境界融和世界の幻門ゲート

前編 第04話 02
*前しおり次#

 困惑して見上げる介に、カルフは目を細めている。
「人が君のためにどう思っているか。その思いを汲み取ることは大切だ。だがそれに飲み込まれて、本当に自分のしたいことができなくなっては意味がない。自分をまず、大切にしなさい」
「……はい」
 しているはずなのに。関わりたくないから、関わらないようにしてきたのに。
 なんとか頷く介の頭を、カルフがそっと撫でてきて体が強張った。
 優しく、優しく。そっと撫でられる。
「彰吾が世話を焼きたがる気持ちがわかる。下のきょうだいに、息子にもし君のような子がいたら、きっと私も放っておけずに構い倒していただろうな」
「え……?」
「君は優しすぎるんだ。必ず人を優先する。自分のやりたいことをやりたいようにやろうとしない。一ヵ月見てきて思ったが、主張したのは彰吾のお節介を断る時と、食べ物の好き嫌いぐらいだったな。神崎に嫌味を言われても怒ることもなかった。内に溜め込む必要はないんだよ。ここは元々、赤の他人の集まりだ。何も隠す必要はない」
 手が離れていく。ぽかんとした介だが、彰吾が駆け足気味に降りてきて意識をそちらにとられた。
「みんな行ける! 明後日出発するぞ!」
「わかった。明日は準備の時間を取らせてもらおう」
「頼んだ。介も着替え増やしたり準備しないとな」
「は、はい」
 カルフの言葉が何度も耳朶を打つ。
 もし自分の父親がカルフだったら……自分はもっと、違っていただろうか。
 ――不毛な想像だった。


