境界融和世界の幻門ゲート

前編 第03話 03
*前しおり次#



 二週間経った。頼まれ事を自分のやれる時にやることも、手が空いていない時は断ることもできるようになってきた。まだ多少の遠慮が残るが、彰吾たち曰く初日に比べれば随分といいと言う。
 ただし。
「お前また彰吾を部屋から叩き出したらしいな。昨日こっちに来たぞ」
「あの人が構い倒してくるのが悪い」
 三日と持たなかった抑人嫌いのせいで、彰吾は二日に一度部屋から追い出していた介である。神崎のいけ好かない物言いにも大抵言い返す機会が増えて、介はやっと神崎がどういう人物か思い出してきた。
 神崎は元々、小学校の頃から物知りな人間として有名だったのだ。ただその知識がオカルトに傾き出した辺りから、勉強で勝手に張り合われていた介が鬱陶しさの余り「神崎の知識ってオカルトって言うんだろ。空想を追いかける」と不躾もいいところな指摘をしたせいで、神崎は一気に変人扱いを受けたのだという。
 介は言った覚えがなかったし、むしろ覚えがあったのは、「勉強以外の知識を学校でひけらかして楽しいのか」という、やはりかわいげがないんだろうなと思う内容だった。
 確か神崎には妹がいたはずだ。何度かその妹に関係することで因縁をつけられては勝負を挑まれ殴りかかられ、運動をほぼやっていないにもかかわらずいなしと避けを覚えたのはこいつのせいだった。下の名前などそもそも憶えてすらいない。彰吾たちから聞かれたも、神崎は頑として話さなかったそうだし、介も興味がなかった。
 神崎は介と違って体育に参加するなど、運動する機会はあったはずだ。だが本人は運動はからっきしで、この世界でも魔術以外まったく取り得もないし、興味もないという。
 やっぱりオカルトオタクだった。
 そのオカルト好きも功を奏してか、この世界では――いや、彰吾たちにとっては、神崎が持つ罠の知識や魔術の知識のおかげで、随分と助けられたそうだ。遺跡というものに潜らなければ新たな魔術は手に入らないし、そこで手に入れる古文書の収集率にも影響する。古文書からわかる内容の中に帰る糸口があるのではと、彰吾たちは考えているそうだ。
 正直、介からすれば帰っても帰らなくても、どちらでもよかった。向こうで自分の体の周囲から魔物が溢れているのではないかと思うと怖かったけれど、だからと言ってあの世界に帰って、元の日常に戻りたいとも思えない。
 今もこうして、遺跡に行く前に介が戦闘に慣れるようにと、何度も集中して魔物退治に繰り出してもらっているけれど、元は魔物も人だったのだと思い返すと身が竦んだ。
 人殺しになる自分を想像して、吐き気がした。
 そうやって躊躇っているから、いつもとどめは彰吾や神崎、ヴィニアがさすことになるとわかっていても。
 二週間も経つと、介がいるならこのパーティを抜けると吠えるのにも諦めがついてきたのか、神崎はバカにしたような顔で見てきた。
「相変わらずだな。オレも人と関わるのは反吐へどが出るが、あいつらを追い出すまではしたことがないぞ。世話になっている自覚があるだけまだオレのほうがましだな」
「それ生活能力のなさを棚に上げてるだけじゃ」
「なんだと!!」
「おー神崎! 介もこっちに……お前らまた喧嘩か?」
 出た、構いたがり。
 苦い顔をする神崎と介は、すぐにそっぽを向いた。神崎が店の出口へと向かう中、彰吾が頭を掻いて神崎を見送っている。
「いつものとこか?」
「ついてきたら魔術の実験台にしてやる」
「はいはい、行かない行かない。ハリネズミだなーお前は」
 表の通りにあっさりと姿をくらませた神崎を追いかける気など、介には毛頭ない。ただいつものところという響きに、少しだけ引っかかりを覚えた。彰吾を見やると、彼は欠伸を一つ交えている。
「いつものところって?」
「あー……介が初めてゲートを見た場所があったろう? 広いドーム状の、森の中の空間だ」
 問われて、介は瞬時に顔を曇らせた。彰吾は苦笑いを溢して肩を竦めている。
「あそこな、十年ほど前にゲートになった女の子の墓なんだ」
「――え?」
 耳を疑う介に、彰吾は腕を組んで苦笑している。
「十年以上前にこの世界に飛ばされたらしい。……当時輝石を持ってる奴はそういなかった。噂話の花の一つ程度だったんだよ。今みたいに異界の民や輝石の知識はなかったんだ。身寄りのない女の子が生きていける環境なんて整ってなくてな」
 どこから来たかもわからない女の子なんて、それこそ山賊や研究者にとっては格好の的だったそうだ。
「……強い魔術を使える子と知られて、浚われて、危険な目に遭って。ゲート化させられたらしくて、異界の民が殺したらしい。その子が神崎の妹なんだそうだ。――現実世界じゃ、突然脳梗塞が起きて倒れて、脳死状態らしいんだよ。……もう二度と目は覚めないらしい」
 羽委が手を合わせて、ヴィニアが黙祷を捧げた、枯れた木の苗が頭をよぎる。
「……あそこにもう、植物は芽吹けないんですか?」
「……無理だろうなあ。ゲート化が完了した時の強いエネルギーは、その土地に強い毒素を生み出すらしいんだ。植物はまず育たない。……動物なら多少耐えられるから、時間が経てば育つかもしれないけどな。十年経ってもあのままじゃな……」
 神崎がオカルトの知識にどっぷりと浸かった理由は、これだったのだろうか。
 きっと医者からも原因不明の脳梗塞だと言われただろう。もう蘇ることのない意識を待って、管に繋がれた妹の傍にずっといたのだろうか。
 人嫌いだと言い切るのは、妹が受けたこの世界での出来事が原因なのだろうか。
 ――いや、もっと前からだとわかる。拍車をかけた出来事が妹の件なのだろうとは、想像がついたけれど。
「……そうですか」
「あいつには言ったってこと、黙っといてくれ。俺たちも知らないことになってるからな」
 どうやって知ったのだろう、なんて、この地に長くいれば言わずともわかっただろうなとすぐに察せられた。神崎の妹の顛末は恐らく、本人から多少聞いたのだろう。
 同情とは違った。むしろ納得した。
「それならおれの質問も、いつもみたいに答えなくてもよかったんじゃないんですか」
「あいつのことに興味持ってくれたの、嬉しかったんだ。それにいつかお前が、このこと知らないまま神崎に聞いたら、あいつ今度こそ孤立しようとするだろうからな」
 何も考えずに構い倒す人だと思っていた。
 考えていなかったのはむしろ、自分のほうかもしれない。
「……来栖さんって、自由人装った構いたがりですよね」
「それ褒めてるのか? けなしてるのか? あとそろそろ名前で呼んでくれよ、苗字で呼ばれるの慣れてないんだ……あとな。なんでか知らないけど神崎の目が、お前が俺のこと呼ぶ度に吊り上がってるんだよ」
 辟易した様子で言われて、介ははあと生返事を溢して頷いた。
「じゃあそのうち」
「それ最後まで実行しないフラグ……そういえばもう俺、部屋に帰ってもいいのか?」
「……あまり構わないでくれるならいいですよ」
 ショックを受けた顔で固まられた。
 神崎が戻ってきたのは、夜遅くなってからだった。




掲載日 2022/01/10


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