介はどうやら、自分の意見を持たない機会が多すぎたようだな」
「え? いえ、そんなことは……」
「機械的に勉強を続けていなかったか? 例えば、言われた内容を言われた期限までに終わらせるという作業だな」
 目を丸くした。的を射抜かれたようで、介が固まる様に、カルフは優しく笑っている。
「以前彰吾に、嫌なことは嫌だと言っていいと言われて、やっと口にするようになったが。どうやらそれも、まだ本心を全て出したものではなさそうだ。彰吾を時折部屋から追い出すのも、自分を保とうとして爆発しているのだろう」
 見透かされたような言葉に、介はただ固まってしまう。カルフは苦笑いを溢していて、まるで子供を見守るような目だった。
「神崎ほど直球でなくとも、言いたい時に自分の意見を言うのは大事なことだ。今回の遺跡行きも、無理やり自分を納得させて行きたいと言ったわけでないのならいいのだが」
「……無理やりじゃありません。みなさんが、おれのためにって思ってくれているのはわかってるので」
「そこだ」
 困惑して見上げる介に、カルフは目を細めている。
「人が君のためにどう思っているか。その思いを汲み取ることは大切だ。だがそれに飲み込まれて、本当に自分のしたいことができなくなっては意味がない。自分をまず、大切にしなさい」
「……はい」
 しているはずなのに。関わりたくないから、関わらないようにしてきたのに。
 なんとか頷く介の頭を、カルフがそっと撫でてきて体が強張った。
 優しく、優しく。そっと撫でられる。
「彰吾が世話を焼きたがる気持ちがわかる。下のきょうだいに、息子にもし君のような子がいたならば、きっと私も放っておけずに構い倒していただろうな」
「え……?」
「君は優しすぎる。必ず人を優先する。自分のやりたいことをやりたいようにやろうとしない。一ヵ月見てきたが、主張したのは彰吾のお節介を断る時と、食べ物の好き嫌いぐらいだったな。神崎に厭味を言われても怒らなかった。内に溜め込む必要はないんだよ。ここは元々、赤の他人の集まりだ。何も隠す必要はない」
 手が離れていく。ぽかんとした介だが、彰吾が駆け足気味に降りてきて意識をそちらにとられた。
「みんな行ける! 明後日出発するぞ!」
「わかった。明日は準備の時間を取らせてもらおう」
「頼んだ。介も着替え増やしたり準備しないとな」
「は、はい」
 カルフの言葉が何度も耳朶じだを打つ。
 もし自分の父親がカルフだったら……自分はもっと、違っていただろうか。
 ――不毛な想像だった。




掲載日 2022/01/10


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