 東響は、昔から今に続く江戸と東京の街並みをかけあわせたような、滅茶苦茶にも映る街並みだった。
 気さくな人たちばかりで、遺跡の膝元ということもあって随分と人が多い。境途の遺跡は難易度が高いと言われている一方、東響はさほど難しい遺跡はないそうだ。新米にも見える冒険者の姿があちこちに見受けられ、介ははあと驚きながら街を歩いた。
 二日ほど休息のために宿屋で休み、そこの主人に何故か介の話を面白おかしく聞かせた彰吾のせいで気に入られてしまい。自炊スペースもある宿屋で、介は彰吾が手際よく料理する姿に絶句したりもした。
 しかも思っていた男飯ではなく、レストランなどで出されるような、盛り付けにも気をつけたものを出されて固まった。
 神崎が、「家事料理のスキルに関してはこの男に頭は上がらない」とぼやいていたが、なるほど納得した。
 そして二日過ぎた今日。
「着いたぞ。ここだ」
 石積みの、それこそ教会を思わせる建物が鎮座する東響西の郊外。入口はごく普通の礼拝堂のよう。かつてガラスがめられただろう窓は桟と枠を遺し、跡形もなく風を吹き抜けさせている。
「遺跡っていうより、文化遺産になり損ねた聖堂みたいですね……」
「ちょっと失礼な例えだよな。言わんとすることはわかるんだが」
 苦笑する彰吾だが、まるで気に留めた様子はない。聖堂の左右の扉に見向きもせず、教壇にも見える机の傍や、壁と一体になったオルガンなどを触る彰吾と羽委。介はカルフを見上げた。
「何を探しているんですか?」
「遺跡はおおよそ、建物のどこかに入口を隠してあることが多い。ここは遺跡を隠しながら、遺跡の中のものを崇拝するための協会だったのだろうな」
「――なんだか江戸時代のキリシタンみたいですね……」
「本当勉強をよく覚えてるなあ。まあ、苦しみながら自分たちの信じる神を大切にしてきた人たちなんだ。きっとここの人たちも、自分の神と信仰を脅威から守りながら、大切にしてきたんだろうな」
 桟だけの窓を見上げる。
 ここにかつてやってきた人々は、どんな人たちだったのだろう。どんな思いで、ここに嵌められたガラスたちを見上げていたのだろう。
 自分には、到底わからない景色だ。二か月前なら想像さえも不毛と考えたかもしれない。
「……そんな場所に入っていいんですか?」
 普通はよくないだろうなあと、彰吾は周囲を見渡しながら答えてくれる。
「冒険者なんて名乗ってるが、俺たちがやってるのは墓荒らしも同然だ。それでも、互いの世界のためには帰らなきゃならないし、方法を探して遺跡に入るんだ」
 帰らなければ、自分たちの世界には魔物が溢れ返り続ける。留まってしまえば、この世界には本来なくてよかったはずのものが、なだれ込んでくるという。
 その最たるものは大量の電化製品や道具だ。使い方がわからないものが次々に入り込んできて、異界の民からそれを教わったイドラ・オルムの民は、生活が一変した。
 いいことばかりではない。悪い道具の使い方をして、大変な事故が起こったという事例もあるそうだ。
「――あったよー、ここから入れるねー」
「お、さすがユズ! それじゃ行くか」
 オルガンの足元、板張りの床に見えた撥ね戸が持ち上がっていた。下に見える暗い階段は長く降りていて、湿った冷たい空気が介たちの足元を冷やす。
 彰吾が光の魔術で明かりを灯し、先に進み始める。
 いつもならヴィニアと共に中堅を務める羽委がその次に。ヴィニア、神崎、介はその次。カルフが最後尾を務めていた。
 階段を降りていくその体感で、恐らく現実の建物であれば、地下三階ほどまで潜ったのではないかと思った頃。突然、観音開きのシンプルな扉が現れた。
「ここから遺跡だな。みんな気をつけて進むぞ」
「まっかせてー! 最初はないと思うけど――罠なーっし!」
「相変わらず手際が早いな、さすがユズ」
「へっへー、お任せあれだよ」
 羽委がずっと、戦闘中魔力がないから魔術が撃てないと、愚痴ってきたことがある。その割にダーツなど威力の低いものばかり使っているから、いったいどういう役割を持った人なのだろうと思っていたが、まさか罠の探知を得意としていたとは。
 その羽委の言葉を聞いても慎重に開ける彰吾は、罠がないことを完全に認識して羽委と笑顔でハイタッチしていた。目を瞬く介は、カルフへと振り返る。
「羽委さんが大丈夫だと言っていたのに、それでも慎重にしているんですね」
「誰でも見落としはある。現状、羽委ほど目のいい人はいないから彼女に頼りきりではいるがな。遺跡では役割を分担しあい、互いに最終チェックを別の人でかけあうのが私たちのやり方だ。たった一人に頼りすぎては、後々致命的な罠にかかる可能性もある」
 納得した介は頷いて前を見た。細長い通路の先で、石のタイルに操作を加えている羽委は楽しそうで、いつもより活き活きとして見える。
「腕を信用しているからこそ、互いのチェックは抜かりなくしなくてはな。致命的な怪我を誰かが負ったら、その自信を失う元だ。連携ミスも生まれてしまう」
「そうですね……」
「この罠ももう作動できなくしたよー! この遺跡ならパズルなしかな? ないといいなーっ」
「ユズそれフラグだろー。ヴィニ、変な音や気配はするか?」
 途端に羽委が静かになった。ヴィニアはにこやかに首を振っている。
「ありませんわ。少なくともこの辺りに、幻獣などの守護者は設置されていないようですね。仕掛けが動く音も、全く」
「そっか。ありがとな。それなら進むぞ」
 通路の先に、何があるとか、どういうものが配置されているとか。それぞれが確認し合う。その中で手持無沙汰なのは介と神崎、そしてカルフの三人で、正直介は自分がここにいる意味を全く見出せなくなりつつあった。
 戦う時も感じていたのだ。自分がいなくともこのパーティは完成されている。それぞれに連携や性格的な相性での盤石さはないが、個人個人で見れば、全く違った信頼の置き方があった。
 少なくとも彰吾には性格の難はあっても判断やリーダー性においてみな信頼しているようだった。喧嘩慣れした動きで的確に相手に拳や蹴りを見舞い、魔術も質量にものを言わせた高火力で突破する。二ヶ月で彼を抜けるなどそんな大それた考えは持てない。
 カルフはそこにいるだけで安心感を人に与えるし、盾として後ろを守る役目に努めている。彼に止めてもらった魔物の脅威は数知れないし、一撃がとても重たいパワーファイターだ。生命の属性に優れてもいるから、決して崩れない強固な壁だ。
 ヴィニアは細やかな音も的確に聞き取れるし、何より弓でグリフォンを鮮やかに撃ち落とすほどの名手だ。輝石の持ち主ほど魔術に優れているわけではないが、彼女はこの世界の知識を一番持っている知恵どころでもあった。
 神崎は、口も性格も腹立たしいほどのものだが、彰吾たちが認めるように魔術に関して天才だ。
 自分の入る場所などどこにもなかった。今もこうして世話になっていることに疑問を感じるほどに。
 遺跡の中で動く石像型の生き物を倒し、罠として仕掛けられていた槍を避けるような技量は、自分にはあまりないのだ。
 ここに残っても、役に立てる気がしなかった。助けてもらったのに何も返せないのは、正直心苦しいのに。
「来たよ! ってうひゃあ、今度はこれ!?」
 大人二人分の身長はあるだろう甲冑かっちゅうが動いている。中身もなく動く防具は、これまた断頭台かと思う大きな剣を右手で振り回し、斧まで手に持っているではないか。顔を引きつらせる羽委を庇うように前に出た彰吾とカルフに合わせ、羽委は後ろに跳んで逃げる。
「無理無理! あんなのあたしのダーツじゃ相手にできないよ!」
「甲冑ってことは火の魔術効くんじゃないか!?」
「やめておけ、熱せられた剣で自分の体を切り裂かれたいのか」
「そういう恐ろしい想像するなよ!!」
 悲鳴を上げる彰吾だがしかし、降り降ろされた剣を容易たやすく避けた。カルフが盾を構えたまま後ろに下がり、神崎が羽委に目をやる。
「金属なら地属性だ。羽委、防御を固めろ」
「オッケー! 開け幻門、我が門は地。オレンジカルサイトの輝石を以て力をここに具現する。顕現せよ地。我らに降りかかる力、岩の如き抑力にて阻め」
 彰吾たちの周りに黄色の光が輝いて纏わりつく。じっと考えた神崎が、介を見てきた。
 なんだと、一瞬身を引きたくなる。
「――そうだな。彰吾、火の壁を打ち立ててその中を突っ切らせるのは手かもしれないぞ」
「作戦あるのか!?」
「神田にやらせればな」
 耳を疑う介だが、甲冑に殴りかかろうとした彰吾を斧の腹が勢いよく叩いた。
 吹っ飛ばされる彰吾に、ヴィニアが詠唱もなしに風で受け止めて床に降ろしている。羽委が岩槍を呼び起こし、甲冑を貫いた。
 鎧の隙間に入り込んだ岩を、若干軋みながら砕く防具の化け物に、羽委の顔が引きつる。
「いやあああああああっ、あたしの魔力じゃ止めらんないよー!」
「無茶はするな……!」
「彰もでしょ!」
「そうだった! 介、準備いいか!」
 準備も何も、いったい何をすれば――
「氷の魔術を使え」
 神崎に言われて、介ははっとした。ヴィニアがなるほどとうなずき、青い光を灯した魔石を手に、彰吾が打ち立てた炎の壁よりやや彰吾寄りの位置に水を作り上げる。
「顕現せよ火! 拒絶の緋炎、敵を退ける壁とならん!」
「開け幻門、我が門は水。ラリマーの輝石を以て力をここに具現する。顕現せよ水」
 打ち立てられた炎の壁を突き切って、彰吾へと甲冑が迫っていく。
「鋭き敵意を阻む氷壁となれ!」
 熱せられ、真っ赤に燃える甲冑の行く手を分厚い氷の壁が止めた。
 ぐしゃりと前面を歪ませる甲冑は反動で後ろに倒れ、床に張り巡らされた水によって蒸気を上げる。神崎がにやりと笑い、ヘマタイトを輝かせる。
「顕現せよ闇。猛る力を挫く重圧となれ」
 金属の塊が一気に変形する。カルフが、彰吾が前に飛び出し、拳を、剣を振り上げた。
 ひしゃげていく金属の裏側が、一瞬見えた。文様のようなものを見つけて、介がラリマーを握る。
「顕現せよ水、猛き熱波を穿つ、隔絶の氷槍となれ!」
 蒸気から氷の槍が形成される。槍が発射しようとしたその軌道の先に、彰吾が来て介は顔を青ざめさせた。
 氷の槍が、甲冑の剣によって砕かれる。間一髪で剣をかわした彰吾を、斧を失った甲冑の腕が殴りつけた。
 カルフが攻撃を加えて注意を逸らそうとしたその時、カルフの頭上に剣が降り降ろされ、盾がひしゃげ、重たい一撃に倒れていく。
「――っ!」
「ちっ、試してる最中だが――顕現せよ闇、混沌の世を生み出せ。黒き縛鎖にて業火の海に沈め」
 影から鎖が伸びあがる。船の錨の鎖を思い起こさせるほどの太く黒い鎖が、甲冑の手足を、胴体を絡め取った。
 黒い炎が噴き上がる。勢いよく燃え盛る炎はまるで地獄を思わせる禍々しさで、介はぞっとしたまま立ち尽くす。
「顕現せよ生命――戦士の傷つきし体に治癒の加護を与えよ」
 カルフの声が聞こえて、介はやっとはっとした。彰吾が呻いて体を起こし、介は体を震わせる。
 おれのせいだ――
「……カルフ、助かった……! みんな無事か……?」
「ああ、だが盾はもう使い物にならんな。一撃受け止めて腕のほうがやられそうになった」
「ならカルフは後ろに下がってくれ、魔術頼んだ!」
「承知した」


掲載日 2022/01/10


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